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安心!安全!奴隷生活

作者: ニュヨーク

フィクションです。これは現実です

奴隷になり生きていたい。


世界には多種多様な人が生活している、簡単に言えば同じ環境で過ごしている人がいない、ということだ。学校で昔習った「昔はアフリカに住んでいた人が奴隷として貿()()()になっていたこれを奴隷貿易と言って...」

私は奴隷になりたい。


女王様の支配にだとか、女性の道具にみたいな、いわゆる性欲からなる、浅い空想逃避ではない。それが男に鞭を打たれながら伝染病に感染し死ぬまでの、時間稼ぎ的労働でも構わない。

人生のすべてを他人に握られて心臓をすり減らすのは果たして幸福なのだろうか?人の目や人からの♡を気にして生きていく人生は幸福なのか?(はなは)だ疑問である。私はただ最新のものを否定する反動主義(逆張りオタク)であるのかもしれない。流行、映え、ブランド物、上げだしたらキリがないほどこの世に邪魔な言葉しかない、そんな世の中にウンザリとしている。いっそのこと支配されたい、自分には理解できない強い力で縛りあげてほしい。そんなことが許されない、ドSの王子様は僕の人権までは取り上げてくれないらしい。腐った世の中である。街ではスマホにつながれた人間がいるがスマホは僕の王子様にはなってくれない。あの手のものはよっぽど自分に自信がある人か、周りが見えないほど熱中できるミーハーの熱中症患者だけだろう。私はどちらにも属せていない気がする。孤独である。この死ぬまではいかないが生きる価値を満たせなく見いだせない考えのまま成長したのが僕なのである。義務教育+αを終えてもこの考えは変わらなかった。家族と対立したり、友達とバカ騒ぎをしたり、愛する人と一緒に過ごしたとしても。少しずつこの考えを表す日本語が増えただけで根本は変わらなかった。心の中の穴を埋めるために成長してきたのに逆に穴が広がるとは面白いな。どうすれば奴隷になれるのか、天涯孤独の人生を歩んで見る?そんなことは奴隷とは言わない。それは餌がもらえない野良犬である。私がなりたいのは一緒鎖につながれてまずい飯と人間のエゴによって飼いならされる家犬である。その代わり何もしたくない、何も考えたくない、自分の意志で生きたくない。私が生きることによって誰かの人生を壊したり誰かの生活を破綻させたくない。


こんなことを書いていると「なぜ死なないのか」そんな疑問もあるだろう。この世にひとかけらも幸福や希望が見えないと書いているのだからそう思うのも当然である。死におびえているのだろうか?私の考えは、ほんとは幸福なのだろう。その幸福を消し去り奴隷になりたいと言っているのだから正気の沙汰ではないのだろう。何か聞いたことあるだろう平和な時に文化などが発展していく、その通りだ、毎日爆弾が降ってくるところで物書きやお絵描きはできない。前提が狂っているもんだから、正しいゴールに到着するはずがないのは自明の理である。皆さんはどちらがいいのだろう「戦場」か「田舎町」か、戦場を上げる人も多いのではないだろうか。確かに田舎町は平和であり牧歌的、人生をゆっくりと過ごすには最適ではないか。私はそれを非難したいただの自由に甘んじその自由に隷属する愚か者だと。戦場で圧倒的スキルで勝ち誇る。これは私の人生ではない、私の人生は歩兵として前線に出て勇者のために散っていく。あゝなんて甘美で耽美な人生なんだろう。な?そう思うだろ。だって勇者のためという大義で死ぬことができるのだから。ゾクゾクするこれが人生だ興奮する。そして「歩兵」だ勇者のお供じゃない「歩兵」だ絶対に英雄視されないただの捨て駒ゴマの一種だ、これで伝承などに残ったりなどしたら、堪ったもんじゃない、そういうのは別の人が勝手にやってくれ自分の役ではない。死ぬタイミングがあるならばさっさと終わらせてしまいたい、楽だろ。僕の死が何の意味も持たない死になること。それが私の死ぬ条件である


過去の人がつないできたバトンを後世につなぐ、これほど重荷であり自分に一切の徳がないこともない。勉強は受験という形で使うことができる。確かに日常で生活して使わないことも多いが人生で一度は役に立った。だがバトンはつないだら自分に何も残らない。これほど無力なこともない、バトンをつないだとしても一番の盛り上がりはアンカーである。途中のハプニングがあったとしても記録として残るのは最終タイムである。ならばここでバトンをつなげないでアンカーになりたい。今すぐに不正をして記録そのものを抹消したい。長年の積弊(せきへい)を終わらす代なのである。


「自分で考えて行動してい生きる」それが大人であり独り立ちの条件らしい、ならば私は子供でいい、「他人に操られて死ぬ」何がダメなのか?皆はそこまで考えて人生を過ごしているのか、問いたい。

永遠の繁栄と魂の隷属

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