苺ショート
午後七時を少し回ったころ。
そろそろショーケースの中も寂しくなってきて、菫はホイップを絞る手を止めた。
そのとき——カラン、と控えめにドアベルが鳴る。
「……いらっしゃいませ」
言うまでもなく、誰か分かっていた。
火曜日のこの時間に、必ず現れるあの人。
スーツ姿の、静かな甘党さん——「ケーキの人」。
「こんばんは」
低くて優しい声。
彼の視線が、ショーケースに向けられる。そこには、ケーキが……ひとつ。
「今日は……苺ショートとだけが、ひとつ残ってます。よかったら」
少し照れながら、菫は言う。
「最後のひとつ」って、ちょっと恥ずかしい。でも、それしかないから。
「……それをください」
彼は迷わず言った。まるでその苺ショートが、彼を待っていたかのように。
包みながら、菫はなんとなく想像してみる。
この人は、このケーキをどこで食べるんだろう。誰かと? それとも——一人で?
でも、答えは聞かない。
火曜日の静かな夜。ケーキのやりとりと、少しの会話だけが、今のちょうどいい距離感。
「ありがとうございました。また来週……火曜日に」
「……はい」
彼の背中がゆっくりと遠ざかっていく。
扉が閉まるその一瞬まで、ほんのり甘い苺の香りが、空気に残っていた。