甘さ控えめ、記憶濃いめ
あの夕暮れの再会から数日が経った。
いつもと同じように、お店のショーケースの中に並ぶケーキを眺めながら、菫はそっと、あの日のことを思い出していた。
「…いつも、おいしいケーキをありがとう」
あれ以来、彼は変わらず毎週一度、やってくる。
でも何も変わっていないようで、少しだけ違うのは、彼の「ありがとう」がほんの少し、やわらかく聞こえるようになったこと。
今日もまた、彼は同じように現れた。
「おすすめをください」と、変わらない口調で。
菫は迷った末、小さなタルトを選び、そっと差し出す。
「今週は、桃のタルトです。甘さ、ちょっと控えめです」
「…じゃあ、きっと僕にはちょうどいいですね」
そう言って、彼はタルトの箱を受け取り、ほんのわずかに口元を緩めた。
「……この間は、突然声をかけてすみませんでした」
「いえ、あの、本屋で…ですよね」
答えながら、自分の声が少し浮ついているのを自覚する。
彼が視線を逸らさずに見てくることが、こんなに緊張するなんて。
「……偶然って、不思議ですね」
「……ですね」
そのまま、短い沈黙が流れる。
でも、その静けさが、どこか心地よかった。
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この関係はきっと、何かが始まる一歩手前。
ほんのりと、甘さ控えめの関係。
けれど、確かに心の奥に残る味わい。