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りんごのタルト
「今日はこれをください」
黒川さんが指差したのは、りんごのタルトだった。
「焼き色、いい感じに出てますよ。…あ、でも、少しだけ甘さ控えめかもです」
そう言うと、黒川さんは静かに頷いた。
「うちの子、りんごが好きだったんです。甘いより、ちょっと酸っぱいのが好きで。よく、切って冷やして出してやってました」
「そうなんですね」
菫は、タルトを包みながら手を止める。
「小さい頃は、お菓子作りも手伝ってくれて。…とは言っても、型にバター塗るくらいだったけど」
「でも、それって一番大事なやつですよ。私もバター塗り、最初はぜんぜん上手くいかなくて」
黒川さんが、初めて少しだけ目尻を下げて笑った。
「うちの娘も、角のところを塗り忘れてよく怒ってました。自分で怒ってたんですけどね、“もう!パパのせい!”って」
「……ふふっ、なんか、目に浮かぶようです」
包み終えたタルトを手渡すと、黒川さんは小さく礼をして、いつものように帰っていった。
その背中が見えなくなってから、菫はそっと小さくつぶやいた。
「ケーキの人の、ケーキじゃない思い出……なんだなあ」




