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ショーケースの向こう側  作者: 脇汗ルージュ
10/14

名札の向こう側

火曜日の夜。静かに訪れる「ケーキの人」。

今日のショーケースには、売れ残りのショートケーキがひとつだけ。


「これを、ください」


「はい、ありがとうございます」


やりとりは、いつもと変わらない。

だけど、今日は少し違った。


「……あの、こちらのクッキーも、ひとつお願いします」


ケーキの人が指さしたのは、ショーケースの横にある箱入りの焼き菓子。

あまり目立たない場所にあって、常連さんか、よほどのお菓子好きしか気づかないような控えめな存在。


「贈りものですか?」


「ええ。会社の後輩に……ちょっとしたお礼で」


その言葉に、菫は思わず小さく微笑んだ。

「ケーキの人」が、誰かのためにクッキーを買う――

そんなの、なんだかちょっと、いいなと思った。


菫がクッキーを丁寧に包もうとしたとき、

彼のコートの胸元がふと揺れて、名札がちらりと見えた。


黒川


それだけのことなのに、胸がすっと熱くなる。


「……黒川さん、ですね」


ぽろっとこぼれた言葉に、自分で驚いて慌ててしまう。


「あっ、すみません……名札、見えちゃって……!」


黒川さんは少し驚いたような顔をして、それからふわりと笑った。


「……いえ、構いませんよ」


その笑顔は、どこか遠くて、でも温かかった。


「それでは、また火曜日に」


クッキーとケーキが入った袋を手に、黒川さんはいつもと同じように静かに去っていった。


残された空気に、ほんのり甘い香りが残っている気がして、

菫は名札の文字を、そっと口の中で繰り返した。


「……黒川さん、かぁ」


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