売れ残りのショートケーキ
「……いらっしゃいませ」
もうすぐ閉店時間。
白井菫は、店内の照明を少しだけ落としながら、残り少ないケーキをショーケースの奥で確認していた。
今夜の売れ残りは、苺のショートケーキがひとつだけ。少し、乾いてきている気がする。
カラン、とドアのベルが鳴った。
「……!」
来た。あの人だ。
週に一度、必ずこの時間にやって来るスーツ姿の男性。口数は少なく、視線も淡々としていて、名乗ることもない。だが、不思議と印象に残る人だった。
「……今日は、この苺のショートケーキだけですが……」
そう言うと、おじさんは少しだけ視線を動かし、ゆっくりと頷いた。
まるで、「それでいい」とでも言うように。
菫はケーキを箱に詰めながら、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
今日も忙しく働いて、やっとのことで立ち寄ってくれたのに、選べるものがなくて申し訳ない、そんな気持ち。
「ありがとうございます。いつも、すみません……」
彼は箱を受け取って、一瞬だけ目を細めた。
それは、笑ったような――気がした。
ほんの一瞬の表情に、菫は言いようのない何かが胸に灯るのを感じた。
(来週こそは……この人のために、なにか特別なケーキをひとつ、残しておこうかな)
ほんの少しの、変化。
それは、売れ残りのケーキから始まる、小さなやさしさだった。