【9】 【悪役令嬢 ニーラ】
【9】
【悪役令嬢 ニーラ】
「ニーラお嬢様、悪戯はおやめください。私の鍬を返してください」
「あははー。やっだよー」
鍬を持って逃げ走るニーラを、使用人の男は追いかける。足の速さ自体は使用人の方が速いはずだが、ニーラは狭い場所を通ったり、分かりにくい場所に隠れたりして、使用人は追い付けなかった。
まるで動きが全て読まれているようで、使用人はぜいぜいと息を切らしてしまう。そこに屋敷メイドが慌てた様子で駆けつけてきた。
「ああ、良かった! こんなところにいたのですね!」
「どうしたんですか? いま私はお嬢様から鍬を取り返すのに忙しくて……」
「貴方が耕していた畑ですが、ついさっき村人から逃げた牛が入って、暴れて踏み荒らしていったんです!」
「何ですって⁉」
「他に怪我人はいなかったんですけど……とにかく貴方も無事で良かったです」
「……危なかった……」
●
庭に大量の落とし穴を掘っていたニーラに、メイドが大声を上げる。
「お嬢様⁉ こんなに庭に穴を掘って⁉ 危ないじゃないですか! 誰かが落ちたらどうするんですか⁉」
「あははー。穴がいっぱいー」
「こらっ、逃げないでください!」
「捕まらないよー」
言った通り、ニーラは決して捕まらなかった。メイドが先回りしようとしても、ニーラは全く別の場所に逃げてしまうのだった。まるでメイドの動きが分かっているようだった。
その日の深夜。屋敷が静まり返った頃、庭の方からギャアッと叫び声がした。
見回りの使用人が駆けつけると、埋め戻しが追い付かなかった穴の一つに、一人の男が落ちて気絶していた。強盗に押し入ろうとしていた男だった。
翌日の牢獄のなかで、強盗は忌々しそうに文句をこぼしていた。
「クソッ! まさか庭に穴が空いてるなんてッ⁉ 計画が台無しだぜッ!」
「平和の女神様はあの人達の味方をしてくれたってことさ」
「クソッ!」
強盗は看守を睨み付けた。
●
「何故だ⁉ 何でいきなり婚約を破棄したいなんて言い出すんだ⁉ 理由を教えてくれ!」
「……貴方が嫌いになったからよ。貴方と結婚しても、幸せな未来が見えなかったからよ」
「そんな自分勝手が許されるか⁉ 俺達の両親だって乗り気で……!」
「元々両親達が勝手に決めたことよ。私の両親には、婚約破棄しなかったら屋敷を出ていくと言ったわ。そうしたら渋々納得してくれたわよ」
「な……っ⁉」
「とにかく。そういうことだから。それじゃあね。もう二度と会うこともないでしょうけど」
「おい⁉ 待てよ!」
ニーラは背を向けて、振り返ることなく歩き去っていった。
一年後。ニーラは不治の病でこの世を去った。
彼女に会うことは、二度とない。
♰