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【8】 【料理人 クク】


【8】

【料理人 クク】


 ククは夫を愛していた。結婚して数年経ち、子供もまだいなかったが、それでも倦怠期など一度も経験したことがなかった。

 またククは料理人でもあり、夫に毎日美味しい料理を食べてもらうのが嬉しかった。自分の作った料理を美味しそうに食べて笑顔を浮かべてくれる夫を見ると、幸せな気持ちになるのだった。


 しかしそんな愛も幸せも、ある日を境に陰が落ちてしまう。ある日の夕方、いつものように食材の買い出しをしていたときのことだ。

 その日は、いつも行っている食料品店が臨時休業だったため、少し足を延ばして、いつもとは別の食料品店に向かっていた。無事に必要な食材を買い終えて店を後にしたとき、ふと道の向こうに夫の姿を見かけたのだ。


「あ。あなた……」


 不意の偶然にククが嬉しくなって夫の元に行こうとしたとき、しかし夫に駆け寄る一人の者がいた。それはククの知らない女性であり、夫の会社の制服を着ていた。


「……っ……⁉」


 ククはとっさにそばの街路樹の陰に隠れてしまう。何故そんなことをしたのか、ただの知り合いの女性ならそんなことをする必要はないはずだったが……女性と話す夫は楽しそうで嬉しそうな表情をしていたのだ。


(まさか……いえ、ただの会社の同僚ってだけよ……)


 そう自分に言い聞かせるものの、ククは街路樹の陰から出ることが出来なかった。そのまま二人の様子を見ていると、二人は腕を組んで道を歩き始めた。まるで恋人のように。


(…………)


 この時点で、ククはすでに察していた。しかしまだ一縷の希望にすがるようにして、二人の後をこっそりと尾行していった。

 そして暮れなずむ道の先で、夫と女性はとある宿屋のなかへと入っていった。ククはそれを確かに見届けた。


 ――それから約二ヶ月ほどの間。ククは夫とともにいた女性のことを、独自の方法で徹底的に調べ上げた。ククは料理人ではあるが、そのときだけは探偵にも負けず劣らずの、あるいはそれを超えるほどの調査力を発揮していた。

 女性は夫の同僚だった。一、二週間に一度くらいの頻度で、会社の他の同僚にバレないように二人は密会しており、そして宿屋へと姿を消していっていた。


 夫が密会していた日……その日を過去に遡って調べてみると、同僚との飲み会や取引先との急な会議、あるいは残業で遅くなるからと……そのような理由で、自宅に帰るのが遅くなった日、もしくは会社に泊まることになった日と重なっていた。


「……そう……そうだったのね……」


 全てを知ったククは……しかし怒りをぶちまけるでもなく、静かな笑みをこぼしていた。


「ふふ……うふふ……ほんと、馬鹿なんだから……あの人も、私も……」


 それから約一週間後。とある宿屋の受付で一人の男が血を吐いて倒れた。ククの夫だった。

 居合わせた女性は悲鳴を上げて救急の回復魔法士を呼んだが、回復魔法士が到着する前にククの夫は死亡した。司法解剖の結果、ククの夫から毒が発見され、また居合わせた女性の自宅から、その毒が入った小瓶が見つかった。


 女性はそんなもの知らないと言い張ったものの、小瓶からは女性の指紋だけが検出されたため、官憲は彼女を逮捕した。牢屋に入れられたあとも女性は無実を訴え続けたが、ククの夫と不倫関係だったことや、女性の親友に妻と別れてほしいと愚痴をこぼしていたことなどが判明して、誰も彼女の言うことを信じなかった。


 ……一向に妻と別れる気配のない不倫相手に業を煮やして、むしろ逆に別れを迫られたために殺害するに至った……官憲はそう結論づけた。本来の計画では不倫相手の自宅で死ぬように毒の量を計算していたが、その計算を間違えて早く死んでしまったのだろう……そのまま逃げたら自分が怪しまれるから、あえて救急を呼んだのだろう、と。


 ――葬儀が済んで、しばらくしたあと、ククは別の街に引っ越すために荷物を馬車に運び込んでいた。


「寂しくなるわね。ククさんがいなくなると。やっぱり行っちゃうの?」

「……すみません。ここにいると思い出してしまって、辛くなってしまうので」

「そうよね……それじゃあ、引っ越した先でも元気でね」

「はい。いままでお世話になりました。ありがとうございました」


 別れを惜しむ隣人に頭を下げて、ククはいままで慣れ親しんだ街を出ていった。

 ――ククは料理人である。狙った時間になるように量を計算し、怪しまれることなく料理に盛ることなど、赤子の手をひねるが如く容易かった。




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