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【4】 【女賢者 アイズ】


【4】

【女賢者 アイズ】


 アイズは女賢者だった。女賢者という呼称はあくまで女性の賢者を指す俗称であり、冒険者職としては賢者である。

 賢者になる前のアイズはカジノで働いており、バニーガール姿で接客していた。ときにはポーカーやルーレットなどのディーラーを務めることもあった。


 またアイズはカジノで働く傍ら魔法の勉強にも励んでおり、独学で様々な魔法を習得していった。そんな彼女を見たカジノのオーナーは、知り合いの熟練の魔法使いを紹介するから本格的に魔法の勉強をしてみてはどうかと持ちかけた。


 より多くの魔法を学んで人々の役に立ちたいと考えていたアイズは、オーナーの話を受け入れて、多くの見習い魔法使いが通う魔法の学校……通称『賢者の塔』へと通うことになった。

 アイズの魔法の才能は凄まじく、本来なら数十年は掛かるとされる賢者へと至る魔道を、わずか数年で習得し、驚異的な若さで賢者へと至ったのだった。


 賢者になったあと、アイズは賢者としての役目を果たしながら、いままで色々な面で助けてくれたカジノのオーナーや多くの人々に恩返しをしていった。

 順風満帆だったアイズだったが、そこに一筋の不穏な陰が差し込むことになる。才能に溢れ、また美貌も併せ持つ彼女に対して、とある一人の男の魔法使いが一方的な恋心を抱くようになった。


 男は魔法使いとしては二流であり、いつしか行き過ぎた恋心を暴走させてアイズをストーキングするようになった。彼女の全てを知りたいという欲求から、彼女の過去を洗いざらい調べだした。

 そしてアイズが以前カジノのバニーガールとして働いていた過去を調べると、それをネタにして彼女を脅したのだった。


「お前、カジノでバニーガールとして働いていたんだろ? こんな恥ずかしいこと、みんなにバラされたくなければ、俺の女になるんだな」


 そう言われたアイズは、しかし屈服することは一切せず、むしろ毅然とした強い目で男を見返したのだった。


「カジノで働いていたことも、バニーガールだったことも、私には全く恥ずかしいことじゃないわ。むしろ誇らしいことよ。そこで出会った人々や経験は、私を賢者にしてくれる大きな助けとなってくれたもの」


 脅迫しようとしてきた男に、逆にアイズは人差し指を突きつけた。


「そしていま分かったわ。貴方ね。最近、毎日のように私に無言通信を入れてきたり、夜中の道で後をついてくるような気配があったのは。このことは『賢者の塔』の大賢者様に報告させてもらうから」

「ナ……ッ⁉」

「それじゃ。もう二度とその顔を見せないでよね」


 去っていくアイズの背中を、男は憎々しげな形相で睨み付けていた。自分の思い通りにならない女なら、無理矢理にでも服従させてやる……男は邪悪な策謀を頭に描き始めていた。

 数日後。アイズはとある任務で、『魔の森』と呼ばれる森の深奥部まで一人でやってきていた。ここにしかない薬草を手に入れるという任務だったが、襲い掛かる野生の魔物達を倒しながら無事に薬草を手に入れた彼女に、不意に邪悪な男の笑い声が掛けられた。


「ギャハハハハッ! この時を待っていたぜ! 疲弊して魔力が残り少ないいまのお前なら、俺の物に出来る!」

「貴方は……こないだのストーカーね。残念だけど、貴方に構ってる暇はないの。じゃあね」

「おっと。転移魔法で逃げようとしても無駄だぜ! ここら辺一帯に転移を無効化する魔法を展開しているんだ! お前は逃げられない!」

「…………。確かに、転移出来なくなってるわね。意外。転移の無効化は高い実力がないと出来ないのに」

「馬鹿にするな! 俺はこれだけは得意なんだ! そぉしぃてぇ! 逃げられないいまのお前に! この凶暴な魔物の大群は倒せない!」


 男が両手を高く掲げる。二人がいる場所の上空にいくつもの魔法陣が出現し、ガーゴイルやケルベロス、ゴブリンやオークといった無数とも思える魔物の大群が姿を現した。


「ギャハハッ! どうだ! この数日で覚えたありったけの召喚魔法だ! 俺だってやれば出来るんだ!」

「……その熱意を正しい方向に向けてくれていればね……」

「ギャハハッ! 安心しろよ! 殺しはしない! たぁだぁしぃ、手足を引き千切って、俺なしでは生きられない身体にしてやる! 一生、死ぬまで可愛がってやるからな!」

「…………」


 恐怖はないと言えば嘘になる。哀れみもあった、どうしてこう歪んでしまったのかと。

 しかしそれらの感情よりも強く抱いたのは、気持ち悪いという思いだった。そして静かに湧き上がってくる怒りだった。

 こんな奴を野放しにしていては、いつかもっと多くの人々を脅かすことになる。それは阻止しなければならない。


(これは賢者として、人として、そして私自身としての、責務)


 決意するアイズに、男が人差し指を突きつけた。


「行けッ! 魔物共! あの女の手足を引き千切れ!」


 それを合図にして、魔物の大群がアイズへと押し寄せていった。彼女の手足を引き千切り、己のエサとして喰うために。


「……どうせなら、魔法や魔力そのものを無効化するべきだったわね」


 アイズが魔物達に片手をかざし、直径二、三十センチほどの比較的小さめな魔法陣を描き出す。傍目には一つにしか見えない魔法陣……しかしその実、そこにはいくつもの魔法陣が重ねられていた。

 魔法陣の重唱展開。それは通常の複数展開とは異なり、『複数の魔法』を『一つの魔法』として唱えることを意味する。通常の複数展開を足し算の魔法とするなら、この重唱展開は掛け算の魔法だった。


「『マテリアルフォース』」


 本来ならば、重唱展開には長い呪文の詠唱が必要になるはずだった。複数の魔法を一つに束ね合わせ、それらが途中で分離や反発しないように整合性を保たせるのだから、当然である。

 しかし。その超高難易度の魔法を。アイズは呪文を詠唱せずに、名称の発言だけで発現させた。しかも、二つの魔法の重唱ですら難しいそれを、『エレメンタル』……つまり炎、水、土、雷、風、光、闇の七種類を、無詠唱で束ねたのだ。

 七つの力、七つの光が魔物の大群を飲み込んだ。全ての魔物が一瞬にして消え去った。


「ナ……ッ⁉」


 信じられない顔をする男の眼前へと、アイズは一秒にも満たない刹那で接近していた。その手には短剣が握られていた。どこの武器屋にも売っていそうな、ありふれた短剣だった。


「まぁ。魔法や魔力が使えなくても、あれくらいなら私の敵じゃなかったけどね」


 アイズが男へと短剣を振り抜いた。男の視覚には一回振り抜いただけにしか見えなかった斬撃だったが、次の瞬間、男の視界に亀裂が入り、無数に分割されていった。

 男の身体は文字通り細切れになって、バシャンッ!とその場の地面に身体中の全血液が落下していった。


「地獄の神様に裁かれなさい」


 決着は一瞬でついた。

 その後。アイズは事の顛末を『賢者の塔』の大賢者に報告した。大賢者は驚き、男の凶行を哀れみ悲しんだが、それ以上にアイズが無事に帰還したことに安堵していた。

 そして――。アイズはさらなる魔道の研鑽を積んで、いつしか賢王――女賢王と呼ばれるようになっていった――。




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