【14】 【恋天使 アンジェ】
【14】
【恋天使 アンジェ】
とある街に一人の男がいた。男は学生の頃からずっとモテたことがなかった。
より正確にいうならば、女性と仲良く出来ないわけでも嫌われるわけでもない。男が仲良くした女性や、男が好意を抱いた女性が、その後すぐにことごとく恋人が出来てしまうのだ。
「……もっと早く、先に俺が告白していればな……でも告白するには勇気がいるし……」
自宅でそんなことをつぶやいていると、不意に背後から声が聞こえてきた。
「無理無理、無理だから。あんたに『恋人』なんて出来ないから」
「⁉」
びっくりして男が振り返ると、そこには一人の女がいた。頭の上には光り輝く輪っかがあり、背中には白い羽が生えている。
「あ、貴方は⁉」
「私は天使。名前はアンジェ。人間の恋を成就させるのが役目よ」
「⁉」
「あ、疑ってる顔ね。いいわ、いま証拠を見せてあげるから」
男は別に疑っていたわけではないが、驚いている様子をそう勘違いされたようだ。アンジェは窓際に近付いていくと、一丁の長い金属の道具を手に持った。
「ちょちょっ、何ですかそれ⁉」
「スナイパーライフルよ。あ、この国の人間は見たことない奴が多いんだっけ。この世界では、外国で使われてる武器よ」
「武器⁉ 弓矢じゃなくて⁉」
「昔ながらの天使なら弓矢を使うかもね」
アンジェはライフルを構えて、道を歩いていく者に照準を合わせる。男が止める間もなく、アンジェは道を歩く男女を次々と撃ち抜いていった。
道にいた男女は撃たれた瞬間よろめいたが、身体には傷はなかった。その後、男女は互いの存在に気付いてハッとした顔をしたあと、互いに駆け寄って手を取った。
そして二人は互いに恋に落ちたうっとりした顔をしながら、手をつないで道の向こうへと歩き去っていった。
スナイパーライフルを消したアンジェが部屋にいる男へと振り返る。
「ね。分かったでしょ。私が天使だってこと」
男はこくこくとうなずく。
「でも、どうして天使が俺のところに? あ! 俺に恋人を作ってくれるんですか⁉」
「はぁ? あんた話聞いてなかったの? あんたに『恋人』なんて出来ないし、作るつもりもないから」
「……⁉」
アンジェは腕を組んで、仁王立ちのように男を見据えた。
「そもそも。あんたに『恋人』が出来ないように仕向けていたのは私だし。あんたにちょっかいかけようとした人間を、ことごとく他の奴とくっつけていったんだから」
「⁉ な、なんでそんなことを⁉」
男にはアンジェの動機が分からなかった。人間の恋を手助けするのが天使の役目なんじゃないのか、と。
アンジェは腕を解いて男まで近寄ると、男の胸に人差し指を突きつけた。
「私があんたのことが好きだからよ」
「……へ……?」
アンジェの顔はほんのりと紅くなっていた。
「だから! 人間の女に取られないようにするために! あんたの伴侶になるのは私なんだから!」
「で、でも、俺に恋人は出来ないって……」
「『恋人』はね。私が伴侶になるんだから、『恋人』じゃなくて『恋天使』よ。まぁ、堕天使になっちゃうかもだけど」
「…………」
呆然とする男へと、アンジェは嬉しそうに抱きついた。もう決して離さないというように。
――この恋天使から逃れられることは出来そうにない。
♰