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6時5分発

作者: 蓮華生琉

なさそうな、ありそうな……。

そんな出来事を思いついたので書いてみました。

どうぞご覧ください。

 満員電車が嫌いだ。

 

 朝7時を過ぎると、どこから湧いてくるかわからないほどの人が押し寄せてくる。

 電車の中はいつも、すし詰め状態。

 いつだったか、電車から降りれなくて学校に遅刻したことがあった。

 人に押しつぶされて呼吸が出来なくなることもあった。

 さらに、公立高校に入学して1週間目のことだ。


榧場明灯人かやば あきひと。お前は中学気分が抜けていない」


 と、先生から怒られてしばらく憂鬱な気分になった。

 通学するのに最も安全で最も効率的な手段であるはずの電車。

 それなのになぜリスクを負わなければならないのか。


 だから俺は、満員電車が嫌いだ。

 だが入学して2週間目、俺は閃いた。


 6時5分発。誰もいない時間に乗ればいい。

 

 最もシンプルで最も確実な方法。

 そして最もリスクの少ない方法。

 我ながらナイスアイデアである。

 今週の月曜日から実践している。

 今日は水曜日。1日目は眠気との戦いに負けそうになったが、3日目ともなると身体が慣れてきた。

 先週までは、けだるさを背負った人達の波に飲まれてしまったが、誰もいない。

 悠々と座席に座れる。

 気が大きくなったのか、ど真ん中に座ってやった。

 快適快適。

 高校の最寄り駅まで残り3駅。

 ストレスは全く感じない。

 頭と背中をシートにもたれさせた。


 ――プシュー


 扉が開く音に少し動揺して身体をかがめてしまった。

 腕時計に目をやる。

 6時15分。停車した駅は、並木が丘駅。

 だが、乗ってくる人は少ない。

 俺は安心して、再びシートに全身を預けた。


 ふと、違和感に気付く。

 なんか……良い匂いがする……?


 右に目をやると、私立高校の制服を着た女子生徒が、バックを置けるくらいの間を開けて座っていた。

 バッグからブックカバーを付けた本を出し、静かに読み始める。

 動き出した電車の揺れで、少しだけ距離が縮まった。

 長い髪がそっと俺の肩に触れる。

 良い匂いが強くなったような気がした。


 思わず周囲を見渡す。

 席はたくさん空いている。

 どこにでも座れるはずだ。

 脳内は急激に速度を上げて活動を始めた。


 いつからいた?

 並木が丘駅で乗ったのか?

 読んでいる本は何?

 同級生? いや、この落ち着きっぷりは2年生? もしくは3年生?

 月曜日にいたっけ?

 火曜日は?


 そして、一つの大きな疑問だけが頭の中にだけ残った。


 どうして、俺の横に座ったんだ?


 俺の心臓の鼓動が、電車のジョイント音よりも早くなっている。

 月曜日から自分が乗っていた車両が同じだったか思い返す。

 同じだ。間違いなく俺は同じ車両に乗っていた。

 だが、隣に座っている女子生徒の存在には気付いていなかった。

 一瞬、横に目をやる。

 長い黒髪、本と向き合うまっすぐな瞳、凛とした姿勢で本を読む姿が、さらに心臓の鼓動を早くさせた。


 ……声、掛けてみようかな。


 いやいや、何を考えているんだ俺は。

 中学時代、女子と話なんてそんなにしてこなかったじゃないか。

 突然声をかけられて喜ぶか?

 テレビやSNSとかで有名な人に声をかけられるんだったら、そりゃ嬉しいかもしれないけど、中学を出たばっかりの俺に何の魅力がある?

 考えれば考えるほど、勇気が一つ、また一つ欠けていく。

 俺は鼻息をたてないように、口をすぼめながら静かに深呼吸をする。


「次はー、城宮七原しろみやななはら駅ー。」


 降車駅のアナウンスが耳に入ってきた。

 俺は床に置いていたバッグを持ち上げ、膝の上に置く。

 チラッと見えた腕時計の針は、6時28分を指していた。

 2駅停車したのも気付かないくらいだったのか…。

 少しの時間、変な妄想をしてしまった自分が恥ずかしくなり、思わずバッグに顔を押し付けた。


 電車がゆっくりとスピードを落としていく。

 それと同時に、心臓の鼓動も静かになっていく。

 淡い期待を持つのはよそう。

 自分に言い聞かせ、電車が止まるか止まらないかギリギリのところで立ち上がった。


「また、明日。」


 一瞬呼吸が止まった。

 幻聴かと思ったが、思わず振り返る。

 隣に座っていた女性の瞳が、本越しに俺を見ていた。

 鼻から息を吸い、吐く息と共に言葉を絞り出す。


「は…はい。」


「開」のボタンを押し、ドアを降りる。

 俺の足は、ホームから動けなくなっていた。

 背中越しに電車が走り出す音が聞こえてくる。

 振り向いた時には、彼女を乗せた電車の姿は小さくなっている。

 カーブに差し掛かった電車を見つめながらつぶやく。


「また、明日…。」


もし、お気に召した方が多かったら、また書いてみたいと思います。

ご評価いただければ幸いです。

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