新しい友達 伍
撮影から三日が経った、火曜日のこと。
いつも通り登校し、鞄から筆箱やら教科書やらを取り出していた時、ふと視界の隅にこちらを向いた誰かの足もとが見えた。
「おはよ」
それと同時に、ややぶっきらぼうな挨拶が飛んでくる。
恐る恐る顔を上げると、机を挟んだ向こう側に、白茶色の髪をハーフアップにまとめあげた小柄な女の子が立っていた。安堂さんだ。
その鋭利な光をたたえた瞳は、なぜか私をじっと見つめている。
それがちょっとだけ怖くて、私は無意識に息を詰めていた。
「……おはよ」
安堂さんが口を開く。
混乱しながら安堂さんの顔を見ていた私は、しばらく間を置いた後、彼女に挨拶されたのだということに気がついた。きっと先ほどの声も、安堂さんのものだったのだろう。
「あ、うん、おはよう」
慌てて言葉を返せば、安堂さんが少しだけ満足げな表情を浮かべた。怖いイメージのある彼女だが、意外とかわいいところもあるようだ。絶対本人には言わないけど。
でもすぐに安堂さんは真顔に戻って、何事もなかったかのように席に着いてしまった。
……なんだったんだろう、今の。
もうこちらを見る気配すらない安堂さんの後ろ姿を眺めながらそう思った時、ふとこちらを見ていたらしい詩央里ちゃんと目が合った。
自分の席にいる詩央里ちゃんは私と視線が交わると、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
それから右腕を胸の前まで掲げて、ぐっと親指を突き上げてみせる。
「ええ……」
詩央里ちゃんの謎の行動に、私はすっかり困惑してしまった。得意げな表情をしているが、何をそんなに自慢したいのか全く分からない。
と、その時、前方の扉から雛奈ちゃんと兎田ちゃんが入ってくるのが見えた。
「あ、茉桜っちじゃん。おはよー!」
「おはよう、茉桜ちゃん」
「……お、おはようございます」
咄嗟に頭を少し下げて挨拶を返すと、兎田ちゃんが「なぜに敬語?」と手を叩いて爆笑した。解せぬ。
「おはよー二人とも」
不意にぱっと片手を挙げて、詩央里ちゃんが雛奈ちゃんと兎田ちゃんに話しかけた。それを見て、私は思わずあれ、と目を丸くする。
この三人って、今までに接点あったっけ?
「やっほー古賀ちゃん。さっきぶりだねー」
「ねー」
兎田ちゃんは特に驚く素振りを見せることなく詩央里ちゃんと話している。その隣に立つ雛奈ちゃんも、ニコニコの笑顔で二人のやり取りを眺めていた。
「あの、お三方は……以前からの知り合いで?」
少しずつ三人の方へにじり寄りながらそう尋ねると、真っ先に兎田ちゃんが答えた。
「まあクラスメイトだしね~」
「そうそう」
正論すぎる兎田ちゃんの言葉に、詩央里ちゃんが腕を組んで何度もうなずく。いやそれは私も分かってます。
「朝ごはんの時たまたま会ったんだよ。詩央里ちゃん一人だったから、一緒に食べようってなって」
ここで雛奈ちゃんが分かりやすい説明をしてくれた。だから兎田ちゃんは詩央里ちゃんに「さっきぶりだね」って言ったのか、と私は納得する。
「それで、さっきの安堂さんの挨拶は……」
ちら、と後ろを振り返れば、ちょうど安堂さんがワイヤレスイヤホンを耳にはめたところだった。曲でも聞いているのだろうか。
「ああ、それね。昨日私がマオちゃんの話して、仲良くしてねって言っといたんだ」
あいつ意外と律儀だからねー、と今度は腰に手をあてて、詩央里ちゃんが愉快げに笑う。
「まじで? じゃああたしとも仲良くなってくれるかな」
「さあ、どうだろ。トダちゃん声大きいから避けられるかもよ?」
「うそでしょ!?」
「ほら今のとか」
うわーまじかー、と頭を抱えて兎田ちゃんがうめいた。それを詩央里ちゃんがけらけらと笑いながら眺めている。
まるで以前からの友達のように接する二人に、私はすごいなあ、と感心してしまった。
「……いいなあ」
ぽつり、と誰にも聞こえない声量で呟く。
兎田ちゃんの元気なところとか、詩央里ちゃんの面白いところとか、雛奈ちゃんの穏やかなところとか。多分そういう要素が重なり合って、三人はすぐに仲良くなれたのだろう。
それは、倉木先生のコミュ力と同じ、私にはない『才能』だ。
何かに夢中になることや、人より得意なものがあることは、その人の個性となる。好きなことや得意分野が揺るぎない軸のようなものになって、それが人を支えてくれるのだ。
けれど、私には何もない。夢中になれるものも、突出した『才能』も。
だから、兎田ちゃんたちが羨ましかった。私も何か自慢出来るようなものが、欲しかったのだ。
――見つけなければ。この学園で、私が胸を張って誇れるような『才能』を。
そう決意して、私は拳をぎゅっと握りしめた。