新しい友達 壱
突然だが、一つ質問をしたいと思う。
――入学または進級をした時、最初にすることとは一体何?
クラスメイトの名前を覚えること? それとも、授業の予習をすること?
答えは人それぞれだ。この問いかけには明確な正解がないから、今考えていることが必ずしも間違っているわけではない。
それでも、大体の人は一番に『あること』をする。
そう――友達づくりだ。
◇
「おはようございまーす」
入学式から数日が経ったとある朝、元気な挨拶とともにひとりの青年が教室へ入ってきた。するとちらほら「おはようございます」と返す人がいて、彼はそれにもまた挨拶している。
入学式の時にすごく驚いたのだが、私の所属している一年A組の担任は、なんと倉木さんだった。説明会で司会をしていた、あの茶髪イケメンだ。
フルネームは倉木茅人。結構明るい性格だったようで、初日からニッコニコの笑顔で「最高の学生ライフを楽しもう!」とエンジン全開だったのが印象に残っている。
「そういえばさ、今日から授業始まるじゃん? 僕が全教科やるんだけど、最初はミニゲームとかやった方がいいのかなー」
倉木先生は友達相手に話すように、一番前の席の女の子にそう声をかけた。私の脳内で、説明会の時のイメージが崩れ去っていくのが分かる。
いや先生めっちゃテンション高いな。女の子もびっくりして話せないんじゃない?
そう思って、話しかけられたセミロングの女の子へ目を向けると……。
「そうですね。初回からがっつり授業は勘弁してほしいです」
「だよねー。じゃあ絵しりとりでもしよっか!」
「わあ、やった。楽しみです」
まじか。女の子の方も普通に話している。その人一応教師ですけど……。
暇潰し用の文庫本を開きつつ、楽しそうに話す二人の様子を眺めていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。ナイスタイミングである。
「あ、鳴っちゃったね。じゃあホームルームを始めまーす」
先生は顔を上げると、手もとのタブレットの電源を入れ、何事もなかったかのように今日の連絡事項を話し始めた。切り替え早いな。
「再来週には体力テストがあるので、体調管理をしっかりして下さいね」
「はーい」
返事をするクラスメイトたちの声を聞きながら、私はすぐ隣にある窓の外を見上げて小さなため息をついた。向こう側には満開の桜が広がっていて、時折春風に吹かれ薄桃色の花弁を散らしている。
きっと、倉木先生は他人との距離の詰め方が上手いんだろうな。もともとの性分なのか、はたまた努力の賜物なのかは分からないけれど、人の心にすっと入り込んでしまう不思議な魅力が先生にはある。
それは、私には到底真似できない芸当だ。だって私は今そのことで悩んでいるのだから。
千両学園に入学して、今日でもうすぐ一週間。私には、まだ仲良く話せるような友達がいない。
ちなみに、席は窓側の前から三番目というちょっと微妙な場所で、前後と右隣の席に女の子が座っている。これだけ見れば恵まれてると思うかもしれないけれど、その女の子たちの癖が、まあ中々に強いのだ。
そのことについて、少しだけ話をしよう。
まず始めに、一つ前の席に座っている子について。
名前は安堂さんといい、白茶色の髪をハーフアップにしているのが特徴だ。目もとがキリッとしてて、背丈は私より少し低い。
そんな安堂さんは、人の好き嫌いがはっきりしている性格のようだった。本人から聞いたわけではないから、推測でしかないけれど。
他人とは極力話さず、プリントを回す時もほとんどこちらを見ない。でも一番前の席の子――倉木先生と話していた子――とは友達のようで、休み時間にその子のもとへ出張しているのを何度も見かけたことがある。
まあつまり、警戒心の強い猫みたいな人だと思ってくれればいい。
続いて、私の隣に座っている子についてだ。
神崎さんという名前の彼女は、まだ一回しか教室に来ていない、謎多き人物だった。本格的な授業は始まっていないものの、入学式以降見かけていないから、今後も登校してくるかどうかは分からない。
初日だけ姿を現した神崎さんは、真っ黒なカチューシャをつけている、長身の美人だった。頬杖をつく姿すら様になっていて、あとおそらくピアノを弾いている。
話しているところすら見たことがない、というかそもそもいないので、仲良くなるのはまだまだ先になりそうだ。
そして最後に、後ろの席の子について。
先の二人とは違って、その子はとても大人しい性格だった。サラサラな黒髪が目を引く、市ノ瀬さんという女の子だ。
けれど市ノ瀬さんは静かすぎて、逆に距離をつかみづらいタイプだった。
私が話を振れば相づちを打ってくれるし、笑ってもくれる。でも相手の方から話をすることはなくて、会話のキャッチボールは即終了。
あとに残るのは気まずさだけで、自分のコミュニケーション能力の低さがめちゃくちゃ恥ずかしかったのは良い思い出だ。
このように、現時点で打ち解けられそうな人は誰もいなかった。友達づくりは前途多難のようだ。
……というか、これから先も出来る気がしないんですが。
◇
――そう思っていた時期も、私にはありました。
「この唐揚げ美味しいね。もう毎日食べたいくらいだよ」
私の目の前に座ってそう話している、ミルクベージュの髪の女の子。ギブソンタックというお洒落な髪型をしていて、白米とおかず、そして味噌汁をバランスよく食べている。
「茉桜っち、もうお腹いっぱい? ならそれちょーだい」
その隣に座っているのは、焦げ茶色の髪を高いところで一つにくくった、利発そうな女の子だ。四月なのにもうブラウスを捲っていて、私の唐揚げをあからさまに狙っていた。
今は昼時、場所は食堂。他の席にもクラスメイトがいて、グループで談笑していたり、ひとりで黙々とご飯を食べたりしている子もいる。
私がこのような状況になったのは、三時間目の終わりごろまで遡るのだが――。