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凡才少女の下剋上  作者: ことう
第一章 ギフテッド・プロジェクト
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序章 肆



「……いや~、楽しかったわね、説明会。制服すごくかわいかったし、学費も公立とほとんど変わらないし」


 個別相談が終わった後、お母さんは晴れやかな笑顔でそう言った。


「全寮制だけどね」

「入学したら中々会えなくなるわねえ」


 そんな他愛もない話をしながら、夕暮れのオレンジ色に染め上げられた廊下を歩く。まだ相談が終わっていない人がいるのだろう、通り過ぎる教室の中から、時々話し声が聞こえた。


「それで、茉桜はどうしたい? ここに入るか、他の高校を受験するか」


 お母さんのその言葉に、私は視線を宙に投げた。


「……行ってみたいなって気持ちはあるよ。けど、ちゃんと三年間やっていけるかどうか、自信がないんだよね」


 千両学園でなら、私は夢を見ることが出来る。それはとても魅力的で、きっと楽しい。


 でも、プロジェクトの目的にもあった通り、この学園は『才能』を伸ばすために作られた場所だ。


 私はそれに、該当しないから。


「伸ばせる才能なんて、私にはないし」


 どこにでもいるただの凡人で、強大な力を何一つ持たない中学生。それが私だ。


「……あのね、茉桜」


 その時、お母さんが私の名前を呼んだ。今までに一度も聞いたことがない、静かで穏やかな声音だった。


「なんでわたしが色んなことに首をつっこむのか、分かる?」

「……楽しそうだから?」


 私は少し考えた後、疑問を疑問で返した。というかお母さん、好奇心旺盛って自覚あったのか……。


「んー、まあそれもそうなんだけどね」


 濃く色づいた夕日に照らされながら、お母さんは小さく笑った。


「迷ったら行動ってよく言うじゃない? 要は色々経験して、色々なことを学びたいからよ」


 抱えたパンフレットを見下ろして、今度は私の方へ視線を向ける。


 その瞳が私の弱さを見抜いているような気がして、私はそっと目を逸らした。


 私たちの足音が、やけに響いている。


「本当にやりたくないのなら、別にわたしは止めないわ。これは茉桜自身の問題だから。でも、ほんの少しでも興味があるなら……参加してみても、いいんじゃない?」


 まずは、自分から行動してみること。他人任せの人生なんて、夢も憧れもないから。


 ――なんだかんだ言って、お母さんは私の『親』なんだよなあ。


 はは、と私の口から笑みがこぼれた。


 迷ったら行動。人によっては安易な考えだと言われそうな言葉だが、今の私に足りないものを表しているのかもしれない。


 私に必要なもの。それは、一歩踏み出す勇気だ。


 なら、私は……。


「――あの」


 その時、柔らかい声が私の耳に届いた。


「これ、落としましたよ」


 振り返ると、肩口で切り揃えられたミルクベージュの髪が特徴的な、セーラー服の女の子が立っていた。その右手には、私のハンカチが握られている。


「あ、すみません。ありがとうございます」


 慌てて受け取れば、女の子は「いえ」と優しく微笑んだ。


 と、その横にあった教室から、女の子と同じ髪色の女性が出てきた。多分、彼女の母親だ。


 女性は私とお母さんの姿を捉えると、女の子とそっくりな暖かい笑顔で会釈をした。


「……それじゃあ、また入学式で」


 そう言って、女の子が小さく手を振る。一瞬反応が遅れたもののすぐに手を振り返せば、女の子は嬉しそうに笑った。


「……どうよ、行く気になった?」


 二人が廊下の向こうへ消えてしばらくした後、背後からお母さんがそう尋ねてきた。答えなんて、もうとっくに分かっているだろうに。


 私はあえてゆっくり振り返ると、お母さんに向かってグッと親指を突き上げた。


「もちろん」


 あの女の子が何年生なのかは知らないけれど、初対面の私に向かって『また』と言ってくれたのだ。


 それがすごく嬉しくて、さっきまであったはずの不安は、どこかへ行ってしまった。


 これはもう、行くしかない。


「……とりあえず、入学してみるよ」


 やっていけるかどうかを考えるのは、その後だ。



 ◇



「――じゃ、行ってくるね」


 改札の少し手前で、私は見送りに来てくれた家族へそう告げた。


 冬の気配は徐々に薄くなり、吹き抜ける風が春を感じさせる。駅に来る途中に何度か咲き始めの桜を見かけて、もうすぐ春なんだなあと思った。


 ふと、新調したての制服を見下ろした。黒いラインが入った真っ白なジャケットに、深紅のネクタイ。校章が縫われているブラウスは真っ黒で、一部分だけ黒いプリーツスカートがとてもかわいかった。


「気をつけてね。連絡、待ってるから」


 お母さんの少し心配するような言葉に、私は「大丈夫だって」と笑いかけた。


 ――卒業式から二週間が経った、三月末の今日。

 私は、千両学園のある東京へ向かう。


 事情を知っているのは、家族と担任の加藤先生、あとは校長先生くらいだ。自分の中学校からプロジェクトの参加者が出たことがよほど嬉しかったのか、校長先生は満面の笑みで「おめでとう」と言っていた。


 それから、結依ちゃんについて。


 さすがにすべてを話すわけにはいかなかったので、東京の高校に通うことと、しばらくは戻って来られないだろうということだけを伝えた。


 結依ちゃんは映画に行けないことを寂しがっていたけれど、長期休みにまた遊ぼう、と約束すれば、笑ってうなずいてくれた。


「次会えるのは夏休みか?」

「そうだね。あと四か月後くらいかな」


 お父さんの問いかけに答えた後、私は莉緒へ視線をやった。


「またね、莉緒。私がいなくても、勉強くらいはちゃんとやりなよ?」


 そう言って挑発的に微笑めば、莉緒は頬を膨らませて憤慨した。


「分かってる! 最後までうるさいなー」

「はいはい」


 こうやって軽口を叩きあえるのも、これで最後。そう思うと、ちょっとだけ寂しくなった。


 改札を越えれば、後は私ひとりで戦わなくてはならない。大事な家族も友達も、誰ひとりとしていないのだ。


 でも、そんな道を私自身が選んだから。


 限界が訪れるその時まで、私なりに精一杯頑張るつもりだった。



「またね」



 出会いと別れを呼び寄せる春が、私を待っている。



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