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凡才少女の下剋上  作者: ことう
第一章 ギフテッド・プロジェクト
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専攻授業 壱



 文部科学省によって始動した『ギフテッド・プロジェクト』とは、日本の世界的地位の向上や未来を担う子どもたちの育成を目的とした、大規模な計画のことである。


 対象となるのは満七歳から十六歳までの小中高生。大雑把な内容としては、それぞれ初等部、中等部、高等部に分かれて、政府側が企画したカリキュラムをこなしていくというものだ。


 そして、今日はプロジェクトが開始してから初めての特別カリキュラム、通称『専攻授業』が始まる。


 内容はいまだ明らかにされていないものの、担任の倉木先生いわく「みんな楽しいって思うような企画」らしい。抽象的すぎてよく分からなかったが。


 不安と期待が入り交じる中、先生は朝のホームルームで、クラス全員に一枚の紙を配った。


 個人名が書かれたそれは、四時間目以降に行われる『専攻授業』の案内書のようなものだった。


 集合時間と場所が印刷されていて、私の場合六時間目までずっと一つ上の階……つまり、高等部二年生の教室にいるよう指示されている。その下には『学問専攻』という、謎の言葉が記されていた。


 これは人によってバラバラなので、くれぐれも友達について行かないよう先生から注意を受けた。


「これは君たちの『才能』を伸ばしていくための重要な授業です。半端な気持ちで臨むことのないようにお願いします」


 いつも通りの笑顔で、けれどいつもより真剣な雰囲気を纏って、倉木先生は私たちにそう言った。


 ――ついに始まる。私の『才能』を見つけるための、最初の授業が。


 果たして私は、卒業するまでに見つけられるのだろうか。


 まだ分からないけれど、とりあえず頑張ってみよう、と私は決心した。



 ◇



「ねえ」


 一時間目が始まるまでの十分休憩の時、安堂さんが突然こちらを振り返ってそう声をかけてきた。


「びっくりした……どうしたの?」


 彼女の方から話しかけてくるなんて珍しい。いつもは黙っているか相づちを打つだけなのに。


 ……もしかして私、何かやらかしたのかな。


 若干びくびくしながら次の言葉を待っていると、安堂さんはクリアファイルから先ほど配られた案内の紙を取り出した。


「専攻なんだった?」


 ずい、と紙を差し出される。それを覗き込んでみると、集合場所は音楽スタジオ、そしてその下には『音楽専攻』という文字が書かれていた。


「音楽……」


 私とは違う言葉だ。集合場所も初めて聞く名前だし、私と安堂さんは別行動になるということなのだろうか。


「私は学問専攻って書いてあったよ。場所はこの上の教室だって」

「……ふうん」


 安堂さんがそう呟いた時、不意に「なんの話ー?」と声が聞こえた。


 顔を上げると、窓から吹き込んだ風になびく、艶やかな胡桃色の髪が視界に映った。詩央里ちゃんだ。


「おはよう、詩央里ちゃん」

「おはよーマオちゃん」


 自分の席からやって来たらしい詩央里ちゃんは、ぱっと片手を挙げながら挨拶してくれた。


「で、二人でなんの話をしてたの?」

「さっき先生から配られた紙のことなんだけど……」


 私が目配せをすると、気づいた安堂さんが詩央里ちゃんに紙を手渡した。


「『音楽専攻』って書いてあるところ、私のには学問ってあったから」

「なんで違うのかなーってこと?」

「そうそう」


 詩央里ちゃんはふむふむ、と顎に手をあてて、もう片方の手もとにある紙を眺めていた。


「ていうか、マオちゃん私と同じだね」

「同じ?」


 首をかしげると、詩央里ちゃんが顔を上げて薄く微笑んだ。その拍子に、ぱっちりとした彼女の瞳が少しだけ細くなる。


「専攻。私も学問だったんだ」

「え、そうなの?」

「うん。友達いて良かったよー」


 やったね、と詩央里ちゃんが私の肩を軽く叩く。


 それを聞いて、私も少し安心した。話せる人がいるのはかなり心強い。よく話しかけてくれる詩央里ちゃんならなおさらだ。


「そういえば、雛奈ちゃんと兎田ちゃんはどうだったのかな」


 きょろきょろと二人を探しながら私が尋ねると、詩央里ちゃんがつられて後ろを振り返った。


「あの二人なら今トイレだと思うよ。さっき出ていくの見たし」

「そっか」


 ということは、二人がなんの専攻だったのか、まだ知ることは出来なさそうだ。まあ話す時間はたくさんあるし、そう急ぐ必要もないだろう。


「でさっきの話だけど、多分『専攻』ってついてるから、それについての勉強をするんじゃないかなーって私は思ってるよ」


 再び顎に手を添えて、詩央里ちゃんがそう言った。私は「なるほど」と相づちを打つ。


「私とマオちゃんだったら国語とか数学とかの勉強をして、響は音楽の勉強……まあ演奏したりするんじゃない?」


 あくまで推測だけどね、と詩央里ちゃんは笑ったけれど、私はその考えは案外的を得ているんじゃないかと思った。


 大学とか高校とかでよくある専攻は、自分の得意な教科や学問をより専門的に学ぶためのものだ。……本当にそうなのか自信はないけど。


 そして、ここは私たちの『才能』を伸ばすためにつくられた学園だ。得意な教科、の部分を『才能』がある分野、に置き換えれば、なんら不思議ではない。……本当にそうなのか自信はないけど。


 まあとにかく、実際にやってみないと分からないこともあるだろう。だから今は、ただ待つしかない。


「楽しみだね」


 そんな私の思いを知ってか知らずか、詩央里ちゃんがそう言ってゆったりと笑った。今まで黙っていた安堂さんも、彼女の言葉には首肯を返す。


「……うん」


 私もうなずいて、それから気づかれないようそっと視線を落とした。


 詩央里ちゃんは本当に楽しみだと思っているようだったけれど、私はちょっとだけ、憂鬱な気持ちだった。


 ――五十嵐茉桜には『才能』がない。


 そうやって失望されるのが、私は怖い。



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