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凡才少女の下剋上  作者: ことう
第一章 ギフテッド・プロジェクト
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体力テスト 弐



 その後、午前の部を終わらせた私たちは、午後の部が始まる前に一旦昼食をとることになった。


 ちなみに、午前中はハンドボール投げと五十メートル走、それから体育館に移動して握力と上体起こしの四つを計測した。もちろん、私の結果はどれも平均くらいである。


「やばい、ほんとに明日筋肉痛になりそう」


 左手をぶらぶらさせながら、詩央里ちゃんが嘆息した。そんな詩央里ちゃんと私は、今かなり良い勝負をしている。


 隣で黙々とご飯を食べている安堂さんは、五十メートル走と握力でなんと八点を獲得した。このままでは合計点で負けるかもしれない。


「明日体育なくて良かったね」


 対面に座っていた雛奈ちゃんが、口もとに手を当ててくすりと笑った。


 ハンドボール投げで驚異的な記録を叩き出した彼女は、なんと同学年の女子の中で一番の飛距離だったらしい。


 さらにその後も順調に高得点をとり続けているため、やっぱり雛奈ちゃんには『才能』があるみたいだ。


 そしてもうひとり、全く疲れた様子を見せていないのが――。


「えっ、明日体育ないの!? あると思ってたのに!」


 雛奈ちゃんの隣ですっとんきょうな声をあげた、兎田ちゃんである。


「相変わらず声大きいねートダちゃん。足とか痛くないの?」


 詩央里ちゃんが苦笑すれば、兎田ちゃんはきょとんとした表情で首をひねった。


「別に? これくらいなんともないよ~」


 早く午後の部もやりたいね! と無邪気に笑う兎田ちゃんは、本当に疲れているようには見えない。


 雛奈ちゃんだけでも十分やばいと思ったのだけれど、兎田ちゃんは同じくらい、いや、それ以上の『才能』を持っていた。


 兎田ちゃんは、現時点ですべての種目が満点――特に五十メートル走では、雛奈ちゃんと同じく学年の女子の中でトップの記録だったのだ。


 この結果が意味することは、至って単純である。


 兎田ちゃんは運動が得意どころの話じゃない。神に愛された存在……生まれ持った運動の『天才』なのだ。


「学年トップが二人も揃ってるなんて、縁とは怖いものですなー」


 しみじみとそう呟いた詩央里ちゃんだが、本当に怖いと思ってるのかはいまいち分からない。


 安堂さんも平然としているので、なんだか私だけ取り残されたような気分だった。


「二人はなんの部活をしてたの?」


 その疎外感がなんとなく嫌で、私はさりげなく話題を別のものにすり替えた。


「わたしは陸上部だよ」


 先に答えたのは、にっこりと笑った雛奈ちゃんだった。


「雛奈、陸上部だったんだ」


 ぽつり、と安堂さんが呟く。驚いているのか、その目はわずかに見開かれていた。


 たしかに私も、雛奈ちゃんが球技系の部活ではなかったことにびっくりした。あれだけすごい球を投げるのだから、てっきりハンド部とか、そういうところに所属しているものだと思っていたのだ。


「うん。短距離だったよ」

「……ドッジボールの経験はある?」


 詩央里ちゃんが静かに問いかけた。どこか確信めいた、そんな口調だった。


「小学生の時、地域のクラブチームに入ってたよ。中学で辞めちゃったけどね」

「あ、だからあんなに上手だったんだ!」


 兎田ちゃんがポン、と手を叩いてそう叫んだ。相変わらず声が大きい。


「そのトダちゃんは、中学生の時何やってたの?」


 再び詩央里ちゃんが問いかける。すると、兎田ちゃんは元気良く挙手をして「バレー部だったよ!」と満面の笑みを浮かべた。


「そうなんだ。なら運動得意なのも納得だね」


 雛奈ちゃんが手を合わせて微笑んだ。彼女の言う通り、高く跳んだり強烈なスパイクを打ったりするバレーボールなら、兎田ちゃんの桁外れな身体能力にも説明がつくだろう。


 ……まあ運動部だからって、全部の種目で満点を取れるとは思えないけど。


「じゃあご飯も食べたし、そろそろ体育館に戻りましょうか」


 椅子を引いて立ち上がりながら、詩央里ちゃんが私たちにそう言った。食堂の時計は集合時間のおよそ二十分前を指している。


「そうだね」


 私は詩央里ちゃんの言葉にうなずいて、それから「ご馳走さまでした」と手を合わせた。



 ◇



 午後の部では、反復横跳びと立ち幅跳び、そして長座体前屈の三つを計測する。シャトルランはまた後日行うそうだ。


「立ち幅以外の二種目は、必ず二人か三人一組になって測ってくださいねー」


 体育館に熊谷先生の言葉が反響する。その後は再び解散となり、私はすぐに雛奈ちゃんと兎田ちゃんのもとへ駆け寄った。


「ね、ペアってどうしようか」

「それ思った! うちら奇数だし、二つに分かれた方が良いのかな~」


 兎田ちゃんがうーん、と腕を組みながら唸った。雛奈ちゃんも困ったような表情を浮かべている。


「――私はトダちゃんの提案が良いと思うよ」


 ふと背後から声がして、振り返ると詩央里ちゃんと安堂さんが立っていた。


「グーとパーで二手に分かれるってのはどうよ。それかジャン勝ちとジャン負けで」

「あ、たしかに。それいいかも」


 雛奈ちゃんが笑顔で賛成する。私も異論はなかったので、兎田ちゃんと一緒に「いいよー」とうなずいた。


「じゃあ、私が『合わせ』って言ったらグーかパーを出してね」


 そう言って、詩央里ちゃんは握った右手を前に出した。私たちも同じように拳を突き出す。


「いくよー……グッとーパーでー合ーわーせ!」


 その言葉を合図に、私は思いっきり左手を開いた。



 ◇



「……はい、もう伸ばしていいよー」

「おっけー!」


 壮絶な――とは言えないかもしれない――チーム決めをした結果、私と兎田ちゃんがペアになった。


 今は長座体前屈の計測中だ。ちなちに、雛奈ちゃんたち三人は体育館の左側で反復横跳びを頑張っている。


 私が物差しをしっかり押さえて声をかけると、兎田ちゃんは返事をして上半身を前に倒し始めた。すると、両手に持っていた段ボールもあっという間に前へ進み出す。


「うわすっごい。兎田ちゃん身体めっちゃ柔らかいね」

「でしょ~」


 記録はなんと六十八センチ。もちろん点数は満点だ。


「バレーボールって柔軟性も必要だったりするの?」


 段ボールをもとに戻しながら尋ねてみると、兎田ちゃんは記録用紙を書く手を止めてぱっと顔を上げた。


「うん。あった方が色々楽だよ~」

「なるほど」


 怪我のリスクも減るし、と笑って、再び記録を書き始める。私はそれを眺めながら、運動神経良い人ってやっぱりすごいな、と思った。


「茉桜っちは? 運動やったことある?」


 唐突に兎田ちゃんから質問を投げかけられて、私は一瞬反応が遅れてしまった。


「……ううん。やったことないよ」


 なんとかそれだけ答えれば、兎田ちゃんはうんうん、となぜか何度もうなずいた。一体何を理解したのだろう。


「じゃあ好き?」

「……あんまりかな」


 続けざまに問いかけられる。今度は少しの間考えてから答えた。


 すると兎田ちゃんは、ほんの少し眉を下げながら「そっかあ」と笑った。それがなんだか寂しそうな表情に見えて、私は無意識に息を呑んだ。


 ――ああ、そうか。兎田ちゃんは運動が好きだから、そんな顔をしたのかもしれない。


 思えばどの種目を測る時も、兎田ちゃんはとても楽しそうだった。キラキラした笑顔で、その瞳には目が眩むような一番星を宿していて。


 詩央里ちゃんが「本を読むのは好き」と言っていた時と同じだ。兎田ちゃんも、運動が本当に好きなんだろう。


 だから、その『好き』を私と共有出来なくて、悲しいと思っているのだ。


 ……でもね、兎田ちゃん。


 苦手なものや『才能』がないものを、それでも「好きだ」って言い張れるほど、人間って強い生き物じゃないんだよ。



 ◇



「……あー、やっと体力テスト終わったあ。もう疲れたよー」


 寮へと戻る道すがら、詩央里ちゃんがぐっと伸びをしながらそう呟いた。


 時刻は四時を少し過ぎたころ。いつもより早めの帰宅だっため、太陽がまだ高い位置にある。


「お、体力テスト終わりかなー?」


 ふと後ろから男の人の声が聞こえた。やや高いその声音は、倉木先生のものだとすぐに分かる。


 先に振り返った詩央里ちゃんが、笑いながらぱっと手を挙げた。


「朝ぶりですね、倉木ティーチャー。略して倉ティー」

「え、何そのあだ名。もうクラスTシャツじゃん」

「先生クラスTシャツだったんですか!」

「違うよ兎田さん!?」


 あわてて首を横に振った倉木先生は、その後気を取り直したようにコホン、と咳払いをした。


「それで、体力テストはどうでしたか?」

「楽しかったです!」

「Aランクいけたので安心してます」


 真っ先に答えたのは、運動が得意な雛奈ちゃんと兎田ちゃんの二人だ。さすがと言うかやはりと言うか、二人の合計点は余裕で最高ランクだった。


 一方、詩央里ちゃんは「まあまあですね」と微笑み、安堂さんは無言で何度かうなずいていた。どちらも悪くない結果だったようで、その表情はすっきりしている。


「五十嵐さんはどうだった?」


 先生の目がこちらを向いて、私は若干口ごもりながら答えた。


「えっと……まあ、やれることはやったかなって」


 運動が得意なわけではない私の記録なんて、たかが知れている。どれか一つでも六点以上取れれば別になんでも良かったし、悔しいとか悲しいとか、そういう感情も特にない。


 ただ、兎田ちゃんみたいな『天才』になりたかったな、とは少しだけ思った。


「そっかそっか。まあ、頑張れたならそれで良しだね。お疲れ様です」


 倉木先生はそう笑って、後ろで手を組みながらぐるりと私たちを見回した。


「来週からは『専攻授業』も始まるし、今日はゆっくり休んでね」


 専攻授業。謎に包まれた、新しいカリキュラムの名前だ。結局それがどんな内容なのか、詳細は全く分からないままだった。


「はーい、先生。その『専攻授業』って、結局なんなんですか?」


 また説明があるのかな、と私が考えていた時、なんと詩央里ちゃんが倉木先生にそう尋ねた。


 まさかの展開に、私は思わず「えっ」と声を上げる。するとなぜか兎田ちゃんまで「なんなんですかー!」と盛り上がり始めた。


「んー、詳しくはまだ言えないんだけど」


 倉木先生はにっこりと笑みを浮かべながら、人差し指を口もとにそっと押し当てた。


「――きっとみんな楽しいって思ってくれるだろうから、期待して待っててね」


 瞬間、いつの間にか傾いていた夕日が、先生の端正な顔を朱く染め上げる。


 その姿が一瞬、何か得体の知れないもののように見えて、私はほとんど反射的に後ずさってしまった。


「……じゃあ僕は戸締まりと見回りしてくるから。また明日ねー」


 くすり、とかすかに笑った後、倉木先生はいつもの笑顔に戻った。最後にそう告げて、ひらひらと手を振りながらこの場を立ち去る。


 後に残ったのは、びっくりして声も出ない私たちと、五つの長い影だけだった。


 ……いや、先生意味深すぎない?



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