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凡才少女の下剋上  作者: ことう
第一章 ギフテッド・プロジェクト
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序章 壱



 この世界は、様々な『才能』で出来ている。


 勉強が出来る才能や、運動が出来る才能。人を楽しませる才能もあれば、人を不幸にする才能もある。


 些細なことから大きなことまで、『才能』というものは、日常のいろんな部分に潜んでいる。



 そして、その『才能』を利用して、世界ごと動かしてしまう人のことを――私たちは、尊敬と畏怖をこめて、『天才』と呼ぶのだ。



 ◇



「おはよー……」


 ふわ、と大きなあくびをこぼしながら、リビングへと続く扉を開ける。


 するとキッチンの方から、お母さんが「おはよ、茉桜(まお)」と微笑みながら顔を出した。その横には、ちょうどシンクへお皿を置いていた妹、莉緒(りお)がいる。


 私がもう一度挨拶すると、お母さんが冷蔵庫からタッパーを取り出しながら言った。


「ご飯は机の上にあるから」

「はーい」

「お姉ちゃん起きるのおっそ」

「うるさい莉緒」


 生意気な妹にべー、と舌を出す。小さいころは私の後ろをついて回ってた癖に、可愛げのない奴である。


 と、その時、いつの間にかついていたテレビの中から、ふとアナウンサーの声が聞こえた。


『――続いてのニュースです。およそ二年前に政府が発表していた巨大計画が、先日本格的に動き始めました』


「……巨大計画?」


 私は椅子に手をかけたまま首をかしげた。二年前といえば、私が中学一年生だったころだろうか。


「ああ。そういえば、結構な騒ぎになってたわよね」


 ニュースを聞いていたらしいお母さんの言葉に、私は再度首をひねった。


「お母さん知ってたの?」

「うん。あれでしょ、『ギフテッド・プロジェクト』」


 ……そう言われれば、そんなものもあったような気がしなくもない。あんまり覚えてないけれど。


「お姉ちゃん知らないの? 全国の子どもたちを一か所に集めて、貴重な人材を生み出すシサクのことだよ?」


 勝ち誇ったような表情を浮かべた莉緒が、私にそう説明してきた。私より博識なのがよほど嬉しいらしい。どうでもいいけど。


「莉緒、あんた施策の意味あんま分かってないよね」


 私はひとつため息をつくと、「いただきます」と手を合わせ、ハムとチーズ、それからマヨネーズがかかった食パンに手を伸ばした。お皿の横には、紫色の野菜ジュースが注がれたコップがある。


 パンをかじりながら再びテレビに目を向けると、ちょうど『ギフテッド・プロジェクト』なるものの説明がされていた。


『当プロジェクトは、日本の経済発展や世界進出、そして未来への投資を目的とし、これからの日本を背負う子どもたちの才能開花に力を入れていくものです』


 アナウンサーがそう言った瞬間、画面がパッと切り替わった。


 代わりに映し出されたのは、真っ白な壁が目を引く大きな建物だ。どこかの教会にも見える。


『こちらの建物が、プロジェクトの舞台となる千両学園です。運営するのは、日本を代表する大手企業であり、学校法人でもある大神(おおがみ)グループになることが決定しました』


 大神グループ。多才な現社長が一代で築き上げたとされる、日本経済の要だ。たしか東京に私立学園を抱えていたはずだったが、どれだけお金持ちなのだろうか。


『いやあ、楽しみですね。全国から才能ある子どもたちを集めるとのことですが、今後の日本にどのような影響を与えるのでしょうか』


 眼鏡をかけた男性アナウンサーが、にこやかな笑みを浮かべてそう話す。


 興味を失った私は、そっとテレビから視線をそらした。手もとのパンを見下ろして、ゆっくりとそれを口に運ぶ。


 どうせ私には関係のない話だ。私には才能なんてものはないし、突出した何かがあるわけでもない。


 これまでもこれからも、私はただの凡人なのだから。


 そう自分に言い聞かせて、私はごくん、とパンを飲み込んだ。



 ――だからこの時、私は予想すらしていなかった。


 国ごと巻き込む巨大計画が、私の未来を大きく変えてしまうことを。



 ◇



 十月といえど、昼間はまだ暖かい。冬服の出番はもう少し先になりそうだ。


 窓の外には満開の紅葉があって、三年生も残り半年か、と私はそれを眺めながら思った。


「茉桜ちゃん」


 名前を呼ばれて振り返れば、ひとりの女の子が私を見下ろしていた。やや茶色な髪を一つにまとめていて、その体躯はすらりとしている。


 彼女は結依(ゆい)ちゃん。今年初めてクラスメイトになった、私の友達だ。頭がよくて、バスケ部の元主将で、同性からも異性からも人気がある、キラキラした女の子。


「掃除お疲れー」

「お疲れ。結依ちゃん外庭だっけ?」

「そうそう。まだ暑いから汗めっちゃ出てくる」


 ぱたぱた、と手で扇ぎながら、結依ちゃんは笑みを浮かべた。つられて私も笑ってみせる。


「あ、そういえばさ」


 不意に何かを思い出したような表情をした結依ちゃんが、前の席の椅子に座りながら口を開いた。


「来年の話になっちゃうんだけど、四月にわたしが大好きな漫画が映画化するんだ」

「少女漫画だっけ。すごい面白いって前言ってたやつだよね」


 たしか、ヒロインと五人の幼馴染みの恋模様を描いたものだ。ベタな設定ではあったけれど、キャラクターそれぞれの思いがリアルに描写されていて、読んだ時に感心したのを覚えている。


「うん。キャストも結構いい感じだから、茉桜ちゃんと行きたいなって」


 嬉しそうにそう言って、結依ちゃんはどうかな、と小首をかしげた。


 来年の四月となると、私たちはきっと違う高校に進学しているのだろう。私も結依ちゃんも志望校は別々だし、会える回数はかなり減ると思う。


 だったら、この貴重な時間を無下にするわけにはいかない。私も結依ちゃんと一年限りの仲ではいたくないと思っていたし、何より結依ちゃんの方から誘ってくれたのが嬉しかった。


「いいよ、行こう。ていうか行きたい」

「やった! じゃあ決まりだね」


 私がうなずいた途端、結依ちゃんはぱちん、と手を合わせて破顔した。


 その晴れやかな笑顔が眩しくて。私は口もとに笑みを浮かべながら、そっと目を細めた。


 それから私たちは、五時間目のチャイムが鳴るギリギリまで、その映画化する漫画の話をたくさんした。お互い最新刊まで読んでいたから、会話が途切れることはなかった。


 ――正直なところ、私は未来の話をするのが好きではない。不確定な先のことをどれだけ信じたって、これから何が起こるのかを知る術はないから。


 けれど、こうやって大切な人との繋がりを感じられるなら、未来へ期待するのも悪くはないのかな、とも思った。



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