ピラミッドの謎 続き
「6月20日」
真田悠馬は5時50分に起床した。予定時間より10分早い。怜那は、少し前に寝床から起きだし、悠馬の朝ごはんの用意にかかっていた。どちらも目覚ましが鳴る前に、自らの体内時計で目が覚める。怜那は、冷蔵庫から食材を取り出し、水で軽く洗った。レタスの葉を千切って、皿に盛り付ける。キャベツを千切りにし、レタスの上にのせた。泊まりに来ている母や叔母の分も一緒に作る。こちらは、大皿にまとめて盛り付けることにした。ミニトマトを洗って同じように皿に盛り付け、冷凍のブロッコリーを解凍して、サラダのボリュームを増す。フライパンを取り出し、油を敷いて、卵を人数分割り、少し水を足して、中火で火にかけた。蓋をして数分火にかけて置く。その間に、冷蔵庫からヨーグルトの四連パックを取り出し、一つ割ってお盆にのせる。前日に買っておいたツナパンとメロンパンもお盆にのせ、箸とスプーンやホークも用意する。卵が焼きあがったので、それぞれの皿に盛りつけ、同じフライパンでウインナーを人数分焼く。ウインナーを火にかけると、お湯を沸かすポットに水を入れて、スイッチを入れる。コーヒーカップにコーヒーの粉を入れて、お盆にのせる。ウインナーがジュウジュウと焼けてきたので、ひっくり返して火を止める。千切りがいつもより多かった分、時間が掛ったが、かなり手慣れている。母親たちの為に味噌汁も作ろうと、鍋に水をいれて、カツオ出汁の粉末を投入する。昨日の野菜の残りを刻んで鍋に入れる。野菜が崩れるまで煮込むのがお気に入りだ。蓋をしてこちらも少し火にかけて置く。その間に先ほどのウインナーを取り出し、目玉焼きの横に添えて、食卓に運んで行った。悠馬が洗面所から出て寝室に向かう音がした。怜那はお湯をコーヒーカップに注ぎ、スプーンで数回混ぜた。食卓にランチョンマットを引いて、悠馬の朝食を並べる。ちょうど並べ終わるタイミングで悠馬が服を着替えてリビングに入ってきた。怜那からあいさつした。
「おはよう。」
「おはよう。今日も朝早くからありがとう。」
悠馬は怜那に感謝を忘れない。よく躾けられた好青年だ。悠馬は椅子に座って「いただきます。」と丁寧に言ってから、コーヒーを一口啜った。怜那は悠馬の横の席について、自分もお茶を一杯口にした。夫婦は対面で話をするより、横並びの方が良いことを知っている。夫婦が喧嘩する原因のほとんどが、無いものに目を向けるからだ。あることに感謝すれば、喧嘩する原因など存在しない。〇〇していない。〇〇やってくれない。家には〇〇がない。ない。ない。ない。の家族は不幸な毎日を過ごす。ある。ある。ある。の家族は、幸福な日々を送っている。人それぞれの人生だが、あることに感謝する人生を送りたいものだ。
悠馬が怜那に話した。
「日曜日は、11時頃に実家に行くと両親に伝えておいたので、お義母さんに9時前に家を出ようと思っていると伝えといてくれるかな。」
「わかったわ。何か実家に買っていこうと思うのだけど、何がいいかな?」
「別に何も持っていかなくてもいいよ。」
「そうはいかないわ。何か持っていくから、ご両親は嫌いなものってあるの?」
「嫌いなものはないかな。」
「じゃあ、ケーキ買っていこうかな。」
「まだその時間は空いてないと思うよ。水菓子にしたら。」
「羊羹とかゼリー?」
「水菓子は本来、果物のことなのだけど、怜那がいいと思うものでいいよ。」
「分かったわ。美味しそうなスイーツ買っとくね。」
悠馬は朝食を食べ終え、丁寧に「ごちそうさまでした。」を言って、洗面所に向かった。怜那は食器をお盆にのせ、テーブルを綺麗に拭いて、シンクに向かった。怜那が洗い物を終えた時に、悠馬は準備を済ませて、玄関に向かって行った。ほとんど時間ロスがない。それでいてバタバタすることもない、息ぴったりの二人の行動だ。悠馬は6時30分ちょうどに家を出た。ここからがなかなか思い通りに事が進まない女性連中の起床の時間になってくる。まず母親の優子が寝床から起きだしてこない。目を覚ましていてもゴロゴロと寝床を転がるばかりで、こちらの都合に合わせて起きてきてくれない。叔母の陽子ねえちゃんは比較的起きてくるのは早いのだが、コンタクトだのスキンケアだのとこれまた長い。顔のお絵描きが終わるのに2時間はかかる。そして最後に、我が娘だ。この女性が一番手がかかる。以上三名の女性陣のイレギュラー対策が急務だ。6時に出来上がっている朝食をたべるのは、いつも9時近くだ。今はまだ、悠馬を送り出したばかりだった。一番手のかかる女性を見る為に、怜那はリビングを後にした。
朝日が昇り、顔を直射日光が覆った。太陽の光は強烈だ。昂希は、暑さとまぶしさで目を覚ました。弟の拓希が椅子に座って、外を見ている。昂希は一瞬どこにいるのか分からなかった。よっぽど疲れていたのだろう。拓希が
「兄貴おはよう。」
と言ってきた。昂希も遅れて
「ああ、おはよう。」
と言ってみたけれど、少し寝ぼけている。脳が状況把握するのに時間が掛っている。遅れて紗希も目を覚ました。
「おはよう。」
紗希が言うと、二人もおはようと返した。昂希が拓希に聞いた。
「大丈夫か?」
「ああ、今のところ危険はないよ」
拓希が答えたので、昂希は再度問い直した。
「そっちもそうだけど、お前の足のほうは?」
「そういえば、忘れていた。大丈夫なんじゃない。」
「そのようだな。」
昂希と紗希はほっと胸をなでおろした。紗希が昂希に小声でしゃべった。
「私、トイレに行きたいんだけど・・・。」
昂希は頷いて、拓希に言った。
「ちょっとトイレに行ってくる。」
「どこにあるかわかるの?」
「あそこの人に聞いてみようと思う」
昂希が言って、見張りの一人に遠くから声を掛けた。身振り手振りでトイレに行きたいことを伝え、女性も一緒に行きたいということを何とか伝えた。見張りは、もう一人の見張りに声を掛け、走って村に帰って行った。しばらくすると、昨日お世話をしてくれた女性が一緒にやって来た。昂希と紗希は、いつもの両手を合わせて御辞儀をし、「ありがとう」と言った。二人は一緒に付いてこいと言う身振りをしたので、二人について行った。林を背にして、休憩所も集会所もホールも南東方向が出入り口になっている。休憩所の前には、村の入り口が一か所ある。比較的大きな入口だが、そこ以外に入る場所は見当たらない。入口の右手は建物が、向こう向きに立っているのか、小さな穴が開いているだけで、中は見えない。ここの施設同様、南東方向に向いているのだろう。村の入口の左手も同じような造りになっているが、銅の壁から数メートルにわたって、横長に建っている建物がある。そこには入口が二つこちら側から見える。村人二人はその施設に向かっているようだ。しばらく歩くと、その横長の建物の一つ目の入り口が見えて来た。男性が昂希に止まれと合図してきた。女性は女性通し歩くようにと指示してきた。紗希は村の女性と一緒に、もう一つの入り口に向かって歩いて行った。昂希は村の男性から、大か小かを聞かれた。小の合図をすると、入口を指さし、勝手に行ってこいと言わないばかりの手振りをしてきたので、昂希は男性が示した入口に向かった。ピクトグラムがあるわけではないが、手前が男性で奥が女性と分けられているようだ。横長の施設に向かって右端に入口がある。もう一つは左端に入口が付いている。入口に扉はない。中に入ると、施設の高い所に小さな穴が規則正しく何か所も開けられている。この部分は木造で作られており、屋根と一体となって、この施設にかぶせられているようだ。明かりと匂いの為だろう。その下の部分は石のような、コンクリートのような素材で作られている。下を見ると、施設の真ん中に、幅30㎝で施設の端から端までくりぬかれている。下を見ると銅の壁に向かって、穴が深くなっているように見える。海の音が聞こえるので、直接海に排便する形の様だ。この溝にまたがって大便をすることが分かった。さらに奥の壁の下にも同じような幅が掘ってあるが、こちらは数センチの深さの溝の様だ。どこからともなく水が流れているのが気になった。昂希は壁に向かって放尿して用を足した。この施設にはトイレットペーパーの類は見当たらない。昂希は外に出た。先ほどの男性はすでに所定の位置に戻っていた。トイレの前で紗希が出てくるのを待っていた。男性トイレの横に先ほどの溝の続きが出ていることが分かった。よく見ると、その溝は向こうの堀まで繋がっている。手前に何か所か水をためるように円形に深く掘ってあるところがあり、このトイレの横にも石でできた水のたまり場があった。その横に木の桶のようなものが何個か置いてある。ここの施設は全体的に真ん中が高くて外に行くほど低くなっているようだ。我々には気づかないぐらいの傾斜だが、確実に向こうからこちらに水が流れるようにできている。施設の左の出入り口から、紗希と村の女性が一緒に出てきた。女性は桶を持っている。ここにあった桶のようだ。昂希はピンときた。ここの桶を、自分で水を汲んで行き、流すようだ。紗希は村の女性に「ありがとう」と言って、手を合わせ、お辞儀をした。さすがに何度も同じ行為を繰り返しているので、村の女性もありがとうの意味を理解したらしい。昂希と紗希は一緒に休憩所に戻った。拓希が僕もトイレに行きたいと言い出したので、昂希がトイレの使い方を説明した。拓希は頷いて、一人で横長の施設に向かって行った。拓希がトイレから帰ってくると、紗希と一緒にトイレを案内してくれた女性が、3つの木の板に昨日と同じように食事を持ってきてくれた。三人は同じようにありがとうのジェスチャーをすると、女性はにっこりとした。昨日借りた布を丁寧に畳んで、女性に返した。村の女性はたどたどしく言った。
「あ・り・がとう」
紗希は微笑んで、応えた。
「どういたしまして」
女性は微笑んで、村に帰って行った。しばらく、三人は味気の薄い食事をしながら、今後どうするかを話し合った。当然答えなんてでない。結局流れに任せて行くしかないという結論に達した。食事を食べ終えると、頃合いを見計らったかのように、先ほどの女性たちと、村の長老らしき人物が現れた。三人はいつも通りありがとうと言って手をあわせると、村の女性の一人が
「どう・い・た・し・ましら」
すこし変な日本語を返してきた。紗希が微笑みながら、リピートした。
「どういたしまして」
女性はにっこりして、配膳を下げた。長老が近づいてきたので、三人は休憩所からでて、長老と対面した。長老と昨日の年配の男性と窓口の男性。夜に警備についていた男性も数人一緒にやってきた。三人は頭を下げて、日本語で行った。
「おはようございます」
長老は隣の男性に頷き、窓口の男性が付いてくるようにと、身振り手振りで伝えてきた。三人は分かりました。少しお待ちください。と言って、休憩室に入り、リュックを背負った。一行は長の後に続いて、村の中に入って行った。この村は不思議な建物の配置をしている。昂希は不思議な感覚にとらわれた。拓希が、思い付いたことを口にした。
「まるで迷路みたいに入り組んでいるね」
紗希も答えた。
「長に付いていかなければ、村からでられないよ。もうどのように歩いて来たか覚えていないよ」
昂希はハッとして気づいた。この村は敢えてこのように複雑に作られているのだ。つまり、軍事施設を兼ねている。ここに暮らしている村民は、良く見ると屈強な男女ばかりだ。子供や老人をほとんど見かけない。人数もかなりいるように思える。ここは砦であり、兵舎なのだろう。複雑な道を通って村を抜けた。村を抜けるとすぐ右手に橋が中央に向けて掛かっている。橋より向こうには、競馬場を思わせる施設がある。軍事訓練と娯楽の両方ができる構造になっているみたいだ。長老が橋を渡り始めた。こちらの橋は外の橋よりは幅が狭いが、穴はどこにも開いていない。橋を渡りながら次の陸地を眺めた。三重の土地より少し高い位置に陸地がある。ここも外側に高い壁が覆っている。所々に船が停泊している。橋を渡り切って、我々三人に少し待つように伝えてきた。三人は頷き、すこし壁よりに位置を変えた。昂希は壁の原料が何であるのか気になった。銀色に輝く壁に興味津々だ。銀で存在するものは、現代ではステンレスなどがあるが、この世界ではそれは考えられない。加工しやすい金属となると錫以外考えられない。しかしこの二重目の土地の外壁全部に使われているとなると相当な量だ。錫は酸化しにくく錆びにくい性質を持っている。さらに抗菌作用があり、有害物質が溶け出さない特徴もある。純度100%のものは、手でも変形できるほど柔らかく、金属臭がほとんどしない。ただ金や銀に次ぐ希少性の高い金属で、この時代に物の価値が分かる人がいることに驚きだ。一つ目の壁の外壁が銅で、二つ目の外壁が錫で出来ている。潮風で壁が崩れることを防いでいるのだ。ものすごい知識量だ。また壁の高さも絶妙で、土地への塩害被害を最小限に留められる高さに設定しているのだろう。昂希は橋と壁に触れて思考を巡らせていた。
紗希は二重目の大地を見ていた。最初に入った三重目の大地と違い、こちらでは農業を思わせる造りになっている。見ようによってはバラバラだが、見ようによっては、規則正しく植物が植えられているように見える。それは区画によって同じものが生えているからだ。現代のように、畝と畝間がきれいに並んでいるわけではないが、種類によって生えている場所が決めてあるようだ。二重目の作りも三重目と同じように入口から左右に植物が生えている。その奥に集落の様な建物が連なっている。二重目の土地には、左右両方に建物が建っている。村の入口は例のように一か所で、橋の方からは、左右とも建物の後ろ側が見えるようになっている。拓希が昂希に耳打ちした。
「お腹が痛くなってきた。トイレ行きたいんだけど。」
昂希も実は自分もトイレに行きたいなと思っていた所だった。昂希は、休憩所からお世話になっている女性にトイレに行きたい旨を伝えた。女性は朝と同じ男性に声を掛けた。男性は頷いてこちらに向かって来てくれた。紗希も私も行きたいと言って来たので、朝のメンツプラス拓希でトイレに行くことにした。トイレも三重目と同じように村の入り口付近にあるようだ。それらしき建物が建っているが、少し違った造りになっている。三重目と同じように、内側の水が溝を通って流れて来ている。その溝がトイレの真ん中を通っている。四角建物が、水が流れる溝の左右に作られており、右の建物に5室と左の建物に5室あるようだ。一つ一つが壁で仕切られている。ここでは男女の区別なく一人一つの部屋に入り用を足すようだ。トイレは一段低く作られている。部屋には正面に栓があり、それを開けると、水が真ん中の溝から流れてくる。部屋の真ん中に穴があり、そこには木の桶が設置されている。ぼっとん便所の穴に洗面器を設置しているようなものだ。その中に排泄するように指示された。三人は流石にカルチャーショックを受けたが、この世界のルールを無視するわけにもいかず、その中に排泄した。栓を開けるとちょうど、尻や手を洗い、排泄した桶に入るように設計されている。手を洗ってトイレを出ると、排泄した物を持ってこいと男性が指示してきた。昂希と拓希は面食らったが指示に従った。木枠は外しやすく持ちやすいように作られており、簡単に外すことができた。二人はそれを持って男性に付いて行った。トイレの裏に何もない穴が何個か空いている。強烈な匂いが立ち込めていた。その一つを指さしその中に入れるように指示してきた。日本でいう所の肥溜めだ。人糞は熟されて、肥料にしているのだ。進んでいるのか、遅れているのか分からない。男性が桶に水を汲んできてくれている。それで木枠を綺麗に洗い、元のトイレに戻した。紗希も同じように指示されているのが遠目で分かる。村の入り口付近で昂希と拓希は紗希を待っていた。村の中の様子をここから少し覗くことができた。三重目の大地と違い、子供や老人を見ることが出来る。建物も整然と綺麗に並んで建っていた。右の奥には湯煙のような水たまりが存在する。温泉が湧いているのだろう。よく見ると、この施設では、いろいろな所で白いものが上がっている。何本か水脈があり、火山活動も活発で温泉もいたるところに存在するのだろう。村人を観察していると、一重目の水を使用して、料理をしたり、水を飲んだりして、生活をしているように見える。一重目の水は淡水なのだろう。二重目は少し塩辛かったが、海水ほどではないので汽水なのだ。村の先では、船が停泊している。一重目の堀の中に船があるのだ。どうやってこの船はこの水域に侵入したのだろう?昂希が試案していると、紗希が村の女性と一緒にやってきた。五人はそろって、みんなが待っている所まで歩いて行った。拓希がボソッと呟いた。
「船があったね。」
紗希が言った。
「そうなの。何を運んでいるのかしら?」
昂希はハッとした。その通りだ。ここが何処かは分からないが、何か運んでいる。つまり、どこかと交流があるということだ。ということは、どこかに文明が存在する可能性があるのだ。船の輸送能力は非常に高い。現代でも輸送のほとんどは船で行っている。飛行機いっぱいに荷物を積んだ所で、船一隻の輸送能力にはかなわない。昂希がいろいろ考えていると紗希が言った。
「昂ちゃん。聞いている?」
「ああ、ごめん。ごめん。いろいろと考えることが多くて、黙ってしまった。」
「いろいろって?」
紗希が聞いてきたので、昂希は文明があるかもしれないことを、今は触れないようにしようと考え、最初の疑問を口にした。
「一重目の堀に船が泊まっていたけれど、どうやってこの水域に来たのだろうかと思って考えていたんだ。」
拓希があまり考えずに答えた。
「オールで漕いで来たんじゃないの。」
紗希が気づいた。
「拓希君。たぶんそこじゃないよ。」
「エッツ!どういうこと。」
「一重目が淡水で二重目が汽水で一番外側が海。つまり海水よね。」
「アッツ!そうか。何も仕切りがなかったら、すべての水は同じ濃度になる。つまりすべて海水になってしまう。でも実際は淡水、汽水、海水に分かれている。分かれているということは一重目と二重目は繋がっていない。二重目と三重目も繋がっていないってことだよね。」
「そうよ。それなのに船が浮かんでいる。」
「この水域だけで移動しているだけじゃないの?」
昂希が答えた。
「その可能性も否定できないけど、行き来することは不可能ではないし、輸送という面では行き来できないとあまり意味が無い。」
「どうやって行き来するの?」
紗希が聞いてきた。拓希も答えを待っているようだ。昂希は続けた。
「憶測だけど、どこかに堀と堀を繋ぐ運河をつくっているのだろう。個々の施設は、中に行くほど高くなっている。どうしてか?水は高きから低きに流れる。トイレの設備も常に内側から外側に向けて水が流れている。これの大きいものを作ればできると思うんだけど・・・」
紗希が首を傾げた。拓希も腕を組んで考えている。昂希は続けた。
「まず船の船底がどこまであるのか調べ、船底がはいる深さまで土地を掘っておく。陸地に船を一隻分入れると、後ろを閉じ、前の区画から水を入れて、先ほどの水面より少し上まで水を満たす。船の浮力で船を先ほどの水面より少し上へ押し上げる。そして前進する。それを繰り返して、上の水域の水面まで船を押し上げているのではないかな。現在の港でも、係留している船の高さが、満潮時と干潮時では変わっているよね。桟橋が海に浮ているのは、乗船時に水面の高さがコロコロ変わるからだからだよね。このように水面の調整を人工的に行っているのではないかなと思っているんだ。常に上の水を下に流すので、下の水が極力混ざるのを防ぐこともできる。ただ水圧の関係が謎なのだけどな。古代のコンクリートがあれば可能なのかな?」
二人は首を傾げた。なんとなく言いたいことは分かった。運河というより水路というぐらいの規模ではないかと拓希は一人で考察した。
真ん中の土地から橋を渡ってくる人影が見えた。長老と年配の男性が、白い服を着た男性とお供の女性を連れて現れた。皆、頭を下げている。昂希達三人も同じように頭を下げた。すでに事情は説明されているようだった。白い服の男性は、我々に話しかけてきた。当然何をしゃべっているのか分からない。年配の男性が身振り手振りで付いていくように指示してきた。昂希達は頷き、長老等に向かっていつも通り手を合わせ「ありがとう」と言った。横の女性が「どういたしまして」と返してきた。会話が成立したようだ。三人は白い服の男性について、最後の橋に歩を進めた。一重目の円形の陸地の外壁も何かでコーティングされている。真ん中の陸地と二番目の陸地の高さはあまり変わらない。陸地は水面の高さを高くするために、周りより高く作られているだけのようだ。身分の違いということでは無さそうに感じる。橋を渡り切ると真ん中に神殿のような建物が建てられており、ここに入るにはこの橋とその向こうにある橋の二か所しかないようだ。両方の入口の左右に建物が建っており、神殿の横にも建物が並んでいる。しかし、神殿の前はだだっ広い草原のようになっており、これといった庭も装飾もない。すべての建物もシンプルに作られている。白い服の神官らしき人が右の建物を指さし、中に入るように伝えてきた。三人は恐る恐る中に入った。一人に一人ずつ白い服の男性と女性が現れ、部屋に案内された。三人は初めてバラバラになった。昂希は他の二人が心配になったが、目の前の男性に集中した。ここでは身体検査や持ち物検査をしただけだったようだ。一つずつリュックに入っている物を調べられ、そのたびに身振り手振りで説明した。食べ物は実際に食べて見せた。スマホは、もう少しで破壊されるところであったが、適当に誤魔化し、何とか難を逃れた。部屋から出ると、拓希はもう部屋を出て待っていた。紗希が時間が掛っているようだ。それもそうだ。ここに来て身振り手振りで会話をしていたのは、拓希が一番多かった。次に昂希だ。何かを伝えようとする努力の違いかなとふと思った。拓希が聞いてきた。
「どこに連れていかれるのかな?」
「さあ。ここまでくれば、成り行きに任せるしかないよ。今更どうこうできないからね。」
「そうだね。ところで、最後のあの外壁は何だったの?現代で見たことが無い、特殊な感じがしたのだけど?」
「そうなんだ。俺にも分からない素材で作られている。思い当たる建築資材や鉱物が考えられないんだ。」
「だったら、オリハルコンじゃない?」
「オリハルコン?何それ?聞いたことのない原料だな。」
「紀元前四世紀、ギリシャの哲学者プラトンが、”ティマイオス・クリティアス”という対話型の著書で、”ヘラクレスの柱”と呼ばれる海峡のむこうにアトランティスと呼ばれる土地があるとテレビで行っているのを聞いたことがあるよ。その中でオリハルコンっていう言葉も出てきたよ。青銅と真鍮と赤銅と金と錫などの金属の合金らしいのだけど、正直なにがどれだけ含有しているのか謎の金属だって。その中に何か分からない物質も混ざっている可能性もあるとも言っていたな。それが古代アトランティスにあったらしいと解説者が説明していたよ。」
「”ヘラクレスの柱”ってどこかで聞いたことがあるな。」
「ジブラルタル海峡のことって言っていたような・・・」
「アッツ。そうそう。スペインとポルトガルの国境で、海に突き出していて、半島になっているところだ。スペインとポルトガルの国境なのに、ここだけイギリス領という特異な場所だ。アフリカ側がモロッコのムーサー山だったかな。」
「じゃあ。ここはアトランティスってことなのかな。」
昂希が拓希を制して、
「シッツ!」
と言い、指を口の前に持ってきた。扉が開いて、紗希が中から出てきた。白い服を着た女性が出て行った。昂希は紗希にここがどこなのか、拓希の見解を伝えた。紗希も名前ぐらいは聞いたことがあるようだ。しばらくすると、先ほどの神官とお供の女性がやってきた。付いて来いと言っているようだったので、三人は前を歩く白い服を着た三人に付いて行った。神殿らしき建物に入って行く。この神殿は何本もの柱が同じように並んでいる。奥にだけ壁があり、他三面は柱だけが建っている。もちろん外の景色がそのまま見通せる。建物中央よりやや奥よりの所に三段の階段があり、建物の奥の三分の一は、手前より少し高くなっている。左右の柱まで全体的に高くなっているので、どちらかといえば舞台のような造りだ。決して王が鎮座するような造りではない。三人は神官が示した場所に、日本人らしく正座をして待った。白い服を着た三人はびっくりした表情をしたが、敢えて何も言わずに下座に下がって行った。暫くすると、神殿の横の建物から、王と呼ばれる人物が姿を現した。王と呼ばれる人物は台の上から、三人を見て、神官に立たせるように指示した。神官は三人に近づいて、立ち上がるように身振り手振りで伝えてきた。三人は立ち上がった。王と呼ばれる人物が喋り始めた。
「私は、ポセイド。お前たちは何をしに、この地にやってきた?」
昂希は何を言っているのか分からなかったが、ポセイドだけは聞き取れた。聞いてきた内容は分からないが、どこから来たのか?何をしに来たのか?と言っているのだろうと推察して答えた。
「我々三人は、日本という国からやってきました。どうも違う世界に迷い込んだようです。言葉が分かるなら、我々の帰り方を教えていただきたい。」
はっきりとした日本語で、分かりやすく発音した。王は当然のように言葉が理解できない。神官に顔を向けたが、神官も首を横に振るだけだった。昂希は村の長老が身振り手振りでここに来れば分かると言っていたのは、間違いだったのかとがっかりした。王は神官に何やら現地の言葉で会話をした。神官はお付きの人々を神殿から出させた。ここには神官と王と我々三人しかいなくなった。すると突然、直接頭の中にメッセージが飛び込んできた。
「ポセイドよ。後の間に三人を通しなさい。」
昂希は拓希を見た。拓希と紗希は昂希を見ている。二人とも頷き、同じメッセージが届いたことが分かった。王をみると、いつものことのように、メッセージを受け取り、神官に現地の言葉で指示して、自分は外に出て行った。神官は三人に近づき、こちらに付いて来いと云って来た。三人は頷き、神官の後に続いた。
優子は夫の学に電話を掛けた。
「6月22日の日曜日に悠馬さんの実家に挨拶に行くから、長野に来られないかな?」
学は岡山で電気関係の仕事に就いていた。昼間の通常業務のほかに、24時間体制で会社が動いている為、勤務ではないが拘束されている時間が交代で廻ってくる。何かあったら呼ばれて出て行くが、何も無ければ自宅で自由に過ごしていられる。自宅にいる間は、勤務時間には含まれず、呼ばれてからが勤務時間となる。いつ呼ばれるか分からない為、お酒も飲めず、遠出もできない。休みという名の拘束だ。
それとは別に当直があり、当直時は朝まで会社の簡易宿泊場所で一夜を過ごす。この場合は勤務であるが、寝て待機しているときもある。当然、夜中ずっと作業をしているときもある。昼間電気を停めて作業できない施設は、夜中に作業せざるを得ない。大工場は、大型連休中に電気点検をする為、学はカレンダー通りに休むことができない。定期的な点検が法律で定められている為、電気の点検は工場が休みの時に行うしかないのだ。学はちょうど帰宅したばかりだった。誰もいない家に電気をつけたところで携帯が鳴った。学は優子の電話に答えた。
「もっと早く連絡しといてくれたらよかったのに。いつも急に言う。」
優子も学の愚痴を聞き流し会話を続けた。
「で、どうなの?」
「土曜日につれと飲みに行く約束をしていたのに」
「今度にすればいいじゃない?」
「またそっちの都合ばっかり言って」
「私だって・・・」
少し喧嘩になりかけた。横で聞いていた怜那が、母の電話を取って替わり、しゃべり始めた。
「お父さん、芽衣を見においでよ。大きくなったよ。」
娘の言葉に学は、産まれたばかりの孫の姿を思い出した。あれから会っていないなと考え、
「わかった。ツレには用事ができたと断っておくよ。」
怜那に言った。学は続けて聞いた。
「何時にそっちを出るの?」
「朝九時に家を出ようと思うの?」
「じゃあ前日の土曜日にそっちに行くよ。仕事終わって行くから、だいぶ夜遅くなるけど大丈夫?」
「大丈夫よ。松本駅に着く時間をラインしておいてね。車で迎えに行くから。」
「電車に乗ったらラインする。」
「わかったわ。お母さんと電話変わろうか?」
「いやいい」
学が言ったので、怜那はそのまま電話を切った。
三人は神官の後に続いて神殿を出た。神殿の左右に建物があり、神官は左側の建物に入って行った。三人も神官の後に続き左の建物に入った。ここは居住空間に見えるが、誰かが住んでいるようには見えない。ゲストルームなのだろうか?廊下を歩きこの建物の真ん中まで来ると、左に扉が見える。左の扉の先は、神殿の左手の広い草原が広がっているところだ。右は数メートルいったところが壁になっている。昂希は奇妙な造りだと思った。神官は右に曲がり壁に向かって歩き出した。三人はその場に留まり成り行きを見守った。神官は壁を手で押さえ横に動かし始めた。すると壁が横に動き、壁の先に空間が見えた。神官は壁をすべて横に移動させると、右の廊下の先に扉が現れた。この扉には鍵が掛けられているようだ。鍵はこの施設に来て初めてだった。神官は扉に近づき鍵を開けた。神官は三人を見て、こちらに来るように促した。三人を扉の先に誘い、神殿の裏にある建物を指さして、そちらに向かうように指示してきた。神官はここから先には同行しないようだ。右の施設から、ポセイドという王が出てくるのが分かった。確か、王は右の建物に入って行ったのを確認した。神殿の右の施設がポセイドの居室になっているのだろうと昂希は推察した。三人はゲストハウスを出て、建物の裏を観察した。よく見ると壁と神殿と建物が絶妙に配置され、こちらの空間には一般人が立ち入ることが出来ない造りになっている。高い壁により、外からも神殿しか見えず、この中をうかがい知ることはできない。ゲストハウスから裏の建物まではやや下りになっている。これも壁の上から見ても見えないように設計されているのだろう。施設が近づいてくると、王と呼ばれたポセイドが、三人を手招きしている。三人はポセイドの元に走って行った。神殿を背にして入口が反対側についている。ポセイドが扉の前に来ると、木の扉が自動的に開いた。昂希は視線を上に向けた。赤い光が点滅している。赤外線センサーだと気づいた。ここだけ文明が飛び超えている。中に入ると勝手に電気が灯った。拓希は感知式センサーを使用して電気をつけているのだろうと思った。紗希は、古代エジプトの壁画に電気設備と思われる絵が描かれているのを思い出し、その設備を備えているのだろうと考えていた。三人は三者三様の思考を巡らせていた。ポセイドンは、この施設に驚かない三人に驚き、目を丸くしている。
中に入ると、普通の会議室のような木の机と椅子が部屋の真ん中に置かれている。三人がその場で待っていると、その先の部屋から誰かが出てきた。ポセイドが奥から出てきた生物に近づく。明らかに地球人には見えない姿形をしている。仮面を被っているようにも見えるが、あれが地の姿なのだろう。目が大きく、体の線は細い。身長も高くなく、150㎝に満たない。服を着ているのか地肌なのか分からないが、鼠色のウエットスーツに全身が包まれているような感じだ。ポセイドンと灰色の生物が、対面の椅子に腰かけた。三人にも椅子に座るように促した。三人が椅子を引き腰かけると、先ほどと同じように直接頭にメッセージが届いた。
「あなたたちは何をしに、やってきたのか?」
昂希たちはまたお互い見合って、頷いた。同じメッセージが届いている。拓希が先ほどの神殿と同じことを日本語で話した。
「我々は日本という国からやってきました。我々は国に帰りたいのです。あなたは誰ですか?」
灰色の生物が伝えてきた。
「私はガイアと呼ばれている。日本という国はここにはない。どこか違う所からやってきたのか?」
「いいえ。僕たちはこの地球から出たことはありません。」
「なるほど。君たちはここの人々よりはるかに高い知識を持っているようだね。ここにいる彼らは、王を含めてこの地球が丸いことも知らない。遠くからやってきたと言っても、隣の大陸ぐらいにしか思っていない。しかし、君たちは”ここ”を地球全体と捉えて会話をしているね。私がこの星の住人ではないことも、うすうす感じているのかな。」
昂希がありのままを日本語で話した。
「はい。最初に会った時から、地球の生命ではないなと思いました。すべての生命が環境に適応できるように進化ないし、退化をおこない、姿形が長い年月をかけて形成される。外見は、一代二代では変わりようがない。つまり、ガイアさんは、違う星に適応した身体で生まれ、この星にやってきたと考えるのが自然だと思いました。」
「なるほど、君たちがいた世界はいくらか宇宙に進出しているみたいだね。ただ他の星と交流するまでには至っていないのかな。すこし君たちのことを知りたいので、手を机の上に置いて、自分たちがいた世界のことを話してもらえないかな。」
昂希と拓希と紗希はお互いに視線を合わせ、二度ほど軽く頷いて、机に手を載せた。ガイアも机に手を載せて、三人の話を聞いた。ポセイドは全く分からない言語を喋っている三人を、腕を組んで交互に見ている。三人は現代の状況を代わる代わる話して聞かせた。最後に昂希がガイアさんに質問する形で自分たちの話を終わらせた。
「ここはどこなのですか?」
「ここは我々がこの地球にやって来て作った拠点だよ。今は王を名乗っているポセイドの先祖が獣に襲われている所を助けたつながりで、少し協力して作ってもらったのだ。」
「助けた?あんな生物に襲われている所を・・・。」
昂希は思わず口を滑らせた。ガイアは三人の気持ちを察した。
「君たちもここに来るまでに、巨大な生物たちに襲われたようだね。確かに君たちが思う通り、私は身体的な力が強い訳ではない。まして、一対一で素手での戦闘なら、地球上のどの生物よりも弱いだろう。だから仕方なく、我々の兵器を使用させてもらった。」
三人は納得した。拓希が疑問を口にした。
「先ほど施設の外で、我々に似た動物に会いましたが、ここの住人と同じなのですか?少し違う気がするのですが、ネアンデルタール人ですか?」
「ねあん デルタール 人?」
ガイアは自分の知識の箱を順番に開けているのか、少し黙っていた。紗希が補足のように説明した。
「17世紀ヨアヒム・ネアンダーという(教師・詩人・作曲家)が、谷で骨を発見し、その人の名をこの谷につけて、ネアンデル谷としました。その後発掘された同時期の骨を、同じようにネアンダー(新しい人の意)と名付けるようになり、ネアンデルタール人と呼ぶようになったのです。因みに我々はホモサピエンスと呼んでいます。」
ガイアの知識の中にはなかったようだ。紗希の説明で得心したようだ。
「彼らを君たちの世界でそう呼ぶのなら、ネアンデルタール人と呼ぶことにするよ。森であった彼らは、純粋なネアンデルタール人ではなく、君たちホモサピエンスの血も少しは流れているよ。まだ、ネアンデルタール人の血の方がはるかに濃いけどね。君たちの世界にはもういないのかな?」
「はい。ホモサピエンスすべての人に遺伝子が数パーセント入っているようですが、純血のネアンデルタール人は我々の世界にはいませんでした。」
「我々がこの星に来た時の見立てでは、ネアンデルタール人の方が、ホモサピエンスより、脳が大きく力も強く、身体的能力も高いと考えていた。また、彼らはとても頭がよくて、狩猟採集民としては、ホモサピエンスよりネアンデルタールのほうが、この環境で生き残るにはバランスがいいと分析している。それが後世には生き残らなかったのか。」
ガイアは頭の中にデータを書いているのか、感慨深く思考しているのか、また少し黙ってしまった。暫くするとまたガイアが、伝えてきた。
「確かに、ネアンデルタール人は大きな集団を作ることはあまりしないな。自分たちが守れる範囲の人数で移動しながら生活している。動物の世界では普通のことで、別段珍しい事ではないけれどね。様々な動物が群れで生活し、その群れが家族単位なのかもう少し大きい集団なのかという違いだけだから、我々も深入りはしなかったよ。他にも会話が出来そうな動物にコンタクトをしてみたが、なかなか都合のよい動物には出会わなかったよ。」
拓希は紗希に小声で質問した。
「紗希義姉。ネアンデルタール人は、何でいなくなったの?」
「いなくなったわけではなく、我々ホモサピエンスと混ざり合ったという方が正しいかな。」
「ホモサピエンスより賢いのに、ネアンデルタール人だけでは生き延びられなかったの。」
「狩猟採集に関してはネアンデルタール人の方が優れていたのだけど、環境の変化に順応できたかといえば、ホモサピエンスの方が優れていたようなの。また、ネアンデルタール人の子供の生存率が、ホモサピエンスより低いのよ。子供を大切にするということも少なかったのかな。ホモサピエンスは産みの苦しみがあるので、産まれた子にできる限り愛情をもって接する。だから女性はホモサピエンスの方に一日の長があり、男性はネアンデルタール人の方が優れていた。つまりネアンデルタール人の男性とホモサピエンスの女性との性交が、お互いの集団が生き延びるための最良の手段だったのかもね。
デメリットで言うと、ネアンデルタール人のほうが、一日に多くのカロリーを消費したのよ。食料が豊富な温かい時期はよかったけど、食料の減った極寒期に生き延びるには、食料が少なすぎたのね。反対に、ネアンデルタール人の方が、病気に強いなど優れた点もあって、お互い混ざり合うことで、両方の特徴を受け継ぐことが出来、現在まで生き延びることができたのではないかな。」
紗希は拓希の疑問を説明した。昂希もガイアも黙って説明を聞いていた。紗希はガイアに質問した。
「ネアンデルタール人の女性の骨が、遺跡発掘したら、極端に少ないのですが、その原因をガイアさんはご存じですか?」
「我々もネアンデルタール人と行動を共にしているわけではないので、詳しくは分からないが、彼らの行動を分析してみると、思い当たることはある。ネアンデルタール人のユニットが食料を求めて移動する。当然男性が狩りに出かける場合、ユニットには女性しかいなくなる。そこに獣が襲ってくるとユニットが全滅する恐れがある。だから彼らはなるべく洞窟を住みかとしたようだが、必ず洞窟があるわけでもないので、簡易の幕を張って居場所を作ることもした。その中でエリアを決めて日々作業をしていた。獣の皮を加工したり、石器を作ったり、骨を加工したりしていた。出入り口には常に火を焚き、警戒も怠らなかったが、いざと言う時は、誰かが犠牲にならなければならなかっただろう。獣もお腹が満たされれば危険な場所に居座ることはない。その場合犠牲になるのは、やはり年齢の高い女性となるだろう。子孫を残すためには、若い女性や子供を前に出すわけにはいかない。」
「あっ」
拓希が突然思い出したように声を出した。
「昔、姥捨て山という山があると言っていたな。食べ物に困って一家が餓死しそうになった時は、おばあさんを山に捨てに行ったとか。迷信のように言っていたけど、あれと同じことか」
紗希は怪訝な顔をした。
昂希が紗希の顔の変化を敏感に捉え、話題を変えた。
「なぜポセイドの先祖を助けたのですか?地球上にはいろいろな動物が存在し、弱肉強食のサバイバルを至る所で行っています。彼らに目を付けた理由は何ですか?」
「彼らが集団で行動し、言語能力を持っていたからだよ。我々がこの地球に来た時に、言語をあやつっていた集団はあまりいなかった。最低でも言語能力がないと、我々の希望も叶わないからね。ポセイド以外にも数ユニットとコンタクトを取ってみたけど、なかなか行動を共にしてくれる集団はなかったのだ。ポセイドのユニットも最初は非協力的だったのだが、危機が我々に味方してくれたのだ。その点、ネアンデルタール人より律儀だったかな。助けてもらったお礼に少し協力してくれたのだ。我々がいくらか技術指導して、船を作り、この島までやってきた。後は時間をかけて、この施設を作ったのだよ。今の王のポセイドはその種族の末裔だよ。」
三人は静かにガイアが伝える話を聞いていた。
「ホモサピエンスは今から6万年前、つまり君たちからしたら7万年ぐらい前から言語を使いだした。それより前は、猿やゴリラのようなしゃべり方で、言語と呼ばれるものではなかった。その当時は、氷河期に入っており、寒い為、彼らも大陸をあちらこちらに移動してはいない。ジッとしている時間が長かった。その時期にホモサピエンスの脳で突然変異が起ったとみている。身近に危険が無かったからだろうか、乳幼児の脳の発達が遅れ始めたのだ。これは、狩猟採集で生活していた彼らには、致命的欠陥である。子供期が長いと襲われるリスクが高くなる。しかし、この脳の発達の遅れで獲得したのが、前頭前野の新皮質の発達。すなわち創造できる能力だ。創造できる能力は新しいものを作れ、言語能力を飛躍的に発達させることができる。つまり、文化的行動ができるようになるのだ。」
紗希が話に割って入った。
「言語能力は産まれて5年までに親が身に付けさせないと、その子供が話すことができなくなるのは現代でも同じよね。」
昂希が喋り始めた。
「最初は〝ウ〟や〝ア〟などのチンパンジーが発していたような言葉ばかりだったのかも。その子が大きくなり、親になって、使う単語が増えて行けば、長い時間をかけると、言葉として会話ができるようになってくるな。」
拓希が思い付いたことを話始めた。
「ホモサピエンスにだけ備わっている〝頤〟もこの時期からでき始めたのかな。言葉を覚えるのに、子供は親の顔を見るけど、どのように音を出しているのか、毛深かかったら分かりにくいよ。子供は、親の顔全体の様々なところを見て、発音の仕方や口の動かし方を真似しようとするけど、口や喉が見えにくいと真似しづらく、なかなか言葉を発せられないよ。口の動きと喉の動きが良く分かるように、進化して顎ができたのではないかな。その言葉を複雑に外に出せるように、頤ができたと思っているのだ。バイオリンやチェロが女性の体のように括れているのは、音の共鳴を研究した結果、あの形に辿り着いたという説が一般的だ。バイオリンはもともと丸い形の楽器だったが、いい音を求める演奏家や楽器職人が、工夫を重ねて作り上げ、今の形になったらしい。頤も湾曲させることで少しでもいい音、複雑な音、聞き取りやすい音を口全体で出せるように進化したのではないだろうか。」
三人共に自分の思いを口にした。ガイアは三人の話を頭に書き込んだ。昂希は話が逸れてきたと思って、再度同じ質問をしてみた。
「ここは何という国または場所なのですか?」
「我々はこの島に名前を付けたりはしていない。しかし、君たちの知識から引用するとアトランティスということになるのかな。ポセイドの前で言うのは、今後のことがあるので、君たちだけに伝えるようにしよう。」
ガイアは少し黙って、通信の切り替えを脳の中で行っているようだ。
「今から数年後、血縁者のアトラスが、この島を拠点に君たちの世界で言う南アメリカ大陸やヨーロッパ大陸の一部に、勢力を拡大した。今は交易だけの港にすぎない場所に、この土地の人々を派遣したようだ。この時代では、他の国々よりここの文明は進んでいるので、拠点としたこの島に名前がついた。アトラスの島という言葉が、転じてアトランティスとなった。」
ガイアはどこからの知識か分からないが、近未来の映像が頭に描かれているようだ。紗希は疑問を口にした。
「現在の南アメリカ大陸が、アトランティス大陸なのですか?それとも別に広大な大陸が、何処かにあるのですか?」
「我々が作ったのは、この島のこの拠点だけで、大陸を作ったりはしていない。」
紗希は納得できないのか、さらに疑問を投げかけた。
「昔の文献では、広大な大陸に近代的な文明があったとされているのですが、あの記述は間違えだったということですか?」
「まだ今の時代からしたら、その文献とやらが書かれたのは、まだまだ先の未来なので、間違えたか空想物語だったか我々が知ることはできないけれど、見方を変えると間違えとも言えないね。」
「どういうことですか?」
「君たちに、今私が、ここから西に行ったところに広大な大陸があり、文明が栄えていると伝えるとそうなのかと思うかな?」
昂希は応えた。
「今ここにこれだけの文明があるのであれば、作ることは可能かとも思います。」
「では実際にこの中の一人が船に乗り、その港に連れて行き、港が栄えていたなら、大陸全部に文明があると勘違いするかな?」
「確かに勘違いするかも知れません。ただ自分の目で確かめたいので、また次回そこを訪れるでしょう」
「それはそうだろう。しかし、行き来できる船は我々の船だけなのだ。まだ航海できる知識も技術も、今の人々は持ち合わせていない。」
「そうなると船に乗った一人の話をしっかり聞き、いろいろな妄想をすると思いますね。」
「その妄想を文字に起こしたとなれば、尾鰭が付いてもおかしくはないだろう。」
「確かに!」
「ヨーロッパに住んでいる人々はアメリカ大陸に行けなし、逆にアメリカ大陸に住んでいる人々はヨーロッパに行くことはできない。港の繁栄だけを見て、その大陸全土がそうであると勘違いすることもあり得るのではないかな。つまり、我々の船がたどり着く港が、ここの島であったり、巨大な大陸であったりする。どこかで文明を目の当たりにすると、航海から帰った人は、巨大な大陸に進んだ文明があると報告する。それを聞いた人がさらに尾鰭をつけて文献に残すと間違えのようで間違えでないものが後世に語り継がれることになる。」
三人はガイアの話を頷きながら聞いていた。次に拓希が疑問を口にした。
「そもそもあなたたちは何をしに地球に来たのですか?占領ですか?支配ですか?」
「我々はしようと思えば、何時でも何でもできる。しかし、支配や占領して、我々にメリットがあると思うのかい。」
昂希は額を触りながら思考し、拓希は鼻を触りながら考察した。紗希は自分の髪の毛に触れながら考えている。ガイアは続けた。
「いろいろな動植物がいる国立公園に、近代兵器をもった君たち三人だけが好きにしていい世界があるとしよう。生殺与奪は君たちにある。いろいろな動物を殺して、好きなだけ土地を使って建物を建てる。何をしても誰も何も言わない。法律に触れることも無い。君たち三人だけの世界だ。さあ、動物たちを支配しよう。破壊しつくそう。占領しよう。となるかい?」
昂希は応えた。
「確かに。自分の星に重大な危機が生じてどうにもならない場合を除き、異星に出向いて、星を荒らすメリットはないな。」
「我々の祖先は、この星に水が湛えられた時から見守ってきた。いやこの星だけではなく、同じような複数の星も監視対象としているので、この星だけを見ているわけでもないけれど、定期的に巡回している。我々は主に、どのように星ができ、どのような環境でどのような動物や植物が誕生するのかを研究することが目的だ。」
紗希が思い出したように呟いた。
「そういえば、古代の壁画に残されていた絵には、顕微鏡で花を観察したと思われる場面が描かれていた。さらに言えば、未だにどうやって作ったか分からない、精巧なクリスタルスカル、通称`ヘッジス・スカル`もオーパーツとして現代に残っているのよね。あれも、あなたたちが作ったものなの?」
「そうだよ。研究が仕事だからね。いくらかここでの活動を自分の星に報告しなければならないからね。簡単に壊れないように水晶で作って送ったのさ。骨は脆いから、高速移動や異空間移動の際に壊れてしまうのだよ。」
昂希は口を開いた。
「なんでこんな、大西洋の真ん中に拠点を作ったの?大陸に作れば簡単だったのに。」
「なるべく、この地球の生態系を変えたくなかったからだよ。地球の生き物がなかなか来られない場所を拠点としたかった。さらに、海の真ん中に拠点を作ると宇宙から見やすいことも関係している。実は宇宙にいる仲間が見ると、我々がここに居ることがすぐにわかるようにしてあるのだ。」
紗希がつい口を挟んだ。
「もしかして、ピリ・レイス地図のことかしら?」
拓希が間髪入れずに紗希に聞いた。
「なにそれ?」
「実は現代に唯一残っている謎の地図のことよ。地図が描かれたと思われる時代は、まだろくに航海もできない時代だったのに、南極大陸が正確に描かれているのよ。海の中に太陽のマークみたいなものも存在する。温暖で氷が無かったとしても、極地の南極大陸を正確に描くことは無理よ。自分たちの住んでいる土地でさえ、正確に描くことが出来なかったのだから。」
「その地図は、我々の後輩にあたる同胞が描いたのだろうね。」
昂希は思いついた疑問をガイアに尋ねた。
「ガイアさんは、ここの施設以外に何か建設されていないのですか?」
「私はピラミッドを二基作っただけだよ。私ではないが、かなり昔に同胞がピラミッドを作ったが、プレートテクトニクスの影響で、同胞が作ったものは、今は南の極地に移動してしまった。その後、別の隊が、地盤の動きにくい場所に、クリスタルのかなり強力なピラミッドを作ったのだけれど、海の中に沈んでしまったのだよ。君たちの言う、バミューダ海峡に沈んでいるのがそうだよ。どちらも条件が悪く、同胞が作ったピラミッドは使えないので、我々が仕方なく、ここの北にもう一基ピラミッドを作ったのだよ。君たちが最初に降り立った場所に、小さな四角錐はなかったかな?」
昂希は思い出した。
「そういえば、最初目覚めた時に石が光を帯びている物があり、綺麗に積み上げられていたのを覚えています。それがそうだったのかもしれません。」
「あれも我々の先遣隊が、簡易に作ったもので、規模はそこまで大きくないのだけれど、機能は果たせるものだったのだが、火山の噴火で地中に埋まってしまったので、我々も簡易のピラミッドを作ったのだよ。氷河期が終わったのか、最近の気温の上昇で、海面の高さが高くなってきているので、我々が作った北のピラミッドも、後の時代には、海に沈んでいるだろうね。君たちの世界でいう所のミゲル島とテルシラ島の間にあるはずだよ。破壊されていなければ、見に行ってみるといい。我が同胞以外の異星人が作った物や地球の人々が作ったまがい物は、我々には分からないけれどね。」
紗希は先ほどから疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。
「ガイアさんはどうやって、我々三人に伝えているのですか?」
「五次元の空間を使って、直接脳に信号を送っている。」
「どういうことですか?」
「半球睡眠は知っているよね。イルカやアホウドリが行っている睡眠で、大脳の左右半球を交互に休めて眠る。睡眠中でも、眼や体は動かすことができる能力だよ。これを使って、我々は半球を睡眠状態に持っていき、深く眠ることで次元を超える。そこに意思をのせて、君たちに伝えている」
拓希がまた話を遮って、聞きたいことを話し始めた。
「そういえば、この間テレビで見たよ。呪術大国のインドネシアで、術をかけられた人の腕が動かなくなったのを見たけど、あれも同じ原理かな?」
「私が見ていないので何とも言えないが、不可能ではないよ。君たちでも、五次元にアクセスできれば、できないことはないよ。」
昂希が聞いた。
「イランの空軍パイロットが、戦闘機の訓練中にUFOと遭遇したので、その物体を撃墜しようと、ミサイルのボタンに手を掛けたのだけれど、突然指が動かなくなったらしいのですが、それも同じやり方なのですか?」
「たぶんそうだろうね。相手を認識しないとこの方法は取れないので、何らかの方法で飛行中のパイロットの身体的データを採取したのだろう。なかなか見ただけで認識するのは難しいからね。」
紗希は応えた。
「確かに、我々も外国の人々の写真を見せられても、なかなか見分けられないですから、当然かもしれません。」
拓希は聞いてみた。
「もし上手くパイロットの意識にアクセスできなかったら、どうするつもりだったのですか?」
「それは、君たちの時代にやっと開発が始まった量子コンピューターを、我々はすでに運用しており、サイズも速度も君たちの物よりはるかに優れているので、発射前に止めるだろうね。」
「発射を阻止できないことがありますか?」
「ほぼないだろう。ミサイルを発射するには、標的を定め、ボタンを押し、電気を使ってミサイルに伝え、火薬に火をつけて、打ち出すという工程を経て、弾は飛んでいく。このどこの部分でも作動しないと発射できない。量子コンピューターは、一番弱く効率の良い所を瞬時にはじき出し、ハッキングしてシャットダウンさせる。一番簡単なのは、飛行機自体の電気信号を失わせれば終わりだね。すべての機能を失いハングライダーのように滑空することしかできなくなるからね。」
「手動で攻撃されたら難しいですよね。第二次大戦のゼロ戦のように、飛行機と機銃が別々の場合は攻撃させないことは不可能ですよね。」
「確かにそうだね。ただ君たちの銃火器では、われわれの乗り物は破壊できないよ。乗り物を守るシールドも装備しているからね。」
昂希は聞いてみた。
「第二次世界大戦で日本軍が真珠湾を攻撃した後のことですが、アメリカ軍は、ロサンゼルス上空に複数の飛行物体をレーダーでキャッチしました。時期が時期だけに、アメリカ軍は日本の戦闘機と思って迎撃を開始したのですけれど、日本軍はアメリカ本土に向けた攻撃隊を出してはいなかったのです。アメリカ軍は何か別の物と戦っていたことになります。またその攻撃で、別の何かには傷一つ付けられなかったという事件があったのですが、あれはもしかして、あなた方の乗り物だったのですか?」
「私は今この時代を生きているので、君たちの言う第二次世界大戦というのを良く知らない。寿命も二百年とそんなに長くないので、普通に生きてそれに遭遇することはかなわないだろう。ただ、我々の同胞が偵察に行っていてもおかしくはないが、その部隊を見ないと結論はでないな」
「エッツ!寿命200年なのですか?」
拓希は話に割って入った。
「だいたい同胞はそれぐらい生きているという程度だがね。」
紗希は頷きながら答えた。
「我々がいる地球上でも、ホウシャガメが180年生きたとされているし、哺乳類の北極クジラの寿命が推定200年とされていて、確認された最高齢が211歳らしいよ。後、ニシオンデンザメが272歳と言われているし、アイスランドガイが507年生きていたらしいのよ。どうやって調べたのかはわからないけれどね。さらに、微生物やウイルスは万や億を生きているとされているけれど、正直どこまで本当かわからない。もう一つ驚くべきことに、ベニクラゲという生物は、一度死んだように海底に沈みこむとポリブと呼ばれる幼生状態に若返り動きだすので、理論上は死なないとされているし、伊勢エビやロブスターも脱皮の度に、内臓が若返るので、不死説が流れているのよ。生涯の脱皮の回数が決まっていれば、寿命は分かるけれども、確認した人がいないので謎よね。自然界には未発見の生物も多数いるから、長い寿命が不思議ではないよね。」
「なるほど」
拓希は頷きながら、相槌を打った。昂希は疑問に思っていることをガイアに打ち明けた。
「一番内側の壁に塗られている金属のようなものは何ですか?」
「我々の呼び方を伝えても理解できないだろう。」
「確かに」
「地球上には存在していない物質だから説明も難しいな。元素は地球にもあるけれどね。」
拓希が呟いた。
「オリハルコン?」
「君たちはオリハルコンと呼んでいるのかな。地球上でできない物質は、一つだけではないよ。」
紗希が聞いた?
「現在のインドという国にある鉄の柱が、今も錆びることなく立っています。通称`アショカ・ピラー`もその一つですか?」
「その柱をみていないので、何とも言えないよ。」
ガイアが答えると、昂希が続けた。
「紗希、アショカ・ピラーも近年の研究では鉄柱に含まれる多量のリンが鉄と結合して鉄柱の表面でリン酸鉄となり、これが鉄柱を錆から守る保護膜の役割を果たしている説が一般的になっているよ。これを作った人々が分かってやったのか、偶然そうなったのかが議論の対象になっているようだけどね。」
拓希がガイアに聞いた。
「どうやって作っているのですか?」
「製造方法を聞いても、君たちではまだできないよ。地球の外周にやっと出られるようになったぐらいではね。地球上だからできない場合もあるのだよ。」
昂希はなぜだろうと考えた。地球上にある物質で宇宙にない物。たぶん酸素だろう。ほとんどの金属は酸化で駄目になる。酸素がもともとない状態で作るのであれば、混ざることもなく強い金属ができるのかも知れない。それを作るとなると、宇宙空間に工場を作らなければならない。酸素の無い所でどうやって火を燃やす?
昂希が考えていると拓希が突然、
「そういえばイギリスが、近い未来に宇宙空間に工場を建設するとニュースで言っていたよ」
紗希が答えて、
「産業革命時に大英帝国として君臨した当時を再度夢見たのかしら。世界の覇権をもう一度取り戻したいのかしら。」
「なんで?」
拓希が聞くと、紗希は
「宇宙空間でしかできない商品があれば、イギリスの独占となるよね。だからと言って、そうそう他の国が真似をするのも難しい。その上、工場と言う名の軍事施設の場合は、地上にいるすべてのものが監視でき、攻撃できるようになるよね。」
「そんなことできるの?」
昂希が答えて、
「今でもグーグルマップとかで検索すると、一般人用の画像は数日のタイムラグがあったり、モザイクみたいに正確性に欠けたりするように作られているが、軍事用のものは、瞬時に手のひらに置いてあるコインの種類まで特定できるぐらい正確に見ることができるそうだ。」
「そうなんだ。」
暫くの間、沈黙が続いた。拓希が沈黙を破って、ボソッと呟いた。
「僕たちは元の世界に帰れるのかな?」
昂希も拓希の呟きを聞いて本題を思い出し、ガイアに聞いた。
「我々は元の世界に戻れますか?」
「難しい質問だね。やってみないと分からないが、保障はできないよ。」
「どうなるのですか?」
「一番難しいのは、君たちのいた世界と繋がる何かが無いと、どこの世界にたどり着くか分からないことだね。時間や空間が指定できないと狙ったところにたどり着かない。」
「どうしたらいいですか?」
「何か君たちの世界にあったもので、時間や場所を特定できるものがあれば何とかなるけどね。」
「携帯とかはどうですか?」
と言って、紗希は携帯電話を取り出した。
ガイアは興味津々に聞いてきた。
「これはどういう原理で動く?」
「我々の世界で使用されている電話というもので、遠くの個人と会話をしたり、動画を送ったりすることができる通信機器です。横のボタンを長く押すと電源が入ります」
紗希は電源を点けて見せた。
「しかし、この世界では、この電波を拾う機械が無い為、通話はできません。電源が無いため、充電が無くなると使用できなくなります。」
紗希は、携帯を操作しながら、そのほかの機能も含めて、携帯の使い方とアプリの説明をいくらかした。ガイアは頭に書き込んでいるのか、紗希と携帯をジッと見つめたまま静止している。下を向いていて目が少しだけ上を向いた。ガイアが聞いてきた。
「この機械は、この番号によって、特定の誰かにピンポイントに繋がるのだね。これがあれば時間と空間を狙っていけるかもしれない。」
「では、挑戦はできるのですよね。」
「命の危険はあるが、どうしてもというのであれば、やってみよう。今日はこれから天気が崩れてくるようだから、挑戦するなら明日の深夜だな。しかし、リスクは高いよ。死の可能性もあるからね。今日一日ここに泊まって、考えてくれたらいい。ここで我々と暮らすか、危険を承知で挑戦するのかを。」
「ありがとうございます。」
三人はいつも通り、手を合わせてお辞儀をするジェスチャーで、ありがとうを言った。
会話はここで終了した。ガイアは立ち上がり、奥の扉に入って行った。終始腕を組んだまま動かなかったポセイドが立ち上がり、三人に手で退出を促してきた。三人も立ち上がり、今入ってきた扉から外に出た。ポセイドが右の扉を指し示しそこに向かうように促した。三人は、ポセイドにも同じようにお礼を言って、自分たちが出てきた扉に向かって歩き始めた。ポセイドは三人が扉にたどり着くまで見送っていた。三人が扉を開けると、神官がそこで待っていた。ポセイドはそれを見届けると、また施設に入って行った。神官は三人を迎え入れると、扉に施錠した。壁を元に戻すと、身振り手振りで施設の中を案内してくれた。ここの建物を使用するように、三人に伝えてきた。三人はいつものありがとうを言ってお辞儀をした。神官は、正面の扉から外に出て行った。
「6月22日」
朝6時に怜那の目覚ましが鳴った。芽衣の夜泣きで、先程寝たばかりだったのに、もう朝かと眠い目をこすりながら大きくあくびをした。昨日の22時に父親の学を迎えに行ったので、用事を済ませ風呂から上がると、零時を回っていた。寝付いたと思ったら、今度は芽衣の夜泣きで起こされ、ほとんど寝たような感じがしない。子供が小さい時の訪問者ほど疲れるものはないなと実感した。芽衣の様子を見ると今はぐっすりと眠っている。当分起きそうにないので寝ていたいが、今度は訪問者の胃袋のケアをしてあげないといけないので、服を着替えた。五人分の食事を作るとなると、結構な量になる。母親の優子の苦労が分かった気がした。バタバタとキッチンで動き回っていると、叔母の陽子が起きて来て、手伝ってくれた。陽子姉ちゃんは朝が強い。旦那の仕事の影響で、自分も朝早くから出勤していくため、完全な朝方の生活スタイルだ。基本4時起きの生活を何年も続けているので、休みと言っても6時までには必ず目が覚める。パンやコーヒーの用意を手伝ってくれたので、いくらか早く朝食の用意が終わった。皆が起きてくる前で娘が静かな時間が、唯一の自分の時間だ。しかし趣味に興じるような時間の余裕はない。洗濯物を集めて、洗濯機に放り込み、一回目の洗濯を始める。6人分ともなれば、2回は最低回さないとすべての洗濯が終わらない。洗濯物の後は、自分のケアだ。歯磨き洗顔から下地の化粧、髪の毛のセットまで、最低限の身だしなみを整えるだけでも、女性は時間がかかる。メイク時間は独身時よりも数倍早くなった。まともにメイクしている時間も無くなったので、ポイントを絞ったメイクにより、時短を行った。それでもお風呂を洗う時間は捻出できなかった。皆がぞろぞろと起きてきたからだ。義父の学と悠馬は今日の朝の顔合わせとなった。学が到着した時に、悠馬はすでに就寝中だった。この家族はそれぞれの時間で行動することに違和感がない。陽子の旦那の勤務時間が特殊なので、皆と同じように寝たり起きたりしないことに理解がある。その付き合いが長いため、各自の時間を尊重する。悠馬と学は朝の挨拶と一泊のお礼を述べて食卓についた。お互いにありきたりな会話をする。優子はまだ起きてこない。学は怜那に優子を起こしてくるように言った。陽子は布団を片付けている。優子はゆっくりと服を着替えて食卓についた。学は優子に小言を言った。日常の光景だ。食事の用意を整えた怜那が席に着くと、喧嘩になる前に、食事を始める音頭を取った。皆は「いただきます」と言って食事を始めた。「いただきます」を言って、食べ物を口にする。口を動かすことをすると、先ほどの小競り合いは尾を引かない。喧嘩は最初の段階、20%以内で終結させると、後まで引きずることはない。8対2、パレートの法則だ。食事は和やかに終わり、ごちそうさまをした。悠馬は怜那に変わりお風呂を洗いに行った。怜那は洗濯物を干しにベランダに向かった。優子は怜那と一緒にベランダで洗濯物を干した。陽子はキッチンで洗い物をしている。学は洗面所で歯を磨き、髭をそっている。それぞれが出発の為の用意を始めた。普段はのんびりの東山家も、今日だけはテキパキと行動を開始した。悠馬の実家に行くのは初めてのことだ。皆が車に乗り込み悠馬がエンジンをかける。予定通りの時刻に家を出ることができた。ここから約2時間走った上田に実家がある。車内ではお土産の確認と芽衣の話題で時間が過ぎていく。ノンストップで走り切ると、悠馬の実家に到着した。さすがに悠馬と芽衣以外は緊張した。実家といっても普通の民家である。ただ蔵があるのは趣を感じさせる。門構えも立派なものだ。悠馬は学と優子に気を使いながら、玄関まで案内した。悠馬が玄関の扉を開け、
「ただいま」
と中に声を掛けた。待ち構えていたように、中から60代前後の夫婦が一緒に出てきた。優子が最初に丁寧な挨拶をした。さすがは長女だ。普段はのんびりしているが、こういう所では頼りになる。後は優子に続く形でお互いに挨拶をすませた。悠馬の母親が丁寧に告げてきた。
「玄関での立ち話もあれなので、どうぞ中にお話入りください」
悠馬が率先して靴を脱ぎ、上がり框を上がって、怜那と芽衣を迎え入れた。後はそれに続く形で中に入って行った。悠馬の両親に付いてぞろぞろと廊下を移動していく。八畳の部屋が二間続いている部屋へと案内された。奥には立派な床の間があり、時を重ねたであろう壺が鎮座していた。花器に綺麗な花が活けられ、年代物の掛け軸が掛けてあった。上座に悠馬の父親が座り、男性陣は用意された場所に座った。
優子、陽子、怜那はそれぞれお土産を紙袋から出し、
「心ばかりのものですが、どうぞお召し上がりください」
と言って、悠馬の父親に渡した。悠馬の母親が料理を運んできた。怜那は芽衣を母親の優子に託し、悠馬の母親の後に従って、台所へと向かった。怜那は「お義母さん手伝います」と言って、料理を運ぶのを手伝った。すぐに机の上には、お寿司や揚げ物、サラダが並べられ、お酒が運ばれて来た。怜那は缶ビールのステイオンタブを開け、悠馬の父親にビールを注いだ。義母はまだ台所でばたばたしているので、先に父親の学にお酒を注ぐ。その間に優子が悠馬にお酒を注いでいた。悠馬の母親が席に着くと、怜那がお酌をして、乾杯となった。結婚式以来の顔合わせで、じっくり会話をしたことがお互いになかった。お酒が進んで打ち解け始めると、和やかな雰囲気で時間が経過していった。お酒の力は偉大だなと怜那は思った。怜那一人はあちこちに気を使い、お酒を運んだり、芽衣の様子を見たりして、ゆっくりする暇はなかった。帰りの運転もあるので、お酒も飲めない。悠馬のお義母さんに
「怜那さんちょっとゆっくりしてください。」
と優しい声を掛けてもらって、末席に腰を落ち着けた。会話の内容が、外の蔵の話になった。ほろ酔い気分になった学は、どれぐらい古いものがあるのか尋ねていた。最近は10年ほど蔵を開けていないらしく、蔵の奥の方の箱は、何年も開けていないものもあるらしい。真田といっても「関が原」から行くと数世代を数える。分家や兄弟姉妹がそれぞれの生活をして繋いできた血も、本家とそこまで深い関係ではなくなってくる。部下や忍者の家族の方と繋がりが深い場合もある。悠馬の家族も、向井家との交流の方が強かった。向井佐平次の末裔と繋がりがあり、佐平次の息子で忍びの佐助から受け継がれ、預かっている物が何品か蔵の中に残っているらしい。戦国時代の真田の情報網は鹿児島や長崎まで伸びており、ポルトガルやオランダの人とも交流があったみたいだ。もともと武田家の配下であった小さな真田家は地の利がなかった。北に上杉家、南に武田家、北条家・今川家、織田家、徳川家など大勢力が周りに居て、身動きが取れない。いかに戦国時代を生き抜くかは、情報収集とそれに伴う臨機応変な行動しかないとわかっていた。真田は山伏を使って、諸国の情報を集めていた。武田忍びの一人であった壺谷又五郎を武田家から譲り受けると、真田の配下に加え、情報収集に厚みをもたせるようになった。もともとバラバラに活動していた真田忍者(草の者)を、又五郎が束ねて諜報活動や裏の仕事をこなすようになると、真田忍びの評価が高くなり、諸大名が警戒するようになった。又五郎の配下の佐助は、そんな真田忍びの中でも一番腕がいい忍者であった。悠馬は立ち上がり、父に蔵を開ける許可を求めた。
「いつでも開けていいよ。案内してあげなさい。」
悠馬の父親は気さくに答えた。悠馬も子供の頃に、かくれんぼ感覚で入ったきりで、中に何があるのか、ほとんど知らなかった。悠馬は母に、
「芽衣を暫く見ていてくれないかな。」
と頼んだ。お義母さんは喜んで、
「見ていてあげるからゆっくり蔵を見ておいで。」
と言った。家にやって来た五人は立ち上がり、悠馬に続いて外にでた。悠馬は年季の入った鍵を取り出し、埃をかぶった重い錠を開けた。10年ぶりの日の光が蔵の中を照らした。悠馬は扉を開け放ち、蔵の窓も全部開けて回った。蔵の空気を10年ぶりに入れ替える。悠馬が五人を蔵の中に迎え入れた。兜や甲冑の類があるのかと期待してみたが、これはと思うものはなく、倉庫代わりに使われているだけであった。ただ誇りを被ったまま何年も眠っている品も多くみうけられた。陽子は奥の棚にあるランドセルぐらいの大きさの化粧箱を見つけた。なぜかその箱に違和感を覚えた。陽子が優子に言うと、優子が悠馬に聞いた。
「この箱ちょっと開けてみてもいいかな?」
悠馬がすぐに答えた。
「どうぞ。どうぞ。」
「どうやって開けるの?」
優子が聞くと、悠馬は得意に答えた。
「カラクリ箱みたいになっているので、こことここを持って、上に持ち上げないと開きません。面白いでしょう。」
優子が蓋を持ち上げると、中からもう一つ立方体の箱が出て来た。異国情緒ただよう模様がついた箱には、鍵があるのか開かない。
「これは何?開くの?」
優子が聞くと悠馬は
「実はそれをどうやっても開けられないのですよ。開くのか開かないのかもわかりません。そういう工芸品なのかも?」
学は目を輝かせながら
「貸してみて」
と言った。右や左、上や下を見ながら、学は箱の継ぎ目がどこにあるのか隅々まで観察し、全く継ぎ目がないことに気づいた。箱にはいくらか重量があり、重さが不均衡だが、中の物が動くようなことも無い。
「これはこういう置物じゃないの?」
学から渡されて、陽子が手に取って眺めた。太陽を象ったと思われる絵に、陽子は違和感を覚えた。中央の大きな丸の周りに10個の小さな丸が描かれている。上の小さな丸だけ、細い線で中央の丸と結ばれているが、これがどうも反対のような気がした。人差し指でその丸を少し強めに回してみた。すると太陽を象った絵が少し動いた。陽子は姉の優子に聞いた。
「これこの部分動かない?」
優子が手に取って、力任せに下に動かした。太陽の絵が動き出した。右に半回転すると止まりこれ以上動かなくなった。別にどこが開くこともない。学は優子に
「貸してみて」
と言って、再度箱を良く見直した。裏にも同じような模様があることに気づき、それも回してみた。こちらも右に半回転して止まった。
「たぶんこれで鍵が外れたはず、最後はこれをどうやって開けるかだ」
箱をいろいろな角度から見渡したが、分からなかった。
「陽子姉さん。もう一度トライ」
と言って、陽子に箱を渡した。陽子は箱を眺めて、昔見たカラクリ箱を思い出し、箱を弄ってみた。太陽の絵を正面に向け、左側面の奥の縦棒に触れると、動きそうだったので縦に力を加えた。縦棒が下に幾らか移動した。上部面の奥の横木に動きを感じ、動かしてみると、右に動いた。太陽の絵を正面にして、左の面が動きそうだと思い、触っていると、左面の手前下部の端一点を中心にして、円を描くようにずれて、箱が開いた。箱の裏に何やら文字が刻まれている。何かの封印みたいに見える。中には正四角錘の小さいピラミッドと何を書いてあるのか分からない布が入っていた。突然優子の携帯に着信があった。
「6月21日」
昂希は熟睡していた。前日に湧き出しているお湯の横に穴を掘らしてもらい、天然の露天風呂にして浸かった。リュックに入っていた洗顔を使って、全身を洗った。一日お風呂に入っていなかっただけだが、一日ぶりのお風呂がとてつもなく気持ちよかった。昨日の夕食に肉料理が振舞われた。特別に用意されたのかと思ったが、この施設にいる全員に同じ食事を提供しているようだ。三重目の土地にいる動物が、二頭昨夜亡くなったのだ。生を全うした動物を、感謝しながらみんなで食するのがここの施設のルールみたいだ。拓希と紗希は、昨夜あまり眠れていなかったのかまだ起きてこない。神官がお供の者と共に寝室に入ってきた。紗希が最初に気づいて起き上がり、日本語で挨拶した。
「おはようございます」
お供の女性は笑顔で頷き、ジェスチャーで朝食の用意が出来ていることを伝えてきた。紗希は内容を理解し、ジェスチャーを交えて、日本語で答えた。
「ありがとうございます。二人を起こして、すぐに伺います」
神官とお供の者は頷いて部屋を出て行った。
紗希は男性二人を揺り起こした。二人は眠い目を擦りながら起き上がり、「便所行ってくる」と言って出て行った。中央部の陸地のトイレは、世話係がいるらしく、自分で汚物を処理する必要が無かった。トイレから戻ると、三人は寝室を出て、大広間に行った。三人だけに食事が用意されており、温かい飲み物も出て来た。「いただきます」と言って、三人は無言で食事を始めた。お供の者が大広間から退出した。紗希が喋り始めた。
「この施設ってどうやってつくったのかな?」
昂希が自論を述べた。
「もともとこの土地は、遠浅の海にある小さな島だったのだろう。島の海岸線を古代のコンクリートで円状に囲い、高い壁を作って、錫でコーティングした。壁の内側を海面より高い陸地にするように、内地を掘って、錫でコーティングした壁の横に持っていき、土地を高くしていった。スーパー堤防の要領だ。円周上を均等に掘って島の外壁を守るように土地を造成すると、内側にくぼみができる。そこに雨水や地下水がたまって、一重目の堀となる。ここの土地は海の中にある為、これだけでは施設を守りきりないと思い、次は外側の遠浅の海の中を、陸地から等間隔に古代コンクリートで堰止める。水があれば陸地から船でコンクリートを簡単に運ぶことは可能だ。海を堰き止めると、同じように内側を掘って、満ち潮の時の海面の高さよりも陸地が高くなるように3重目の土地を造成したのだろう。内側の陸地を高くして壁を高くすることで内側の水面が、外側より少し高くなるように設計した。高いところから低いとこには水を供給しやすいので、水路での水の操作がしやすくなる。こうやって三重構造の円形の巨大施設ができたのだろう。二重目までの陸地が、もともと存在する島の土地であるなら、肥料などが有効であるが、人工に作った三重目のような土地ならば、都会のビルの屋上に森を作っているのと同じで、表面だけにしか有効な土はなく、樹齢を数える木には成長しない。根付かないのだから、過剰な肥料は必要としない。必要としないものは捨てるという合理的な考え方ができている。また一重目・二重目の堀の水を、飲み水などに利用しているのであれば、汚物を堀に流すより、肥料として再利用する方が、一石二鳥だ。」
二人は昂希の話に聞き入った。すっかり食事は終わっていた。三人は「ごちそうさまでした」と声を合わせて言うと、お供の人が来て、皿を下げ始めた。お供の一人が、神官からの伝言で、昼にもう一度ガイアが会いたいと伝えてきたことを知らせてくれた。三人は寝室に戻り、用意を始めた。用意と言ってもできることは限られている。トイレと洗顔をするぐらいだ。メイク道具も無ければ、スキンケアのボトルもない。櫛だけはお供の人に借りたので、髪を梳かすことぐらいはできる。三人はゆっくりと時間を使って用意をしていると、神官が一人でやってきた。お供の方々はいない。あそこの施設は最高機密のようだ。三人は神官の後に続いて歩き、前日に出入りした扉から出て、ガイアの施設を訪ねた。前日ポセイドと一緒に入った扉から中に入ると、ガイアが待っていた。三人は御辞儀をして席についた。ガイアがまた同じような体制になり、三人に伝えてきた。
「答えはでたのかな?」
昂希は日本語で答えた。
「リスクはあっても、我々のいた世界に帰りたいと思います。我々はどうすればいいのですか?」
「わかりました。もしあなた方が、これにより生涯を閉じることになっても構わない。ということでよろしいですね。」
紗希は怖気づいたが、頷いた。他の二人も大きく頷いた。
「今日は天気も良く、ちょうど闇夜なので非常に都合のよい条件がそろっています。深夜に北のピラミッドに移動するので、夜中の23時にまたここにきてください。」
拓希が聞いた。
「なぜピラミッドに行くのですか?」
「ピラミッドの中で無いと、移動できないからだよ。」
「エッツ!」
三人は同時に驚いた。
「君たちは、ピラミッドをただの権力の象徴とか、暦と思っているのかな。ピラミッドがワームホールを制御する建物で、物質をそのままの姿で移動するためには必要なのだよ。もともと、四次元のワームホールは不安定で、攪乱を加えるエネルギーの正負によって、ワームホールがブラックホールにもなりうる。だから、ブラックホールにならないように制御する。また、ワームホールを通るためには、エネルギーがマイナスの物質であるエキゾチック物質が必要になるのだが、ピラミッドはそれを内部に留めることができる。さらに日が落ちると、その物質がさらにいくらか増える。我々も星々の移動の為に、ピラミッドを作ったのだよ。」
拓希がまた話の間に口を挟んだ。
「日本でも丑三つ時と言って、深夜の2時3時に悪いことが起きるという迷信が多いよね。」
「確かにその時間ぐらいが、一番エキゾチック物質が増えるね。だから今夜も夜中を予定している。」
紗希が思い出したように呟いた。
「そういえばアメリカの大統領がピラミッドを訪れた時に、霊感の強い大統領で、ピラミッドの内部のマイナスのエネルギーが強すぎて入れなかったという話があったわ。」
昂希が続けて行った。
「剃刀の刃の実験は有名で、ピラミッドの中に刃を入れて保管しておけば、刃の寿命が延びることが分かった。生命の活性化や腐敗を防いだり、中の物を乾燥させたりするみたいだし。ピラミッドの形が大きいほど効果も大きいとも言っていた。ピラミッド内部の物質を包んで守る性質があるのかな。」
「ピラミッドを使って移動しないと、君たちの身体が保存されず、時空で引き裂かれるよ。ピラミッドを使ってもどうなるか保障は出来ないけれどね。君たちは体内の水分量が多いし、体を守る皮膚が薄いから時空超える移動は難しいと考えているのだ。ただこの世界に無事にやってこられたから、帰ることも可能ではないかとおもえる。私はそこに賭けている。」
紗希が質問した。
「方角の南と北を正確に合わせないといけないとか、紙一枚入らないぐらいぴったり作ってあるのも、エネルギーを安定させるのが理由なのですか?」
「その通りだよ。地球は北と南から磁場が出て、ちょうど赤道付近で交わる。地球の自転により遠心力も赤道付近が一番強い。その力を使う必要があるからね。ピラミッドが本来の意味で作られているものは、赤道付近で建設され、方角も正確に合わせて作ってあるものだけだよ。」
拓希が質問した。
「王の墓ではないのですか?」
「王の墓?」
紗希が答えた。
「この時代では分からないことだと思いますが、今から数千年後にエジプトでピラミッドが多数作られます。それが現代人には何なのか不明で、王の墓ではないかと研究されています。しかし、ピラミッド制作前の王の墓は、マスタバ墓と呼ばれ、日干し煉瓦で作られていました。石を用いて綺麗な四角錐の巨大な建造物ができたのは、その後でギザのピラミッドと呼ばれています。これは、東西南北を正確に合わせて作られており、現在は階段状の建造物になっていますが、完成時は鏡石を綺麗に階段部分斜めに敷き詰められていたようで、本当の意味での巨大で綺麗な白い四角錐だったそうです。」
拓希が紗希に聞いた。
「なんで、綺麗な四角錐だったものが、階段状になったの?」
「それは、劣化や盗掘の所為もあるけれど、現代のエジプト人がカイロの街を作る為に、ピラミッドの化粧石をそのまま流用した為だと言われているのよ。加工技術がすぐれた石が大量に身近にあれば使うよね。」
「それはそうだな。」
拓希は応えた。紗希がガイアに聞いた。
「ギザのピラミッドの内部にある通路は上方に向かって伸びていますが、ピラミッドパワーを最大限発揮できるのは、ピラミッドの中心なのですか?」
「そうだよ。もし下降するように作られているのであれば、君たちの言う通り、墓としてつくられたものだろう。ピラミッドのパワーが最大限発揮できないからね。」
紗希は続けて聞いた。
「バミューダ海峡に沈んでいるクリスタルのピラミッドは確かに赤道付近にありますが、南極にあるピラミッドは南の端ですよね。」
昂希がバミューダ海峡と南極を簡単に説明した。ガイアは答えた。
「今は、地球の南の端にあるかもしれないが、君たちの作った年代で言うと、カンブリア紀やオルドヴィス紀は、あの大陸は赤道直下にあったのだよ。これは、過去のものだから、我々の資料にも載っているね」
「そうなのですか。知りませんでした。」
紗希は素直に応えた。ガイアは再度聞いてきた。
「今日の夜中にやってみるということでいいのかな?」
三人は同時に返事をした。
「はい。」
「それでは、夜中には真っ暗で何も見えないので、周辺の地理や状況を今から行って、調べておこう。」
三人はお互いを見て、頷いた。そして、三人口をそろえて返事をした。
「お願いします」
ガイアは立ち上がり、付いてくるように促した。部屋の右側の扉にガイアは歩いていく。三人もガイアに続いて右の扉に入って行った。その部屋は、手前には床があるが、その先は丸々穴が開いている。半分床で半分空洞になっている部屋だ。今の住宅でいう所の吹き抜けといってもよいだろう。ガイアが自分の星の言葉で呼びかけた。当然三人には何を言っているのか全く理解できなかった。すると突然、下から青い光が差してきた。ガイアはその青い光の中に入った。そして三人にここに来るように言って来た。先ほどまで底の見えない空洞だったところだ。三人はまたお互いの顔を見回したが、三人とも意を決し、その青い光の中に入った。この光の中では、1Gの力が上方向に出ているのだろう。上にも下にも移動せず、空中で釣り合っている。スキューバーダイビング時の海の中で、ちょうど浮力と重力が釣り合っているような感覚だ。ガイアが言葉を発すると、ゆっくりと四人は下降していった。上方向に出ている力が、0.8Gぐらいに抑えられたのだろうか。四人は球状の物体の中に上から入って行く。ちょうど中央付近で青い光が消えた。上も下も壁になっている。すごく狭い空間だ。暫くすると、強烈な5つの光が照射された。そして上から下へと強烈な風が一瞬吹き抜けた。ガイアが言葉を発すると、横の壁が開き、比較的広めの何もない部屋が現れた。ガイアはその中に入って行く。三人もガイアに続いて中に入った。後ろで扉が閉まる音がした。昂希が振り返ると、扉らしきものは見当たらない。同じ壁が続いているように見えた。小さな窓が四方八方に付いている。床や天井横や斜めに、それこそあらゆる方向が見える。ガイアが言葉を発すると、その穴は無くなった。先ほどの光はなんだったのか。昂希は考えてみた。考えられることは、紫外線や赤外線、可視光線などのあらゆる光で消毒されたのだろう。しかし、目に深刻なダメージがあるわけではなかった。そんな強い光を浴びると体で一番弱い目に深刻なダメージをおう。他の二人を見てもそのような感じには見えない。たぶんAIか何かで、正確にみんなの目の位置を把握し、そこだけ光が当たらない様に調整されていたのだろう。すごい技術だ。ガイアは星の言葉で呟いた。するとコンピューターらしき物が空中に現れた。計器類や制御装置が緑色に光っている。現代の触れないATMやVRの世界に似た造りで出来ているみたいだ。昂希は疑問を口にした。
「先ほど我々が、最初に入った青い光はなんですか?」
「重力制御装置だよ。その後、小さな部屋で浴びた五色の光が、殺菌光だよ。」
「どんな原理でできているのですか?」
「説明できないのだよ。君たちの知識の中に我々が思い描くものの名前がないからね。我々が思い描くものを説明するのにさらに、別の物質の説明もしないといけなくなる。そこにたどり着くために膨大な説明を要するので難しいね。」
紗希が納得したように頷いた。
「我々が持っている携帯電話を、ここの人々に説明するのと同じことですよね。」
「そういうことだね。」
拓希が首を捻っている。紗希が拓希に説明した。
「ここの人に携帯電話を教えようとするとまず何から伝える?」
「電話が何であるか?かな。遠くに離れた人と会話をすることが可能だ。というぐらいだよ。」
「なぜ遠くの人と会話ができるの?」
「この機械を使うからだよ。」
「今やって見せてよ。」
「今は出来ない。」
「なぜ?」
「電波がないから。」
「電波って何?」
「電波は電磁波の一種で300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波のことだよ。」
「電磁波って何?周波数って何?メガヘルツとは?と、どこまで行っても説明が終わらない。構造の話にまでなると、それこそ学校の授業ぐらい一から説明しないと伝わらないよね。そのことをガイアさんは言っているのよ」
「なるほど。」
昂希がガイアに聞いた。
「この艦の動力はなんですか?」
「太陽と同じ原理。君たちで言うところの原子力発電かな?」
「原子力発電?」
「核分裂の力を利用しているのだよ。あれほど環境に優しく高エネルギーを生み出す動力は無いからね。一度動き出すと太陽と同じで、我々が生きている間に止まることはない。しかし、制御はできる。君たちには制御に失敗して、汚染水をぶちまけたみたいだけど、うまく使えば、エネルギーは機械が壊れるまで永久に使用可能だよ。太陽だって未だに燃え続けているのだからね」
「危なくないのですか?」
「君たちみたいに、あんなに巨大に作らないし、水で冷やすようなことはしないからね。君たちの発電は、核の熱で態々《わざわざ》水を温めて蒸気にし、タービンを回して電気を作り出す。効率がいいように見えるが、無駄ばかりだ。また、施設が巨大なので、管理区域が広大になり、劣化や破損を見つけにくい。巨大なものは綻びも大きい。事故が起これば、お手上げだ。誰も近づく事さえできなくなる。我々は熱電変換で、熱を直接電気エネルギーに変換しているのだよ。宇宙空間は平均的に凄く低温で、マイナス270℃ぐらいだ。セルシウス温度が、絶対零度つまりマイナス273.15に近い。熱を冷やすことにそんなに困ることはない。この地球に降り立つと、いろいろなもので守られているため、比較的高い温度が維持されているから、別に冷やすものが必要ではあるがね。さらに、高温と低温があれば、風を作り出すことも可能だ。」
三人は何とか話に付いていこうと頭をフル回転させた。知識量の差を感じざるを得ない。これ以上の話は理解できないと思い、昂希が話題を変える質問をした。
「この艦は上下があるのですか?」
「特に上下があるわけではないよ。状況に応じて艦の飛び方を変えるので、天地がさかさまになることもある。宇宙空間では上や下の概念がないからね。」
「確かにそうですよね。」
昂希が頷いた。ガイアが伝えてきた。
「そろそろ出るよ。座って。」
座る椅子のようなものはどこにもない。仕方なく三人はその場に腰を下ろした。フワッとしたかと思うと
横方向に移動した。外の光が差し込んできた。外に出ると、先ほど入って行った施設の入り口が見えた。ガイアの居住している地下に、この艦は格納されていたようだ。次は上昇を始めた。遊園地のバイキングで経験したような浮遊の感覚だ。下を見ると、この施設が見える。三重の円で構成され、外側に船の寄港地と桟橋、島に繋がる橋が、3重目の外側に等間隔に建設されている。まるで海の中に描かれた太陽のような図柄になっている。ガイアが星の言葉で呟いた。艦はフワッとしたかと思うと、眼下にピラミッドが立っていた。体感はほとんどないが、高速で移動したことがわかる。艦はゆっくりと下降を始めた。ガイアが伝えてきた。
「この地球はどんどん暖かくなってきている。その影響で、海の水がだんだん上昇してきているのだ。その内このピラミッドも水没するだろう。君たちが来るのがもう少し遅かったら、ここも使えなかっただろうね。」
艦が停止した。上昇も下降もしていない。でも地に付いている感覚はない。ガイアが言葉を発すると、先ほどの出入り口が現れた。三人は立ち上がり、無言でガイアの後に続いた。先ほどの狭い空間だ。エレベーターぐらいの空間に入ると、ガイアが喋った。先ほどと同じように青い光が辺りを包んだ。重力が軽減される。またガイアが何かを呟くと、ゆっくりと下降を始めた。勝手に扉が開いていくのか、気が付けば艦の外に出ていた。地面に足がついたぐらいで、ゆっくりと重力を感じてくる。完全に青い光がなくなると、自分の体重を両足がしっかりと感じた。ガイアが歩き始めた。三人もガイアに続いて歩き始めた。ピラミッドの入り口を目指して歩いている。ガイアが伝えてきた。
「今夜同じようにここに来るが、一通りの手順を今の内に予習してもらう。」
三人は頷き「わかりました」と答えた。ピラミッドの横に来ると、ガイアは上を指さし伝えてきた。
「あそこにこのピラミッドの入り口がある。あそこからピラミッドの中心まで今から行ってもらいたい。工程と時間と内部の様子をよく見ておいてくれ。今でも薄暗いが、本番は真っ暗で何も見えないだろう。君たちの携帯と呼ばれるものはいくらかライトの役割が出来そうなので、本番はそれを使用してもらって構わないが、充電が少なくなっているので、電気を節約していかないとまずい。電話を掛けられないと今回の任務は失敗だ。今後も電池の関係で、挑戦することは出来ないだろう。」
三人は頷いて、ピラミッドを登り始めた。ピラミッドの内部への入り口が地上10mぐらいの所に存在する。拓希が最初にピラミッド内部に足を運んだ。少し嫌な感覚に襲われる。
「エキゾチック物質かな。」
拓希は独り言を呟く。後ろの二人は何も言わなかった。ピラミッドの内部の通路は狭く小さい。三人は少し斜め上に向かって伸びている通路をゆっくり進んだ。中心部まではかなりの距離がある。そろそろ全身を伸ばしたいと思っていた所で、平らで大きな空間が出てきた。拓希が中に入った。天井はもはるか高くに設置してあり、部屋は正方形で作られている。中央に四角の石室が置いて有り、この部屋の角に三角柱の石が横向きに置いてあった。この石は、こちらに向いている面が、鏡のように磨き上げられている。ガイアが伝えてきた。
「中心部にたどり着いたかい?」
昂希は応えた。
「はい。本番はどこにいて何をすればいいのですか?」
ガイアが伝えてきた。
「まず、部屋にある三角形の石を入口にはめ込み部屋の隙間を完全に埋める。腕ぐらいの太さの石が何本も部屋にあると思うが、それを石室の蓋にするので、三人とも石室の中に入り、それを隙間なく並べて、蓋をすれば準備は終了だ。いま出入り口を蓋をすると、そこから出ることが出来なくなるから、それは本番のみにしてくれ。」
拓希はガイアが伝えて来た石の蓋を探した。足元をよく見ると、石の棺の横に綺麗に並べて置いてある。ほぼ隙間なく加工されているので、一枚の踏み石が設置されていると勘違いした。拓希が一番端の石を持ち上げると、横幅は腕ぐらいで厚みは親指ぐらいの横長の石が持ち上がった。石室にのせるとぴったりと蓋になる。石だけにかなりの重量はある。昂希は拓希の行動を観察していた。拓希が乗せた石を見ながら、並べる順番も、下に置いてある通りに並べると隙間なく並べられるのだろうと思った。昂希がガイアに向けて話した。
「だいたいわかりました。そろそろ出ようと思いますが、何か他に見ておかなければならないものはありますか?」
「いや、もういいだろう。ゆっくり出ておいで。」
ガイアが伝えてきたので、三人は拓希を先頭に、先ほど来た道を戻って行った。ガイアと三人は施設に戻り時間が来るまでゆっくりすることにした。夕食を一緒にとれないか昂希が訪ねると、夕食後に会談しようということになった。
三人は夕食後、ガイアの部屋を訪れた。ガイアは椅子に座って待っていた。いつも通りの挨拶を行い、いつも通りの席に腰かけた。ガイアが聞いてきた。
「どこに行きたいのかね。」
三人は昂希は拓希と紗希を交互に見て、答えた。
「20○○年6月21日にお願いします。」
紗希が突然しゃべった。
「待って、移動時は日付が変わっているのよ。前日に戻るとおかしくならない?」
昂希は言った。
「時間や空間を超越するなら、大丈夫なんじゃないかな。」
ガイアは聞いてきた。
「20〇〇とは何かな?」
昂希はハッとして気が付いた。西暦自体ガイアは知らないのだ。まだこの時代には、世界共通の暦というものが存在していない。しかし、携帯電話は我々の世界の基準で動いている。日付や時間の設定もそうだ。昂希が頭を悩ませていると、紗希が喋り始めた。
「昂ちゃん。西暦元年は、1年から100年まで100年間のことだけど、西暦0年という概念が存在しないよ。その前の100年は、紀元前1世紀だもの。そうなると都合が悪いのが天文学で、この学問だけは期限前1世紀を西暦0年としているのだけど、どうするの?」
昂希は頭を抱えた。拓希が簡単に喋った。
「別に西暦元年を正確に伝えなくても、代表的な出来事と日時をガイアさんに分かってもらえれば、そこからは計算ででるんじゃない?例えば、ジョホールバルの歓喜が1997年11月16日だったとかさ。」
昂希と紗希は拓希を見つめて、昂希がガイアに聞いた。
「拓希が言ったようなことは、できますか?」
ガイアは難しい顔をした。
「すこし時間をくれないか。旗艦にアクセスして、問い合わせてみるよ。君たちの方もいつの日にするか決めておいてくれ。」
ガイアは席を立ち、艦に向かって行った。三人はガイアが帰ってくるまで、何日に設定するかを話し合った。ガイアは数分艦内に滞在したが、すぐに戻ってきた。昂希が先ほどの続きを質問した。
「日にちがずれると向こうの世界にいる自分と会うことになりますか?」
「確実にいない日にちを選べば問題ないだろうが、君たちが向こうの世界にいる日にちを選択すると、世界がズレて、違う世界にたどり着くかも知れないな。同じ世界に同一の二人は、存在出来ない。反対の世界にも二人いないと世界が釣り合わなくなるからね。」
紗希が口を開いた。
「ドッペルゲンガーのことですか?」
「・・・」
ガイアは答えなかった。紗希は、この話題だけはタブーなのだろうか、と思った。
拓希は聞いた。
「地球に時差がありますが、正確に時差が反映されるのですか?」
「それは難しいな。まずこの地球の自転自体が、少しずつ遅くなっているのは知っているよね。この地球ができた当初は、一日は約5時間だった。今は24時間だね。実際に地球が一回転するのは、23時間57分ぐらいだけど、太陽と正対するまでを一日とすると、ほぼ24時間ということになる。自転と公転が同じ左回りだから、太陽と正対するには、常にちょっとだけ地球が多く回らないといけない。360度では公転で地球が右に動いた分だけ、太陽の中心からズレるので、常に0.7度多く回って、太陽と正対した時に一回転としている。」
拓希と紗希は頭を横に傾け、ガイアが言ったことを理解しようとした。昂希が補足した。
「時計を思い出してみてよ。6時の位置に地球があるとして、時計の真ん中が太陽とすると、自転するということは、6の文字が一回転するということになるよね。一回6の文字が回ると地球は少し左に移動する。分かりやすく、3時の所に6の文字の地球が移動したとしよう。一回転すると、6の文字はどうなる?」
拓希が答えた。
「6という字のままだよ。」
紗希が応えた。
「アッツ。なるほど。6という字のままだと、太陽となる中心から見ると、正対していないね。」
拓希が理解の糸口をつかんだかのように考え込んだ。
「じゃあ、12時の所に6という字が来ると、9という字にならないと太陽と正対しないということか。」
昂希が話を引き取った。
「そう。つまり、6という地球は、毎日一回転と少し回らないと、太陽と正対しない、ということだよ」
紗希と拓希は納得した。ガイアは続けた。
「この星は今後、1日が25時間になると計算されている。地球の動きが常に一定ではないので、やはりいくらか誤差はでる。我々のコンピューターでなるべく、正確な日にちだけは算出するつもりだが、時間までは無理だな。」
紗希が先ほど話し合った結果をガイアに伝えた。
「6月22日でお願いします。」
昂希は移動する時の具体的な方法を聞いてみた。
「今、我々のコンピューターと言いましたが、何か使うのですか?」
「当然、我々の艦をピラミッドの上空に浮かべて、時間と空間を設定し、電磁波や遠心力など地球の力を集める操作をするよ。ピラミッドのパワーと移動の力は別物だからね。膨大な電力など移動に必要な力をこの艦で補う。そしてワームホールをピラミッド内部に作り出し、君たちを所定の時間と空間に飛ばす。君たちが来たときは操作が無かったから、どこに飛んできたかわからなかっただろう。」
拓希は独り言を呟いた。
「そういえば、なぜ我々はここに来たのだろう?」
「近くにピラミッドは無かったかい?」
拓希はハッとして思い出した。逆ピラミッドと正ピラミッドがルーブルにはあったぞ。
「たぶんピラミッドに吸い込まれて、飛ばされたのだろう。大量の電気が必要だが、雷が鳴っていたかな。」
「前日空港に着く頃は雨が降って天気は悪かったです。到着すると雨は上がりましたが、どこかで雷が落ちていても、我々には知る由がありませんでした。ただ強烈な光の後の美術館は真っ暗だったような気がします。」
「停電でもしたかな。君たちは移動に制限をかけていないので、どこに着くかは運次第だっただろうけどね。偶然でも我々が居た世界でよかったね。他の世界に飛んでいたら、お手上げだったね。」
「なぜ我々だけ飛ばされたのですが?」
「次元を超えて光り輝くものが無かったかな?」
「そういえば兄貴が、石が光っているとか言っていたな。僕には最初は見えなかったけど。」
「それは彼が石に共鳴する何かを持っていたのだよ」
昂希は考えた。あの謎のフランス人からもらったものかな。と思い、リュックから本を取り出した。
「この本は、ここに関係がありますか?」
ガイアは手に取り、本を開いた。
「これは我々が祖国に送るために綴っていたものの一部だ。表紙や中の数ページは別の何かに差し替えられているが、我々の文字も刻まれている。これを持っていた彼にだけ、石が共鳴し、時空に穴が開いたのだろう。」
「なるほど」
と三人は思った。
「他に質問は?」
「我々は現場で準備をして石室に入った後は、電話をするだけでいいですか?他に何かしなければなりませんか?」
「いや大丈夫だ!携帯の電波を発信してくれれば、後はこちらでやってみる。上手くいくかどうかは五分五分だけどね。」
「分かりました。」
紗希は答え、持っていたフリスクをガイアにあげた。
「何もお礼が出来ませんが、いろいろありがとうございました。」
紗希が立ち上がり深々とお辞儀をしてお礼を述べた。昂希と拓希も同じように倣った。
時間になったので、4人は艦に乗り込み、ピラミッドに向かった。昼間来た時とは雰囲気が全然違う。入口に来ると、人を拒む空気が感じられる。例の物質の力だろう。三人は意を決し、ピラミッド内を突き進んだ。ガイアは艦に乗り込み、ピラミッド上空に移動を始めた。ピラミッド内の作業を終わらせ、昂希が優子の携帯番号を表示し、ガイアに向けて、しゃべった。
「準備ができました。」
ガイアが伝えてきた。
「では、電波を発信してくれ。幸運を祈る。」
昂希が通話ボタンを押した。電波を探すように携帯が、プッ、プッ、プッと言い始めた。暫くすると携帯が光始めた。石室に青白い光の輪ができ、三人を包み込んだ。空間が歪むのが分かった。覚えているのはここまでだった。
優子は昂希からの着信があったので、通話ボタンを押そうと思った。次の瞬間、携帯電話が光り始めた。あわてて携帯電話を棚に置いた。
「エッツ!何!壊れた?」
優子は慌てて、周りを見た。倉庫内に青白い光が一瞬輝いた。皆一斉に目をつぶり、目を開くと三人増えていた。皆は呆気にとられ言葉を失っている。優子が最初に我に返った。優子は三人に近寄り、体をゆすった。
「昂希大丈夫。拓希。紗希ちゃん。」
順番に体をゆすりながら、名前を呼んだ。他の人々も三人に寄り添った。救急車を呼ぶべきかと学が携帯を取り出すと、今回も昂希が最初に気づいた。昂希は朧気ながら目を開き、首を動かして、紗希と拓希がいることを確認した。頭の上で母親の優子が騒いでいる。昂希には優子の言葉がまだ雑音に聞こえ、頭に入ってこない。肩肘を付いて、少しだけ身体を起こし、紗希と拓希を見た。二人とも少しづつ目が動き始めた。どちらも大丈夫そうだ。昂希は小さく呟いた。
「無事たどり着いたか。」
横でワアワア言っていた優子の言葉がやっと頭に入ってきた。昂希は煩わしそうに言った。
「何?」
優子は怒っているような心配しているような声で言った。
「何じゃないわよ。どういうこと?」
「とりあえず、今日何日?」
「はあ?6月22日に決まっているじゃないの。」
昂希は決まってはいないのだけどなと思いながら、
「あ、そう」
と答えた。
「説明しなさいよ。」
優子が言うので、昂希は
「二人を起こしてからね。」
冷静に答えた。横で横たわっている紗希に目をやった。目をパチクリさせている。状況の把握をしているようだ。昂希が紗希をゆっくり起こし、座らせた。もう少しかかりそうだ。次に拓希に目をやった。こちらはすでに、陽子姉さんによって座らされている。こちらももう少しかかりそうだった。学が声を掛けてきた。
「大丈夫か。救急車呼ぼうか?」
言って来たので、昂希が
「必要ないよ」
短く答えた。
拓希が喋った。
「ここどこ?」
陽子は答えた。
「悠馬さんのご実家の蔵の中よ。」
「アッツ。そう。」
短く拓希も答えた。
紗希も昂希と会話を始めたようだ。そろそろ三人共に頭がしっかりしてきたようだ。昂希が優子に言った。
「シャワーを浴びたいのだけど・・・」
優子は悠馬に聞いた。
「シャワー借りてもいいかしら?」
悠馬は答えて、
「どうぞ。どうぞ。タオルとバスタオルを準備するので、ちょっと待っていてください。」
悠馬は蔵から出て行った。
拓希がボソッと呟いた。
「喉が渇いた」
昂希も紗希も頷いた。優子も学も取り敢えず家に入ろうと言って、三人に寄り添いながら、玄関を目指した。怜那が戸締りをしようとしたので、陽子が
「代わりにやってあげるから、三人の世話をしてあげて」
と言い、怜那を蔵から出した。
陽子は、手に持っていた先程の布切れをなんとなく見た。カタカナの「キ」と言う文字が丸で囲まれているものが描かれている。もう一つは、四角い容器が描かれていて、容器の真ん中にアルファベットで「FRISK」と書かれているように見えた。陽子は丁寧に片づけを行い、窓を閉めて、重厚な入口を閉じた。三人は玄関を入ると、悠馬の両親に突然の訪問を詫び、丁寧に挨拶をした。皆が宴会場と化した畳の間に入って行く。悠馬が三人にお風呂の場所を案内した。拓希が先にシャワーを浴びることにした。悠馬に先に部屋に戻ってもらい、昂希と紗希の夫婦は、自分たちの体験をどう話すか検討し始めた。優子が昂希を呼んでいる。昂希は優子に適当に返事をして、時間を稼いだ。二人で検討した結果、信じてもらえなくても、そのまま起こったことを伝えることにした。下手に嘘を交えても逆効果になるだけだ。多少の打ち合わせの間に、拓希が風呂から上がってきた。昂希は妹の怜那を呼び寄せ、三人が着られるような服が無いか聞いてもらうように頼んだ。怜那は悠馬を呼んで、三人が着られる服が無いか尋ねた。自分が昔来ていたジャージなら何着が置いてある。とのことだったので、それを借りることにした。拓希が風呂から上がり、髪を乾かし始めた。優子が昂希を呼んでいる。昂希も流石に限界だろうと思い、紗希を風呂に行かせると、自分は畳の間に移動した。席に着くと、優子からの質問が飛んできた。昂希は注いでもらった水を一気に飲み干し、優子からの質問に答えた。紗希がお風呂から上がってくるまで、質問が途絶えることがなかった。拓希が髪を乾かして、畳の間に現れると、同じように質問攻めにあった。拓希も体験したことを包み隠さず話した。皆一様に驚いたり、怪しんだりしている。紗希が髪を乾かすドライヤーの音をさせ始めたので、昂希はすかさずお風呂を借りる旨を伝えて席を立った。二人が同じことを説明するので、さすがに紗希が畳の間に現れた時には、質問することもなくなった。優子と怜那は、紗希を暖かく迎え入れ、お酒と食事を勧めた。昂希が風呂から上がると、二次会が開始された。昼からみんな飲み上げている。悠馬が気を利かせて話始めた。
「皆さんはこの後どうされますか?泊まって行かれますか?」
学は腕時計を確認した。すでに18時30分を回っている。今は一年で一番日が長いので気が付かなかった。ここに泊まらせてもらっても、明日が厳しくなる。優子が悠馬の両親に向けて話した。
「お昼ごはん、ご馳走様でした。明日の電車の時間がありますので、本日はこの辺でお暇させていただきます。」
学と陽子も「ごちそうさまでした」と続けて言葉にした。怜那が悠馬に耳打ちした。
「突然三人増えたから、車に乗れなくなったよ。どうしよう。」
悠馬が怜奈に耳打ちした。
「僕は実家で寝るよ。皆を連れて帰ってあげて。」
「明日どうするの?」
「家の親父に明日送ってもらうことにするよ。」
「そう。ありがとう。」
怜那は急いで、畳の間の食器類を片付け始めた。悠馬も食器類を持っていくのを手伝った。母親同士の話に花を咲かせている。男連中はお酒と簡単な袋菓子で酒をまだ飲んでいる。怜那と悠馬は今の内に畳の間を片付けた。手際よく怜那は食器を洗って、水切りかごに綺麗に並べていく。さすがに一枚一枚の皿を拭いている余裕はない。ゴミの捨て方などのこの家のルールを悠馬に聞きながら、一通り片付けた。お暇しますと言ってから、30分は掛かるだろうという読みは的中した。のろのろだらだら亀の足より遅い移動を行って、やっと皆が玄関にたどり着いた。話に花が咲けばこんなものだ。怜那は芽衣の様子を確認した。陽子姉ちゃんと紗希義姉が芽衣をあやしながら会話している。悠馬の父親と学もすっかり意気投合したようだ。昂希と拓希は二人でゆっくり会話している。悠馬の母親と優子はこのままだといつまでも喋り終わらない。怜那がみんなを車に誘った。昂希と拓希が、車の後部座席に乗り込んだ。後は学が後部座席に乗り込み、紗希と陽子と芽衣が真ん中に乗車した。優子が助手席にやっと収まると、怜那は車のエンジンを始動させた。19時30分だった。車は静かに悠馬の実家を出発した。行きと同じく2時間で家に到着し、その日はみなすぐに床についた。翌朝、怜那はみんなを駅まで送って行った。みなが改札を抜けると、芽衣と二人きりになった。哀愁を感じる。昂希と拓希と紗希は上りにのり、学と優子と陽子は下りにのった。東京に向かう方が上りで、東京から離れていく方が下りだ。昂希紗希の夫婦と拓希は、拓希のマンション前で別れた。昂希と紗希は一旦家に帰り、夕食の買い出しの為に、近くのスーパーに歩いて行った。住めば都とよく言ったもので、寝床を中心とした生活圏内は何故か安心感を覚える。暮れなずむ町を歩いて帰り、紗希は夕食の用意を始めた。昂希はお風呂を洗い、給湯ボタンを押した。二人ともお風呂を済ませ、夕食をとった。昂希は久しぶりに紗希と二人で会話を楽しんだ。
翌日まで昂希は休みにしていた。昂希は朝食後に、タカさんに電話を掛ることにした。その前に一度ラインで時間があるかどうかを確認した。タカさんはOKとだけ返してきた。絵文字も使わなければ、スタンプも全く使わないのが、タカさんだ。予定時刻になり、昂希はタカさんに電話をした。タカさんが興味深く話を聞いてきたので、二日間の出来事の一部始終を伝えた。タカさんが聞いてきた。
「アトランティスはどんな島だった」
「彼らの艦に乗って移動した時に見たら、周りは見渡す限り海で、近くに陸地はなく、大きな島が一つありました。その周りに小島が何個かあって、小島の一つを彼らが拠点としていました。」
「彼らの拠点の周りに、島は何個かあったのかな?」
「小さな島がいくらかありましたし、拠点から何本か外に突き出して桟橋が築かれ、船着き場になっていました。」
「なるほど、自分たちの拠点での生活に合わせた構造にしつつ、自分たちのシンボルである太陽柄もきちんと表現しているようだね。」
「僕たちがいた島はその後全然聞かないのですが、どうなったかご存じですか?」
「現在もアトランティスが実在したかどうかを議論しているぐらいだから、どうなったかは分からないよ。私の考えでは、アトランティスは海中に沈んだという説を信じている。小さな島はいくつも出来たり、海中に沈んだりしている。今でも西ノ島が火山の噴火で陸地となり新しい島として登録された。逆に北海道地震の影響で、節婦南小島は、海中に沈んだ可能性があるとされている。伝説のように一夜にして海中に沈むことが可能かどうかは分からないが、気が付けば海に沈んでいるということは普通にあり得る話だ。温暖化で海水面が上昇し、海中に沈みそうな国もあるので、それほど突拍子もない話でもないだろうね。」
「いまだに発見されていないのはなぜですか?」
「古い書物に、アトランティスは高度な文明をもった巨大な大陸であった書かれているので、小さな島がアトランティスの拠点だった。と考えていないからだろうね。」
「我々がいる現代で、異星人と接触しないのはなぜなのでしょうか?」
「こんな話を知っているかい?アメリカのラジオ局が、ある企画で火星人来襲を放送したことがあったのよ。1900年前半で、まだ皆正しい知識や情報を持ち合わせていなかった為、ラジオからの放送を鵜呑みにしていた。他に新聞ぐらいしか情報源が無かったから、成否の確認もできない。この時に本当に全米銃がパニックに陥った。その後は模倣犯が、4/1のエイプリルフールでたびたび宇宙人の話をするようになってパニックは起こりにくくなったが、他の国で同じような内容を放送すると、アメリカ以上にパニックに陥って暴動にまで発展した。つまり宇宙人と聞いただけで、パニックを引き起こすということが分かってしまったので、安易に表舞台に登場させられなくなったことが一つの要因だろうね。後、あちら側の都合もあるのではないかな。地球にすぐに来られない事情が発生した。または、積極的に地球人に関与しなくなったことが考えられるね。」
「すぐ来られない事情ですか?」
「そう。つまり移動できるピラミッドが無くなったからだろう。彼らの星から、この星に移動するためのピラミッドは、氷の中か海の中だからアクセスできなくなった。バミューダ海峡で時折、計器に異常をきたすのは、異星からピラミッドにアクセスしようと強力な力が届いている為ではないだろうか?ただ建物が海の中にあるので、力が安定せず、移動するには至らないのだろう。ピラミッドを、本来の意味で作っているものは数少ないと考えているよ。」
「エジプトにあるものは違うのですか?」
「ギザのピラミッドはその可能性があるが、それ以外はどうだろうね。権力者が真似をして制作した模倣品が多いのではないかな。本来の意図で作られていないので、移動することはできないのだろう。」
「はあ。」
昂希は肯定とも否定とも取れない声をだした。タカさんは続けて話した。
「もう一つは、一度地球を離れないといけない状況になったのだろう。急遽彼らは、自分たちの星に帰った。そして来られない状況に陥った。調査などは、自分の星が安定していないとできないことだしね。自分たちの星で、緊急事態が起こったのかも知れない。」
「積極的に地球に関与しなくなったのはなぜですか?パニックに陥るからですか?」
「それもあるだろうが、日常の中に彼らがいて不自然でない場合は何も感じないだろう。海に住んでいる蛸は進化論に該当しない生物として有名だ。どのような過程を経てこのような形になったのか未だに分かっていない。とても頭のよい生物であり、過去異星人の形を描いたものに、蛸をモチーフに描かれている物も多かった。しかし地球に存在している期間が長く、皆馴染みの生物であるので、異星人として接している人は少ない。日常の中にいることが自然な場合は気にもならないだろう。」
「確かに。ではなぜですか?」
「映画でイ〇ディペ〇デ〇スデイと言うのを知っているかい?」
「見たことあるよ」
「あれは異星人の行動がイナゴと同じで、集団で星々を移動し、星の資源を使い尽くしては、他の星に移動するという設定だった。もし同じことを地球人が始めると、地球人を宇宙に進出させるのは脅威になる。それを彼らも黙って見過ごすことができなくなる。だから、今は地球の動向を見守っているというか、監視ということだろう。地球の指導者には、秘密裏に接触している可能性はあるけどね。普通に考えると監視するのに、対象者には積極的に関与していかないものだよね。」
「もし何かあったら、ガ〇ダムや星戦争みたいな、宇宙戦争が起きるということですか?」
「いや、地球人が戦争できる技術力を持つ前に、叩いてしまうのが普通だな。同等の力を得ると、彼らも被害を受けるからね。地球人が間違えた道を進んで行く気配があると、部隊を派遣してくるかもしれないよ。我々はまだレベルが低い。戦えば必ず負ける。当然地球の指導者達もそれは分かっている。SDGs(持続可能は開発目標)を声高に言い始めたのも、そういった理由があるのかも知れない。」
「この体験を公表したら、大変なことになる?」
「いやならないだろう。TVショウやマニア雑誌なら受け入れてもらえるかもしれないが、学界とか専門家は完全に無視だね。我々一般人の意見は、数ある情報の一部で根拠がない。だから、それが後世に正しかったとしても、名前が残ることもない。専門家になって、科学的根拠が立証できた場合に限り、広く受け入れられる。だから残念ではあるが、例え意見が正しかったとしても、認められることはないよ。」
「そうか。そうだよね。今後、現代に謎とされているものは解明されるのだろうか?」
「謎の解明は少しずつ行われているだろうが、証明は難しいだろうね。技術的にもそうだが、人のレベルでは知覚できない世界をどう証明するかということが最大の謎だろう。」
「難しいのかな?」
「難しいだろうね。人に見えない物。人に聞こえない音。人が感じられない匂いなど、表現のしようがないし、実験の結果を信じることができない。イレギュラーが発生していないことが分からないからね。悪魔の証明と同じだろう。」
「ええっと。だいぶ話が渋滞していますが、人が見えないものとは具体的には何ですか?」
「小さいもので一例をあげるとニュートリノやヒッグス粒子のことだよ。ウイルスについてもいえるかもしれない。体調不良や重力など普段我々が感じているのに、どのようなものなのか見ることが困難だ。それ以外にも、赤外線や紫外線などの光に対しても、自分の目で識別することができない。」
「なるほど。音は犬笛とかモスキート音のことですか?」
「そうだね。音が鳴っていることが人間には分からない周波数の音で、超音波と表現しているよね。人に聞こえない周波数でやり取りしている場合、我々はどうやって伝えているのだろうと頭を悩ませるが、その生物からしたら毎日音を出して意思疎通していますよ。とホモサピエンスにいいたくなるだろうね。嗅覚も同じで、人の感覚器は、動物の中では、下から数えた方が早いぐらい鈍感だよ。日常の臭いとフェロモンの匂いを別物として認識していない時点で、ホモサピエンスは劣っているね。」
「悪魔の証明とは?」
「無いことの証明のことだね。無いということを完璧に証明することはできないということだよ。」
「具体的には?」
「パラレルワールドは存在しないとか黄泉の世界はないということを証明できないことかな」
「ということは、今後の科学の世界は、計算上そうなるから、そこにそのようなものがあるのではないかという憶測でしか証明できないということですか?」
「そうだね。無いことを証明できないのだから、計算上そうなるのであればそうなのかな。と発表するのだろうね。細菌を見つけた時に、すべての病気の原因は細菌だ。と世界中で言われていたが、電子顕微鏡が発明されると、ウイルスというものが別に発見され、仮定が覆された。」
「なるほど。どこかの天才が何とかしてくれる気がするのだけれどな。」
「確かにIQ200g超えの人には、違う世界が見えるみたいだね。人の世では退屈でしかないようだが、その能力を別に生かせば、もっと違う世界が理解できるかも知れない。名だたる偉人が世界を変えているのは事実だしね。ただ凡人にはその世界が理解できないので、説明を聞いても分からないことが問題だがね。最近、京大の教授が、未解決の問題の証明をして話題になった。証明に使ったページは350ページにのぼり、あまりに難解な為、すべてを理解できる人が、世界に10人いないだろうと言われるほどだった。その為、その証明が正しいことを証明するのにも膨大な時間がかった。」
「IQの高い人は、逆に普通の生活が困難だと聞いたことがあるのですが・・・。」
「単純な作業が難しいと聞いたことはあるね。私はこう考えているのだ。人の目で見えない大きさの精子と卵子が混ざり合って、生物が誕生するが、そのサイズだと伝えられる能力には限界がある。一つの小さな受精卵を100%とするとそこから、肉体能力・文化能力・身体能力に100%を配分していかないといけない。人間の体が出来上がった時、各部位はその能力の数の1しか使えない。その配分を文化能力に多めに配分すると、その他の能力が、基準値以下にならざるを得ない。だから、どこかに飛びぬけた人は、どこかで基準値以下になると考えている。人を超える能力となると、受精卵の大きさが大きくなったり、遺伝子の二重螺旋構造が三重になったり、DNAの塩基の種類が増えたりすれば可能かもしれないな。」
「そんなことは今までの歴史で起こっていませんよね。」
「そうだね。起こっていないと思っているだけだね。」
「というと」
「差別になるので言いにくいが、遺伝子の変異を起こした子が産まれた場合は、進化の過程にあるのかもしれないと考えている。世間では違う人みたいに扱われているのが残念だがね。」
「タカさん、古代の文明が失われたのはなぜなのですか?」
「エジプト文明もマヤ文明も始まった時が絶頂で、そこからどんどん衰退していったと言われている。それはもともと基礎知識がなかったためだろう。君たちはあちらの世界での会話で、分からないことがどれぐらいあった?」
「僕たちの世界にない話は分からなかったけど、それ以外は何とか理解できました。」
「そうだろうね。それは、小・中・高と大学で学んで、昂希に関しては、さらに建築の勉強をして資格を取った。つまり基礎があるから彼らの話は理解できたし、それを違うところで応用もできるだろう。しかし、古代の人々は基礎知識がない。結果だけに目を奪われているので、その過程を理解しようとしなかったために本質を理解していなかったのだろう。本質を理解する為には膨大な時間が必要だろうが、そこまで異星人も教える必要もつもりもない。また、地球の人々も、寿命が短く、日々の生活が忙しく、それどころでないことも原因かもしれないがね。」
「はあ。」
昂希はまた微妙な返事をした。タカさんは例を挙げてみた。
「古代のコンクリートで説明すると、あれを作るのに、火山灰・石灰・火山岩・海水が必要となる。この四種類でないといけない理由を地球人は理解していないので、海水を水で代用することも考えられる。原料が身近に手に入らない場合はそうするだろうね。そして同じようなものが出来た場合は、それでよしとする。しかし、間違った作り方では、長くはもたないのですぐに崩壊してしまう。しかし崩壊した原因が分からないので、修復も同じように行い、文明は廃れていく。衰退が分かってきた彼らは、異星人を呼ぼうと、間違えた方向にいき始めた。ピラミッドの上で異星人が、艦の乗り降りや移動をしているところを見たのかも知れない。それを古代人は間違えて捉え、貢物をしてお祈りをすれば来てもらえる。来てもらえないと、だんだんエスカレートして、若い女性や生きた人の心臓をささげるなど、常軌を逸した行動にでるようになった。そのような行為は無駄なのだが、長い間そのようなばかげた行動をして、文明はゼロの状態にまで後退したのではないかと考えている。」
「なるほど。ところでなんで、マヤやエジプトは歴史の教科書にでてくるのに、アトランティスが出てこないのですか?」
「一番は科学的根拠、すなわち証拠が出てこないからだろうね。アトランティスがあった証が出てくれば、歴史の本にも載るだろう。しかし、学者や専門家は、証拠があっても、正直認めたくは無いはずだ。特に指導者的立場にいる人々には都合が悪い。」
「なんでなんですか?」
「まず、異星人の存在を肯定しないといけない。肯定するための証拠を認定してしまえば、世界中がパニックになる可能性がある。人知を超えた異星人に恐怖し、ホモサピエンスの秩序が崩壊するかもしれない。さらに文明の起こりが異星人と言うのも、研究者からしたら受け入れがたいものだろう。ホモサピエンスだけの文化に、突如異星人が入ってくることを、昂希は認められるかい?」
「難しいかもしれませんね。」
「だろう。でも言葉だけは受け継がれているよ」
「何ですか?」
「大西洋のことをアトランティック・オーシャンと言うだろう。アトランティスに敬意をこめて、アトランティスのあった海に、この名が継承されている。認めたくなくても、皆がそう呼ぶと言葉はそれが採用される。全く意味のない言葉なら、みな受け継がないからね」
「なるほど、そうですよね。タカさん僕たちの世界ってどうやって作られたのでしょうか?」
「どうやって作られたかも良く分かっていないよね。ビッグバン説が有力だけど、果たしてそれが正しいのかも分からない。」
「ビッグバンの前は?」
「宇宙が出来る前は、様々な要素が複雑に混ざり合った空間で、カオス状態だったと考えられているね。有限である存在の全てを超越する無限の無の世界だ。」
「なるほど。今後我々はどうなっていくのでしょうか?」
「さあね。分からないね。でももし我々が、今謎とされているものを解明して、どこでもドアを手に入れたら、可能性が広がると思わないか?」
「たしかに。そうなると一気に地球レベルの話ではなく、宇宙単位の話になってきますね」
「ちょっとわくわくするだろう」
「はい、楽しみですよ。そんな世界が来ると思うと」
「だろう。誰かがエキゾチック物質や、暗黒物質の謎を解明してくれると全く違う世界になる気がするな。」
「ダークマター?」
「宇宙を構成するなぞの物質だよ。」
二人はしばらく遠い世界に思いを馳せた。
「そろそろ切るよ」
「はい参考になりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
昂希は通話終了の赤いマークを押した。ベランダに出て、暗い夜空を見上げ
「ダークマターか」
昂希は独りごちた。