2-40 黒之玉刃鋼(くろのたまはがね)
刀気【専門用語】
山斬一刀流の根幹を成す概念。
剣と共に心技体極めることで形を成すとされ、この刀気で剣を生み出すことも可能である。
また、山城一刀流に存在する斬撃を飛ばす業も、この刀気を飛ばすことになる。
山斬一刀流の総本山となる山斬寺が鍛えた刀は一定以上の刀気を纏うことで姿を変えるとされる。
その形状は十人十色であり、特異な能力も併せ持つ。
それ故、一つの刀であっても使い手次第で異なる姿に変容すると言われている。
カインはルフトに視線を送る。
自分が急に相手にされなかった理由がはっきりとした。
天使をぶつける。
事前の調査では天使の介入は予期されていなかった。
敵の隠し玉。
天使という強敵。
そんなことを深く考える意味など無かった。
ルフトがカインの意図を察して離れる。
「あれ?もう始めるんですか?いやもうちょっと話しようよ。どうせ大同盟の勝ちなんだから。」
構えるカインを煽るようにグディは笑う。
だが、カインという男はそう柔軟ではない。
グディの表情が段々とひきつる。
「あーダメ?」
諦めたようなグディの言葉が開戦の合図となった。
カインは素早く踏み込み、足元を狙い突きを放つ。
グディは大きくジャンプして回避すると、懐から小型の機関銃を取り出す。
「いいじゃん!ちょっとは話聞いてよ!」
そう言って機関銃を乱射するグディ。
カインは回避せず。
視線を切らず。
剣で地面に線を引くように動かす。
「山斬一刀流、矢雨戸。」
カインの声と共に、線から伸びるように刀気の壁が弾丸を防ぐ。
驚くグディの表情に先ほどまでの余裕はない。
着地の瞬間を見ていたカインは縮地で距離を詰めると、横なぎに払う。
グディは咄嗟に機関銃を投げつけながら下がる。
カインの剣は機関銃を両断。
グディは思わず、自分の腕を確認した。
傷はない。
だが、自分は縮地の速度に対応できない。
彼は直感的に感じた。
「あんた…片腕吹き飛ばされたんだよな?」
「そうだ。禊として治療せず切断した。」
カインは何度も聞かれたことだけに反射的に答える。
「だが、隻腕となったことで弱くなったのなら、今頃、小生は身を引き、業と心を教えている。」
グディは舌打ちで答える。
「なら、本気でやるよ。正直、適当に時間潰して帰ろうかと思ってたよ。そういう訳に行かないんだろ。なら、アンタを殺してゆっくり帰るよ。」
グディの背中から天使の羽が出現する。
「天使の本懐か。」
カインのつぶやきにグディは頷く。
息の詰まるような緊張感があたりを包む。
グディの視界からカインが消える。
縮地。
するとグディの周りが一斉に爆発を起こす。
そのうちの1つに被弾したカインは、土煙の中から逃げるように姿を現す。
グディの周りは無数の戦車のような物体に囲まれている。
周囲を固めるように配置された。という表現が正しい。
「これが俺の本気。眷属だ。獣の国では見せられなかったけど、ここなら多少壊れても問題ないだろ。」
見れば見るほど奇妙なものだ。
伏せた茶碗に砲塔が付いただけの何か。
その数は100近い。
カインは殺気を感じ、後ろに下がる。
彼のいた地点が爆発する。
いや、魔力の砲弾が着弾したのだ。
それを理解するのと同時に今度は横へ回避する。
風を切る砲弾の音が耳にまとわりつく。
正面。
右上方。
左の路地。
後方。
右前方、先ほど身を隠していた商店とその横のベンチ。
再び正面。
カインはわずかな殺気とグディの思考を読むようにして砲弾を回避していく。
だが、被弾は時間の問題だ。
そして、1つでも当たれば一斉砲火の餌食になるだろう。
「ちょろちょろと…ま、剣聖といえど、この数の前ではあの難民と変わらないか。」
グディは目の前を払うように左手を振ると彼の左後方から無数の砲弾が走る。
近い位置での着弾。
グディは手ごたえを感じた。
「あの難民とはなんだ。」
土煙の奥から声がする。
声の主は外套を盾にするように構えたまま聞く。
「貴方は刃の国の難民が生きているとでも?それだけの数を風の国が受け入れられるとでも?」
「虐殺か…」
カインの言葉に殺意が宿る。
先ほどの単なる受け答えではない。
「まあ、咬み砕いていえばそうだよ。的当てみたいなもんっすよ。難民が山賊に襲われました!事件性なし!万事ィ…!解!決!」
グディはカインの殺意を受けた上で煽るように返す。
彼からすればこの程度を予想できていないカインの反応がおもしろかった。
目の前で知りもしない人間の死に本気で怒りを感じているカインが滑稽だった。
「なにが面白い?」
カインは答えを見つけた気がした。
いや、見つけていたが、実体を捉えられていなかった。
一線を超えるのでは無く、一線を超えてきたもの。
邪悪。
「面白いでしょう?連中は我々を救いの神かなんかだと勘違いしているんですよ?拝んで!祈って!そいつに殺されるとは知らずに!これこそエンターテイメントでしょ!!」
グディの耳に残る悲鳴。
泣くもの。
怒りをぶつけるもの。
子供だけは助けてほしいと叫ぶもの。
全てを諦めた老人の足を潰した時の絶叫は彼のお気に入りだ。
十人十色。
皆死にたくないと騒ぐのに沢山のバリエーションがあった。
だから楽しい。
それを理解しないこの男こそ、異常だ。
「なにが楽しくて戦うんですか?貴方の悲鳴も聞かせてほしいものだ。」
「黙れ。」
「連れないですねえ。いいじゃないですか。殺せと言われただけですよ?その過程を楽しむ。これこそ働き甲斐ってもんっしょ?」
「黙れと言った。」
「はぁ?黙れ黙れと。何ですか?自分が知らなかっただけでしょ?民間人への攻撃なんて教団という民間組織を潰そうとする大同盟と同じですよ。」
「もういい。」
カインは立ち上がる。
怒りが冷めていくのを感じた。
言っても無駄だろう。
冷めていく心に反比例するように剣が熱を帯びる。
砲弾が放たれた。
それを視認すると、反射的に剣を振っていた。
切り払うためのそれではない。
だが、剣の軌道に沿うように黒炎が砲弾を呑み込んだ。
「ふざけた手品だ。」
先ほどまで熱く語っていたグディの冷めた様子でカインの剣を見つめる。
振るった剣が軽いことはカインも気付いていた。
彼は改めて自分の目で確認する。
黒い剣だ。
細く、濡れているように艶やかな刀身は鏡というより、見るものを吸い込む様な怪しさを兼ね備える。
漆、いや龍の血を浴びたというべき黒い刀身だ。
形としては剣王会の持つ刀に近い。
だが、宝剣から変化したそれは彼らの刀より少し長い。
カインは初めて見たそれの名を呟く。
「黒之玉刃鋼…」
宝剣と同じように良く手になじむ。
そして宝剣より軽い。
重さを感じないほどに。
背後からの殺気にカインは反転しながら身をかがめる。
「狂燕…」
山斬一刀流狂燕。
山斬一刀流における中距離攻撃はしばしば『燕』と形容されるが、この狂燕は異質である。
本来、標的を貫き消えるはずの燕が標的を何度も繰り返し襲う。
段々と早く。
地面に燕が埋まり動けなくなるまで続く。
狂の字がこれほど当てはまる業もなし。
加えて、半透明であるはずの刀気の燕は黒く染まっている。
そして、その執念と殺気の具象ともいえる姿がより、この業を美しく見せる。
「黙らなくていいといったが?」
カインは再びグディに向き直る。
宝剣の変化に驚くグディに返す言葉はない。
弱者への一方的な攻撃で麻痺していた感情が呼び覚まされつつあった。
恐怖。
だが、それを陳腐な言葉だ。と否定する。
恐れる必要などないはずだ。
少しばかり予想外のことが起きただけだ。
グディは敢えて笑う。
「黙れと言ったり黙らなくていいと言ったり、フラフラした男ですね。手品はおしまいですか?リアレス1つ潰した程度では何も変わりません。」
「笑っているつもりか?」
カインへ一斉に砲撃が飛んだ。
だが、土煙を払うように黒炎が舞い上がる。
「笑うがいい。楽しいのだろう?命のやり取りが。」
カインの鋭い目をグディは直視できない。
縮地から放たれる膝蹴りがグディの腹部へ突き刺さる。
先ほどよりも早い。
いや、反応が遅れている。
這いつくばるようにして地面に手を付くグディ。
「笑えと言ったが?」
カインの蹴りで仰向けに倒される。
笑った。
だが、笑ったのは頬の筋肉だ。
「笑え。」
ようやく上半身を起こしたグディに切っ先から放たれた黒炎が濁流のように浴びせられる。
数軒先の壁まで貫通した彼の体は焼けただれ、胸骨が顕になっている。
息を整えつつ、肉体の再生に魔力を回す。
すでに天使の羽は消えていた。
「なぜ泣く?なにを焦る?笑うがいい。貴様の好きな闘いだぞ。」
目の前に縮地で現れるカイン。
咄嗟に下がろうとするが、壁に阻まれる。
「笑え。」
袈裟斬りと共に放たれる黒炎がグディを地面に叩きつける。
「笑え。」
切り上げられた炎で起き上がらされる。
「笑え。」
再び体を貫かんとする炎の濁流。
再び数軒先の建物の壁を破り、道に倒れ伏す。
逃げなくては。
死にたくない。
耳に残る悲鳴が大きくなる。
「笑え。」
縮地で先回りしていたカインが刀を振り上げる。
巻きあがる黒炎に飲まれ、悲鳴を上げるグディ。
しかし、喉が焼かれ、空気が詰まり、声にならない。
「山斬一刀流瞬十字。」
高速の二連撃と十字架のようにグディを焼き尽くす黒炎。
それが消えた時、肺とも砂とも思えぬ物体が風に乗って飛んで行った。
自分の意識とは関係なく元の宝剣に戻った剣を見つめるカイン。
怒りの冷めるような感覚が進化を促した。
一方で怒りのままに力を振るった。
「まだまだ未熟か…」
「だから!2番を!使わせろ!」
屋根伝いに砲撃を回避しながらパルは通信機に叫ぶ。
『だから!制圧部隊を投入するって!』
トータスも砲撃の音に負けじと声を張り上げる。
「それはジェスの思うつぼだろ!」
『龍閃なんて使っていいわけねえだろ!街中破壊しつくしたら制圧部隊が動きにくくなるだけだ!』
平行線の議論。
パルは舌打ちをする。
頭の固いジジィだ。
確かに龍閃のような大規模な攻撃を行えば、その効果を確認できず、後続の制圧部隊も事前に選定されたルートを使うことができず、動きにくくなる。
それは彼女もわかっている。
だからこそ、龍閃の2番が有用なのだ。
ただ、説明に時間がかかる。
飛び回っていたパルは見慣れた大男を見つける。
「ちょっと待ってろ!」
パルはトータスにそう伝えると大男の前に着地する。
「まだまだ未熟か…」
「おう。なに自分だけ締めに入ってんだよ。」
カインはビクつき、パルから半歩距離を取る。
「どこから見ていた…?」
「決め顔で『未熟か…』てやってたところ。」
「忘れろ。」
「いいけど代わりにちょっと囮頼めるか?オレがトータスに事情説明するまででいいからよ。」
カインは怪訝そうな顔をしたが、しぶしぶ了承すると、戦車隊の方へ移動した。
パルは大きく息を吐くと、通信機に触れる。
「トータス?ちょっと説明するぜ。オレはアレの力で今、地面に接してる存在を探知できる。つまり、今ならマーキングなしで2番使っても問題ねえんだよ。」
トータスは唸るように息を吐きながら思案する。
確かにパルの言うことは一理ある。
しかし、彼女の感覚的な話をどこまで信じていいかわからなかった。
「オレを信じろ。戦車が81両、いや、今剣聖が1つ潰して80両、ゴーレムが34体だ。人員は議場の地下に26人とゴーレムが18体だ。」
淡々と報告を上げるパル。
その言葉が適当に数を並べているものではないことはトータスも理解していた。
『お前の消耗度は?』
「問題ない。天の国の時と違ってベスト・コンディションだからな。2番を使っても普通に戦闘継続可能だ。」
『アギトで剣聖と組んでの対処は?』
「時間がかかりすぎる。オレの方が大した有効打もってねえからな。ジェスはじっくり立て直すだろうよ。それに風の国からの援軍も怖え。」
再び沈黙するトータス。
パルは改めて判断を仰ぐ。
「オレを信じろ。」
『許可する…派手にやれ!』
トータスが折れることになったが、パルはその言葉を聞いて口角を上げる。
あいよ。そう答えると、ツムジに指示を出す。
「ここで、オレは準備をする。お前は剣聖と合流してここに戻ってこい!剣聖の場所はわかるな?」
ツムジは元気よく吠えて答えると風に乗って走り出す。
パルは改めて標的を確認する。
ちょうどツムジがカインと合流したのが分かった。
先ほど探知した通り、さほど離れていなかったようだ。
さて。
パルは呟く。
剣聖が更に数を減らしていたので総数は112。
議場の地下にいるものたちは射程外なので除外する。
彼女の背中から龍の片翼が出現する。
続いて左手を空にかざすと魔法陣が展開される。
背後でツムジの鳴き声がした。
剣聖の到着も探知できている。
「龍閃の2番…惑龍閃。」
言葉と共に、右の拳で魔法陣を殴りつけた。
次回は土曜日。
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