2-38 幸運のジェス
刃の国【一般情報】
サンヨウ大陸北東部に位置する国家。
議会制による政治を行っており、議長が実質的な国の代表者となる。
鉱山資源の輸出を行っており、ヤタ重工本社を有する鉄の国が主な交易相手となっている。
外交面では上記の通り鉄の国、そして隣国である風の国との交流が盛んな一方で南に位置する龍の国とはたびたび衝突を繰り返している。
至近ではトラ教団の存在が表面化するとともに、議会のほぼ全員が教団と何らかのつながりがあったことが露見。
追求と大同盟による侵攻を恐れ、議会の人間から早々に風の国へ退避、残った軍総括のジェスへ政治機能を委任している。
「旗が上がりました!」
刃の国の総合指揮所である議場でエルシィは声を上げた。
「そうかあ…予定通り、拠点の人員は引き上げさせてねえ。」
ゆったりとした口調でジェスは答えるがその声色には緊張と恐怖が見え隠れする。
「いやになるねえ。向こうの頭はトータスだなぁ?こっちがおびえるっていうのをわかっているぅ。」
ジェスは立ち上がって、無線機を手に取る。
周波数は首都防衛の兵士全員に繋げてある。
「ジェスだぁ。いいかい?予定通りぃ前衛拠点に侵攻してきた敵部隊を拘束するぅ。時間にして大体1時間ってところだあ。各自、無理だと判断したら逃亡してねえ。投降してもいいけどそのあとは保証できないからねえ。」
ジェスの言葉に嘘はない。
分散戦力を足止めできるのは賭けに勝った上で1時間。
賭けに負ければそのまま大同盟という大河に飲まれるだろう。
そして、投降ではなく逃亡。
これは、刃の国の政府高官がすでに逃亡しており、首都が戦場になる負け戦であることが原因だ。
要するに捕虜の解放を求める存在がいないのだ。
この戦いの後、刃の国は消滅するのだから。
「自分も下に降ります。」
拠点にいる人員への指示出しを終えたエルシィはジェスにそう告げると、機関銃を持って走り出す。
ジェスはその背中を見送ることしかできなかった。
大戦争、いやそれ以前から自分の元で働いてきた彼になにか言葉を掛けたかった。
しかし、出なかった。
「ここまでだねえ。ようやく、皆に会える…」
ジェスは窓からわずかに見える青空へつぶやく。
いつだって生き残ってきた。
生き残ってしまった。
他の皆を犠牲にして。
だが、今度こそ、生き残れないだろう。
『拘束壁の作動を確認。大同盟は我々の想定通りでした。』
無線機から入った報告で現実に引き戻される。
賭けには勝った。
死の闇がすこし遠のいた。
ジェスは無線機を手に取る。
網にかかっていない龍が土煙をあげ、突っ込んでくるのが見えたからだ。
「先発隊が来るようだねえ。ドラゴンとおそらく剣聖カイン。無人戦車を前進させろぉ。」
かつて自分の足を奪った少女。
彼女なら自分の『不運』を終わらせてくれるだろう。
「マヌケって言っていいか?」
拠点に乗り込んだ龍の国第2班のオルカは無線機の先にいるトータスへ怒りをぶつける。
前線拠点への同時奇襲に成功し、わずかに残されていた型落ちのゴーレムを始末した。
そこまでは良かったのだが、彼女たちは魔力防壁に閉じ込められている。
突破を試みたものの、複数層からなる防壁の強度は高く、表面の数層を破壊できてもその奥まで届かない。
そしてすぐさま、破壊個所を修復するそれは、罠としてこれ以上ないほどの活躍をしていた。
『あー…あのねぇ…事情があるんだわ…長期戦出来ないんだよね…』
無線機からトータスの情けない声が聞こえてくる。
「このマヌケェ…!」
オルカ達は最も首都に近い拠点を襲撃したが、どうやら他の2拠点に奇襲をかけた部隊も同様に拘束されている様だ。
壁の調査を行っていたバイソンが戻ってくる。
その表情から収穫は無かったようだ。
「壁は地下まで張られています。さすがにこれを想定しろ。というのは酷な話ですよ。」
オルカもそれはわかっていたが、集中した防衛戦力と本隊が正面からぶつかる以上、手の出せない歯がゆさはあった。
「イーグルでもいりゃ話は違ったかもな。しょうがない、アタシ達はここで待機だ。これだけのものを術者なしで維持し続けられるわけがない。」
自分に言い聞かせるようなオルカの言葉にバイソンは頷く。
ただし、この足止めがある意味で致命的なことは理解していた。
怒りを鎮めるためにタバコに火をつけるオルカ。
そんな彼女たちに水を差すように通信が入る。
『とりあえずパルちゃんとカインの侵攻は開始させた…一応、バックアップしてほしいなぁ…って。』
「黙ってろクソ亀。」
オルカの罵声はむなしくも、先陣を切るバイクの騒音に消された。
ジェスの策は分散戦力の足止め。
進行ルート上に築き上げた3拠点は、大同盟の分散戦力であっても簡単に突破できる。
ならば、そこに割く兵力を最小限に留め、魔力防壁を改造して作った拠点拘束壁を展開、首都攻略の際に分散戦力が合流することを許さず、首都の防衛力を高めることを選んだ。
問題は、大同盟が拠点への同時攻撃ではなく、正面から少しずつ侵攻してきた場合だ。
この場合、拘束壁への対策を講じられる可能性が高い。
生命線である拘束壁、これを簡単に突破されると、大同盟軍の全てと正面から戦うことになる。
そうなれば戦力を削ぐどころか生存すら危うい。
そもそも、大同盟がじっくりと拠点攻略を行うような長期戦を想定している場合、予算の大半を無人兵器と拘束壁に当てた刃の国は抵抗すらできないだろう。
だが、結果を見れば大同盟は拠点への同時攻撃、つまり、短期決戦を選んだ。
これは大同盟軍が初の軍事作戦であり、なおかつ、急遽決定したことに起因する。
端的に言えば、長期的な軍事作戦を行うだけの準備と各国間の調整が行えなかった。
加えて、魔法のプロフェッショナルである龍の国のイーグルが作戦に参加していない。
つまり、設置した拘束壁の解析にはかなりの時間が必要になる。
少なくとも、壁の効果時間である1時間の間に解除することはできないだろう。
これを幸運と呼ぶべきかはわからないが、いずれにせよジェスは賭けに勝ったことになる。
「これから刃の国首都に入る。剣聖ぇ!お前は入って左だ。オレは右を当たる。」
大同盟軍本隊の先陣を走る2台のバイク。
そのうちの1つを駆るパルは無線機に吠えた。
2台は並走しつつ首都の大通りに差し掛かった。
ここで、カインのバイクは左折し、商業区へ進んで行く。
開けた道に出る前に、ヴァンから預かった使い魔ルフトが吠えと、カインは反射的にバイクを停車させた。
「降りた方がよさそうだな。」
そうつぶやくと、ルフトは飛び降り、鼻をひく付かせる。
ハウンドの猟犬達が中型犬を思わせる姿なら、ヴァンのルフトは大型の狼に近い。
だが、獲物の匂いを探る仕草は、純血の狼ではなく、大型犬と混ざった雑種を思わせる。
事前の打ち合わせではルフトが周辺の脅威兵器を探知、攻撃ルートを決定する。
カインはルフトの誘導に合わせて、脅威の排除を行う。
短期間ではあったが、訓練を行い、連携は取れるようにはなったが、実戦でどこまでやれるかはお互いに未知数だ。
ただ、訓練の中でなんとなく感じていたものがある。
それは戦闘における動きに人種やスタイルは大差ないということだ。
ルフトはカインの獲物に合わせてルートを作れるし、カインもルフトのルートを信じて想定通りの戦果を上げる。
即席のコンビだが、それでも十分な手ごたえを感じていた。
ルフトが小さく吠える。
ルートができたらしく、カインの前に出る。
「始めよう。」
ルフトはその言葉に頷くと、走り出す。
カインもその後に続きながら、ざっと目を走らせる。
多脚無人戦車が車線を塞ぐように並ぶ。
その奥にはゴーレムとバリケード。
無人戦車の砲身がカインを捕らえるが、カインの剣から放たれる不可視の刃が砲身を両断する。
カインはそのまま前進し、飛び上がると、もう一つの戦車を上から突き刺し、破壊。
ゴーレムとバリケードを前に、力強く踏み込む。
「山城一刀流半神一閃。」
ゴーレムと壁をまとめて両断する1つの線が走る。
息を吐き、構えを解こうとしたカインの耳にルフトの咆哮が刺さる。
背後から新たな多脚戦車が放った砲弾が迫っていた。
「息つく暇もなしか…」
カインは身を翻し、それを回避すると、発射地点と思われる方向へ走り出す。
ルフトもすぐさま、彼の前に躍り出ると、誘導を開始する。
「次を頼む。」
路地に逃げ込もうとする戦車を視認したカインはルフトに指示を出す。
ルフトはすぐさま道を譲ると、カインはさらに加速する。
路地に入ろうと減速するカイン。
だが、当然待ち構えていた戦車の砲塔が、彼を捕らえている。
お互いの射程に入っている。
五部とも言える条件だが、この距離でカインに勝てるものは少ないだろう。
足でブレーキをかけながら多脚戦車の足を切り払う。
前のめりにバランスを崩した戦車は自重で砲身を潰してしまう。
カインは崩れる戦車を眺め、動きが緩やかになったタイミングで魔力炉を突き刺す。
遠くで爆発音と銃声が響く。
パルもまた、戦闘を開始したらしい。
ルフトの声で振り返る。
どうやら疲弊していると思ったらしく、心配そうに見上げている。
「問題ない。ペースを上げよう。」
ルフトは嬉しそうに吠えると、次の標的へ走り出す。
この時点で刃の国、大同盟ともに死傷者無し。
ただ、着々と刃の国が準備した無人兵器群は数を減らしていた。
『侵入したのは予想通り剣聖カインとドラゴンです!』
「絶対に手を出させちゃだめだよお!連中はちょっとおかしいからねえ!」
刃の国の議場で、エルシィからの報告を受けたジェスはすぐさま、手出し無用の指示を出す。
彼女たちに挑むことは自殺行為以外の何でもない。
せっかく戦う意思があるのなら、それは勝算のある勝負にぶつけるべきだ。
「随分…弱気ですね?幸運ってのは逃げ足の話ですか?」
背後を取られたジェスは慌てて振り返る。
声の主はトラ教団の第六天使グディだ。
「督戦官のつもりかい?」
ジェスは彼がここに来た意図を察する。
刃の国へ与えられた使命である大同盟の戦力減少。
それを行わずあっさり投降することを許さないために来た。
そう考えた。
無論、それを素直に認めるグディではない。
「やだなあ。そんなに邪険にしないでくださいよ。手伝いに来ただけです。」
「手伝い?なら剣聖カインでもドラゴンでも倒してほしいものだあ。」
嫌味に嫌味で返すジェス。
「意外とジョークがうまい。刃の国の全戦力でもってあの2人を潰す。それがあなた方刃の国に求めることです。」
ジョークだと?ジェスは思わず呟く。
ドラゴンがジョークの類ならどれほど良かっただろうか。
ジェスは怒りのままに立ち上がるとグディに詰め寄る。
「舐めるんじゃあない!お前は龍の国を!あのガキをなにも理解していない!ハヌルロスで我々が用意した30隻のデザインベイビー艦が1度の戦闘で全滅したんだ!あのガキは戦艦から戦艦に飛び乗り完全防備と言われた戦闘ブリッジをハチの巣にしたのさ!こちらの攻撃の全てはルビリア・サフィアの防壁に阻まれ、針の穴に通すような攻撃を要求されるう!我々は!時代遅れの航空空母1つと戦艦2隻を行動不能にしただけだったよお!そのためだけに30隻の損害を被ってねえ!」
ジェスの気迫に圧倒されるグディ。
明らかに恐怖心を抱いている。
それでもなお、ここで指揮している彼は賞賛に値するかもしれない。
「わかりました!わかったから!そこまで言うなら私は剣聖カインを受け持ちましょう!貴方はドラゴン…ルビリア・パルに報復するなりなんなりしたらいい!」
「君こそジョークがうまいなあ。我々はこの戦で勝つことなんて考えちゃあいないよお。」
冷静さを取り戻したジェスは再び腰かける。
「大同盟の戦力を削ぐぅ。それはこの後、入ってくる制圧部隊の数を減らすことで果たすさあ。そのあと、我々はどこかに逃げるぅ。」
「貴方ってホント冷静ですね。刃の国の重役も難民もどうなっているのか理解している。」
グディの言葉はジェスの思う最悪の言葉だった。
状況を一つ一つ紐解いていけばその結論に至るのはわかる。
だが、それを認めたくなかった。
「では、微力ながら力添えいたしましょうか。わが友のため。」
「君とは友人にはなれないなあ。」
刃の国の政府高官、その一部はまだ生きているだろう。
忠誠ではなく、この戦闘を終わらせるためだけに。
そして難民。
彼らは生きてはいないだろう。
風の国の予算がトラ教団に流れている。
ならば、あの国に難民を受け入れるだけの余力はない。
一か所に集められ、事故か訓練で『処理』されたのだろう。
一軍人に過ぎないジェスやエルシィにはこの事実を知っていても抑えられている政府高官からの指示には従うしかない。
墓穴へ皆を導いただけだ。
それでも。
いや。
国を守るという軍人の使命を全うする。
それが、大儀を曲解したものだったとしても。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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