2-34 つよいもの。よわいもの。
第二世代天使【含:未確定情報】
トラ教団が生産した人造生命体『天使シリーズ』の次世代モデル。
第一世代となる7体の実戦データのフィードバック及び回収したルビリア・パルの血液データを元に再生産されたモデルであり、3体が生産された。
一方で教団はロールアウト直前で研究を放棄しており、人格形成も2体までしか行われなかった。
なお、人格形成の行われなかった最後の1体は三賢人リトの人格がインストールされ、教団の戦力としてひそかに運用されている。
時は少し遡る。
トラ教団の幹部が花の国での会談に出払ったこの日。
約1日というわずかな時間ではあるが、ある目的のためにリト、リエル、ラキエは風の国を訪れていた。
彼ら3人は教団の戦争へと向かう意向に従わず、大同盟に勝利してもらうことを目指して反旗を翻した。
その事実は麦の国での戦闘で教団側にも伝っており、教団の拠点である風の国に戻れず、国境付近に急遽あつらえたアジトに身をひそめていた。
3人は刃の国から退避する難民にまぎれるようにして入国し、教団の本部である古城付近にある潰れた酒場を改造して作られた施設を訪れていた。
「いいんですかねえ。いくらなんでも無茶苦茶では?」
ラキエはこの作戦を提案したリトに同じことを問う。
昨日の説明から何度も聞いていることだ。
「いいも悪いもこれからだ。とりあえずこの『サラ』を解き放つ。あとのことはこの子が決めることだ。」
リトはマニュアルを参照しながらいくつかのボタンを押す。
ここは彼らにとっても縁深い第二世代天使の生産を行っていたラボだ。
3つのカプセルの内、リトの入っていた1つはすでに空になっているが、残された黒髪と銀髪の少女が納められたそれは変わらず待機状態で稼働している。
彼らが解放しようとしているのは銀髪の少女だ。
「開発コード『サラ』。唯一の完成品ですか…」
ラキエはやや呆れた様子で呟く。
「完全に想定通りのブツなのが『サラ』。人格形成がうまく行かなかったのが『マリア』。失敗したから放置されてたのが『チャム』だったな。」
「この体は『チャム』だったのか。」
待ちきれない様子のリエルがそう言うと、リトは思わず手を止め反応する。
人格をインストールされた本人ではあるが開発コードまでは聞いたことがなかった。
「手え止めんな。早いこと、このサラを起こしてやろうじゃねえか。」
リトは頷くとバルブを捻ると、羊水のようにカプセルを満たしている培養液の排出が始まった。
「それより『マリア』はどうしますかね?さすがに放置はできないのでは?」
ラキエは『マリア』のカプセルを指さす。
「そのままでいいんじゃないかな?人格形成に失敗したといっても幼いだけだ。大同盟が保護してくれれば普通の生活もできるだろう。」
「三賢人ともあろう男が性善説とは。皮肉のつもりか?」
リトの曖昧な発想をリエルは鼻で笑う。
だが、リトは今一つピンと来ていないようで首をかしげる。
「まあそこらへんは大同盟次第ということで。リエル、お願いしますね。」
ラキエが割って入る。
カプセルの排水が終わったようで、吐き出されるように少女の体が滑り落ちる。
『サラ』は初めて肺に入る空気の痛みに胸を押さえてのたうち回りながら咳き込む。
同じ経験をしたリトはトラウマになっているのかひきつった笑みを浮かべる。
「い…きてる…?」
「そうだ。生きてる。」
『サラ』のようやく絞り出した声にリエルは答える。
彼女の目がリエルを捕らえた。
「お前の使命はなんだ?」
「わからない。」
だろうな。とリエルは満足げに笑うと、『サラ』に手を貸し、座らせる。
「いいか。お前の名はサラだ。お前に使命を与える。決して疑うな。そして変えるな。」
状況が呑み込めないままではあるが、サラは頷く。
「一度だけ言う。『自分より強いやつに従え』。以上だ。」
「『私より強い』?それはおまえたちか?」
サラの言葉をラキエは笑う。
「冗談じゃない。我々3人が束になっても貴女にはかないませんよ。そうですね…ルビリア・パルを探しなさい。彼女は貴女よりも強いでしょうから。」
サラは首をかしげる。
「『るびりあ・ぱる』…?」
「そうだ。そいつを探せ。あとは勝手にしろ。歩けるようになったら外に出ろ。ルビリアは外の世界にいる。」
リト、リエル、エルカの3人は金と服と食料の入った鞄をおいて施設を後にした。
リトたちが去ってから1日経過した。
目覚めたばかりのサラにとってこの世界の状況などわかるはずもない。
しかし、捨てられていた新聞の内容から刃の国と大同盟が開戦間近であることを知った。
どこのその国がどこなのかはわからないものの、『自分より強い存在』が現れるとすればそこだろうと考え、移動手段を求めて歩いていた。
ただ、漠然と歩く中で少しずつこの世界を理解していた。
何か強大な存在がこの近くにいること。
その存在の周りにも大小さまざまな強さの存在がいること。
それらの内、孤立した存在から情報を聞き出すこと。
そう。
目の前にいる剣を携えた女。
自分が付けていることに気付かれている。
大きな問題ではない。
行き止まりの狭い路地で、女は振り返る。
「すまないが施しなら他を当たってくれ。そういう気分じゃない。」
「おまえは…『るびりあ・ぱる』か?」
「人違いだ。私はアラマサ・カヨ。迷子ではないようだが何者だ?」
カヨは少女の持つ雰囲気に既視感を覚える。
ただ、それ以上に『ルビリア・パル』の名が気になっていた。
最強の兵士と呼ばれる彼女をなぜこの少女は探しているのだろうか。
身なりは孤児のようだが、その力は天使のそれに近い。
謎だらけ。
それがカヨの抱いた第一印象だ。
「いろいろおしえてほしい。」
「すまないが暇ではない。他を」
カヨの言葉を遮るように放たれた左のハイキックをバックステップで躱す。
「話を聞け!」
子供相手に抜刀できない。
そう考え、反射的に抜かなかったのはいいが、この少女の放つ攻撃のそれは子供のそれではない。
だが、目で追えないほどではない。
右、左、回避に合わせた単調な攻撃パターンはすぐに解析できた。
「いい加減にしろッ!」
放たれる右の拳を躱してから手首を捕らえる。
そこから引き込むようにして少女の体勢を崩し、背後に回って組み伏せる。
「君は何者だ?追剥なら相手が悪いぞ。」
組敷かれた状態から首をねじって睨みつける少女。
その真紅の瞳は宝石のように眩しく、迷いがない。
その目を見つめ居ていた一瞬。
少女は体をはうように回してカヨの体重から逃れるとそのまま前転し、ブリッジで着地する。
カヨが驚くより早く、そのまま脚力で跳ね、足を浴びせる。
予想だにしない反撃を受け、距離を取るカヨ。
少女は立ち上がると笑う。
純粋な目とは対照的に猟奇的な目だ。
「わたしはサラ。あなたはカヨ。それがかざりでないならつかったらいい。」
そう言ってサラはカヨの刀を指さす。
もちろん飾りではない真剣だ。
「子供相手に使うものではない。」
「よわいのにへんなぷらいどをもつの?それじゃあすぐにしぬだけ。」
弱い?
変なプライド?
すぐに死ぬ?
さすがにカヨも頭に来た。
ポテンシャルは高いものがあるだろうが、それだけでしかない。
そもそもさらが自分より強いとも思えない。
「舐めるな。」
仕置きの必要がある。
サラはカヨの言葉が出切る前に一飛びで距離を詰めると、顔面へ飛び膝蹴りを放つ。
のけぞり、空を見上げるカヨ。
だが、その視界は追撃のニードロップで塞がれる。
膝を乗せられたまま地面に叩きつけられる。
視界が開けた次の瞬間、カヨの意識は横からの強烈な衝撃によって一瞬、飛ばされた。
低空のドロップキックでカヨの側頭部を蹴りつけたサラは立ち上がる。
そのまま、カヨの髪を掴み持ち上げる。
鼻血がながれるカヨに反撃する力はないようだ。
「よわいね。ここはどこ?やいばのくに?はどこ?」
答えの代わりに涙が出た。
こんな年下の子供に自分が一方的に倒された。
それも自分が実力を測り損ねた。
サラは単純に手加減していたのだ。
自分が答えられなくなると見越して。
右の頬を叩かれる。
「こたえて?」
尋問する気か?
こんな子供が?
だが、サラは急に髪を掴んでいた手を放す。
「よんでる?だれかよんでる?」
サラは風のように消えた。
残されたカヨは立ち上がることすらできない。
涙が止まらない。
なぜ。
こんなに弱い。
なぜ。
嗚咽と怒りが止まらない。
もっと力があれば。
無力とは罪でしかない。
どれだけの鍛錬を積んでも。
無力であればそれは時間の無駄と同義だ。
雨は彼女の情けない姿を隠すのではなく、彼女をあざ笑うように降り出した。
こうしてサラは風の国の検問所に気付かれることなく国外へ出ると龍の国の外れを目指す。
自分を呼んでいるなにか。それを確かめるために。
サラ。
その開発コードを与えられた少女こそトラ教団が求めた第二世代天使の完成形。
つまり、龍の血と力を持つ『ルビリア・パル』のクローン。
そのサラの開発コードがかつてパルが名乗っていた偽名なのは皮肉か運命か。
それは生まれ落ちたばかりのサラが決めることになるだろう。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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