1-2 目覚め
龍の国(りゅう-くに)【一般情報】
龍戦争の際に大地の龍が討伐されたとされる場所に討伐の英雄、ドラゴ・ドライム一世が建国した国家。
王政であったが近年は議会での発言権が強まっている。
一方で、軍事については現在でも国家元首の発言力は非常に強い。
農作物や畜産で栄えており、交易で得た資金を投入された陸、海軍は世界屈指とされる。
〜龍歴205年にある書籍に寄稿されたコラム(執筆者不明)より抜粋〜
人には魔力があった。
正確には花や木々、動物達にも世界中に魔力があった。
人は魔力を使い火を起こした。
魔力を用いた術は魔法と呼ばれ、それを簡単に発動させる紋様を術式と呼んだ。
人は魔力を使い、鉄を動かした。
魔力は魔法だけでなく、動力にもなった。
半永久的に水や空気から魔力を吸収するものもあった。
他にも魔力によって動く人形、ゴーレムと呼ばれるそれは龍との戦いで減った人手の穴を埋めた。
人は魔力を使い人を殺した。
火は民家を焼き、氷の刃が人を貫く。
術式は小型化され、罠になった。
また、複数の術式を特殊な石に組み込んだ杖は魔力を持つ人間を一騎当千の英雄にした。
ゴーレムは穴の空いた軍隊の兵士ともなった。
兵士の基準は個としての強さとゴーレムを操る指揮能力が問われる様になった。
〜(ここまで抜粋)〜
車を降りたハウンド達はドラゴンの幽閉されている施設の入り口にいた。
入り口を背に立つハウンドの隣に女王、そしてそれを扇状に囲む様に装備を整えた王宮の近衛兵が並ぶ。
「護衛は私だけで向かいます。他のものは待機していてください。」
ハウンドが声を張る。そこには陸軍、海軍の両方から選抜されたエリートである近衛兵であっても信用はしないという意志があった。
「護衛は施設の中を見て決めるのではないですか?」
囲んでいた近衛兵の1人が声を上げる。
「確かに事前のミーティングでは施設の内部が不明であるため現地で決めると伝えていました。が、車内で陛下より内部についての情報が得られたので私1人で十分と判断した次第です。」
嘘である。いくら女王でも危険人物の幽閉された施設の内部など知るはずもない。
むしろハウンドが把握しておくべき内容だ。
だが、即興の嘘にしては上出来だとハウンドは思った。
5年ほど前から、この施設はドラゴンが幽閉されているため、立ち入り禁止となっている。
事前に調査隊を派遣できなかったのは、今回の女王来訪がごく一部の人間しか知り得ないものであり、事前に施設を訪れれば王政撤廃派に勘付かれ、反対される可能性もあった。
「ですが…」
別の近衛兵が口を開いたが、ハウンドはあえて遮る様に指示を飛ばす。
「ここに長居するつもりはありません。皆さんはすぐに戻れる様、準備をお願いします。」
言い終えるないなやハウンドは踵を返して中に入る。
女王も彼に続く。
闇の中に消えるスーツの男とラフな格好の女を見送る武装した兵士。
近衛兵から見れば自分達の仕事を陸軍の説明役ごときに奪われたのだった。
施設の中は入り口からの光が入らず受付と思われるカウンターには埃が積もっていた。
「真っ暗ね。」
フレイルの声でハウンドは彼女が暗闇にいることを思い出した。
「失礼しました。」
熟達の兵士であるハウンドにはこの暗闇を歩く術を身につけていたが、当然、彼女にはそれはない。
「『猟犬よ(ドッグス)』」
ハウンドの声に応える様に彼の体から4体の猟犬が姿を表す。
炎の猟犬、ホムラ
風の猟犬、ツムジ
氷の猟犬、ツララ
土の猟犬、クロガネ
半透明ながらも実体を持つ彼らは、ハウンドから魔力を分け与えられた使い魔だ。
使用者に仕える彼らは使用者の意思を即座に反映し、使用者と連携する。
1体を使役するだけでも至難の業とも言われ、それを4体同時に呼び出すのは一重にハウンドの努力と生まれ持った魔力量によるものだった。
ホムラがフレイルの前に立つとその周りが太陽に照らされた様に明るくなった。
そして、彼女の後方にはツララとツムジが控える。戦闘時に主力となるクロガネは彼の側に付いた。
一兵士の力が求められる戦場で彼が生き抜いて来れたのは、ドッグスによる連携があったからだ。
「半自立型の使い魔達です。このぐらいの明るさでいいですか?」
ハウンドは振り返ってフレイルに伝えた。
「流石、猟犬ね!」
フレイルは驚きと喜びの声を上げた。
「陛下に直接お見せするのは初めてでしたね」
ハウンドは歩き出しながら言った。
「私、半自立型を見るのは初めてよ。可愛いのね!」
(可愛いときたか。)
可愛いと言われることは初めてではなかったが、ハウンドからすればドッグスはペットではなく自分の力だ。
自分の手足を愛でる様に思えて彼はドッグスに対してそう言った感情はなかった。
入り口を入って直進し、カウンターの横を抜けたあたりで、ツムジが空気の流れを感じてか地下への階段を見つけた。
沈黙を嫌ってハウンドは説明する。
「半自立型は使用者の指示をノータイムで受ける一方で、使い魔自身の意思を持ちます。そのため、護衛や警戒に向いているんです。」
階段を降ります。と立ち止まって伝えた後、説明を続ける。
「本来、使い魔は呼び出した後、与えられた魔力がなくなると消滅しますが、半自立型は使用者が追加の魔力を与えることで長時間活動できるんです。」
地下一階。最下層にいると聞いていたハウンドはそのまま地下二階への階段へ進む。
「それに使い魔の感知したものは使用者に伝えられますが、半自立型は伝える情報の取捨選択も可能です。複数のドッグスを同時に展開しながら私が管理できるのもそのためです。例えば貴女が躓けば、すぐにわかりますよ。」
ひとしきり説明を終える頃には地下三階に到着していた。
階段はここで終わっている。
「ここにいるの?」
フレイルが問う。
改めて4匹の猟犬と自分の感じた情報からここに強力な魔力術式があることがわかった。
「ここの様です。」
暗闇に伸びる長い廊下には終わりがない様に見えるがツムジの見立てでは50mほどの長さの様だ。
「離れないでください。」
ハウンドからすればドッグスと彼らの囲む女王との距離は簡単に測れるが、それでも離れていては最悪の場合に対応できない。とこれまでのドラゴンとの戦場から判断した。
だが、守りきる自信などない。
気休め程度だと分かっていても、反射的に口にしていた。
廊下の最奥に着くまで会話はなかった。
緊張と恐怖が自分の心にあることをハウンドは感じていた。
最奥の扉以外には何もない地下三階。左右の壁が迫ってくる様な感覚を覚えながらハウンドは出来るだけ落ち着いた声で確認する。
「ここにドラゴンがいます。本当に開けていいんですね。」
ホムラの光に照らされたフレイルは興味と覚悟の混ざった様な顔で頷く。
(流石の胆力だな)
ハウンドは関心しながらドアノブに手をかける。
「誰だ。」
ハウンドは戦慄した。
中からは外の情報を知ることはできないと聞いていたからだ。空気がこの部屋だけ別のルートで流れるため中から外の様子は見えない。
また、部屋の特殊な術式により、中からも外からも魔力を感知することはできないと聞かされていた。
それでも中からは声が聞こえた。
幻聴かと思ったが、フレイルが左足を引き、全身に力を入れたのを感じた。
彼女にも聞こえていたようだ。
ドッグスもまた、戦闘状態に入る。
「俺だ。ハウンド・ドッグだ」
ハウンドは動揺を隠す様に言った。
返事はない。
中から声がする。
その声は戦友が訪れたことに気付いていないようだった。
「開けたぐらいじゃ何もしねぇよ。」
「わかった。」
中のドラゴンには聞こえていないのはわかっていた。
「開けるぞ」
決心を口に出して落ち着けた。
扉は意外にも軽く開いた。
ドラゴンはハウンド見ると懐かしむように、
久しぶりだなぁ。と言った。
暗がりに少しだけホムラの光が差す。
ぼろぼろの患者衣。
ベットに腰掛けているのに地面に伸びる髪。
お化けのようにも見えるのだが、血を思わせる真紅の瞳はしっかりと彼を捉えた。
ハウンドは部屋に入り、手短に状況を伝えた。
女王直属の白の部隊に参加してもらうこと、外に出るので念のため目隠しをして、ツムジが引っ張るのでそれに合わせて移動してほしいこと、車で王城に向かうこと。
ドラゴンは、あい、わかった。と言い素直に応じた。扉の外にいた女王には気づいていないというよりあえて無視したようだった。
帰りの車には女王と向かい合う形でハウンド。
そして、彼の隣に目隠しをしたドラゴンが座る。
沈黙の中でハウンドは王城への帰路が無限に続いているのではないかと思うほどだった。
一方で、フレイルはまじまじとドラゴンを見つめていた。間近でサーカスの虎や熊を見るように興味が尽きないと言った感じだ。
ハウンドは、大人しくしててくれ。と強く祈った。
どちらに対して祈ったかは彼自身もよく理解していなかった。
次回は多分来週。