2-26 父と娘②
ヤマト・ダイレン【個人情報】
総合製造企業ヤタ重工の会長。
大戦争以前からヤタ重工のトップとして活躍。
既存製品への固執が見えた旧経営陣を一掃し、利益の追求と新規ユーザーの獲得を主目的とした戦略をとる。
大戦争の際は異常なまでの軍需を捌きつつ、製造の追いつかなくなったり、ヤタ製の商品に需要を奪われ弱体化した競合他社を政治的な働きかけを含め手段で次々と吸収しており、特に軍事において全ての競争相手を排除することに成功した。
また、軍事以外の面にも積極的な参入を行っており、介護補助設備を中心とした医療部門ヤタメディカルサイエンス。
軍事部門で開発された防弾繊維をカジュアル、フォーマルにアレンジしたアパレルブランド、ヤタネクストアーマー。
民間向け車両及び船舶を製造するヤタモービルといった系列企業を立ち上げ、そのすべてで成功を収めている。
趣味は鷹狩りであり、相棒には社名でもあるヤタと名付けている。
陸軍総括への昇進の翌日、パルは龍の国で毎日行われている幹部会に出席していた。
メンバーは女王のレイア、相談役のレイモンド、官僚長のトータス、軍部長のホエール、海軍総括のオルカ。
彼女にとってなじみのある面々ではあるが、自分が幹部となったが故の緊張を感じていた。
元より、作戦前のブリーフィングぐらいしか会議の経験はないのだ。
「本日分の幹部会を始める。まず、昨日付で俺の兼任していた陸軍総括の席にルビリア・パル元陸軍機動部隊隊長を就任させたのでこの場で正式に報告させてもらう。」
司会のトータスが、パルに話題を振る。
挨拶をしろ。という意図のようだ。
パルが立ち上がると一同の視線が一気に集まる。
「えー…っと。昨日、陸軍総括をー…拝命したルビリア・パルぅです…至らぬ点もあるかと思いますが…あー、よろしく…お願いいたします?」
ガチガチのたどたどしい挨拶だったが、何とかやり遂げたパルは椅子に座り込む。
巻き起こった拍手は授業参観で我が子の発表を嬉しく思うような暖かさを持ったほほえましいものだった。
そんな始まりではあったが、それ以降は淡々とした報告が挙げられていく。
西の壁の復旧が完了しつつあり、来週には入出国用検問所の設置ができること、花の国への会談へ向かう準備ができたこと、天の国、港の国も同様に準備ができ、情報共有も完了したこと。
それらの報告が済んだのち、レイアが口を開く。
「花の国の会談への出発は明日になりました。準備はととのっているようですし、問題ないかと思います。ただ、教団と直接、顔を合わせることになります。皆、気を引き締めるようにしてください。」
その言葉で幹部会は締められ、皆、各々会議室を出ていく。
パルも配布された資料をまとめ、立ち上がろうとする。
「ちょっといい?こないだの件で。」
声の主はレイモンドだった。
その深刻なトーンから予想される話題は1つしかない。
「親父殿の件か…オレのオフィスでどうだ?」
その言葉にレイモンドは笑顔で頷き、
「君のオフィスなんてすごく違和感あるよ。陸軍総括殿?」
と茶化すように敬礼する。
自分の父親。
トラ教団司教長パーシヴァル・プルト。
自分が討つべき相手の話。
複雑な状況に置かれ、考えることさえ避けたくなるような事実。
それが少し和らいだ気がした。
パルはレイモンドをひきつれ、自身のオフィスに戻ると、秘書のコンが顔を上げる。
20代後半ぐらいの女性であるコンは就任して間もないパルのために、前任のトータスから引き継がれた資料を整理しているところだった。
「悪いな。ちょっと外してくれるか?」
パルの声にコンは笑顔で頷き、部屋をでる。
「灰皿しかないじゃないか…」
片付けられたオフィスの内装はレイモンドの言う通り、まとまったというより空虚さを感じさせる。
「就任翌日だぞ。まあ、そのうち、カレン達が物置にすんだろ。」
「僕が言うのもなんだけど、オフィスは君の私室じゃないからね…」
レイモンドの言葉に苦笑いで返す。
デスクワークの経験などない現場の兵士である彼女にとって、自分のオフィスというものの扱いが今一つわかっていないのだった。
「んなことより本題に入ろうぜ。オレの親父殿…パーシヴァル・プルトについてよ。」
その言葉を受け、レイモンドはソファーに腰かける。
「現状、わかっていることはパーシヴァル・プルトは、30年ほど前にレギオンという政治活動組織…要するに各国でデモ行進のパフォーマンスをやる組織の会員だった。そして、そのレギオン解散とほぼ同時期にトラ教団なる宗教組織を立ち上げた。」
「宗教組織って言っても形だけ…その根幹はレギオン時代に作り上げた政治関係者の弱みや活動の報酬として送られた資産。通称『レギオンの遺産』。これを効率的に運用し、世界の支配を目的とした地下組織だろ?」
レイモンドとパルの情報整理はトラ教団の発足から始まった。
『レギオンの遺産』と呼ばれる巨大なデータベース。
麦の国での調査の折り、トラ教団からの離反を画策する教団の古参幹部ラキエから齎された情報だ。
レイモンドはパルの補足に不服はないようで話を進める。
「教団は世界の実質的支配のために大国と言われる天の国、龍の国、港の国の3国に対して大規模なテロ行為を行った。『天龍事変』なんて名前がついたのは、港の国の一件だけは連中の目論見を完全に潰せたからだ。」
「昔話がしてえのか?」
ゆっくりとした状況整理にパルは痺れを切らす。
「ちょっとした心理テストみたいなものだよ。さすがの君も、自分の父親がトラ教団のトップであることに動揺している。」
「それはちょっと違う…」
レイモンドの推測に対して、パルは反論して、タバコに火をつける。
「オレはあくまでも『ルビリア・パル』なんだよ。トラ教団のトップの娘である『ダグラム・アイーシャ』じゃない。そこは意地を通す。不便でもな。」
煙を吐く。
だが、口ではそう言っても彼女の心の迷いは完全に拭いきれてはいなかった。
父と娘。
親と子。
戦災孤児ともいえる自分の出自。
一方でそんな自分にも親がいる。
生き別れただけではないか。
そう考えていた。
迷子。
そう思いたい時もあった。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
自分は軍人であり、父はその対立組織のトップ。
どういった経緯で父がそうなったのかはわからない。
それでも、敵となった親を本当に殺せるのか。
そこはわからないとしか言えなかった。
燃え尽きたタバコの灰が自重で落ちた。
「親殺しの覚悟なんてしなくていいよ。」
レイモンドは優しく諭す。
「オレは軍人だ。任務とあれば個人的な感情を押し込む必要もあるさ。」
「そんな悲しい顔してかい?」
できるだけ表に出さないようにしていたが、元詐欺師のレイモンドには通じなかったようだ。
いや、わかりやすく顔に出たのかもしれない。
「親父は…プルトは…フレイル陛下を殺した。お前の家族も、元をたどせばトラ教団。つまりプルトだ。これ以上、野郎を…生かしておくわけには…」
言葉がつまり、涙が頬を伝った。
頭では理解していた。
覚悟も固めた。
そのすべてが実際に対面するというこのタイミングでただ、蓋をしただけだったと理解してしまった。
「君の言い分はわかる。軍人である以上、避けられないこともあると思う。だけど、親殺しなんて…」
反射的に体が動いていた。
レイモンドの胸倉を掴み、立ち上がらせた。
「お前になにが…わかる…!フレイル陛下もアリアンナも!お前の家族も!みんなあいつが殺したようなもんだぞ!親父のエゴで!原因で多くの人間が死んだ!親父のエゴで!」
パルの殺意と涙の混じった視線に、レイモンドは引くことなく、真っ直ぐ見つめ返す。
「わからないよ。でも、全てが君のせいってわけじゃない。自分だけ全てを背負って、悲劇のヒロインになるつもりかい?それを誰が望んでるの?」
「うるさい!うるさい!うるさい!私は!オレがあいつを殺せば全部…」
「それがどうだっていうの?君はどうなる?自分のことを無視して話を進めるのもいい加減にしろ。見てられないんだよ。」
レイモンドの言葉にパルは、力なく、手を放し、へたり込む。
「じゃあどうすんだよ…」
「任せてくれ。といえればいいんだけどね。でも、プルトの確保という方向に話を持っていければ状況は変わるかもしれない。そういう意味では案外、殺すしかないと考えているのは君だけかもよ?」
彼の言葉にパルは顔を上げる。
殺すしかない。
その結論はこの男の言う通り、自分で出しただけの答えだ。
「いいかい。この状況は案外、都合がいい。『レギオンの遺産』。その所在を知るのはパーシヴァル・プルト1人だ。なら、どの国もその存在を有耶無耶にしたくない。将来、不安の種になりかねないし、他国が確保すれば国力の一極化は避けられない。」
パルは静かに頷く。
涙は止まっていた。
「なら各国の考えるのは2パターン。『遺産の確保と管理』か『遺産の廃棄』か。いずれにしても遺産がプルトの手元にある以上、あの男を殺すのは悪手になる。」
「オレが…親父の手に縄を掛けると?」
「その辺はわからない。遺産の譲渡を花の国での会談で要求することになるだろうからね。その後の展開は向こうの出方次第だ。」
パルは立ち上がる。
釈然としない部分は残っているが、霧が晴れたような不思議な感覚だった。
「その話をするために時間作ってくれたのか?」
レイモンドは照れくさそうに笑う。
「まあね。ホントに悩みすぎてて見てられなかったし…」
歯切れの悪い言葉にパルは小首をかしげる。
「僕としても親殺しなんて寝覚めの悪いことを君にしてほしくなったんだよ。」
パルはその言葉が少し意外だったのか、小さく笑う。
「サンキューな。ちょっと軽くなった。」
娘と妻を失った男、レイモンド・サイカー。
尊敬する女王と最愛の義姉、そして自分自身の人生を失った女、ルビリア・パル。
失ったものは戻らない。
だからこそ、今を生きる皆に泣いてほしくない。
その思いは一致していた。
「コンさんには僕から適当に理由つけておくからしばらくゆっくりしてればいいよ。」
「いや、今の話、姫に進言する。お前もその方がいいだろ?」
レイモンドは少し、間を置く。
「いいのかい?それは君の今の状況を全て明かすということになるよ?」
「そのうちバレることだ。逃げようがねえだろ?」
レイモンドは彼女の言葉に、頷く。
「わかった。僕は先に行って、トータスと女王を抑えておくから、君は顔を洗って追いついてくるといい。」
鉄の国に本社を置く、世界最大の製造会社ヤタ重工。
かつての戦争において競合他社を吸収し、軍事関係においては独占状態となっている。
ヤタ重工龍の国支店の店長シンゴは本社幹部に呼ばれ、幹部会議に出席していた。
といっても、今回はシンゴ対経営幹部という構図の審問会に近い。
「まず、龍の国の復興への尽力、ご苦労だった。あの国は得意先の1つだ。信用関係という意味でも、社会貢献という意味でも君の仕事は完璧といっていいだろう。」
ヤタ重工会長ダイレンは拍手と共に彼をたたえる。
シンゴは、恐縮です。と短く返す。
緊張からではない。
現状のトラ教団と大同盟の冷戦状態を利益追求のために維持したいという姿勢が気に入らなかった。
それだけでなく、トラ教団に都合の悪いルビリア・アリアンア謀殺のために行った『ゴーレムTypeA-8』の提供。
それによって龍の国の1部隊を壊滅させたという事実は、1社員に過ぎない彼にしても許しがたいものでもあった。
不信感という怒りが自分の中で膨らんでいくことを自覚する。
「まあ、そう緊張せずともいい。とはいえ、あまり長い会議も好まんだろう。早速だが本題に入ろう。」
ダイレンの言葉に、横で控えていた秘書が、彼に一枚の資料を渡す。
『レギオンの遺産』に関する概要のようだ。
「これについては知っているかな?」
「レギオンという政治活動団体が集めた汚職と資産のリストという都市伝説程度の知識はあります。」
かつて大きな影響力を持っていたとされるレギオン。
その組織が崩壊した際の残滓ともいうべき莫大な資産が残っており、そこに含まれる政治関係者の汚職に政治家達はおびえている。
レギオン崩壊後、正確には大戦争と呼ばれる世界規模で発生した複数の国家間闘争が終結したあたりから噂されるようになった。
与太話として有名な話ではあるが、実在性は疑問だった。
(そんなものの話を私にするために呼びつけたのか?)
砂漠の砂から砂金を見つけてこい。というレベルの話に感じ始めたシンゴに、ダイレンは真剣なトーンで話す。
「いいかな。『遺産』は都市伝説ではない。確実に存在し、世界の裏でその勢力を伸ばし続けている。君に依頼したいのは2件。龍の国を通してこの『遺産』がどこに存在するのかを突き止めてほしいというのが1つ。もう一つは、この『遺産』を龍の国が廃棄するのか、保管維持するのかを突き止めてほしい。」
「話が見えません。この『遺産』をなぜわが社が確保する必要があるのですか?」
シンゴは咄嗟に返してしまう。
政治関係者の汚職のリストと言われるものに、何故一企業が関わる必要があるのだろうか。
だが、この疑問に対する答えは簡単だったとダイレンの言葉に思い知らされる。
「あまり大きな声で言いたくはないが、『遺産』に収められている汚職政治家にはわが社の得意先も含まれる。つまり、不正な価格で商品を売ったことや、本来、存在しない商品取引…つまり、わが社への献金とその逆、買取と称した政治家への献金。その他、非人道兵器の受け渡しといった情報が含まれている。後はわかるな?」
愕然とした。
確かに、TypeA-8のように欠陥のある試作品を提供し、トラ教団と敵対する軍人を謀殺した過去がある。
それが氷山の一角だったとは信じたくなかった。
愛社精神のあった彼だけに、ダイレンの語った内容は信じがたいことでもあった。
加えて、ここに集められた幹部は否定することはせず、バツの悪そうに視線を下げている。
一部ではない。
ヤタ重工という巨大組織が『レギオンの遺産』という存在に脅かされるほど腐っている。
「や…ヤタ重工は…『遺産』をどうするおつもりですか?」
シンゴは震えながら疑問を投げ返す。
今、彼の肩には社員3万人と言われる巨大企業の未来が乗っている。
「破棄が妥当と考えている。正確には破棄してくれる国にわたり、『遺産』の内容を確認することなく、全てを闇へ葬られることを望むしかない。」
「それが龍の国だと?」
ダイレンの望みは理解できる。
次は、なぜ龍の国なのか。だ。
「龍の国の女王、レイア女王だったかな。彼女は純粋だ。破棄を進言できればそれもまた一理あるととってくれよう。なにより、利権というものから最も遠い存在ともいえる。ヤタ重工からの圧力は今回使えんからな。最適解は龍の国が『遺産』を確保するというシナリオだ。」
ヤタ重工は遺産の継承先にはなれない。
企業である以上、親ともいえる鉄の国や、他の大国、特に大同盟のリーダーともいえる天の国が接収に動くことは容易に想像できるが、ヤタ重工に対抗手段はない。
ならば、もっとも都合のいい国へ遺産を継承してもらうほかない。
ヤタ重工からの圧力は遺産に後ろめたいものがあると白状することに等しい。
それが元にヤタ重工が脅迫されるような事態になればこれは最悪とも言える。
むしろ、遺産の全てが解放され、勢力図が混沌へと落ちる方がまだマシともいえる。
混沌とした世界であっても戦争となればヤタ重工は異常なまでの軍需をそのまま独占できるからだ。
「まあ、『遺産』の行く末を見守ってほしい。という話だ。あまり複雑に考えなくていい。情報共有は随時、行ってくれたまえ。」
承知しました。シンゴは呟くように返すしかできなかった。
『レギオンの遺産』という巨大な何か。
実態の見えぬそれにシンゴは飲まれるような感覚を覚えた。
次回は土曜日。
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