2-25 父と子
ウンノ・サム【個人情報】
元、港の国総括補佐で現在は第二艦隊隊長を務める現場叩き上げの軍人。
上司であった前総括スキット・フィールがトラ教団から派遣された天使であり、発覚後、死亡したため、補佐をしていた彼にも疑いが掛けられた。
そのため、総括の後任にはキメラの脱走兵コルネオ・ギガトがコオウ・ママーとして就任した。
サム本人は第二艦隊隊長と実質的な降格処分となったが、彼は上司に対して妄信的な部分があり、彼が教団の人間であると見抜けなかったために、この処遇を仕方のないことと受け入れ仕事をこなしている。
実直な性格であり、フィールの死亡という状況の中でも軍の統率を行っており、降格は対外的な措置とも言われ、総括に就任したママーをはじめとする新参の幹部との連携に重きをおいた仕事で軍内部での評価は高い。
朝、龍の国のホテルを拠点に、セッカとハウンドの再会のためにセッカの面倒を見ていたパルは朝食を買いにロビーのラウンジに降りて来ていた。
セッカとロビーで合流して一緒に朝食を選ぶ予定だったが、寝坊してしまった。
セッカには20分立っても来なければ寝ていると伝えていたので彼女は部屋に戻っているようだ。
時刻は10時過ぎ。
チェックアウトの客がはけた後なのか、ロビーは閑散としてる。
「何やってんだ?お前。」
しかしそれ以上にパルの関心を引いたのは絵に描いたように頭を抱えるハウンドだった。
セッカの父である彼は娘に会うためにホテルに来たのだろうが、この期に及んで悩んでいる様子だ。
「パル…?」
彼女の接近に気付き顔を上げた彼は自分が何時間そうしていたのか把握できていなかった。
「ちょっと待て!今何時だ?!」
「10時過ぎだ。オレは寝坊したが、まさかずっと馬鹿みてえにそーしてたのか?」
ハウンドは疲れ切った顔で小さく笑う。
「へへ…へへへ…ほんの5時間くれえだよ。」
「なんがほんの。だクソ犬。まあいいやセッカちゃんに会いに来たんだろ?部屋は5階だ。話は通してあるから受付に声だけ掛けろ。」
パルはそれだけ告げて朝食を選びに歩き出そうとするが、ハウンドが彼女の腕を掴む。
「お前はついてこねえのかよ!」
「なんでついていかなきゃなんねえんだよ…」
ハウンドも反射的にパルを呼び止めてしまったが、彼自身、パルがついていく必要性がないことに気付き、諦めたようにパルの腕を離す。
「まあ。今回の会談に同行しねえってのは休暇みてえなもんだ。セッカちゃんと話をするんだな。」
「お前はあの子と話したのか?」
ハウンドの声が1トーン下がる。
「あぁ。あの子自身、父親が生きているなら会いたがっている。お前に謝罪したいともな。あの子が滝の国に帰ってないことがその証拠だ。」
ハウンドは目線を外す。
言葉を選ぶようにして口を開く。
「どういう…顔をして、今更父親だなんて…言うんだ…生まれたばかりのあの子を預けて、逃げた俺は…」
沈痛な面持ちのハウンド。
彼は、いや、彼の妻は病に侵された体で自らの命と引き換えにセッカを産んだ。
それは、自分がいなくなってもハウンドが育て上げてくれるだろうという期待を含んだものだった。
だが、彼は妻を失ったショックと、そんな選択の元に生まれたセッカとの向き合い方が分からず、仕事に没頭するようにして逃げた。
パル自身、その事実を以前にハウンドの口から聞かされていた。
ハウンドから見れば、彼女と組んで仕事をしてきたこの1年でハウンドとセッカの関係は大きく進んだ。
「そんな顔すんな。いろんな親子の形がある。お前らは確かに普通の親子とは言えねえかもしれねえ。だが、今、その普通の親子になるチャンスなんだよ。今、あの子は視力がかなり回復してきている。少しばかり街を一緒に歩いたりしたが、それでもあの子をすぐそばで支えてやれる人が…お前が必要なんだよ。」
彼女の言葉でハウンドの目が変わった。
ようやく覚悟が決まったようだ。
「んじゃあオレは朝飯買ってドクのところに行くかね。落ち着いたらトータスかホエールの所へ顔出しとけよ。」
パルは満足げに立ち上がり、歯抜けに並べられた朝食を選びに向かう。
ハウンドも立ち上がり、ゆっくりと受付に向かう。
『普通の親子』。
そんな言葉が、自分に当てはまらない。
しかも飛び切りの異常。
トラ教団の長と世界最強の兵士の親子。
殺しあうことを避けられぬ親子。
パルはその事実と向き合い、対立することを選んだ。
父の元へ向かい、教団の兵として生きる道もあった。
だが、彼女はダグラム・アイーシャではなく、ルビリア・パルとして進むことを選んだ。
それがどんなに血塗られた道になろうとも。
パルは龍の国の陸軍庁舎を訪れていた。
陸軍の総括は、官僚長であるトータスが代行しており、その彼から呼び出しを受けたのだった。
陸軍総括の執務室の前に立ち、扉をノックし、入れ。というトータスの言葉を受け、入室する。
「なんだ?お前、このタイミングで引退すんのか?」
パルが以前に来た際は資料やトータスの受領した盾などが飾られていたのだが、今は全て片付けられている。
「お馬鹿ね~パルちゃんよ~パルちゃんは~お馬鹿~」
呑気に、そして煽るような謎の歌を歌いながらトータスはキャビネットのファイルを整理をしている。
「確かに、俺はお馬鹿さんだったな。死にてえらしいな?ん?終活って奴だなクソ亀じじい!」
怒った犬のようにトータスに嫌味を垂れ、吠えるパルをトータスはいなす様に笑う。
「どうどう。さーてこんなもんか。」
トータスはキャビネットの戸を閉めると、机に置いていたパルに封筒を渡す。
「見ていいやつか?」
宛名の類が見当たらなかったパルは確認を取る。
「お前さん宛だ。開けてくれていいぜ。」
封筒には1枚の書状。
そこには、『ルビリア・パルを陸軍総括に命ずる。』との通達と龍の国女王であるドラゴ・レイアのサインがされている。
「しょー…しん?」
「おめでとうな!ルビリア陸軍軍部長殿!」
呆気にとられるパルに対し、トータスはわざとらしく敬礼する。
自分の仕事が減って喜んでいるのが透けて見えるどころではない。
「待て待て待て待て待て!まて!なんだこれ!普通ハウンドだとかイーグルだろ!現場で暴れてるだけの一兵卒より適任がいんだろ!!」
混乱するパルに対し、トータスは来客用のソファーに座る。
そしてタバコに火をつけてから答える。
言葉を選ぶといった感じではない。
単に急いで答えることもないという感じだ。
「えーっと?まずハウンドか。あいつは滝の国で殺しをやって6か月の減給なのでなし。イーグルはこないだ国内でなんか暴れてたし、どうも風の国剣王会の筆頭を匿ってたらしいのでなし。バイソンは監獄島勤務なのでなし。最後に俺は官僚長してるのでなし、そもそも代行だからな。となるとあとはおまえくらいなんだよね。」
トータスの挙げた他候補は確かに軍部長足り得る存在だが、同時に挙げた彼らの事情は軍部長の仕事を任せられるそれがあるとは言い難い。
唯一、バイソンは監獄島の業務を引き継ぐことができなくはなさそうだが、各国が予算と人員を出し合って運用しているため、簡単に後任は見つからないだろう。
総合するとパルの就任は間違いではない。
大抜擢といえるだろう。
「オレに…デスクワークをやれと?」
状況が飲み込めないパルは震える声で問いかける。
「お馬鹿なパルちゃ~ん~。お前にそんなもん期待するかよ。上から下。基本的に代表者として俺の指示で動いてくれ。俺の秘書のコンをそのままつける。デスクワークはそっちに任せろ。」
明らかにテンションの高い上司と混乱の部下。
おかしな昇進通知はクライマックスへ進む。
「最初のお仕事だ。この封筒をハウンドの奴に渡しておくれっと。あとイーグルから事情聴取と毎日の幹部会への出席。よろしくね~?」
「あーもう一回行って?」
流れるように話すトータスにパルは辟易した様子で聞き返す。
「一個づつ行くか。まず、ハウンドだが、娘のために滝の国で殺しをやった。まあ正当なもんだし、滝の国側からも水に流すってことなんだが、さすがにおとがめなしってのは規律ある軍隊ってのを乱す。というわけで6か月の給料半減。ってことになった。」
パルは頷きながら咀嚼する。
これは問題ない。
問題はイーグルの件だ。
「イーグルだが、なーんか街中で戦闘やったらしくてな。んで、目撃証言からその喧嘩相手が風の国剣王会の筆頭アラマサ・カヨ何じゃないかってところだ。風の国剣王会はお前も知っての通り、俺たち大同盟の陣営と敵対関係にある。そんな奴と喧嘩してなぜか愛の告白までやったという話まである。そういう訳で詳細をイーグル本人から聞いてほしい。イーグルは一応陸軍所属の人間だからな。まあこれは花の国から戻ってからでもいいし、ハウンドあたりにやらせてもいい。」
イーグルの件は初耳だったが、全て事実なら背信行為になりかねない。
ハウンドへのパスを提案されたが、どう考えてもあの不器用な男がこの複雑な案件を裁けると思えない。
トータスがすぐさまハウンドに投げず、パルに引き継がせていることからもそれは身ととれる気がした。
「最後の幹部会だが、軍総括以上は毎朝、王城で簡単なミーティングをやってるので必ず参加するようにって話だ。報告内容は前日中にコンから上がってくるからそれを読み上げてもらう感じだな。毎日お前が推してるレイア陛下に会えるぞ。」
トータスはタバコを灰皿に押し付けると、パルの肩を叩く。
「じゃ!頑張ってな!陸軍総括!」
スキップでもするような軽やかな足取りで部屋を出ていくトータス。
入室の際の軽口を叩く余裕などありはしなかった。
受付のスタッフの案内でセッカの部屋の前に来たハウンドは深呼吸する。
覚悟は決まったはず。
それでもこの一歩を踏み出すのはためらってしまう。
ゆっくりと手を呼び鈴に伸ばし、押した。
はーい。という気の抜けた声が返ってくる。
扉が内側から開けられる。
眼鏡を掛けたセッカが顔を出す。
「え…?」
彼女の目が父を捕らえる。
「少しいいかな。」
ハウンドの声から彼の真剣さが伝わったのか、セッカの表情が固くなる。
彼女に促されるまま室内へ案内されたハウンドは、セッカと向かい合うように立つ。
「すまない。こんなにも時間がかかってしまった。わざわざ、俺に会いに来てくれたっていうのに。」
「あ、いえ、大丈夫です。パルさんがいましたから。」
すぐに本題に入ることはなかった。
セッカは視力のこと、始めてきた龍の国での日常、祖母であるアメの心配を。
ハウンドは獣の国で出会ったケニーとニックのこと、ヴァンとリョーマという亜人のこと。
お互いにここ数日で経験した様々なことを報告しあった。
それは何気ない親子の時間ともいえた。
しかし、彼の口から、自分が父親である。という事実は出なかった。
セッカも聞きにくかった。
彼女自身、彼の口からその言葉を聞くために龍の国に残った。
だが、いざ、当人を前にすると物怖じしてしまう。
そんな状況が、ハウンドが偽名を使って自分と接していたことを思い出させる。
そういう部分も親子なのだな。とセッカは感じていた。
ただ、セッカはあえて踏み込む。
「すいません…その…」
どうしたらハウンドから自然に父親だと言ってもらえるだろうか。
「なんといえばいいか…」
そう考えれば考えるほど訳がわからなくなっていく。
『そういうストレートに答えを求めるとこは嫌いじゃないぜ。』
パルの言葉を思い出す。
行け。
行け。
行け!
彼女の心はくどいほどGOサインを出す。
親子だ。
遠慮は要らない。
「私は…!貴方のことをなんて呼べばいいですか!母の知人のシュナイダーさんですか?龍の国の軍人さんのセリンスロさんですか!」
涙が溢れてきた。
悲しい訳ではない。
嬉しいのかもしれない。
怖かったのかもしれない。
「…それとも、お父さんって呼んで、いいですか…?」
顔を上げて向かいにいる男が泣いていることに気づいた。
この瞬間を互いに待っていた。
そしてそれをお互いに生きたまま迎えられた。
感動の涙だった。
ハウンドは踏み出してくれた娘を抱きしめる。
「悪かった。君に、お前にそんなことを言わせて…娘にそんなこと言わせる父親で悪かった…!お前が…セッカが俺を認めてくれるなら!俺のことを…俺を…」
父の胸の中でこみあげてくる涙がシャツを濡らす。
タバコの匂いも気にしなかった。
ようやく、自分の親と出会えた。
本当の意味で。
「俺を…父と呼んでくれ…!」
不器用な親子はすれ違いの末、ここに『普通の親子』になれた。
次回は水曜日。
活動報告更新してます。
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