1-1 敵
龍【一般情報】
かつてこの世界に存在したもの。
空、海、大地をそれぞれ司る三体がおり、莫大な魔力と自然を動かす力を持っていたとされる。
龍戦争の折、龍を討ち取った場所はその後、人の集落となっていき、現在の天の国、港の国、龍の国となっている。
暗がりの個室に設置されたベッドにそれは腰掛けていた。
四方の壁、天井と床には強度を高める魔法陣が貼られ、扉は内側からは決して開かない構造になっている。
ここは龍の国の王都の外れにある廃棄された研究施設の地下。
光の入らない地下室で、それは静かに待っていた。
龍歴298年、5台の車両が列となっていた。
前方から3台目、真ん中の車両の中では、ブリーフィングが行われていた。
「龍戦争の際、大幅に減少した人類はその後の領土争いでさらに減り、特に軍人は大きく減少しました。」
教師の様に話す黒のスーツ姿の男。
対面にはジャケットとジーンズのラフな格好の女が座る。
男は短いえんじ色の髪をした30代後半くらいで手元の資料を女に見せる様にして座っていた。
女は男の説明を聞き流す様に外を眺める。
その顔は、もううんざりだ。と何度もお説教をくらった子供のようだった。
男はそんな彼女の態度を無視して資料のページをめくり、話を続ける。
「各国は、状況打開のため1人の人間の能力を高める方針を取りました。我が国龍の国でも、様々な分野の人間が集められ、最強の兵士を生み出すことを目指しました。これから会うのは、我が国における唯一の成功個体であり、『ドラゴン』のコードネームを持つ兵士です。」
男の台本はここまでだった。
『ドラゴン』。龍の国が生産した、最強の兵士。
高い戦闘能力と無尽蔵とも呼べる魔力を持つそれを戦場を共に駆けたこの男もよく知っていた。
男は本音をぶつける。
「陛下、何度もお伝えしましたが、私は反対です。ドラゴンの解放は他国を」
「刺激するって?あのねハウンド、私この説明、今朝から3回目よ!全員が全員同じことを言ってたわ。貴方達、私が話を聞いてないと思って?」
陛下と呼ばれたラフな格好の女は遮る様に口を開いた。
彼女は現龍の国女王ドラゴ・フレイルである。
先王であったドラゴ・ドライム8世が急逝したことを受け、2年ほど前から龍の国のトップに立っている。
そんな女王へ説明をしていたハウンドと呼ばれた男は、失礼しました。と小声で返した。
今回、女王への案内役を任された彼は、ドラゴンを知る兵士の1人であり、龍の国の陸軍No.3にあたる男だ。
彼は、士官学校に入学したものの戦時中であったため、本来の課程を短縮させられ卒業、陸軍へ編入された。
その後、当時の最前線であった隣国、風の国との未開拓地域争奪戦に参加し、生還。
当時の陸軍のトップであったトータスに見出され、その後は陸軍のエースとして若年ながらも、他に引けを取らない活躍をした。
何より、龍の国の軍人で武功を立てたものが名乗るコードネームを持つことが彼の、猟犬の強さの証拠であった。
沈黙の中、ハウンドは思う。
(今のあいつが果たして作戦行動など可能なのだろうか…)
ハウンドとほか2名が伝えた、ドラゴンの戦線復帰は、軍縮の傾向が強い他国を刺激するというのは建前に過ぎなかった。
問題は、幽閉された現状で不都合はないのに、ドラゴンをあえて解き放つことだった。
そして、ドラゴンがいくら制御用の装備を与えられていてもドラゴンのいる戦場は作戦や戦術と呼べる様なものが存在しないことでもあった。
「貴方達の言いたいことはわかります。」
女王フレイルは落ち着きを払った声で続ける。
「軍縮の流れは龍の国にも確かに来ています。それを無視しての軍拡は確かに問題よ。でも、白の部隊にはドラゴンしかいないの。」
それはハウンドも十分理解していた。
白の部隊について、彼は女王直属の少数部隊で自分がその隊長になる。としか知らされていない。
だが、少数精鋭を突き詰めるのなら最強の個であるドラゴンほどの適任はいない。
ハウンドは自身の心に引っかかっていた部分を無礼は承知の上で、素直に返した。
「しかし、ドラゴンは戦闘こそ最強ではあるものの、至近の護衛任務や味方部隊の救出作戦に失敗しています。難しい任務であったかもしれませんが、戦うことしかできないドラゴンを陛下の直属にするのは…」
ハウンドは言葉に詰まり、俯く。
どの様な作戦であれ失敗は失敗だ。しかし、ドラゴンほどの兵士が失敗するほどの任務とも思えなかったのだ。
ドラゴンの作戦失敗をハウンドが知ったのは、1か月ほど前で、ドラゴンの解放に伴って彼に渡された資料の中で知った。
失敗したとされる任務は極秘となっていたり、英雄とも呼べる武勲を挙げたドラゴンが幽閉されている現状は誰が見てもきな臭いものだ。
「不安なの?」
言葉に詰まるハウンドに対して女王フレイルは優しく話す。
「不安です。あいつとは10年ほど会っていません。しかし、作戦内容があそこまで伏せられているのは作為的としか…」
俯いて話していたハウンドが視線を感じ、顔を上げると女王フレイルの眼は鋭く彼を見つめていた。
それ以上は話すな。という彼女の意志をハウンドが汲み取るのは非常に容易かった。
(やはり、クーデターの噂は本当なのか?)
ハウンドの懸念は龍の国の内情を知るものならば誰しも考えうるものでもあった。
フレイルは先王の死後、子供のいなかったために王の椅子に座ったが、それは、自分が王の椅子に座るために子供を作らなかったという策謀の様にも見えた。
王位を掠め取った女狐。という声は、彼女の王位継承直後、龍の国の議会や大臣たちから出でいた。
実際には異なるのだが、王家の血が途絶えたタイミングで議会による国の運営へ移行しようとする声は少しずつ大きなっていった。
遠くない日にクーデターが起こるのではないか。
それは噂でもあり、不安でもあった。
王政撤廃を求める陣営は龍の国の財務を担当するシュリー・コンヌスが先頭に立ち、海軍のトップであるサーペントを始め、陸、海軍の兵士を抱き込んでいると噂されていた。
そんな内情があるなかでの女王直属部隊の設立は軍に信用できる人間がいないことを示しているようにも写る。
(陛下はどれほどの敵を相手にされるおつもりなのだろうか)
彼女ですら答えを知り得ない問いを思いついたハウンド、彼は目の前の君主からの信頼に答えるため、戦う覚悟を改めて固めた。
「もうじき到着します。」
ハウンドの背後から運転を務めていた初老の男の声がした。
女王がまだ若き姫君であった頃から長年、彼女を預かってきた彼ですら信用できる状態ではなかった。
彼らの目的地はドラゴンの幽閉されている廃棄済みとされる研究所。
護衛を含めた5台の車列が止まった。
ドラゴンとの再会以前に既に白の部隊の護衛任務ははじまっているとも言えた。
次回は来年。