2-20 リョーマ推参‼︎
カラテ【一般情報】
素手による1対1を旨とする体術体系。
打撃による攻撃が主であり、基本的な技であっても習熟に10年単位の時間を要するとされる。
軍隊にもその技術は一部流用されており、昨今の兵士単体の戦闘能力を高める風潮も相まって、多くの兵士がこれを収めている。
亜流とも言える派生武術が多く存在しており、獣人に合わせたものや、剣王会での剣術に合わせたもの、天の国の覇天流などが存在する。
麦の国を出発したパルとレイモンドは日の出前に龍の国に戻ると、王城の前に車を止めた。
「起きろよ。着いたぜ。」
パルは助手席で眠っていたレイモンドをゆする。
「ちょっといいか?話しておきたいことがある。」
パルは背後から声を掛けられ振り向く。
声の主はトータスだ。
「勘弁してくれ。お前の真剣な話は良かった試しがねえ…」
「オンオフがはっきりしている切り替え上手だと言え。レイモンドは俺が運んでいこう。」
トータスはそう言って眠ったままのレイモンドを肩に担ぐ。
パルの意思は関係ない。という手際の良さにパルは観念したように彼についていく。
龍の国の王城内部、資料室に入った2人。
トータスはレイモンドをソファーに寝かせると机に資料を広げる。
パルは資料を一瞥すると目を見開く。
「龍…計画…の資料だと!」
パルは資料を手に取って目を通す。
彼女が大地の龍の血を肉体に輸血され、最強の兵士となったその計画の全容がその子に記されていた。
「見てもらいてぇのはここだ。」
トータスはパルの持つ資料を取り上げると、最後の方のページを開き、それを見せる。
「どうもお前は勘違いしているようだから説明してやる。龍計画において、お前は十分な勝算の元に作られた。幸運であったことは間違いないだろうが、お前の思っているほど無茶な計画でもなかったんだよ。」
「1からお前の言葉で説明しろ…!納得のいく説明をしてもらいてえ。」
パルの言葉にトータスは静かに頷くと、パルに着席を促す。
2人が対面するように座ると、トータスは資料の一番最初のページを見せる。
「龍計画というのは刃の国と風の国が共同で制作したキメラ兵士部隊『ギガト隊』へのカウンターとして立案された。海軍と陸軍それぞれの総括役つまり、サーペントと俺の主導でな。」
ギガト隊はコルネオ・ギガトを隊長としたキメラ兵士の部隊であり、高い対応力、戦闘能力を有する彼らの性能でもって、龍の国との中間地点である未開拓地域争奪戦で実戦投入、多大な戦果を上げ、龍の国を押し込まんとする戦力を有していた。
パルもトータスの当事者としてこの戦闘を生き延びており、イーグルやハウンドといった面々もこの戦闘での武功を認められ現在の地位に上り詰めたといってもいい。
トータスは黙々と話を続ける。
「非検体には現役の軍人、特に海軍筆頭戦力だったオルカやオレ、ホエールが挙げられていたが、失敗する可能性もあっただけに別の人間を探すことになった。お前も知るハウンドもその一人だ。だが、サーペントと天の国の密偵からの情報でこの話は一気に進む。『大地の龍の血に適合するであろうガキがいる。』その報告を受けた俺たちはそのガキを探すことになったが、ガキは浮浪児だってんだから面倒だったんだ。」
「なんで密偵が…?」
パルは思わず聞き返した。
無論、各国に文化交流の名目でスパイを派遣し情報を得るという手段はさして珍しくない。
問題は、その密偵が何故、龍計画、なによりそれに使用される最重要機密である大地の龍の存在をしっていたのかという部分だ。
「そこについては後で話そう。」
トータスはパルの疑問を保留して、話を戻す。
「お前も知っての通り、龍の国はガキを探し回って、週末に娼館で働くガキの一人が件のガキだというところまで判明した。」
トータスは話を区切り、資料のページをめくる。
出されたのは龍の国がまとめて買い上げた子供の1人のデータだった。
その顔写真には1人の少女が写っている。
緑がかった黒髪に緑の瞳、環境に慣れていないのか不安げな表情のそれは他でもない龍の血を入れられる前のパル本人だ。
「さて、ここからが本題だ。この写真の子供の名は『ダグラム・アイーシャ』と思われていた。実際、こいつの血の構造は龍の血にある程度近く、一部の臓器を機械化することで十分、龍の血の拒絶反応に耐えうるものだった。」
「待て!おい待て!オレが『ダグラム・アイーシャ』だと!?」
パルは自分が忘れてしまっていた本当の名を聞かされ驚く。
「ドクからアイーシャの名前を聞いて驚いたぜ。まさかお前が自分の名前を忘れたとは思いもしなかった。まあ、あんまし俺も干渉してなかったのはある。ガキが見つかってからはほとんど現場の情報が入って来なかったしな。」
「『アイーシャ』が見つかって、サーペントが主導したってのか?」
トータスは頷く。
「その通りだ。当時のサーペントは教団との関与は疑われていなかった。というか、教団という存在自体、最近になって出てきた名前だしな。」
教団の存在は天龍事変で世間にも認知されたが、いち早くその存在に気付いたパルたちでさえ、知ったのは麦の国でのレイモンド妻子殺害事件で知ることになったのだ。
龍計画そのものは20年以上前の話でもあり、当時、教団の存在は関係者しか知り得ないものでもあった。
「龍計画はサーペント、つまり教団主導によって進んで行った。お前がさっき言ってた密偵もトラ教団としての任務を遂行したってわけだ。」
「なんで教団がオレを作った?あいつらにとってオレは最大の障害だろ?なんでだ…?」
トータスはパルの疑問に対して目をそらす。
言葉を慎重に選んでいる。
「いいか…教団は、お前という龍の血を持った兵士を作らせた。その理由は単純…お前を…大地の龍の力を手に入れるためだ。」
「そういうことか…だろうな。あぁ…戦闘能力と実戦経験を積ませて兵士としての完成度を高めて教団の手勢に加える。その過程で抵抗したアリアンナは謀殺され、オレを隠そうとしたオルカも狙った。」
パルの言葉にトータスは顔を上げる。
彼女が最も知りたくなったであろう、アリアンナの死の真相をすでに彼女が知っていたからだ。
「そこまでわかってたか…誰から聞いたかは後でレイモンドと一緒に報告してくれ。そして…」
「ダグラムという名を持つ人物がもう一人いる。」
起き上がったレイモンドが話に割って入る。
「起きたか。」
パルの反応にレイモンドは頷くと、トータスの方を見る。
「言いたくないなら僕から言おう。」
「バカおま…」
「もう一人のダグラムとは『ダグラム・プルト』。政治活動団体『レギオン』の構成員であり、『トラ教団』のトップに座る男だ。」
トータスはレイモンドの言わんとすることを察し、止めようとしたが全てが遅かった。
「わかった。ちょっと1人にしてくれ…」
パルは弱弱しくそう言いながら、部屋を出る。
憎む相手である『トラ教団』のトップが自分の父親かもしれない。
その事実はどんな銃弾よりも強烈に彼女の心を貫いた。
彼女の心にあった両親への期待。
もしかしたら生きているかもしれない。
そして、自分の帰る場所を今も残してくれているのかもしれない。
セッカとハウンドがそうだったように。
だが、現実はあっさりと彼女の幻想を打ち崩したのだった。
アス島へ降り立ったリョーマは城に張られた結界を見上げる。
「気ぃ付けえよ!リョーマ!」
「おっちゃん!誠恩に切りもす!すぐ向こうに戻った方がええ!」
リョーマは船頭に礼を伝えるとそのまま走り出すと結界の目の前までたどり着く。
「こいはなんごつか…?」
城に張られた結界は立ち上る炎のように彼の目に映る。
そして、城内にある本当に恐ろしき、邪念を捕らえた。
周囲を見回すと場違いにも思える修道服を纏った女性が祈りを捧げている。
リョーマはそちらへ駆け寄る。
「現在、こちらは立ち入り禁止となっております。御用があればしばしの間お待ちいただけると。」
静かに落ち着いた様子で諭されるリョーマだが、この異常事態でしばし待つなど、彼にはできない。
「お前がこれを作っちゅうならすぐにやめい!中でなにがおこちゅうがか!」
リョーマは声が声を張り上げると、その女性は彼の前に立つ。
「どうしてもおとなしくお待ちいただけないのなら…力尽くでおとなしくさせてもらいますね。」
女性は身の丈ほどはあろう大槌を取り出すと、身体強化魔法を展開する。
「リアレスのアゥと申します。トラの意思をもって、不遜なる魂を浄化しましょう…!」
アゥの殺気に当てられたリョーマは咄嗟に距離を取ると、左腕を前に出し、右腕は腰で溜めるように構える。
「カラテ…ですか。獣の国の戦士は骨董品の集まりなんですね。」
「おいの拳は女子に向けるもんじゃなかが、ことがことじゃけ、全力で行くが。」
アゥの挑発をリョーマは冷静に返す。
獣の国の獣人カラテの一派『馬人流』。
馬人種のために作られたそれは強靭な脚による蹴り技だけでなく、その脚力を土台として放たれる手業も強力とされる。
「参ります…!」
アゥは素早く距離を詰めると、打ち上げるように槌を振る。
リョーマは上半身の構えを崩すことなく、前足を上げて回避し、腰を大きく伸ばすようにして踏み込む。
「せいッ!」
掛け声と共に右の正拳をがら空きの脇腹に放つ。
だが、リョーマの手に伝わる感触は肉に対するものではない。
拳に走る痛みに顔をしかめつつも、左前脚を軸に回転、背を向けるようにして両方の後脚による蹴りを放つ。
「ぐぅ…!」
強烈な痛みがアゥを襲う。
初撃の正拳は修道服の下に仕込んだ金属製の防具が受けたが、二撃目の蹴りは正拳の着弾点を正確に突いたため、防具を砕き、内臓へその衝撃が伝わることになった。
アゥが滑るように飛ばされたために距離が空く2人。
リョーマは右の拳に目をやると、肉体ではない部分へ打ったために中指の付け根あたりから腫れあがっている。
最初の攻防は痛み分け。
2人の状況分析は一致していた。
「まだやるがか?」
リョーマは初めて殺気をアゥに向けた。
女性だと舐めてかかっていた自分を反省しつつも、殺すことを前提とした立ち回りに切り替える他ないと感じたからだ。
「貴方こそ、その拳で続けるのですか?」
アゥはデッドウェイトとなった防具を修道服から引きずりだすと、投げ捨てる。
リョーマの右拳は確かにこれ以上の打拳に耐えうる状態ではない。
しかし、それだけである。
アゥもまた、一撃を貰ってはいる。
同じところにもう一撃貰えば耐えられないことは未だに異物感のように残る痛みから理解していた。
しかし、それだけである。
戦闘の高揚感に身を任せるように2人は前方へ体重を掛ける。
アゥは走る。
リョーマは重心を素早く戻すと先ほどとは異なる構えを作る。
拳を作らず、腕を伸ばし脱力する防御の構え。
だが、その見え透いたカウンター狙いに正面から突っ込むアゥではない。
槌の射程ギリギリから更に半歩踏み込むと、槌をリョーマの目の前に落ちるように振り下ろす。
フェイント。
リョーマの視線は槌の落下点へ一瞬動く。
(貰った。)
アゥは槌を軸に横なぎの右の蹴りを放つ。
リョーマは舌打ちと共にそれをブロックする。
虚を突かれ、遅れた防御は拙ささえ感じさせ、鈍い痛みがリョーマの左腕に撃ち込まれる。
アゥは更に左足でリョーマの胸を蹴り、勢いをつけて更に回転する。
後手に回ったうえ、反応の遅れたリョーマの前足を水面蹴りの要領で払う。
膝を突き、アゥを見上げるリョーマ。
「眠れ!」
体制が崩れ、頭の位置が下がる。
アゥはこれを狙っていたのだ。
更に回転を加え、側頭部へ遠心力をつけた蹴りを放つ。
『いいか?カウンターは相手のトドメの一撃に合わせんだ。それまでどう動くか。防御はそのために覚えろ。』
リョーマの脳裏に、師からの言葉が浮かぶ。
相手のトドメの一撃。
リョーマは痛む左腕に魔力を込める。
迎撃の肘鉄。
そこに更に右手で押し込むようにして加速を与える。
足と肘。
それは接触しない。
リョーマの肘から放たれた風魔法がクッションとなり、互いの動きを止める。
しかし、その威力勝負はリョーマが勝り、アゥの蹴りを潰す。
勢いを殺され、着地するアゥ。
想定外の反撃に驚きつつも、膝を突くことはなかったが、リョーマから目を離してしまった。
「クソッ!」
悪態をつきながら視線を相手に戻すが、そこには大きく伸びる壁がそり立っていた。
リョーマはアゥの蹴りを迎撃した後、前足を大きく上げるように立ち上がっていた。
対格的に圧倒的優位に立っているリョーマが限界まで体を伸ばしているだけにその威圧感はすさまじいものがあり、アゥが壁だと誤認しても仕方のないものだった。
リョーマはそのまま足を振り下ろす。
前足二つのストンプ。
見た目通り馬並の脚力から放たれるそれは、杭打機のそれに似る。
アゥは尻餅を突くようにして、それを回避するしかなかった。
土煙が立つ中、リョーマの目は正確に、隙を晒す相手を捕らえている。
膝を曲げ、前傾の姿勢から風魔法で強化した左の拳を放つ。
真っ直ぐと伸びるそれは瞬きする間もなく到達する。
アゥはなんとか両腕でのガードを差し込むが、恐怖を持ったそれは反射的なだけの脆い盾でしかない。
直撃した拳は鈍い音をたて、風の魔法が皮膚を切り裂く。
2メートルほど押し込まれるアゥ。
飛び散った鮮血と指先にまで残る痺れが、彼女に恐怖を植え付ける。
その様子を見たリョーマは構えを解く。
「やめじゃ。おまんは帰れ。」
「な、なにを…私はまだ、戦える…」
アゥは絞り出すようにそう言って強がって見せる。
肉体的には戦えるだろう。
しかし、精神的には完全に折れていた。
リョーマの拳に折られたのだ。
「アゥ様!」
アゥの元に別の女性が駆け寄る。
服装を見るに同じ出自のようだ。
「貴様か…!」
「おまんもそいの仲間じゃろ?好き勝手暴れよってからに…!」
睨みあう両者。
更に2人、同じ服の女性が集結する。
1対3。
しかし、リョーマに逃走の意思はない。
いきなり自分の国に押し入って暴力的な手段に講じた相手に容赦するつもりはなかった。
「殺してやる…!薄汚い亜人が…!」
「おいたわしや…アゥ様。我らが必ず…」
「ゆるさないわ。」
レクロスのリーダー格であるアゥを潰された3人もまた、ここで退くつもりはなかった。
「寄ってたかってリンチかよ。どういう神経してんだか。」
リョーマの背後から獣人の男が現れる。
「ヴァンどん!?城におるもんとばかり…」
レイと呼ばれた白い人狼は誤魔化すように笑うと、リョーマの前に出る。
「あーいやな?めんどくさそうだからサボってたんだよ。そしたらなーんか大変そうじゃん?そんで駆け付けてみたら…こんな感じ。」
「白狼のヴァン…?!邪魔立てするなら貴様も…!」
「シゥちゃん、やめましょう。」
「ナゥの言うとおりね。」
シゥは納得していないようだが、他二人に同意したようでアゥに肩を貸し、立ち上がらせる。
こうして、城外で起こった闘いは終結した。
次回は土曜日。
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