2-17 よいざまし
ジユウの村焼き討ち事件【一般情報】
龍暦277年天の国付近にある小さな集落、ジユウの村が山賊の襲撃に会い、村人全員が殺害された事件。
目的は単純な物資略奪とされる。
一方で力を付け始めていた活動家集団『レギオン』のリーダーを狙ったものではないかともされており、レギオンの関係者とその親族の多くが犠牲者に含まれている。
男は夢を見る。
記憶を器に例えるなら、そこに注がれる水は経験だ。
水は溜まり、器の容量を超えて漏れ出て忘れてゆく。
だが、男は時としてその水を意図的に汲み出す。
これはそうして忘却の彼方に葬られた記憶。
天の国の山から少し外に出た場所、ジウユという村。
天の国はヒロヨシと呼ばれる山を切り開いてできた三層だけでなく、その周辺の小さな村もまた含まれる。
少なくとも当時、この場所もそうだった。
朧げに見えるその場所は思うよりずっと鮮やかに見える。
不安そうに声を掛ける妻に心配ない、と笑顔で答え、家を出る。
右手には家の畑。今は茄子やトマトの時期だ。
畑から誰かの声がする。
4つになる■。
その声の方へ向かうと、声の主は消える。
振り返ると炎が男の視界を塞ぐ。
そして燃え落ちる。
畑が。
家が。
家族が。
焼ける。
下品な笑い声は耳元で騒ぐ羽音のように不快だ。
男は目を覚ます。
『貴方に活動家なんて似合いません。優しすぎるんですよ。』
妻からの言葉を思い出す。
だが、もう止まれない。
妻を失った。
奪われた。
奪われることでもたらされる孤独感。
自分のこれからの行動は過去との決着に必要な事だ。
(余を笑うか。エメラルダ…アイーシャ…)
男は自嘲気味に笑う。
獣の国への出発まで後、約半日。
そして再会も、そう遠くないと感じていた。
麦の国で対峙するリトとパル。
パルの言葉はリトの琴線に触れた。
「返す言葉もない。君のような孤児を生み出したのは他でもない大人だ。だが…」
リトは言葉に詰まる。
それはそれ。
これはこれ。
そう言ってしまいたかった。
だが、それができなかったのは知識人として生きてきた彼に思うところがあったからだ。
戦争を避けるための相談。
孤児という結果から考えれば自分の言葉は間違っていたということになる。
「もう一度言うぜ。勝てると思ってんのか?」
パルは指に力を込める。
「何故打たない。私は教団の天使だぞ。」
「ガタガタ抜かすんじゃねえ。オレはシュリーと話をしたくてここに来たんだぜ?それなのにあいつはどっか行っちまったからテメエに聞きてえだけだよ。それはもうダメそうだしな。」
そう言ってパルは顎でルゥを刺す。
彼女は手にナイフを突き立てられたまま失禁し、浅い呼吸をするだけになっている。
パルの見立て通り、話は聞けないだろう。
「拷問は禁じられているはずだ…」
リトはパルの行動に不快感を示す。
だが、パルは、簡単そうに答える。
「『捕虜への』な?それはなんだ?軍人じゃない。イかれた教団のシスター様だ。」
「詭弁だ…!」
「そうだな。だが、綺麗事だけでカタがつく状況じゃない。ダーティな手段も使うさ。」
リトはパルの言葉が頭に来た。
「どんな理由があろうとそんな事が認められる事はない!」
「そうせざるを得ない状況を作ったのはテメエら教団だろうが!己の立場もわからねえほどボケてんなら今更表舞台に立つんじゃねえ!」
リトの怒声にパルも声を荒げる。
しんとした静寂を銃声が壊す。
パルが発砲した。
リトはその轟音に対して反射的に身をかがめ弾丸を躱すと、身の丈ほどの大剣を手に取り、踏み込む。
「知性を捨てて武力などと!」
リトは力強くそう言って大剣で切り上げようとする。
パルはバックステップで距離を取りつつ銃撃する。
「片方が武力使った以上、その回答は武力しかねえんだよ。」
「それは極論だ!片方が武器を置ければ話し合いに持ち込めよう!」
2人の怒鳴るような論争は続く。
リトの剣は射程外に逃げられ、空振りする。
銃弾は彼女の体に穴を開けたが、それはすぐに塞がった。
「武器を置く、だと?」
パルはアギトでの銃撃をあきらめ、すでによる接近戦に切り替える。
「それで?宣戦布告もなしに撃ち殺すんだろ…?いつだってそうさ!」
リトが構え直す前に、ステップを前進に切り替え、距離を詰める。
「それが教団なんじゃねえのか?あぁ!?」
怒りの言葉と共に放たれた右のハイキックをリトは左腕でガードすると、そのまま、パルの足首を掴み、投げ飛ばす。
「だからこそ。教団という存在を討つ必要があるのだ!」
パルが襲撃した際に、リトに案内され、教会の奥に隠れていたシュリーが2人の間に割って入る。
「はッ!国を捨て、教団を捨て、そんな野郎の言うことを誰が信じるってんだ?」
「僕は話を聞いてもいいと思うけど?」
非戦闘員のため、教会の外に隠れていたレイモンドが姿を現す。
パルは舌打ちすると構えを解く。
「レイモンド相談役様に感謝しな。」
シュリーは一歩前に出る。
「教団の方針は知っての通り、大同盟との全面戦争。だが、それは教団が本来目指す大国を中心とした各国のパワーバランスを是正することとは異なる。そこで、私と天使のリエル、ラキエそしてリトを加えた4人は教団を内部から破壊し、大同盟の勝利のために動くつもりだ。」
「そして、全てを大同盟という大枠の中に押し込み、国家間の格差をある意味で解消する。けど、それは真の意味での是正じゃないよね。結果として国家間の強弱は存在し続ける。」
レイモンドの反論にリトが返す。
「大同盟には教団との戦争後にその強弱をコントロールしてほしいのだ。戦力の貸与や生産物に対する関税の減額、難民を労働力とした公共事業の促進等をな。」
「一理あるかな。それを僕らに伝えるためにこんな芝居をしたってわけだね。」
レイモンドの言葉にシュリーは目を見開く。
「気付いていたのか。」
パルから聞いた。とあっさり答えるレイモンド。
一同の視線が彼女に集中する。
思考を巡らせていたのか、視線に気付くと顔を上げる。
「教団の全面戦争は理念の通りだろ?」
その言葉にシュリーとリトは驚く。
「そうだね。大同盟の戦力として上から数えられるのはどれも大国である龍、天、港の国の軍人だ。」
「あぁ。要はオレを含む筆頭戦力を潰して軍事力を落とす。大国3つの生産力は月並みだ。交通の要所として天と港は相応の力を持つだろうが、それでも現状の改善にはなる。教団はそのあと、空いた軍人のポストに人を滑り込ませて国力をコントロールする。」
「君はそれでいいのか?」
パルの理屈もまた一理あるが、前提として彼女自身が教団との戦争で死ぬことが含まれる。
リトはその部分を問いかける。
「死ぬつもりはねえよ。ただ考え方としてそういう可能性もあるって話だ。」
「死にたくないのは君たちもでしょ?」
パルの回答に合わせるようにレイモンドは問い返す。
「調子狂うな…ただ、君たちの言う通りだ。それは認める。」
シュリーは観念したようにレイモンドの言葉を認める。
「テメエらの立場は理解した。今度はこっちの用件を片付けさせろ。12年前、アリアンナの部隊に変なゴーレムを納品してそのテストを命じたのは誰だ。なんの目的があった?」
しばしの沈黙の後、シュリーは言葉を選びながら答える。
「その件か…ゴーレムについてはヤタ重工にいる教団の協力者が手配した……あくまでも通常の商品と同じようにして…暴走するように細工をしていた…全てはルビリア・アリアンナを……」
「始末するため…か。」
パルが言葉に詰まるシュリーの代わりに続けると、シュリーは申し訳なさそうに頷く。
「サーペントの指示だった。ルビリア・アリアンナに私の不正の証拠を掴ませ、始末した。」
「それはオルカさんとパルの潰しあいをさせるため?」
今度はレイモンドが口をはさむ。
「それは結果論に近い。本来はルビリア・パル、お前からルビリア・アリアンナを引き離すためだ。」
予想外の答えにパルの頭は真っ白になる。
義姉の死因は自分に起因する。
そんなことは夢にも思っていなかった。
シュリーは続ける。
「いいか、お前が龍計画の非検体に選ばれたのも、実験が成功したのも全ては教団の長パーシヴァル・プルトが仕組んだことだ。あの男が」
シュリーの言葉を遮ったのはウエルだ。
彼の腕がシュリーの背中から突き刺さり、心臓を潰した。
血を吐き、倒れるシュリー。
「しゃべりすぎなんじゃないですかね?さて、どうしますか?リトさん?」
その問いはウエルがリト達の離反を把握している事を意味する。
「待機していて正解、でした。リエル!」
シュリーの出てきた扉からリエルとラキエが飛び出してくる。
リエルはウエルと対峙し、リトはシュリーを、ラキエはレイモンドとパルを抱えて外に出る。
「私の動きも読まれてましたかぁ?」
おどけるウエルにリエルは怒りをあらわにする。
「読む読まぬはこの際どうでもいい…お前を心置きなく殴れるんだからな。」
獣の国で財布を盗まれたハウンド。
その後、彼の財布を盗んだニックから財布を返却され、ケニーに出された酒を飲みながら世間話に興じていた。
「するってぇと、あんた獣人なのを隠して軍隊に入ったのか?」
「うぇ?何度もそう言ってんじゃないですかー。軍隊に入って、嫁が死んで、娘に嫌われたんですー!」
耳まで赤くなるほど酒に酔った2人は何度も同じ会話を繰り返す。
ニックは2回目あたりまで起きていたが、眠ってしまった。
「んで?なんでまぁたこんな国に来たんだよ。」
ニックの問いは初めての話題だった。
「わかりませーん!だってほら獣の国を戦争に巻き込もうって話でしょ?そんなに戦火を広げたって意味ない!」
ループを抜け出したハウンドは素直な心境を吐露する。
「一概にそうは言えますまい。」
2人の間に割って入ったのは剣聖カインだった。
ハウンドの戻りが遅いため迎えに来たのだった。
「獣の国は教団と大同盟の戦争に不干渉を決め込むつもりでいる。しかして、それは都合が良すぎる。獣の国にも教団の関係者がいるかもしれんのですから。」
カインがハウンドの隣に座ると、ニックが新しいグラスに酒を注ぎ、彼に渡す。
「教団、教団ったって国に亜人種以外が入ってくりゃあーすぐにわかるぞ?意外とその辺しっかりしてんだ。」
カインは酒に口をつけると度数の強さに驚き、眉を顰める。
こんなものを飲んでいれば泥酔するのも無理はない。
「すでにここにいる亜人種が教団に取り込まれている可能性もあります。小生もまた取り込まれた1人です。」
「んなこともあったなぁ。」
ハウンドは天の国でのことを思い出し、ぼやく。
天の国の国民への無差別攻撃を行わないことと引き換えに教団側の戦力として天の国クーデターに参加した。
「そういうもんなのか?」
ケニーは今一つピンと来ていない。
「連中は引き込む人間の欲をよく見ています。その欲をうまいこと煽っている。」
カインは酒が強いわけではないのか、1杯目の半分ほどで顔を赤くしている。
「カインさんって欲あるんですかー?」
ハウンドは酔ったままカインに問う。
「小生にも欲はあります。己の剣、一殺多生を通したい。と思ってしまう。師のカドゥはそんなことを考えずとも行動できたでしょう。」
「つまり、そのイッサツなんちゃらをやりたくなるってことか?」
ケニーはカインのグラスに酒を追加しながら聞く。
「えぇ。自分の理想は見えているのですがその手段が未だにわからない。教団は小生に一殺多生を体現する事ができると言ったのです。そして小生はその話に乗った。」
「いーめーくわくだったぜー!」
ハウンドはカインの背中を何度も叩く。
「反省、しています。小生の気の迷いが全ての原因。腕を失ったとしても償いきれるものではない。だからこそ、小生は大同盟の人間として仕事を続けているのです。」
「そういう弱みみたいなもんに付けこまれた奴が獣の国にもいるって言うのか?」
カインの話を聞き届けたケニーは話題を戻す。
「あくまで可能性の話です。教団は未だに獣の国に対して何のアクションもしていない。それは言い換えれば教団の手のものがすでにいるともいえる。」
「龍の国みたいな事がここで起こるって言うのか?」
ケニーの表情は険しくなる。
教団によるテロで女王を含む多くの人が亡くなった。
それと同じことがここで起こる可能性はゼロではない。
「冗談じゃない!教団とのもめごとは向こうの大陸の話だ!それに巻き込まれるなど…」
ケニーはそこまで言って言葉に詰まる。
「わぁてるじゃーないでうかー!そーですよー!きょーだんは関係なしにテロすんですー…みんぁ…巻き込まれて…」
ハウンドはケニーの言葉に反論しながら、自分の言葉に泣きそうになる。
龍の国におけるテロ。
察知できていたにも関わらず、それを阻止できなかった。
本当に全ての手を打ったのか。
ミスはなかったのか。
そう考えてしまうのだった。
「あんたらは教団の人間を見つけるために来たのか?」
ケニーは疑問を2人に投げかける。
「そこまでは考えていません。しかし、教団の内通者がいるのなら、明日の会合のタイミングでなんらかのアクションがあると考えます。」
カインの返答にケニーは顔を顰める。
「小生達はできることをやるだけです。この国に戦火を持ち込む気はありませんがすでに火種が埋め込まれている可能性がある以上、この国もまた龍の国のような無差別テロの被害を受けることもあり得る。」
カインは眠ってしまったハウンドを肩に担ぐ。
「また、来ても?」
カインはここが気に入ったらしく、ケニーに聞く。
もちろんだ。と答える彼の酔いはカインの話で完全に覚めてしまっていた。
無関係ではいられない。
国家対国家ではなく、国家対組織の構図。
その意味を真に理解したのだった。
次回は水曜日。
活動報告更新してます。
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