2-14 ジャックナイフは砕かれて
ジャックナイフ【一般情報】
反政府自警団組織『RISE』の末端組織の一つ。
麦の国で活動しており、メンバーは20名程度という小規模な組織。
リーダーであるマサキを信奉しており、結束力そのものは高い。
一方で司令塔であるマサキのワンマンチームとしての側面が強く、マサキの目が届かない場合、殺人をいとわないという危険性も孕んでいる。
わかってくれとは言わない。
自分たちの居場所は自分たちで作る。
それだけだ。
当然、仕事もまた、自分たちができることをやる。
借金の回収。
脅迫。
誘拐。
犯罪なのは理解している。
だが、それが何なんだろうか。
行政の連中は皆、政治ゲームで莫大な献金を受け取っているという。
受け取る人間がいればそれを渡す人間がいる。
信用などできようか。
だが、マサキさんは信用できる。
彼は行き場のない自分たちを受け入れてくれた。
居場所を作ってくれた。
グループの名は『ジャックナイフ』。
隠れた刃だ。
今回の仕事は男の拉致。
金額は相場以上。
当然、マサキさんは裏を疑った。
相手はどこかの国の財務担当だとか言っていたが、当然、信用できない。
聞けば、標的はとんでもない詐欺師でうまいこと言いくるめて罪を逃れたらしい。
そんな奴に制裁を加える。
そのために誘拐を依頼するのだという。
生け捕りが前提。
ただし、護衛についている人間は殺していい。
最初の男と入れ替わりで現れたそいつはそう付け加えた。
見たことのないタイプ。
うまく表現できない神々しさ。
そんな雰囲気を持つ男だった。
そいつが、前金代わりに置いていったN-PAAは俺たちが喉から手が出るほど欲しいものだった。
仕事は順調。
何人かやられちまったが、男は今、倉庫にいる。
護衛については女も、あれだけ弾丸を打ち込んだんだ。
生きているはずがねえ。
「ここで間違いなさそうだな。」
背後から声がした。
女の声だった。
レイモンドの誘拐の直後、カフェには人だかりができていた。
街中で喧嘩が起きたどころか、銃撃が行われたのだ。
いくらなんでも半グレが暴れたにしては異常すぎる。
土煙の中から1人の女が立ち上がる。
車から放たれた弾丸は全て片翼が受け止めていた。
「ガキどもに重火器か…誰が裏にいるのやら。」
パルは倒れ伏すチンピラたちを避けるように外に出る。
彼らは倒れたままであるが、弾は当たっていない。
パルが翼でガードしたのは彼らを含めてだ。
車の走り去った方向は完全に見失っている。
ハウンドの様な追跡技能は彼女にない。
「まいったな。ちとやりすぎたか…?」
「お困りだろ?」
完全に打つ手なしの彼女に声を掛ける男。
その男の顔を見たパルは目を見開く。
「シュリー…?!」
「久しいなドラゴン。こちらは第二世代天使リトだ。」
シュリーは隣に立つ少女、リトを紹介する。
「初めましてだな。リトだ。」
リトの出した手を払う。
「何の用だ。街中なら手ぇだせねえとでも?オレはそんなに行儀はよくねえぞ。」
殺気を放つパルに気圧される2人。
彼女の言葉に偽りはない。
「ま、まぁ、落ち着けよ。レイモンドが拉致された場所を教えてやろうってんだ。」
「信じると思ってんのか?都合よすぎなんだよ。」
パルは懐からアギトを引き抜こうとする。
「と、とりあえず、話を聞いてくれんか?!」
その腕が引き抜かれる前に、リトは彼女の腕を捕らえ、止める。
リトとパルの視線が交錯する。
リトは天使になってから力勝負で負ける気がしなかった。
それほどの力を得たのは事実である。
一方で、彼が本来、対戦相手として想定されているパルとこうして組み合った際に彼が感じる力関係は動きを止める程度しかできない。という感想を持った。
彼女の持つ力の底が見えないのだ。
それほどの余裕を持っている。
振り払おうと思えば簡単にできる。
「話…聞いてくれそうだね。」
それでも振り払わないのは、彼女にとって、彼らの持つ情報は聞く価値あるものと判断したことに変わりない。
「話せよ。勝てると思ってんのか?」
挑発ではない。
それはリトもシュリーも理解していた。
「レイモンドを攫ったのはジャックナイフという組織だ。」
「どこに行けばいいのか聞いてんだ。」
シュリーの言葉尻に合わせるようにパルは口を挟む。
彼女にとって相手は関係ないのだろう。
実際、彼女ならばどの組織が相手でも壊滅できるだろう。
「ここから西、そこの通りを入って行った突き当りに潰れた商店がある。そこにいるはずだ。」
「はずだ…?」
シュリーの情報が確定でないことにパルは不満を漏らす。
「レッドナイフの拠点はそこだけだ。取引までの間、レイモンドをそこに監禁するのだろう。」
すかさずリトが補足する。
だが、パルの目は納得していない。
「なんでテメエらがそこまで知ってんのかは聞かねえでやるよ。そのうちわかりそうだしな。代わりと言っちゃあ何だが1つ教えろ。あのガキどもにN-PAAを流したのはテメエらか?」
パルの問いに目を合わせる2人。
「N-PPAだと…?!軍隊と関りのないグループがか!?」
「んだよ。テメエらの仕切りでやってたのに知らねえのかよ。オレはてっきり…まぁいい。」
パルはそう言って踵を返すとそのまま飛ぶように走り出した。
「N-PPAを与えたのは君か?」
「まさか。私の裁量ではそんなことはできない…プルトに動きを読まれたのか…」
不穏な空気が流れる。
「ラキエに報告しておこう。下手すればここにプルトが来る可能性もある。」
人混みを縫うように駆け抜けていくパル。
風のようなそれは一直線に路地を進み、突き当りで足を止める。
「ここか。なるほど、歓迎してくれるわけね。」
門の前で待機していた2人の男がにじり寄って来る。
手には警棒が握られており、手元のスイッチで電流を流すことができる。
「もう加減はしねえよ。先に弾いたのはテメエらなんだからよ。」
パルは新造されたアギトを引き抜く。
「お嬢ちゃん怪我し…」
男の言葉を銃声がかき消す。
これまで通りの感覚で引き金を引いたが、その威力は以前の最大出力に近い威力だった。
「ひぃいっ!?」
残った男が情けない声を出す。
「…やりすぎだろこれ…」
パルもまたその威力に驚く。
残った方に照準を定める。
「や!やめろ!おい!そんなもんで打たれたら死んじまう!!」
男の命乞いを意に介さず引き金を引く。
首から上が文字通り消え、残った体だけが倒れる。
彼女の体は否応なくその威力によって生じる反動を相殺するだけの力を込めるのだった。
「喧嘩は終わりだ。」
ゆっくりと敷地の中に入っていく。
地上2階建ての建物。
駐車場には先ほどレイモンドを攫ったものと同じ車種が止められている。
建物の中が先ほどの銃声で騒がしい。
パルは思い切りジャンプすると建物の屋上に降り立った。
そのまま、空いている窓から二階へ侵入する。
横からタバコを吸っている1人の喉へナイフを滑り込ませ、顔の方へ振りぬく。
「ここで間違いなさそうだな。」
その言葉と己の首からあふれ出る鮮血を見ながら1人、事切れる。
パルがナイフを振るうと刀身に付いた血が散弾のように舞う。
「表で銃声だ!」
「正面だ!男はマサキさんが見てる!」
「銃を持ってこい!あの女だ!」
続々と正面の方へ回るメンバーたち。
どうやら入り口から入ってきた相手を袋叩きにするつもりらしい。
数は10名ほど。
正面での銃声が陽動となって2階から強襲。
彼女のシナリオ通りの展開だ。
後は背後から処理していくだけだ。
先に引き金を引いたのが向こうだから。
そう言って引き返しても意味はない。
理屈は理解しているが命を狙われた以上、根本的な解決策を講じることは間違っていない。
(兵隊さんの詭弁…かもな。)
吹き抜けから1階を見下ろしながらアギトを引き抜く。
気付いているものは1人といない。
一方的な銃声が何度も響いた。
前のそれをかき消すように。
アギトから放たれる死の咆哮は下階に地獄絵図を描き出し、無数の悲鳴が木霊する。
そして、その咆哮がきえると共に、それも消えた。
「悪く思うな。なーんて供養にもならんか。」
パルの言葉に返すものはいなかった。
『ジャックナイフ』の拠点、『クローバー』は一見、閉店しているように見えるが、実際にはジャックナイフのメンバーが、酒や食料といった商品を販売する闇市となっている。
商品に違法性はないものの、許可の必要な酒を販売しており、本来、収めるべき税を収めないため、価格が安く、利用者もそれなりに多い。
レイモンドが監禁されたのは1階の奥にある倉庫。
扉に鍵が付いており、商品を壁に寄せてできたスペースに机と椅子が設けられている。
椅子に座り、手には手錠をかけられている。
だが、睡眠薬や拷問などはない。
「いつまでこうしてるの?」
対面に座る男へ声を掛ける。
「黙っていろ。」
対面の男は銃を突きつけたまま答える。
「さっき銃声がしたけど大丈夫なの?」
「黙っていろ!」
怒声が返ってくる。
レイモンドはこの状況を楽しむ余裕さえ出ていた。
おそらく、今突きつけられている銃に弾は入っていない。
傷つけることを許されていないのだ。
それは彼らの意思での誘拐ではなく、第三者からの依頼であることも示している。
また、睡眠薬すら使わないのは彼らがこの仕事に不慣れだとも言える。
「君はここのリーダーだろ?」
「黙れ!殺されてえのか!」
男は銃を眉間に突きつける。
連行の際に受け渡しを担当した男だ。
その際、周囲へ指示を飛ばしていた。
それだけといえばそれだけだが。
「その銃には弾が入っていない。僕を傷つけられないんだろ?取引しないか?」
レイモンドの言葉に男は目を見開く。
交渉に興味がある。ということだ。
「僕らが知りたいのは君たちに仕事を依頼した相手。特にN-PAAを渡した人間だ。」
「依頼人が複数いるような口ぶりだな。」
男はレイモンドの言葉に違和感を持った。
「君たちの状況は矛盾している。傷つけずに僕を誘拐するとする一方でN-PAAの大型火器を複数持ってきている。」
「矛盾はしない。お前の身柄を確保してから銃を使わせた。」
「そうかな?僕を無傷で確保したければ僕が単独でいるところを攫うべきだった。銃なんて必要ないはずだ。」
男はレイモンドの視線に絡めとられるような感覚を覚える。
依頼が2人からだと判明しても特に意味はない。
だが、それが露見するのはマズい気がした。
「僕の考えはこうだ。君たちはある人物、仮にAとしよう。Aから僕の無傷での確保を依頼された。そのあと、同じ組織のBという人物からN-PAAを受け取った。違うかな?僕が聞きたいのはBが何者でどういう仕事を依頼したかだ。」
「依頼元を明かすと思うのか?」
「思わないね。でも君は僕から視線を外した。それだけで十分だ。君もBが何者か理解していない。N-PPAを渡されたのは護衛を殺していいと言われたんだろう?」
男は表情を崩したつもりはなかった。
言葉巧みに情報を引き出すこの男を相手にはわずかな視線の揺らぎも許されないだろう。
だが、無表情を貫こうとすればそうするほど反射的な動きが目立つ。
事実、彼はレイモンドの仮説に眉をひそめた。
沈黙。
先ほどから聞こえていた銃声は聞こえなくなっていた。
「イエスかな?Aの仕事には護衛の話は含まれなかった。だが、Bは…」
「お前の要求はなんだ。」
男はレイモンドの言葉を遮った。
銃声が聞こえないのは建物内の戦闘が終わったことを示す。
そして、護衛の女を殺したとの報告もない。
「僕をこのまま引き渡してほしい。受け渡しは『教会』だろ?」
レイモンドは完璧に状況を読んでいた。
相手が悪かったのだ。
扉が蹴破られ、入ってきた女に銃を突きつけられながらそんなことを考えていた。
次回は土曜日。
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