2-10 私と可愛い人
龍の国陸軍第二機甲小隊【軍事情報】
龍の国に存在していた陸軍の小隊名。
第一機甲小隊が前線での戦闘行為を担当する一方、第二小隊は後方支援として、物資の輸送及びその護衛や前線基地の防衛などを担当していた。
隊長はルビリア・アリアンナ。
風の国の軍隊が龍の国北東に侵攻してきた際に偶然遭遇。
敵部隊を退けたものの隊長含む隊員5名は死亡した。
以降は軍縮の影響から第一小隊が業務を兼任。
最終的にトータスの軍部長就任とともに行われた陸軍再編計画にて機甲小隊そのものが消滅。
陸軍第二小隊がその業務を担うこととなった。
パルはレイモンドがシュリーの行方を探すことになったが、それまではハウンドの娘と絡むことになるだろう。
そんなことを考えながらぼんやりと外壁のそばでタバコを吸っていると一台の車が止まる。
「吸いすぎは体に毒よ♡」
ママの言葉にパルは笑う。
「今更だね。」
握手を交わす2人。
そして、ママの後ろからこちらの様子を伺う少女。
フードを被っているが以前に滝の国で見たハウンドの娘であることはすぐにわかった。
「こうして話すのは初めてかな?オレはルビリア・パルだ。話は聞いてるよ。」
パルはセッカにも握手を求める。
「はい。私もママさんから聞きました。セリンスロ・セッカです。」
セッカは握手に応じる。
パルの手はもっとゴツゴツした手かと思ったが驚くほど綺麗でひんやりとした手だった。
「ホテルを用意してる。オレも何日かそこにいるよ。」
「あら♡あなたも忙しいの?」
ママの言葉にパルは少し驚く。
龍の国、そして天の国での一件は国外へは報道されていないのだろう。
「ママが暇なんじゃねぇのか?」
「あらやだ♡大体わかってるわよ♡私が聞きたいのは龍は何か知ってるのって話よ♡」
パルは、どうだかね。と答えて車に乗る。
彼女が今追おうとしている鉄の行方。
それは端的に言えば個人的な話でもある。
それ故、巻き込むのは気が引けたのだ。
3人の泊まるホテルは龍の国の王城に程近い場所にある。
部屋はベッドと机があるだけのシンプルな部屋ではあるが、土産物屋やレストラン、スパといった施設を有している。
先月になってようやく営業を再開したのだが、観光客向けのこのホテルを利用するものは少ない。
パルとセッカは隣同士、ママは2人の部屋の一つ上のフロアへ案内された。
「案内してもいいが、ハウンドにやらせた方がいいだろ?」
パルはそう言ってエレベーターを降りる。
セッカもママも頷き、各々部屋へ向かう。
パルは部屋へ入り、内装を確認するとセッカの様子を見にいく。
「オレはちょいと外に出るけど大丈夫そうか?」
「えぇ。大丈夫だと思います。」
パルは、あいわかった。と返すとホテルを出た。
セッカは部屋に置かれた水を魔力式のケトルに注ぎスイッチを入れる。
コーヒーでも淹れて一息つこうと考えたからだ。
ふと外に目をやると沈んでいく夕陽が眩しかった。
パルは城下町の雑貨店でタバコを買ってから陸軍の庁舎へ向かっていく。
街ゆく人々の表情は明るい。
龍の国の復興もほとんど終わったと、そう感じるに十分なほどだ。
そんなことを考えていた時、思わず振り返ってしまう。
(そんなはずは…)
人混みへ流れていくその人を追いかける。
「待ってくれ!」
パルは思わずその人の手首を掴んで止める。
「ん?パルじゃねぇか。」
相手はオルカだった。
普段は乱雑に伸ばしている髪を今日は後ろでまとめていた。
「あ…あぁ、悪ぃ勘違いだ。」
そう言ってバツの悪そうな顔をするパルをオルカは悪戯っぽく笑う。
「ん?誰と見間違えたんだ?お?髪か?これだろ?」
オルカは楽しそうに髪を振る。
「あぁそうだよ!姉妹揃ってよく似てやがる!」
パルはわざとらしく手を振ってから離す。
姉妹ということもあってか視界の端に入ったオルカがアリアンナに見えたのだった。
「あははははは!いやー、髪がちょいと伸びてきたもんだからまとめてたんだよ。」
オルカは声をあげて笑うとパルの頭を軽く何度か叩く。
「おうそうだった。おめぇに渡しとくもんがあるんだった。」
オルカはそう言うとポケットから手のひら大の小さな箱を取り出す。
「んだよ。これ。」
パルは受け取って振ってみる。
中から音はしない。
中身が詰まっているようだ。
「開けてみな。こないだ実家に帰ったら見つけてよ。」
言われるままパルが箱を開けると赤い宝石のはめられた金の指輪が収められていた。
「アリアンナが用意してたんだよ。なんのためかはわかんねぇけどな。」
パルは指輪を取り出し、宝石に光を当てる。
加工されたそれは光を内部で屈折させより一層輝きを増す。
観賞用の石ではなく何かしらの細工が施された魔法石のようだ。
「お守りってことか?」
パルは右手の中指に嵌めながら呟く。
オルカも指輪の石に細工が施されていることは理解しているようで、
「じゃ、ないかね?このカードがあっただけだ。」
と言ってカードを渡す。
『ドラゴン、ちったぁ着飾ることも覚えな!』
乱雑な走り書きのメッセージが綺麗なカードに認められていた。
パルはその文字と言葉に懐かしさを感じる。
「人のこと言えんのかよ。アリアンナ…」
感傷に浸る彼女をみて、オルカもまた同じような感想を持ったことを思い出していた。
「んじゃアタシは帰るよ。」
オルカは振り返って歩き出す。
「サンキュー。おねぇちゃん。」
少しわざとらしいパルの言葉を背中で聞き、返事をする代わりに手を振る。
パルは指輪の石を撫でると、アリアンナの声がした気がした。
オルカと別れた後、パルは商店でクッキーなどの菓子を買うとホテルに戻った。
セッカの口に合うかわからないが、彼女と話すための口実が欲しかった。
彼女の部屋の前に戻ったパルは大きく息を吐いてドアをノックすると、気の抜けた声で返事をしながらセッカが扉を開ける。
「ちょいとお茶でもいかがかな?」
キザっぽいく声を掛けるパルをセッカは笑う。
「なんか似合わないですよ。」
「ん?そ…そうか?」
「えぇ。なんかもっと普通にしていてもいいと思いますよ。」
普通とは何だろうか。パルはそう思いながら部屋へ招かれる。
「口に合えばいいんだが…」
そう言ってパルは買ってきた茶菓子を開ける。
いいですね!とセッカは軽い足取りでコーヒーの準備を始める。
世間話を始める2人。
中身のないと言えばそれまでだが、パルはセッカが自分の想像以上に落ち着いていると感じた。
彼女の語る情勢はおおよそ正確であり、今後の問題点も捉えていたからだ。
「よく知ってんな。それに、先も見えてる。」
パルは少し突っ込んでみる。
「そ、そうですか?パルさんみたいな方にそう言ってもらえると嬉しいです。」
セッカは恥ずかしそうにコーヒーを飲む。
そんな彼女の様子を見て、パルは笑う。
「謙遜するこたぁねぇよ。複雑な状況を冷静に見れるってのは大事だ。」
「じ…実は私、夢が…ありまして…」
「聞かせて欲しいな。もちろん誰にも言わねぇ。」
セッカは一呼吸おく。
「私、学校の先生になりたいんです。少しずつですけど目が見える時間も増えました。だから、今よりもっともっと勉強して、先生になりたいんです!」
熱のこもった言葉をパルは頷きながら聞き届ける。
以前にハウンドに教師に向いていると言ったことをなんとなく思い出した。
「いいじゃねぇか。そん時はオレも教わるかね?」
パルの言葉にセッカは首を傾げる。
「あー…オレは孤児だったんだよ。学校で勉強なんてしたことなくてな。必要なもんだけ周りが教えてくれたのさ。」
セッカは目を伏せる。
気まずい空気になったことをパルは悔いたが、あえて続けた。
「事実、各国大小あれど孤児に関する問題は抱えている。無論難民もな。大同盟として施策は打っているが全てを救うのは難しい。軍縮とテロリズムの横行。これによって戦死者の平均年齢は下がっている。その一員としてあるのが孤児を訓練して使う少年兵の問題だ。」
教団ばかりが注目を集める一方、半グレの集団とも言えるRISEの末端組織などでは少年兵の問題があった。
難民の子供達にN-PAAなどの扱い方を教え、時に戦力として使う。
少年兵となった者たちは生きるために銃を取り、その弾丸は軍人ではなく民間人に向けられる。
少年兵による山賊、海賊行為に関しては更生を求める声などもあってかなり後手に回っている。
「それは…変えられるんでしょうか?」
先ほどまでと打って変わって重くなった空気の中、セッカは問いかけた。
「みんな変えたいのは同じだろうけどな。ただこういう状況を『都合がいい』と考えている連中がいるのも事実だ。だからこそ、オレたちは同盟軍として、軍人としてやるべきことをやるしかねぇんだろうな。」
話を切り出したパルでさえ、この問題の答えは持っていない。
根の深い問題なだけに一個人の感性だけで話が進まないというのもあった。
「オレたち軍人は人を殺すこともある。けどそれだけが仕事じゃねぇ。大同盟としては少年兵の保護プログラムを作りたいと考えているようだし、それに伴って非正規の軍隊、特に国籍不明の自警団の撲滅も考えている。」
「撲滅って…殺すってことですか?」
「どうだかね?単純な武力行使じゃなく、解散させるように要求するってのもある。解散後はそれぞれ働き口を斡旋して軍人やりたい奴がいれば大同盟として訓練する。そういうやり方もある。」
セッカの反論をパルは冷静に返す。
軍人は人殺し。
その考えがセッカにあることを見抜いたからだ。
「でもそんなことをすれば難民がまた問題に…」
パルは舌を巻く。
20歳にもならない彼女がそこまで考えられるとは思っていなかった。
少なくとも彼女がセッカと同じくらいの頃は考えられなかっただろう。
「その通りだ。だから全部解決する方法を考えるしかない。そしてそうやって政治屋が頭を回すのを邪魔する存在がいるのも事実だ。そういうのを片付けるのもオレ達の仕事だ。殺すことに変わりはねぇけどな。」
セッカは答えない。
聞くべきか悩んでいた。
パルは待った。
彼女が言わんとすることを察したからだ。
「私は…私の父は人殺しですか?」
「えらく端折ったな。」
セッカの結論をぶつけられたパルは笑う。
「おかしいですか?」
セッカはむっとして返す。
「いや。ちょっと驚いたよ。答えをストレートに求めるのは嫌いじゃない。」
そう言ってパルはカップを口に運ぶ。
冷たくなったそれを飲み干す。
「はっきり言えばあいつは軍人としてタブーを犯した。相手がなんであれ民間人に手を出すなんてのは軍人でも御法度だ。上手いこと処理されたのかもしれんが正しくはねぇ。そういう意味では君の言う人殺しだ。」
パルは一息入れて続ける。
「けど父親として間違っちゃいなかったんじゃねぇかな、とも思う。やりすぎではあるが、あいつだって必死だったはずだ。目の前で大事なもん傷つけられそうになったんだしよ。」
人殺しではあるが善良な人間を殺したわけではない。というのもまた事実だ。
それでもセッカは納得できない。
「でも殺すなんてことは」
「まぁそう言うな。相応のケジメは付けさせるさ。」
パルはセッカの反論を遮る。
彼女自身、今回の一件について思うところがあるのは事実だ。
冷静な対処ができなかったのは単にハウンドの不器用さなのかもしれないが殺した事実は非難されるべきことでもある。
「それに結果として君は強姦されずに済んだ。それは感謝しとかなきゃじゃねぇのかな?」
パルの言葉にセッカは目を伏せる。
一方的に拒絶してしまったことは救助された側として相応の態度とは言えない。と振り返って思ったのだ。
「オレが思うに、君の本音の部分は多分そこじゃない。」
セッカは顔を上げた。
自分の中で引っかかる部分があることを見抜かれたからだ。
それは自分の父が軍人であるという事実に起因するが彼女自身、具体的に表せない何かだった。
「君が悩んでるのは君の親父さん、つまりハウンドが簡単に人を殺すような人間なのか?って話だろ?」
セッカはようやく形になった自分の気持ちに目を見開く。
いや、直視することを避けていたとも言える。
「オレが言っても贔屓っぽく聞こえるかもしれんが、あいつは君が思うようなタイプじゃないよ。」
『ドラゴン!決着はついた!圧勝した以上、これ以上の侵攻はない!殺す必要はない!』
過去にそう言ってある兵士を殺させなかった彼を思い出す。
震える手で自分の腕を押さえ、倒れ伏す相手との間に割って入った小隊長。
当時はコードネームすらなかった。
「うん。あいつは間違っても快楽殺人だとか人を殺せるから軍人やってるとかそういうタイプじゃねぇ。嫌なんだろうな。戦争なんて。戦いなんてよ。でもあいつ自身、戦うことしか平和への道が見出せない。だから戦うし殺す。極端な話、敵がいなくなれば平和になるってそう考えてるのかもな。」
セッカは胸が苦しくなった。
理由はわからない。
ただ、今はもう一度、彼と会って話したいと思っていた。
「あいつとの付き合いもそれなり長いからよ、なんとなくわかるんだよ。昔からあいつは震えながら戦っていた。段々隠すようになっていっただけだ。敵と戦うことで平和を目指す。そうやって恐怖を闘志に変換してやってるだけであいつ自身は善良でまともな人間なんだよ。」
パルは彼と再会した時のことを思い出す。
暗がりの中、5年ぶりにあったあの時、変わらずにいた彼のことを。
「ま、あとは会って話すといいや。オレができる話はそれだけだ。あいつはオレと違ってまともだよ。少なくとも君が思っているほどヤバいやつじゃない。だから君の近くにいることを選んだ。滝の国でコソコソしててもよかったのにな。」
そう言ってパルは立ち上がる。
自分とは違う。
親の顔さえ知らず、自分の名も年齢もわからぬまま生きることだけを考えてきた自分。
家族を持ち、少しでも皆が平穏な暮らしができるようにと奔走する彼。
自己的か利他的か。
それが2人の違いだった。
「最後にいいですか?」
部屋を出ようとするパルにセッカは声をかける。
パルが足を止めて振り返るのを待ってセッカは続ける。
「貴女は父のことをどう思っていますか?」
「どうって?」
「あー…なんかすごく嬉しそうに話すので。」
パルは頭をかく。
「その…ほら!あー…いいやつだよ!うん!めっちゃいいやつ!」
セッカは立ち上がって距離を詰める。
納得していない目だ。
「それだけですか?」
「いや…もうホント勘弁して…」
10歳以上離れたセッカに詰め寄られるパル。
「ママさんから聞いたところによるといい感じだと。」
「そそそそそそそそんなわけねぇだろ!オレとは釣り合わねぇ!」
セッカは満足したのか笑う。
揶揄われた。とパルは思った。
「ごめんなさい。そんなに可愛い反応するとは思わなくて!大丈夫です。私はパルさんみたいな人なら問題ないですよ!」
「どういう意味で?!」
パルは赤面する。
「それは…私が言ったら面白くないじゃないですか。今日はありがとうございました。楽しかったし、嬉しかったです。」
生返事をして部屋を出たパル。
セッカの、問題ない。という言葉の意味が一つしか思い当たらない。
それを認めたくないという感覚が彼女を支配した。
部屋に戻って寝たはずだが、記憶にない。
だが、珍しく何かいい夢を見た気がした。
次回は土曜日。
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