1-50 龍と龍(ドラゴン)
48 龍と龍
大地の龍【抹消済】
(抹消済)
龍がいた。
空と地と海に。
龍は雲と共にあった。
龍は山と共にあった。
龍は波と共にあった。
龍は人と共にあった。
龍の恩恵は人を、動植物を豊かにした。
しかし、その恩恵の独占を目指すものが現れ始める。
労働を拒否する者が現れる。
略奪と暴力。
それらに対する自衛としての暴力。
いつしかそれは組織となった。
賊と軍隊である。
龍はどちらの味方もしなかった。
悲しみが世界を包んでも龍は静かにそこにいた。
そして変わらず恵みを与え続けた。
龍にはそれしかできなかったのだ。
自らが動けば。
自らが死ねば。
人はどうなるのか。
自然はどうなるのか。
そう思うと、動けなかった。
彼らは待ったのだ。
人と人が歩み寄ることを。
しかし、人は変わらなかった。
闘争によって生み出された職を持つものが生きるには闘争が必要だった。
人の数が減っても闘争が必要だった。
人が次に目をつけたのが龍だった。
龍は尋ねた。
人よ。何故、争うのだ。何故、闘争を捨てぬのだ。
人は答えた。
龍よ。人は最早、闘争なしに生きることはできぬ。
その答えを聞いた龍達は1つの答えを出した。
龍は消えるべきなのだと。
例えその後、人が自滅の道を辿ろうと。
洞窟の奥に到着したドクとレイア。
その奥には巨大な何かがこちらを見つめていた。
血のような真紅の巨大な瞳が怪しく光る。
「あなたは…い…一体…」
レイアの震える声に巨大なそれは驚く。
「なに?!なに!?もう来たんか!?」
巨大なそれが慌てて起き上がると天井に頭をぶつける。
「いったぁぁああああ!?暗いんじゃが!痛いんじゃがあ!?」
呆気にとられる2人。
巨大な頭がぶつかったことで天井が崩れ、わずかに光が差し込む。
「りゅ…龍…!!」
ドクが呟く。
「ひ…人が来るのは久々よ。用件はなんじゃ?」
「パル…龍の国のドラゴンという兵士を助けてほしい!」
龍の問いかけにドクはすかさず答える
しばしの沈黙。
「うん?あ!あいつそれに入っとんだな!」
龍は得心すると同時にその目が光った。
すると、地面にあった冷凍装置の下の地面が盛り上がり、龍の顔の高さまで伸びた。
「ふんふん。死んどらんならどうにでもなるわい。」
再び目が光る。
装置が崩れ、パルの体があらわになる。
龍の髭の1本が彼女の腕に刺さった。
「しかし宝剣が本当に残っとったとはのう。」
龍は独り言をブツブツと並べながら治療をしている。
「た…助かるですよね?」
レイアの不安そうな声にドクは、多分。と情けなく答える。
「どうじゃ?生まれ変わったようじゃろ?」
「寝起きでテメエの面なんぞ見たくなかったぜ。オレはよ。」
パルは起き上がると、龍に中指を立ててみせた。
「パル!」
レイアは感嘆の声を上げた。
パルは高台から飛び降りる。
「ご心配、おかけしました。ルビリア・パル、帰還します。」
「はい、信じていました。私の龍。」
レイアが右手を差し出すと、パルはその手の甲に口付けする。
「龍よ、まだ輸血が済んでおらん。戻ってこい。」
「客人が来てんだぜ。椅子の一つぐらい出してやるのが筋ってもんだろクソジジイ。」
パルの答えに龍は、そうじゃな。と肯定する。
三度、目が光ると地面が動き、石の椅子が生まれた。
自然を操る龍の力。
伝承は信じないと言ったドクだが、ここまで彼の知る伝承通りとは思っていなかった。
「さて、暇じゃしなんか話題ないかのう?」
(こんなにフランクな人柄?なんですね…)
見た目から威厳のある存在をイメージしていたレイアはその真逆の性格を持つ龍に驚き、逆に話しにくさを感じた。
「この方がドラゴ・レイア。次の王だ。」
再び龍の髭から輸血されていたパルはレイアを紹介すると、龍はじっと彼女を見つめる。
「なるほど、ドラゴの子だ。久々に見たが、あれによく似ておる。」
あれとは?レイアが口にした疑問に、パルは、初代国王。と答え、さらに龍は補足する。
「そうじゃ。ドライムはそりゃ弱いやつじゃった。喧嘩すれば老人にも負けるような奴じゃ。しかし意外なことに…というか周りがそんな虚弱なやつをほっておかんかったのだろうな。あやつの周りには多くの友人がおった。」
ワシを含めてな。と語る龍の目は懐かしさを感じる。
「でも龍戦争が起きた…」
レイアは歴史をなぞる。
「あったのう…ワシら龍は人に嫌われていった。龍の一族と呼ばれる連中が海のところにおったりしたが、反発した天の奴が人と争いを始めた。」
龍の言う『海の』そして『天の』はそれぞれ大海の龍、天空の龍を指す。
大地の龍は語り続ける。
「人と龍の争い。ワシと海のは天のやつが負けるとは思っておらんかった。しかし、あいつはあっさり負けおった。それでワシらは気づいた。龍の時代は終わる。龍は死に、歴史の中の存在になる時が来たのだと。天のやつはその意思を示したのだ。続いたのは海のやつだ。あやつを敬愛しておった龍の一族がおったが迫害同然の扱いを受けてな。心を痛めたあやつは人に喧嘩を売って、そしてあっさり死んだ。」
静かに紐解かれてゆく歴史。
龍の一族とは現在の港の国を中心に活動していた集落で龍との交流を行っていた。
大海の龍もまた、一族の願いを聞き自然界のバランスを崩さぬ範囲で大漁を起こしたり、船を守ったりした。
しかし、人々の龍を討つべきという嘲風は天空の龍の死亡と共に一気に高まる。
龍の一族はそれを否定していたが、龍からの独立を掲げる派閥からすれば、龍の恩恵を独占し依存し続けようとする存在に見えたのだ。
後の流れは大地の龍の語る通りではあるが、大海の龍が死した後も龍の一族に社会的な居場所はなく、そのまま離散している。
「残ったワシも死ぬつもりでいた。一度表舞台から消える。そうすることで人々が満足するのならそれはそれで良いと考えておった。」
パルは以前に聞いたことのある話だったが、『一度表舞台から消える』という表現は過去になかった気がした。
そして、今、龍の語っている歴史には裏があるのではないか。そう直感した。
「あやつはワシに生きるべきだと言った。友として、人と龍はこれからも共存できるとな。ワシはその言葉が嬉しかった。しかし、あやつの周りにいるあやつの友人達はそれの考えを改めさせようとした。」
龍はため息をつく。
髪を煽られたパルが舌打ちしたが無視して話を続ける。
無視しているというより回顧に集中して気づいていない。
「そんな折、宝剣が届けられた。3本の竜を殺すための剣。その最後の一つがドライムに届けられた。皆の意見は割れ、何度も議論が行われた。そして、結果として殺すこととなった。その話はワシの元にも届いた。せめてもの情けとして抗戦するかそのまま死ぬか選べとな。じゃからワシは死ぬことにした。その日の夜、ドライムのやつが宝剣を持ってワシの元に来た。」
伝承ではここでドラゴ・ドライムが大地の龍を殺害する。
そして龍の返り血を浴びた彼の髪は『龍の血と同じ真紅に』染められた。
「じゃが、あやつはワシを切らんかった。」
『龍よ、身を隠すのだ。皆には私が殺したと伝える。だから、今は身を隠してくれ。必ず、悠久の時を生きるお前の元に再び、人と龍の共存を望むものが現れるはずだ。それまで待っていてほしい。私が死に朽ち果てようともこの思いを枯らすことはしない。そしてもし、再び人と龍が生きて行けるチャンスが来たらその時は、その人を私だと思って、再び人と生きてくれ。』
龍は友から贈られた言葉を思い返す。
これが伝承と真実の最大の乖離となる。
大地の龍は死なず、ドライムの赤い髪は話が伝播する中でつけ加えられた創作なのだ。
また、メトラヌス手稿のように大地の龍の存在を後世に伝えんとするそれが存在し得た理由でもある。
メトラヌス手稿は龍戦争から150年後、大地の龍の生存と人の減少の両方の事実を伝えるためのものである。
また、龍戦争とは正確には龍との交戦だけでなく、その後の権力闘争及び国家の乱立を含んでおり、実際に人が大幅に数を減らしたのはこの権力闘争によるものだ。
「それが全ての真相だ。宝剣はドライムの子孫が引き継いだと思っておったが、前に此奴から聞いた感じじゃとソラウの一族へ返却されたようだのう。」
宝剣は龍との戦いのために人が作り上げた呪詛兵器とも呼ぶべきものだ。
生命を否定する剣。
それに斬られた傷口は治癒することはない。
パルの傷口を塞げたのは彼女の傷口の呪詛を受けた部分を削り、残った組織から再生させたからだ。
無論、このような芸当は龍以外にできない上、対象が龍の血を持つパルだからこそできたことだ。
宝剣は龍を討つためのものであるためか、天空の龍、大海の龍の討伐と共に破壊されている。
伝承では剣の現存は、剣を失うことなく龍を討った英雄ドラゴ・ドライムという人物像を逆説的に補強する材料でしかなかった。
「そしてワシはここにずっとおった。30年ほど前に人間がワシの血を求めてきたがそれ以外、来客さえなかった。此奴を除いてな。」
血を求めてきた人間が誰かは語られなかったが、ここで採取された血はサンプルとしてドクへ渡り、さらにマイセン。そしてパルへと注入された。
パルも初めて龍と自分の昔話を始める。
「オレはこの龍の血を入れられたキメラ兵士の亜種です。ドクの言葉を借りれば『人工亜人種』か。」
ドクトル・シュナイダーの提唱した『人工亜人種』とは、人間に別種の動物の血や臓器を移植することで肉体の再生を図るものだ。
だが、倫理的問題や、ドク自身、あくまで構想に止め深く研究することはなかった。
これに目を付けたのが、天使を生み出した教え子のマイセンだった。
彼はこの理論を元に人の力を後天的に与える龍計画を提唱。
第一号としてドクの持つ詳細不明の黒い血を孤児に注入することで新たな英雄を生み出したのだった。
「オレの中にはなんとなくこの場所への興味があったんです。ある日、オレはドクにも内緒でここへ来て、龍にあった。血が導いたといえば美談ですけどね。」
そう言ってパルは笑うが、レイアもドクも龍も黙っている。
『童、なぜここがわかった?』
『わからない。ただずっとここが気になっていた。』
『そうか。お前さんの血か…お前にはこの世界の歴史、その真実の全てを教えてやろう。』
龍はかつて少女と始めた交わした言葉を思い出す。
「お前のう、そう言う表現はよさんか。」
龍のツッコミにパルは怪訝そうな顔をする。
「てか、ジジイ。テメェまだ隠してることがあるな?30年前に血を求めてここへ来たのは誰だ?」
パルの問いに、
「わかるわけないじゃろ、奴ら名乗らずにいきなりワシを拘束して血を抜いていったんじゃぞ?」
龍はあっけからんと答える。
パルは再び舌打ちして、先ほどの疑問を投げかける。
「テメェはさっき『一度表舞台から消える』っつたな?どういう意味だ?他の2体の龍は死んだんだろ?」
龍は図星をつかれたのか、あっ…と漏らす。
しばし遠くを眺めた後、観念したように語る。
「頼むからワシのこと以上に他言無用でな?ええかい?龍は死んどらん。あくまで姿を隠しただけよ。今も雨は降り海はさざめいておるじゃろ?」
パルを含めた3人は息を呑む。
パルすら知らなかった事実だ。
「ま…待て…龍が生きている…?」
「そう言った。混乱するじゃろうからお前にも言っとらんかった。」
「何が『歴史の真実を全て話す』だ。大嘘じゃねぇか。」
パルの呟きに龍は笑う。
「いやぁ、悪かった悪かった!お前に教えるのも気が引けてなぁ。ワシの一存で決められんし?みたいな?」
続々と明らかになる事実。
それに圧倒され続けるドクとレイア。
その後、パルへの輸血が終わり、外に出る。
「お帰りなさい♡」
ママはパルを見ると安堵したように手を振る。
星が瞬く夜、月は変わらず静かに彼女たちを照らした。
次回は水曜日




