1-47 歴史の真相
メトラヌスの手記【特定取扱注意情報】
【検閲対象情報(項:その他に分類される事由)】
【削除協議中】
孤島の廃棄された小屋で発見された手記。
発見者の海洋探検家メトラヌスにちなんで名付けられたとされる。
また、以下の抜粋部に関しては龍の生存という本来の歴史と異なる記載があるため、創作物として扱われている。
一方で、大書堂によって一部文章が不開示になっており、該当箇所について度々議論の的になる。
以下、抜粋(原文)
ここには3体の龍がいた。
空と海と大地に龍がいた。
龍は人に恵みを与え、人は龍を敬った。
龍は人に災いを与え、人は龍を嫌った。
ある時、人は龍を討つべく戦いを起こした。
龍戦争と呼ばれたそれは多くの犠牲を伴って勝利した。
空も海も龍の黒い血に染まっていたが、今はもう消えてしまった。
人の勝利に大地の龍が協力したが、今、それを覚えているものはいない。
(ここまで抜粋)
パルの言葉にカインは狼狽えるしかなかった。
彼自身、剣心会の使命が人ならざるものの討伐であることを理解してはいたが、それを人の道を踏み外し、人の心を捨てたものであると結論付けていたからだ。
大地の龍の生存。
パルの虚言だと普段なら突っぱねたかもしれない。
しかし、目の前で流れる血が、かつて海と空を暗黒に染めた黒い血が圧倒的な説得力を持っていた。
パルが仕掛ける。
身体強化魔法を使った短距離跳躍は剣聖に防御を許さない。
彼女の膝蹴りが顎に直撃する。
意識を断ち切られそうになるが、彼の頭の混乱はそれを許さない。
龍。
龍の生存。
龍のキメラ。
己の剣。
仰け反ったところを背後に回られ、側頭部への回し蹴り。
しかし、考えれば考えるほど合点がいくのも事実だった。
床に叩きつけられるように倒れる。
倒されてもなお、思考の暴走は止まらない。
全てはパルの言葉の通りだったかもしれない。
理解していたはず。
座り込むようにして体を起こす。
己の剣と剣心会の存在意義。
そして龍の国という名前。
死角からの高速低空ドロップキック。
首が繋がっていることが奇跡のような一撃はついにカインの意識と思考を闇へ落とした。
視界の外側から迫る闇の中、彼は最後に師であるカドゥの行動の意味を理解した。
龍を討つための宝剣を自分に授けた後も使命に殉じたのだ。と。
そして、その覚悟をさせたのは他でもない自分自身なのだと。
カインの思考は闇に飲み込まれ、体は意味を失ったように感じる。
彼自身、このまま目覚めることはないだろうという確信のようなものを感じていた。
『悪かったのう…』
声がするが闇の中でその主を見つけることができない。
『我が師…』
姿は見えなくとも幼少の頃から自分を育ててくれた大恩の師の声を忘れることはない。
『ワシら剣心会の宿命。もう御伽話だと思っておった。しかし、ワシには見えてしまった。龍の血を持つ存在の到来を。』
カインは師との最後の会話を思い返す。
その答えは昨夜の行動によって証明されている。
『ワシの遺志を引き継げとは言わんよ。正義は己の剣にある。そう信ずることができるようにお前たちには教えてきた。』
師の言葉をカインは否定する。
『小生は先生の遺志を引き継ぎます。龍を討つ。それが僕の小生の剣です。』
カドゥは答えない。
それは呆れや困惑ではない。
弟子が己の剣を信じ覚悟を決めた。それを後押しする優しいものだった。
『早く起きるがいい。あの子はすぐそこだ…』
遠のいていくカドゥの声。
それと同時に指先と足先から電源が入るように力が漲っていくのを感じていた。
剣聖が気絶したことを確認したパルは身体強化魔法を解除する。
大きく消耗しており、珍しく肩で息をしている。
大龍哮砲で消費した魔力量は12連龍頸の比ではない。
パルはふらつきながら倒れ伏すカインの元へ進む。
ノーサイドの握手などではない。
アギトを引き抜く。
殺し合う相手との決着はどちらかの死。
戦場のルールを理解した上での行動だ。
アギトにプールされていた弾丸で頭を撃ち抜く。
歩くことができれば決着となる。
パルは焦点の合わなくなってきた視界で剣聖の頭に銃口を押し付ける。
引き金を引こうとする瞬間、カインの手はアギトのスライドを掴み、握力のままに粉砕する。
「龍を…討つ…!」
カインの目に灯る殺意と覚悟。
パルの目に灯ったのは恐怖と絶望だった。
「ふ…ふざけんじゃねぇ!」
パルはアギトの残骸を投げ捨て、再び身体強化魔法を起動し、拳を振り下ろす。
しかし、そこにカインの姿はない。
シュクチだ。
倒れる時に足の指が曲がるようになっていたのが功を奏した。
低空に伸びるようなシュクチで距離を取り、あの構えを取る。
「我が師よ!天命の元に今こそ剣心会の威信と誇りを!」
パルはその構えを知っていた。
半神天羅。
連続のシュクチによる超加速と剣撃の高速乱撃だ。
視界からカインが消える。
両者の移動速度に大きな差はない。
しかし、大剣という獲物の都合かカインの攻撃速度は素手のパルに劣る。
もっとも、この条件に限った話であるが。
先に動いたのはカインだった。
着地した彼女へ向けて突きを放つ。
彼女は舌打ちした後、足を引き上げ、回避する。
剣が床に突き刺さる。
パルは好機と見て上げた足でそのまま踏み込む。
右の肘を左の首筋に叩き込む。
ぐらつくカインの左手首を掴むとそれを引き込む。
今度は右から回り込むように頸椎の辺りへ肘を叩き込んでいく。
離れようとするカインの手首を引き、再び肘。
4発目にカインは逃げることをやめ、剣を捨て寸頸での反撃に出る。
パルはそれを視界の端で捉えると、引き込みながら頭突きを放ち、カインと距離を取る。
が、カインはシュクチによる加速をつけた頭突きを放つ。
カインは顔だけでなく全身にダメージを負っている。
消耗量では五分五分。
カインの剣は今、後方にある。
シュクチで後ろに下がっての回収が定石であることは彼も理解していた。
だが、自分と同じ速度域が相手であればそんな余裕はない。
「ヤマギ一刀流…夢刃拳…」
ヤマギ一刀流夢刃拳。
業ではなく、反復練習に分類される。
高速の手刀によって遠距離への攻撃の感覚を掴む。
刀を握らずに感覚を掴み、その速度で刀を振る訓練へとステップアップするのだ。
だが、カインほどの実力者が放つそれは切れ味を持った兵器となりうる。
カインの右手が鞭のようにしなる。
無数に放たれる空気の刃。
相応の実力がなければ刃を見ることすらできない。
だが、それは人対人においての話である。
パルは刃を回避しない。
「龍閃の5番…龍闘武舞!」
パルが龍閃を使っていなかったのは消耗によるものだけではない。
魔力を断ち、傷を塞ぐことを妨害するそれが、パルに回避以外を許さなかった。
長所とは当人にとっての普通。
故にカインは己の長所が消えていたことに気づいていなかった。
パルは風の刃を蹴散らしながら突っ込んでいく。
カインは右の拳を振り下ろすが、パルはそれを左手で受け止める。
パルもまた右の拳を放つがカインの左手に捉えられる。
手四つのまま、額を激突させ合う。
パルが頭を離し、2撃目の頭突きを放とうとする。
カインはそれに合わせるように、パルの左手を振り払う。
パルは振り払われた左手に魔力を込める。
振り払った反動をつけて放たれるカインの右ストレートを迎撃するようにパルの左手が伸びる。
「龍閃の…3番…!」
2人の手が激突した瞬間、風船を割ったような炸裂音と共にカインの右腕は破壊される。
カインは思わず後ろへ下がる。
(この業…!)
カイン自身初めて味わった技ではあるが、己の師を殺害した技を見間違うはずもない。
龍閃の3番、龍頸。
魔力を流し込み内部破壊を引き起こす技だ。
カウンターとして放たれた今回のそれは、そのまま力を返すようにも働いた。
指の一つも動かなくなった右手を見つめるカイン。
(これ以上は危険か…)
カインは残された左手で剣を取る。
右腕の損傷に加え、出血量も無視できない域に達している。
カインは決着への覚悟を固めた。
一方のパルもカインと同等の域にあった。
カインを拘束するだけの力もなく、あっさりと自身の急所となる宝剣を取らせたことからも明白だ。
膝をつき、なんとか呼吸を整えようとする。
しかし、龍闘武舞、龍頸の使用はパルの魔力のほとんどを使い切る形になった。
彼女の思考には勝利や勝負というものはなかった。
仮にあったのならば、最後の龍頸はカインの頭か体を狙い、死亡させるべきだったのだ。
彼女に今あるのは単純にして、原始的な生存という本能だけだ。
カインが剣を構える。
半神天羅だ。
パルはなんとか立ち上がるが、身体強化魔法を起動しなかった。
二、三撃防いだところで無意味であることを彼女は理解していた。
(勝負は2発目…)
再び加速するカイン。
しかし、蓄積されたダメージはこの奥義の肝となるシュクチを常人では捉えなれないものにまで落としている。
パルはカインの動きが緩み、目の前に出現したのがわかった。
左からの横薙ぎ。
パルは腕の動きからカインの攻撃を把握すると、ピンポイントで起動した身体強化魔法で強化した両腕で防御姿勢を取る。
だが、カインは剣を置くようにして捨てると、再度加速。
パルが驚くより早く、彼女の背中に鈍く深く広がる痛みが走る。
カインの寸頸だ。
「がぁっ…!」
その痛みは声となって彼女の口から漏れ出る。
半歩、前に出た。
出ていた。というべきか。
カインは再び正面に回り、落下しようとしてる剣を拾うと、そのまま切り上げようとする。
「終わりだ…龍の血!」
宿命に決着をつける気迫は文字通り空回った。
コートを残してパルが消えたのだ。
パルはカインが正面に回った瞬間、コートを脱ぎ、渾身の一撃を放たんとするカインの横を通り抜けるようにして転がるようにして逃げたのだ。
カインは自分を止められない。
高速の戦闘速度の中で訪れる空白にも似た間。
カインの目はコートの裏地に仕込まれた無数のナイフを捉えていた。
「くたばれ、クソ野郎ォ!」
パルもまた決着を望む声を上げる。
カインの目の前に漂うコート。
その裏地に残った炸裂ナイフは49本。
それらを一斉に爆破する。
カインは防御できない。
パルとカインの歴然とした差は潜り抜けてきた死線の数。
パルの生き残りたい。という思いがこの土壇場で最後の一撃を産んだ。
ある種の密閉空間である一本道の廊下に爆発の衝撃が走る。
接見の間の扉を変形させ、そこへ伏せていたパルを扉に激突させるほどだった。
パルは扉に体を預け、取手で体を引き上げるようにして立ち上がる。
(お…終わった…生きてる…)
パルは扉を背に倒れ伏すカインを見下ろす。
焦点が合わず、体も揺れ動いているため、まるでカインが動いているように見える。
そして、視界には黒い血を巻き上げながら振り上げられた剣が写った。
次回は土曜日




