1-39 夜明け前に
ウェカピポ【一般情報】
Wake up peaple の略。
麦の国が製造、販売しているタバコの銘柄。
ポピュラーな銘柄であり、世界中で楽しまれているが、元の名前が年々忘れされている。
メンソールもあり、そちらも人気。
ハウンドが愛飲している。
彼は見栄のために吸い始めたが、幼少期のドラゴンの方が様になっていると茶化されていた。
会談まで約5時間。
出された食事を終え、布団の準備が進む会議室に1人の老人がやってきた。
「ルビリア・パルさんはいらっしゃいますかな?」
パルが手を挙げると、老人はツスルが明日のことで話があるということでパルを連れて部屋を出た。
深夜の天の国は静まり返っていた。
城の裏手に出たパルと老人。
老人は開けた場所に着くと光魔法の刀を展開する。
「立ち会っていただけますかな?」
現在、パルの魔力量は通常時の3分の1程度だ。
ドクからは戦闘を避けるように言われているが、大丈夫だろう。とパルは考えていた。
それは老人の実力云々という話ではなく、消耗の激しい白き翼の派手な戦闘スタイルは使えないが、こういった街中で使うものでもない。
そういう意味では3分の1程度、という魔力量はアギトを使った戦闘であれば十分耐えうるものだったからだ。
「名乗ったらどうだ?自分名前も忘れるほどボケてもいねぇだろ。」
パルはアギトを引き抜く。
「カドゥ。ヤマギ一刀流という剣術の道場をやっておる。前の剣聖…といえばわかりやすいかの?」
パルはカドゥの自己紹介を聞いて彼の持つ独特の雰囲気の正体を理解した。
天の国の剣客集団『天心』。
そこにおけるその時代最強の剣士に与えられる称号が剣聖である。
パルの知識では確かにカドゥという人物が剣聖であると記憶していた。
(前のって言ったか?当代の剣聖はこいつ以上か…)
パルはすぐに頭を切り替える。
口では立ち合いと言ったが、カドゥの放つ殺気は死合のそれだ。
「ひょっ!」
独特の掛け声と共に一瞬で間合いに入るカドゥ。
(シュクチステップ…?!)
パルは以前に戦場で見たことがあった。
天の国からの脱走兵。
それが見せたものだ。
しかし、その距離は過去に見たそれとは大きく異なる。
せいぜい3メートルほどだったかつての敵と異なりカドゥは10メートル以上の距離を一瞬で詰める。
「ヤマギ一刀流壱式半神一刀!」
抜刀術のモーション。
パルは己の反射神経に全てを委ねる。
野生的な本能の導き出した答えは回避ではなく阻止。
半歩踏み込むと腕でカドゥの抜刀しようとする左手の手首を抑えた。
(力つえ…!)
反射神経から指揮権を返却されたパルは枯れ木のような老体から発せられる力に驚く。
だが、それはカドゥも同じだった。
壱式、半神一刀。
それは半神という特殊な身体強化術による抜刀術。
抜刀術のモーションを潰そうとする相手よりも早く、そして強く、一刀のために力を込める。
それを正面から止めるなどカドゥ、いや、ヤマギ一刀流開闢以来一度としてないことだった。
カドゥは力比べの拮抗状態を嫌い、再び距離を取る。
「お嬢ちゃん、本当に女の…」
カドゥは目を見開く、パルのシュクチだ。
そのまま膝蹴りを放とうとしている。
否、パルのそれはシュクチではない。
ただ地面を強く蹴った跳躍だ。
パルの跳躍はシュクチではない。
シュクチとは歩法であり、目的地にて止まるまでがシュクチだがパルの跳躍はただ距離を詰めるためのムーブだ。
カドゥは流麗な動きで足を引いてしゃがみ回避する。
2人が交錯する。
パルは着地してブレーキをかける。
カドゥは右足を軸に反転しつつ構える。
パルが仕掛けたのか、カドゥが狙ったのか、2人の距離は腕を伸ばせないほどの至近距離だ。
「お嬢ちゃん意外とおとなしいのう。」
「そういやなんで戦ってんだっけ?って思ったんだよ。」
「ワシは歴史を知るもの…そういえばお嬢ちゃんにはわかるかの?」
カドゥは自分の言葉に合わせてパルが攻撃してくるのが見えた。
左のローキック。
半身に構えた自分の右足を狙ったそれをカドゥは足をあげて防御し、突きを放とうとする。
パルはカドゥの反応を視認すると左足を止め、ハイキックに切り替える。
カドゥは動じず、そのまま突きを放つ。
「漆式乾坤突」
ヤマギ一刀流、乾坤突。
上段に構えた刀を掌で押し込むようにして放つ突きの技だ。
その突進力、刀のリーチを最大限に生かしたそれはまさに逆転を狙う乾坤の一撃となる。
また、カドゥは半神の扱いに長けており、半神によって相手の攻撃を受け止め乾坤突で返す動きを得意としている。
眼前に迫る切先に対してパルに恐怖はない。
恐怖はただ判断を遅らせるだけのノイズだと理解しているからだ。
「龍閃の6番、龍闘武舞。」
魔力の鎧に剣が止まる。
しかし、カドゥの押し込む力の方が強い。
破られる。パルは直感的にそう判断すると尾でカドゥの足を捉える。
カドゥは押し込む右手で柄を握り直し、尾を狙って振り下ろす。
一瞬、カドゥの視界から外れたパルは足を離し距離を取る。
カドゥはそれを見逃さない。
「奥義!半神天羅!」
ヤマギ一刀流の皆伝ともなれば自分自身の最強の業を持つことが多い。
カドゥの半神天羅がそれに当たる。
最も得意とする半神一刀の発展形であり、半神によって強化された自身の力でシュクチを繰り返し、相手を撹乱、死角から抜刀術を放つ業だ。
半神一刀は止められたが、距離の離れた今、勝負のしどころだと、長年の経験から判断した。
連続のシュクチ。
視界から消えたカドゥにパルは驚くが、すぐさま反転する。
死角を狙ってくるであろうことは彼女も予想できていた。
しかし、殺気はさらに背後からくる。
反転。
反転。
反転。
パルの反転速度も常人のそれより速いのは間違いないが、それでもカバーしきれない速度で繰り返されるシュクチにパルはこの一撃の回避を諦める。
しかし、この速度とそれを生み出す肉体から放たれる斬撃を防ぐ術がないのもまた事実だった。
パルは指を畳むとそのまま腕を伸ばす。
「龍閃の3番、3連龍頸!」
空中に放つ龍頸は銃声のような破裂音と共に空気を揺らす。
3度にわたって放たれたそれは衝撃を無造作に放つ。
2発目が、回り込もうとしたカドゥに触れ動きを止める。
「あんたの殺気はわかったよ。オレを殺したいらしいな。」
パルの言葉にカドゥは構え直す。
「立ち会ってな。それでお嬢ちゃんが弱かったら良かったんだけどのう。お前さん、ちと危険じゃ。」
「歴史を知るのなら。オレが何と混ざったのか。それを知っているのならオレを殺したところでなんの意味もねぇってわかるだろ?」
カドゥは構を解く。
相手が真実を理解しているのなら自分の考えを話しておくべきだと思ったのだ。
「ワシらの使命は歴史の継承と封印にある。龍の国はワシらの事情を理解し、賛同してくれたにも関わらずお前さんを作った。ならばワシらの使命はお前さんを消すことになる。それも、他でもないワシらの手でな。」
「それがわからねぇって言ってんだよ。アレも被害者だ。全ての原因は他にある。わかってんだろ?」
「だとしてもじゃよ。教団がどうという話ではない。存在そのものが危険なんじゃよお前さんは。」
パルはお手上げだと、うんざりした様子で両手を上げる。
「そこまで言うなら、あんたは殺す。本調子じゃねぇのをわかって仕掛けてきたのかもしれんが、本調子じゃねえからこそ加減せず殺す。」
カドゥは構え直す。
シュクチならばこの距離はないに等しい。
半神天羅であれば魔力の鎧さえ砕きながらパルを倒せる。
そう考えていた。
だが、パルの目から放たれる閃光がその考えが楽観的であったと後悔させた。
最初の鍔迫り合いの時点で力五分だと、そう考えていた。
速度もまた、技術は違えど同等と考えていい。
驚くことにカドゥが相応の自信を持っていた経験についてもパルは彼と同じくらいの死線を潜ってきていた。
しかし、彼女が身体強化魔法を今から使うとなれば話は大きく変わる。
半神を使った半神一刀を通常の状態で止められたのだ。
跳躍力もその腕力も身体強化魔法によってさらに数段上になる。
それは人の域にない。
彼女の目から迸る閃光が、ここに暴力という名の現象が生まれたことを意味していた。
次回は土曜日




