1-34 姫の覚悟
オルタナティブ・カレン【非公開情報】
白の部隊が運用する多目的艦ノーチラスに搭載されたAIシステムは艦の運用に特化しており、作戦行動中の細かい状況変化などには対応しきれない。
そこで開発されたのがカレンである。
カレンは視覚センサーや魔力に関する探知装置して機能し、収集した情報をノーチラスにフィードバックする。
また、通信中継機としての機能も有しており、これまで作戦区域の全てをカバーしきれなかった部分もあったがこれも改善している。
なお、外見は人間と変わりなく、魔力を供給してくれる存在があれば長時間の行動も可能になっている。
外見のモデルはドクの娘であるアルデント・カレン(故人)。
彼女は夢をみる。
記憶を器に例えるなら、そこに注がれる水は経験だ。
水は溜まり、器の容量を超えて漏れ出て忘れてゆく。
だが、彼女の器は過去の経験から少し欠けている。
これはそこから漏れ出た記憶の残滓。
天の国の山から少し外に出た場所、ジウユという村。
天の国はヒロヨシと呼ばれる山を切り開いてできた三層だけでなく、その周辺の小さな村もまた含まれる。
少なくとも当時はこの場所もそうだった。
朧げに見えるその場所は思うよりずっと大きく見える。
ドアノブへ届くよう手を高く伸ばし、家を出る。
右手には家の畑。今は茄子やトマトの時期だ。
畑から誰かの声がするが、聞こえない(おもいだせない)。
パルはノーチラスの医務室で目覚める。
どうやら生きているらしい。
隣に立っていたカレンが気づくと、パルの額に手を当てる。
「平熱ですね。おはようございます!10時間12分43秒間眠ってました。」
「そりゃしばらく夜更かしできそうだな。」
カレンの報告を聞き、パルは冗談で返して笑う。
体を起こし、ベッドから出ようとするとカレンに止められた。
ドクが来るまで待ってください。と言われる。
(あの場所は…)
パルは夢の内容を思い出そうとする。
(調べようもない話だが…)
自分の過去に興味がないわけではない。
しかし、今一つ掴めない。
自分ではない誰かの過去を垣間見たようなそんな感覚だった。
「目覚めてくれてよかったよ!」
ドクが医務室に入ってくる。
「点滴は済んどるから動いても大丈夫だ。ただし、戦闘は避けろ。出血で失った血はしばらく戻らん。魔力もまた、以前より少なくなっておる。」
パルの膨大な魔力は研究によって注がれた黒い血によるものだ。
だが、それを一度に大量に失った今、戦闘ができないことはパルも承知だった。
「どんぐらいかかる?」
パルは真剣な様子でドクに聞く。
ドクはしばらく唸った後、
「完全に戻るまで一年。医者の端くれとしてそれまでは戦闘することを勧められない。」
「それじゃ時間がかかりすぎんな…輸血するか。」
ドクは耳を疑った。
軍に血を提供した自分すら知らない血の出所を非検体である彼女が知っている。
いや、ドクはあの黒い液体が血に近い何かではないのかとさえ思っていた。
パルはそんなドクの様子を見て、
「あー…いずれ話さなきゃなとは思ったんだけどよ。とりあえず今は姫の方を優先しようぜ?」
入り口で入るタイミングを伺っていた少女の方をパルは指差す。
ドクはパルの言葉を半分ほどしか聞いていなかった。
ノーチラスのブリッジでは、復帰したパルとハウンドが舌戦を繰り広げていた。
「だから!姫が本当に姫になる意思があるかはっきり聞いとかねぇとだろうが!」
ハウンドが吠える。
「わかんねぇ奴だな!姫は姫になるって言ったじゃねぇかよ!」
パルもまた吠える。
「犬の喧嘩だよね。」
レイモンドは小声でイーグルに言うと、イーグルは笑う。
「いや笑い事じゃ…」
慌てふためくのは砂の国でパルが救助した少女だ。
この少女こそフレイルの切り札。
レイア・ドラゴムだ。
「だから考える暇があってもいいだろうが!そもそも姫はまだ子供なんだぞ!」
ハウンドは再び吠える。
「ガキでも自分の立場をわかっておられるんだろうが!そもそもガキってなんだよ!オレが姫ぐらいの歳の頃は人殺したわ!」
舌戦は平行線のままだった。
事の発端はこの30分ほど前に遡る。
ブリッジに戻ったパルは改めてレイアに自己紹介し、女王の娘、新女王として龍の国の王位について欲しいと言ったことだ。
それに対してレイアは、わかりました。と承諾したが、ハウンドは考える時間があってもいいと伝えた。
だがレイアは不要だと断る。
しかしハウンドは今決めなくていいと食い下がり、あまりの情けなさにパルが一言、諦めろ。と言った後から怒鳴り合い、吠え合う犬の喧嘩が始まったのだった。
「まだ続けるの?」
2人の言っていることが3週目に入ったところでレイモンドが堪らず割ってはいる。
「「すっこんでろ!」」
2人の息のあった反論にレイモンドは引き下がる。
「姫様、君の部下なんだけど…?」
レイアも流石にこの2人に割って入ることはできなかった。
「トータスから通信です。」
犬の喧嘩の仲裁に入ったのはマザーだ。
繋げ。とハウンドが指示を出すと画面にどこかの応接室のような場所が映し出されるが肝心のトータスが写っていない。
『なんやとクソカメェ!ワシは話した方がええに決まっとるやないけぇ!』
『うるせぇぞ!田舎訛り!目立ちてぇだけだろうが!』
トータスと誰かわからない男が画面に映らない場所で言い争っている。
『このハゲェ…拳で決着つけようやないかぁ!』
『上等だクソ野郎ォ!鉄拳を顔面に叩き込んで二度と人前に出れねぇようにしてやらぁ!』
「切れ。」
ハウンドが指示を出すと鈍い音ともに通信が切れる。
殴り合いが始まったのだろう。
「マザー場所の特定はできるか?」
パルの問いかけに、探知できません。と返すマザー。
それは一般的な回線を用いていないということ、そしてトータスがそれを使える環境にいることを証明していた。
「今の声、聞き覚えがあるな。」
イーグルが口を開く。
「天の国のソラ・ツスル事務局長。天の国のナンバー2だね。」
すかさずレイモンドが補足する。
「天の国?なんでそんなところに?」
パルが疑問を口にすると再びマザーの声が艦内に響く。
「トータスから通信です。」
繋げ。というハウンドの指示を受けたマザーは画面に映像を出すと顔に傷を負ったトータスが映る。
『いやぁすまんすまん。』
『まだ勝負ついとらんぞボケェ!』
『ケリ付けてやろうじゃねぇかくたばりぞこないがよ!』
「通信を切れ。」
ハウンドがそう言うと再び鈍い音がして通信が切られる。
「何やってんだろうな…あの人は…」
ドクが呆れた声を出す。
「トータスから通信です。」
三度マザーの声。
繋げ。とハウンドが指示を出す。
今回、映像に映ったのは誰もいない部屋だ。
かなり破壊されおり、日光が差し込んでいる。
『ハウンド!天の国にこい!』
トータスの声がしたかと思えば彼の呻き声が聞こえる。
『おう!姫も連れてくるんやぞ!裏の水門開けとくさかい!』
ツスルと思われる男の声。
「何やってんだ?アホカメ。」
パルの声は届かなかったようでトータス側から通信が切られた。
「天の国、か…」
パルは懐かしむように言った。
「状況がわからんがとにかく行くしかないか。姫、それでいいですか?」
ハウンドも天の国へ向かうことに賛成し、レイアに確認をとる。
「わかりました。天の国へ向かい、トータスさんの話を聞きましょう。」
レイアはすでに長としての才覚を見せ始めていた。
次回は水曜日




