1-31 オルタナティブ・カレン
マザー【機密情報】
白の部隊が運用する多目的潜水艦ノーチラスに搭載された対話型インターフェース。
艦の機能を司る母体であり、隊員からの指示を元に設置されたAIによる演算をもってノーチラスを稼働させる。
ベースはドクの思考だが、準備期間や戦地での運用を経て蓄積された情報により、ドクでさえ予想し得ない結果を出力する。
なお、ノーチラス艦内に監視カメラがないため視覚情報は持たない。
内陸国である砂の国には港が存在しない。
かつては空路が存在していたが、魔力防壁の発達に伴い、消滅した。
これは、旧式の魔力防壁は鳥のようなごく小さいものはすり抜ける一方で人間ほどのサイズとなるとそれをシャットアウトするという性質からだ。
現在は改良された魔力防壁によって飛行機を飛ばすことは不可能ではないが、離発着を行う設備が存在しなくなったという表現が正しい。
砂の国への出入りは全て陸路によって行われるが、海路を使用する場合は鉄の国の港から入ることになる。
「あのやろぉ!絶対ゆるさねぇぞ!クソォォォォォォォッ‼︎」
その門衛場は騒然としていた。
絶叫しながらこの場を突破しようとする女性を止められないからだ。
無論、こういった無法者への対策がないわけではない。
だが、ゴーレムも鉄と砂の国から派遣された屈強な兵士も彼女を止められない。
あるものは投げ飛ばされ、また、あるものは踏み台にされ、意図も容易く妨害を擦り抜けていく。
そして、最後のバリケードの目前まで迫っていた。
「止まれ!いい加減止まれっ!でなければ発砲する‼︎」
バリケードを固める兵士が銃を突きつけるが彼女は怯むどころかさらに加速する。
『発砲を許可する!』
兵士たちに無線で指示が飛ぶ。
「悪く思うなよ。」
誰かがそう呟いたが、銃声に重なり消えた。
彼女は弾丸を避けない。
着弾したであろう箇所は彼女の体から数センチ浮いた場所で、壁のような何かに阻まれている。
「クソ!文句はあの詐欺師に言え‼︎龍閃の5番!龍踏武舞!」
あと数メートルという距離にまで迫ったところで兵士たちは発砲をやめた。
彼女の体は魔力の鎧によってまるで龍のように見え、本能が攻撃することを拒否した。
だが、それが通じない2体のゴーレムは彼女の進路を阻むように立ち塞がる。
兵士たちは一瞬安堵した。
いくらなんでも通常の人間がゴーレム2体を倒していくことなどできないからだ。
しかし、そんな思いとは裏腹に、彼女の腰から伸びた龍の尾が片方のゴーレムの足を掬うと、鎖付きの鉄球の様に振り回してゴーレム同士を激突させる。
その勢いでバリケードは破壊されて、魔力炉同士が激しく破損したゴーレムは爆発する。
土煙が辺りを包む。
死んだのだろうか。
誰もがそう思ったが、直面した彼らには彼女がそんな存在ではないことがよくわかっていた。
案の定、土煙の晴れた場所には無惨に砕け散ったゴーレムの残骸があるだけだった。
「すいません!すいません!ごめんなさいです!」
倒れた兵士たちに頭を下げながら先ほどとは別の女性が入ってくる。
「お嬢さん、悪いけど…」
立ち入り禁止だよ。と1人の兵士が声をかけるが、彼女は一枚の書類を見せる。
そこには緊急の入国を認める旨の判子がされた届出だ。
海路で鉄の国に入国する様だ。
「あぁ…怪我がないなら何よりだよ…」
兵士は疲れ切った様子で彼女を通す。
「ありがとうございます!このご恩は忘れません!」
パッと明るく笑う彼女に癒されるが、走り去る後ろ姿に違和感を感じた。
なぜ謝る必要があったのだろうか?
だが、その疑問よりも門衛所が破壊し尽くされた現状の方が、重く彼らに重くのしかかっていた。
時間はこの一件より少し遡る。
ノーチラスのブリッジではパルが全力の抗議をしていた。
「バカ言え!俺が強行突破して連絡役のこれが後から入るって無理だろうが!」
レイモンドが提示したのはありたいていに言えば火事場泥棒だ。
パルが混乱を起こしその隙にもう一人が虚偽の書類で入国する。
顔の割れていない人間が後から入るがそれには、ドクが開発していたマザーの子機、オルタナティブ・カレンを投入する。
カレンは少しずつドクが開発を進めており、ようやく歩くことと、会話すること、そしてノーチラスとの通信距離延長が可能になっていた。
「他に策はないんでしょ?カレンには魔力を補充する役がいるけど君なら大丈夫!」
レイモンドは笑顔で親指を立てる。
「確かにこの方法なら命令書を使う必要もねぇな。マザー、偽造書類は作れるか?」
ハウンドはレイモンドの策に同調する。
「データの作成完了。到着までに用意できます。」
マザーの素早い対応にパルは驚く。
偽造書類が作れなければこの策は崩壊するという一縷の望みは簡単に断たれた。
「覚悟決めろよ。お嬢ちゃん?」
ハウンドの励ましにイラついたパルは両手を上げ、降参だ。と不満気に答えたのだった。
天の国上層にある剣術道場『剣心会』、カインがそこに足を踏み入れると道場の奥に一人の老人が座っている。
先代の剣聖にして彼の師でもあるカドゥだ。
カドゥに呼び出されたカインは彼の前に跪く。
「久しぶりやのぅ。ちと話しておきたいことがあってな。」
カドゥは閉じていた目を開く。
すでに100歳を超える老体ではあるがその眼光はカインを持ってしても恐ろしさを感じるほどだ。
カドゥはカインが普段背負っている剣を指差す。
「お前の持つ宝剣、それがなんはなんのためにある?」
「人ならざるものを切るためです。人の道を外れ、己が欲のために人を貶める非道なるもの。それを切り、世を正すためのものです。」
カインは知る限りのことを述べた。
カドゥの視線が強くなる。
「違うな。いや、半分は合うておる。その剣は人ではないバケモノを切るために300年、代々受け継がれてきたものだ。」
カドゥの言葉の意味をカインは図りかねる。
「何が視えているのですか?」
神通力。
カドゥにはそれを思わせる何かがあった。
「先のことなどわからんよ。しかしな?お前の迷いはよく見える。」
カインは目を伏せた。
「迷いの種をここで話せとは言わん。だが、そうすれば、かち合う存在がおる。3本の宝剣の最後の一つをお前が持つ以上、ワシらが継承してきた使命も終わりが近いと言うことだ。」
カドゥの言う、3本の宝剣とは龍戦争の折、作成された剣のことを指す。
2本は大海の龍、天空の龍の討伐により破損、紛失したとされており、大地の龍を討った最後の一本がカインの持つ宝剣だ。
「意味がわかりません…師よ、小生はどうすべきなのですか?」
カインは顔を上げる。
カドゥの表情はかつての修行時代を思わせる穏やかな表情だ。
「それはお前の心が決めることだ。絶対に正しい選択など理想に過ぎん。結果論を恐れるな。ワシの教え子たるお前にはそう言えるほどの心が備わっとるはずだ。」
カドゥの言葉を受けたカインは立ち上がると頭を下げる。
「では、どうなろうと迷うことはしません。ありがとうございました。」
道場を出ようとするカインの背中にカドゥは言葉を投げかける。
「全ては龍の意志よ。」
カインの耳にその声は届いたが、今の彼にはそれを気にするほどの迷いはなかった。
一殺多生。
1を切り100を救う。
それが今の答えだと彼の心は判断したのだった。
鉄の国と港の国の間にある不干渉地帯にカレンとパルはいた。
「案外あっさりだったな…カレン怪我してねぇか?」
パルの問いかけにカレンは笑顔で、問題ありせん。と答える。
「んじゃ出発するか。ノーチラスとの通信は問題ないんだよな?」
パルは立ち上がってカレンに問いかける。
1時間ほど歩けば砂の国に到着する距離だが念のため、逐次確認するようにドクから指示されていた。
「はい。感度良好です。レイモンドさんがハウンドさんからカードでお金を巻き上げています。」
パルは恐ろしく平和な時間を満喫している二人に腹が立ったが今は先に進むことにした。
乾いた風が頬を撫でる。
到着する頃には昼になるだろう。
パルは砂の国で何を食べるか考えていた。
次回は土曜日




