1-29 宴と思惑
キメラ兵士【軍事機密(廃棄済)】
龍の国の『龍計画』以前に同様のコンセプトで行われた兵士生産計画『プロジェクト・キメラ』で生産された兵士の総称。
ゴリラやチーターのような動物の遺伝子を人為的に兵士に投与することでそれらの持つ力を取り込み、人間を超える力を付与することを目的とした。
研究にはヘイワ大陸を中心に生活し、豊富な魔力と高い運動能力を有する獣人が半ば強制的にサンプルとして参加させられた。
主に、鉄の国、風の国、刃の国で行われたが、成功率の低さとそれに伴う兵士の減少を嫌ったために生存個体は少ない。
一方で、成功個体の戦果は目覚ましいものがあり、特に風の国のキメラ部隊は龍の国との未開拓地域争奪戦において国力差を覆すほどであった。
余談になるが、この争奪戦の不手際を重く見た龍の国上層部が『龍計画』を始動させることになる。
トータスは廃墟同然の龍の国にいた。
ちょうど陸軍の庁舎の裏にあたる場所で、肥沃そうな土がまとまっている。
トータスの太い指は土で汚れ、腕にはいくつかの球根を抱えている。
ここにはかつて花壇が設けられていたが、夜盗か爆発に巻き込まれたのか破壊されている。
「トータスさん!」
龍の国崩壊後から行動をともにしているヤタ重工のシンゴ店長が車で迎えに来た。
トータスが助手席に乗り込むと彼は、奇異な目で球根を見つめる。
「土いじりがご趣味とは意外です。」
シンゴはそう言って車を発進させる。
「パル…いや、アリアンナがな。」
トータスの覇気のない声にシンゴはそれ以上踏み込むことはしなかった。
2人を乗せた車は暗い夜へと進んでいく。
近いうちに戻ってくる。
トータスは根拠のない予感を胸に秘めていた。
それは、予感というより決意というべきものだった。
時刻は深夜に差し掛かろうとする港の国。
その海上に浮かぶサーベルタイガーで行われている宴の騒音は収まるどころか大きくなっていく。
本来は店のオカマと客との飲み比べだが、今宵はパルの異常なほどの飲酒量にオカマが次々と挑む構図になっていた。
「はい!これで7人目ぇ!次の飲み自慢はどいつだぁ?」
パルの足元には倒れ伏す数人。
そして先ほどまでの対戦相手は机に突っ伏している。
そんな騒ぎを背中で聞きながら、ハウンドはレイモンドと静かに飲んでいた。
「君って彼女のこと大好きだね。」
レイモンドのあっさりとした口調の指摘にハウンドは口に含んだ酒を吹き出す。
「な…何言ってんだよ…酔ったのか?」
ハウンドが咳き込みながら答えるとレイモンドは声を上げて笑う。
「パルが勝つたびに彼女の方を見てる。いや、僕と話している時もチラチラ見てるよ。」
「心配してんだよ!あいつは昔から際限なく飲んでいきなり寝るからよ!」
レイモンドは茶化すように、そう?と笑う。
先ほどからハウンドの口から出る話は彼女の話題ばかりだった。
すると、後ろからママが酒を持ってきた。
「おやおや~♡恋バナ?恋バナよね♡」
そのテンションにハウンドはアメを思い出す。
違う。とハウンドが手を振って否定するが、レイモンドが口を出す。
「彼はさっきからパルの話しばっかり。胸やけしそうだよ。」
わざとらしく胸をさするレイモンドにハウンドは、飲みすぎだそりゃ。と言って小突く。
「あら♡あらあらぁ♡だとしたお似合いよ~♡相思相愛のラヴカッポゥよ~♡」
ハウンドは、思わず赤面してしまう。
彼の脳裏には大書堂での夜のことがよぎっていた。
「おかしいと思わなかった?私たちが作戦に参加する交換条件、何だったと思う?」
ママはイタズラっぽく笑うとパルの方を見る。
挑戦者のいなくなった彼女は腕相撲に興じている。
「貴方をキッスで起こすことよ~♡」
ハウンドは寒気がした。
この絵面の強い屈強なオカマのキスで起こされるなど悪夢以外の何物でもない。
だが、彼の感想とはまるでかけ離れた様子のママとレイモンドは歓声を上げて乾杯している。
ハウンドの不思議そうな表情をみたレイモンドは、面白がって笑いながら頷く。
「君、勘違いしてるよ。」
それに同調するママ。
「そうよ♡キッスで起こすのはパルちゃん♡あの子茹タコより真っ赤になって1時間ぐらい悩んでたのよ!勝つのがわかってたのに!かわいいわよね~♡」
ハウンドは意味を理解して慌てる。
「待て待て待て!待ってくれ!そもそも俺は既婚者だ!」
逃げるハウンドの道を閉ざすようにレイモンドが口を挟む。
「指輪は外してる。それに、君みたいな誠実な人は奥さんが生きていたらそんなに慌てないよ。」
「いや…ちが…違わねえけど…バツイチで子持ちとなればあいつも迷惑だろ!」
どこかで感じたデジャヴ。
「うんうん。それはつまり彼女がOKなら結婚したいわけだね。」
レイモンドはハウンドの反応を楽しんでいる。
答えに詰まったハウンドは頭を抱える。
えんじ色の髪から覗く耳は髪色よりも赤くなっていた。
「ごうろうさんでした。剣聖殿。」
夜遅い時間帯。
他の職員はすでに帰宅しているが、この部屋だけは昼間と変わらない。
剣聖と呼ばれた男はソファに座ることもなく佇んでいる。
その背中には包帯が巻かれた大きな刀剣のようなものを背負っている。
龍の国崩壊前にパルが出会った大男だ。
「小生からすれば逃げ惑う民を救うのは当然のこと。むしろ、受け入れの調整を行なった貴方の方が大変だったでしょう。」
剣聖の言葉に嘘はない。
旅先の龍の国でテロに巻き込まれ、居合わせた数人を守りつつ、避難民と共に今日、ようやく天の国に戻ってきたのだ。
「こっちの迷惑は考えんでええよ。ま、ともかく無事で何よりって感じやな。飲みにでも…と言いたいがそういう時間でもないわな。」
椅子に座った男はそう言って笑う。
「しばらくはこの国に居ます。」
剣聖はそう言って新聞記事を男に見せる。
パル、そしてハウンドの手配書だ。
「ふむ。龍の国が自分とこの兵士を指名手配ねぇ。」
男は声を上げ、手を叩いて笑う。
「あっははは!力で勝てへんから社会的に殺しまーす言うてるようなもんやないか!バカやのぅこのシュリーいう代行は!」
涙を浮かべるほど笑い続ける男。
剣聖も笑みを浮かべずにいられなかった。
「事務局長のおっしゃる通りです。これでは降参と変わりない。」
「へへへ…うんうん。これがあの龍の国の次期トップ候補とは…泣けるわなぁ。」
男は涙を拭って剣聖に一枚の書類を渡す。
「今日、数時間前の話や。件の兵士が港の国で暴れよった。つまり手配書なんて怖くない。そういう意思表示や。」
男からは笑顔が消え、仕事用のトーンになる。
「向かう必要はないけど国内に居てくれると助かる。」
剣聖は手渡された資料を頷きながら返却する。
「この国も一枚岩ではなさそうですな。」
剣聖の言葉に男は口角を上げる。
「昔からそうよ。義弟がトップに座ってからもその前からも、先代の頃もそうや。みんな腹の中に何か持って仕事しよる。ただ今回はちと違う。」
男の視線が厳しくなる。
トラ教団。と剣聖が呟く。
世界中で暗躍する宗教組織があるという都市伝説と言っていいほどの噂話が現実味を帯びてきている。
「せや。トラ教団に関してはなんもわかっとらん。多分、1番近かったんは暗殺されたフレイル陛下やろうな。」
実際に現場から遠くない位置にいた剣聖もそれには同意していた。
教団の本格的な活動開始、それを示すテロ。
まだ一国潰れただけ。そう言葉にするのは簡単だが、現場を見ればあの規模の惨劇は十分な被害と言えるだろう。
「明日は我が身か?」
男は剣聖に笑ってみせる。
そう思っているのなら少しは安心かもしれない。
「そろそろ失礼します。しばらくはここに居ます。用があれば呼んでください。」
剣聖は一礼すると、机に魔法石を置く。
双方向の連絡用で無線機などとは異なり、混線が起こらず、100kmほどの距離でも遅延は起こらない代物だ。
ありがとな。男は石を胸ポケットにしまった。
2人がいたのは天の国上層。
天の国ナンバー2であるソラ・ツスル事務局長の執務室だ。
「剣聖カインな。頼りにさしてもらうでホンマに…」
剣聖を見送ったツスルはそう呟くと、大きく伸びをする。
山積みの書類の頂点に手を伸ばす。
夜はまだ明けない。
砂の国では、1人の男が家の屋根に登り、星を眺めていた。
「おいおい…こりゃどっちだぁ?」
占星術の心得を持つ、この男でさえ、今宵の星々は読めない。
「吉兆と凶兆…お嬢さんに何か迫ってんな。」
男はそう呟くと立ち上がる。
手に持っている杖は先端に記録用の魔法石が備えられており、男自身、把握しきれないほどの魔法が搭載されている。
「見るものよ、捉えるものよ、聞くものよ、しばし手を貸したまえ。」
男が言葉を唱えると半球状の探知結界があたり一体を包む。
これは古い魔法の使い方だが、応用が効きやすいとされている。
「イーグル?」
家から少女が出てくる。
「おや?お嬢さん起こしちまいしたか?探知結界ですから大丈夫ですよ。」
そう言って、2人は家の中へ入っていく。
(占いだって正確じゃねぇ。けど、悪い予感ほど当たるんだよなぁ…)
イーグルは何も起きないことを祈るしかなかった。
だが、新聞で見たテロ事件が事実なら不運はすぐそこまで迫っている。
少女の向かう先は本当に幸せなのか。
平民の出身であるイーグルにはわかりかねる話でもあった。
遅くなって申し訳なかったです。
次回は土曜日




