1-26 襲撃•罠•造反
26 襲撃・謀殺・隠蔽
スキット・フィール【個人情報】
港の国、海軍長。
10年ほど前に外部からの招聘によって海軍参謀に就任。
その後、冷静で的確な判断力、統率力を認められ、3年後に当時の海軍長の退役により後任として海軍長となる。
戦闘能力については不明ではあるが、招聘以前は拳闘家として名を馳せていたようである。
なお、現在の港の国では陸軍、空軍は解体されており、彼は実質的に軍の総括になるが、本人の希望により、肩書きは海軍長となっている。
港の国の南部、この国の名を示すかのように多くの船を出迎える港は騒然としていた。
脱走兵達で組織された無法の船、サーベルタイガーが港の付近で営業を始めたからだ。
「現在港は厳重警戒中である!営業は認めない!すぐに撤収しろ!繰り返す!営業は許可しない!」
哨戒艦のスピーカーから何度も同じ文言が繰り返されている。
レイモンドはその声を聞き、近くの兵士に尋ねる。
「ねぇ、あれ何やってんの?」
「も…申し訳ありません…私も初めてで…」
目隠しをされていて把握できなかったが、どうやら少女の兵士が自分の腕を引いているようだった。
「あ、く…車にの…乗ってください…」
おどおどとした自信なさげな声で促されるまま、彼は車に乗り込む。
「目隠し(これ)外しちゃダメ?車内観光ぐらいいいでしょ?」
「ダメです。」
隣から声がして思わず離れるように体を逃す。
気配が全く感じられなかった。
「いるならいるって言ってよ。びっくりしたぁ…」
レイモンドは大袈裟に胸を撫で下ろす仕草をする。
無線機特有のノイズ混じりの声が聞こえる。
「時間です。出発してください。」
丁寧な男の声。
エンジンを始動する振動。
エンジンは5つ。
前から2つ。
後ろから2つ。
そして自分の車で1つ。
レイモンドは目隠しされたまま、周囲の状況を把握する。
「ねぇ。さっきからやってるあれ何?」
「詳細はわからんが脱走兵の集団のようだ。」
ふーん。とレイモンドは興味なさげに答えると、男に耳打ちするように小声で警告する。
「あれは陽動だよ。」
レイモンドの隣に座っていたバイソンは、男の言葉に興味を引かれる。
「どういうことだ?」
「簡単だよ。営業なら素直に従う。悪目立ちする必要があるの?彼らは脱走兵なんだろ?」
何のために。バイソンは彼の意見が的を射ているように感じて、答える。
「僕を殺すため。」
「バカな。誰が?何のために?」
バイソンの問いに答えるように最前列の車両から大きな衝撃音が聞こえ、3番目の車内も大きく揺れた。
レイモンドが車に乗る直前、パルは、ママの設定したポイントで待機していた。
「飛び降りて襲撃だけど私がサポートするわ♡」
シュンちゃんの提案をパルは断る。
「大丈夫さ。蝙蝠男見たくかっこよくキメてやらぁ。」
「なぁにそれ♡」
パルは肩をすくめて応える。
「知らねえならいいや。」
「でも気を付けてね♡お求めのナイスガイは3番目よ♡」
シュンちゃんはそう言って、撤収役のヤマちゃんに合流すべく移動を開始する。
近づいてくるエンジン音を確認する。
(5台。ぼちぼち行くか。)
パルは迷いなく、飛び降りる。
視界の端には先頭の車が見える。
「龍閃の3番、龍勁!」
指を折り畳み、着地の衝撃を相殺させつつ、先頭の車を破壊する。
水風船が破裂したように、乗員の血とガラスが飛び散る。
2番目の車が急ブレーキを掛けるが、パルは、左脇からアギトを引き抜き、右前輪を打ちぬく。
コントロールを失った車は、建物に衝突し、横転する。
レイモンドの乗る、3番目、その後ろの4番目は玉突き事故を起こす。
パルは、横転した車に飛び乗ると、3番目の車の運転手と、ハンドルを破壊する。
シャツを着た金髪の男が、ハウンドたちに抱えられるように離脱するのを確認した彼女は、ナイフを後続の車に投げつける。
「こっちよ♡」
背後から飛び出してきたトラックの荷台からの声を聞き、パルは、荷台に飛び乗る。
ハウンドがツムジで受け止める。
生き残った兵士たちはトラックを追いかけようとするが、ナイフが炸裂して、吹き飛ばされる。
まともに動けるのはバイソンだけだった。
頭を抑えながら走り去るトラックを見送るバイソン。
(先輩。そうですか。それが貴方の決断ならば…)
「大丈夫ですか!?」
駆け付けた副長に手を挙げて答える。
「面倒なことになりました。市場のゴーレムが一斉に暴走し、市民を襲っています!」
『これは陽動だよ。』
レイモンドの言葉の意味が痛いほどわかった。
だが、引っかかる部分もあった。
(ゴーレムの一斉暴走はなんだ?何故、襲撃に使わない?)
「だだだっだ大丈夫ですか!」
ドルフィンが駆け寄ってくるが、彼女から逃げるように駆け出し、副長を捕まえる。
「フィール海軍長はどこだ!」
え?と副長は驚く。
「どこに行ったぁ!」
あまりの気迫に副長は一瞬たじろぐ。
「フィール海軍長はゴーレムの方の対応に…」
バイソンは、背後まで来ていたドルフィンを連れて、海軍の車に乗り込む。
「どっどどどうするんですか?!」
周りに海軍がいないことを確認して、バイソンは説明する。
「襲撃は2つ。ハウンド先輩たちのレイモンド奪取と教団によるレイモンドの謀殺です。」
え?え?と状況の呑み込めていないドルフィンに、指示を出す。
「ここからでも船は動かせますね。」
振動するように細かく何度も頷くドルフィン。
(完全にハメられた…だが、まだ何とかなるはず…)
車は、裏路地を進みながら、トラックを追いかける。
「あー…今、忙しい?」
目隠しをしたままレイモンドが問いかける。
「黙ってろ!色男!」
パルは車に押し寄せる謎の生命体に銃撃しながら答える。
パルたちのトラックは、ピラニアの様なものに囲まれ、進む事も引くこともできなくなっていた。
「パル!何とかしろ!」
ハウンドの雄たけびに、パルはニヤッと笑って答えると、トラックの荷台から飛び降りる。
「龍閃の6番、龍腕!」
パルの背後から巨大な腕が現れる。
巨大な腕はトラックを掴むと、思いっきり、投げた。
魚たちはすぐさま、トラックを追いかけようとするが、それを氷の壁が阻む。
「残ったのか?」
投げる直前に飛び降りていたハウンドに話しかける。
「お前についていくって言ったろ?着地はツムジが何とかする。」
海が割れるように魚たちは道を空ける。
「まさか、ネズミが貴方達だったとは。驚きましたよ。」
声の主は、海軍長のフィールだ。
「なんかようか?優男?」
パルが銃口を突きつける。
先ほどの魚はいつの間にか消えていた。
すると、上から、バイソンが飛び降りてくる。
「銃をおろしてください。パルさん。」
バイソンは、パルとフィールの間に割って入るように着地すると、剣を彼女に突きつける。
「あなた方には退場してもらいましょうか。」
フィールは笑いながら、眼鏡を外す。
その瞬間、視線を2人から離した。
バイソンは剣で地面を擦りながら、反転。
目つぶしの様に土埃を上げ、剣の柄が淡く光る。
「六連弾石!」
バイソンの言葉に応じて、土埃は螺旋回転し。弾丸のような形になるとフィールに向かって飛ぶ。
フィールは舌打ちしながら上半身を振るようにして、避けると、ステップインして、バイソンとの距離を詰める。
勢いを付けての右のストレートが矢のように放たれる。
だが、目の前にいたのはバイソンではなくパルだった。
「残念。」
パルの背後から伸びる巨大な拳が、彼の全身を捕らえる。
フィールはそのまま、吹き飛ばされ、壁にめり込む。
バイソンは振り返り、
「先輩!今、サーベルタイガーは…」
「気ぃ抜いてんじゃねえぞ!」
パルは、バイソンの言葉を遮り、彼の前に立つ。
フィールは一瞬にして距離を詰めていた。
(早ぇ…)
ナイフを投げようとするパルスよりも、フィールの拳の方が早い。
パルは、手にしていたナイフをそのまま炸裂させ、強引に距離を取る。
が、彼女の想像以上の衝撃だったこともあり、膝をつく。
「パル!」
ハウンドの呼びかけに、心配ねえよ。と答えるが、右手首から先は吹き飛ばされている。
止血はすでにされているようだが、利き手を自ら潰したと同義だ。
「やりにくいですねぇ…正々堂々と1対1でやりませんか?」
フィールの顔面の半分は吹き飛ばされ、筋肉があらわになっている。
正確にはすでに再生によって半分ほど元に戻っている。
「天使…」
ハウンドの呟きに応えるようにフィールは名乗る。
「改めて初めまして。私は第3天使フィエル。」
新たな天使との対面に身構えるパルとハウンドに、バイソンは提案する。
「先輩方。ここは任せてください。」
ハウンドは、落ち着け。と言い、前に出る。
「いえ、お二人はレイモンドに合流してください。それが、貴方がたの『仕事』でしょう?」
バイソンはハウンドよりさらに一歩前に出ると剣の先を地面に擦り線を引く。
「ここから先へは通しません。」
「カッコつけさせてやる。だから死ぬんじゃねぇぞ。クソガキ。」
パルはふらつきながら立ち上がる。
「策があるんだな?」
ハウンドの答えに笑顔で頷くバイソン。
2人は、彼の表情に犠牲となる気がないことを理解すると北西へ向けて走り出す。
「逃しませんよ!」
フィエルが右手を挙げるとトラックを襲った魚が、川のように2人を追いかけようとする。
だが、魚達はバイソンの引いた線から現れた土の壁に阻まれ、止まってしまう。
「通さんと言った。」
壁の出現に驚いていたフィエルの一瞬の隙をついて懐に潜り込んだバイソンはフィエルの右腕を切り飛ばす。
「舐めるなぁ!」
振り下ろすように放たれる左の拳がバイソンの顔面に触れる。
しかし、バイソンの顔が砂のように崩れると、そのまま左手首を拘束する。
「素人だな。」
自身の左後ろにまわっていたバイソンの声に反応して体を捻ろうとするフィエル。
だが、拘束された手首が引っかかり、詰まってしまう。
「八連石突」
バイソンの言葉と共に、柄が光を放つと、壁から8本の土でできた槍がフィエルを貫く。
「く…ぁ…」
呻き声をあげるフィエルの足の甲に剣を突き刺し、バイソンは再び、
「石椿」
と言葉を発し、剣から手を離す。
剣を軸にするように地面から巻き上げされた砂や土がフィエルの体を飲み込むように成長する。
「それはお前の魔力が尽きるまで拘束し、魔力を吸い上げ続ける。椿の華が落ちる時、お前の命も終わる。まあ、見れないだろうけどな。」
バイソンの説明のほとんどはフィエルの叫びにかき消される。
バイソンが背を向け、歩き出そうとすると、背後から強烈な風が吹きつけてくる。
振り返ると、目の前に拘束したはずのフィエルがいる。
(バカな…)
彼の思いが言葉になるよりも早く、フィエルの左拳が彼を吹き飛ばした。
「ん舐めるんじゃなぃ。貴様如きの小手先の手が天使に通じるなどと思い上がるな…!」
フィエルは右腕を拾い上げると、切断面同士を付け合わせる。
バイソンが、鼻血を拭って立ち上がる頃には、フィエルの右腕は完全に元に戻っていた。
バイソンは、腕時計に仕込んだ術式に魔力を込めると、先程まで握っていた剣とほぼ同じ形の半透明の剣が形作られる。
光魔法による魔力形成だ。
まだ、戦える。
その意思表示をするように構える。
フィエルは、その姿を鼻で笑うと、両手を広げる。
「天使に喧嘩を売る意味。刻みつけてあげましょう。」
フィエルの背中から羽が広がる。
絵本で見たような天使の姿に圧倒されるバイソン。
だが、一瞬、目の前の天使が消える。
後ろに飛んで距離を取ろうとする彼の目の前に、フィエルが現れる。
左2発からの右ストレート。
基本的なコンビネーションだとしても、予備動作すら見えない速度で放たれるそれは、拳というより衝撃の直撃だ。
かろうじて右ストレートまでに間に合った身体強化により、吹き飛ばされず、大きく仰け反るレベルに抑え込んだバイソンだった。
顔面に入った左によって滲んだ視界の端で、フィエルが右側面に回り込むように動いているのが見えた。
(間に…合わない…)
左の脇腹へ感じたことのない衝撃が走る。
くの字に体が、折れ曲がる。
「終わりだ。」
フィエル渾身の左ストレートは浮き上がったバイソンの顔面を捉え、一回転させる。
うつ伏せに倒れ伏す彼の手からは、光魔法の剣が維持できず消えている。
「なるほど。国外で落ち合う気か。」
パル達の走り去った方向を確認し、おおよその当たりをつけたフィエルは歩き出そうとする。
だが、その足首をバイソンは掴む。
「とおさん…と…いった…」
フィエルは抵抗するバイソンの腕を振り払うと、彼の胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。
「龍の国の人間というのはどうして諦めが悪いのでしょうね?」
問いかけに応えるものはいない。
だが、その答えのようにバイソンの目はまだ死んではいない。
「では、頭が吹き飛んだ後もその覚悟が残るのか…試すとしましょう。」
左腕で掴んだバイソンを引きつけながら放たれた右の拳はバイソンの顔面を捉え、首から上を吹き飛ばした。




