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白の襲撃者  作者: 田中 遊華’s
シーズン1 Trigger of Catastrophe

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1-22 大書堂

大書堂【一般情報】

天の国、南に存在する施設。

古今東西の書物が収蔵されていると言われており、過去の貴重な資料が多く収蔵されている。

一方で、一般向けに蔵書の公開もなされており、堂内の読書スペースは飲食禁止にも関わらず常に書物を読む人々で埋められている。


ハウンドは夢中で車を走らせ、未開拓の森(守護の森)を駆け抜けた。

今現在、自分たちが森のどのあたりにいるのかさえもわからない状態で、少し開けた場所に出たので車を停めたのだった。

それから小枝をドッグスに集めさせ、焚き火を始めたのがおよそ1時間半ほど前になる。

パルは自分で車から降りた後、地べたに座り込み血に染まった右手をただ茫然と見つめている。

ハウンドが何度か、手錠を切ろうか。と呼びかけたが反応せず、タバコさえ吸うこともなかった。

ハウンドはサカラの計らいで予め車に積まれていた食料を取り出し、パルの横に置く。

「食っとけ。いや、頼むから食ってくれ。」

ハウンドの言葉に変わらず無反応のパル。

「俺から何か言えることはねぇ。どうすればいいかもな。ただ、お前がまだ生きていたいと思うなら俺はそれを尊重する。」

ハウンドは座りながら語りかける。

彼自身、ここまで追い込まれるとは思っていなかった。

女王陛下の暗殺容疑。

それが滝の国ではなく、自分達に向けられた。

こうなった以上、彼の持つ命令書も脅迫によって作られた偽りのものだと言われればなんの力も持たない紙切れとなる。

「頼む。なんとか言ってくれ。」

声が震えてしまった。

向かいに座るパルが生きることを拒否しているように見えて彼は辛かった。

生きたいという一心で慰み物として扱われたスラム街を生き、軍の所属となった後も、その想いだけを胸に死線を潜ってきたはずだ。

そんな彼女が人形のように座っているだけなのがとてつもなく辛かった。

泣いているのならそれでもよかった。

怒りを振り撒くのならそれでもよかった。

なんの反応もない今が、行き先のわからない自分にとっても辛かった。

ハウンド。という呼びかけに顔をあげる。

「これ、切ってくれ。」

パルがかけられたままの手錠を見せる。

ハウンドは跳ねるように立ち上がり、クロガネの刃で鎖を断つ。

「悪い。輪の方はどうしようもねぇ。我慢してくれ。」

パルは自由になった手を見つめ、

「はっ。罪は被ったままかい。」

と自嘲する。

「そういう皮肉が過ぎること言うのは辞めろ。冤罪だろうが。」

パルはハウンドの説教じみた答えに肩をすくめると、タバコを取り出し、火をつける。

これからどうするんだ。とハウンドが問いかけようとするのを遮ってパルは口を開く。

「どうもこうもねぇのさ猟犬。こんな風に喧嘩売られたんだ。何が相手でも潰して後悔させるのさ。」

パルの目は人形のような虚さから、殺気を孕んだものに変わる。

「シュリーだろうがサーペントだろうが天使だろうが潰して、奴らの首を陛下の墓に供える。それがあの人への供養だ。」

ハウンドは止めたかった。

だが、今、彼女が復讐という目的のために生きようとすることを止めたくなかった。

止めてしまえばまた人形に戻ってしまう。とそう思った。

そして一方で、自分にも復讐心があることも自覚していた。

「目標があるってのはいい人生の証拠かもな?だがどうやって事を進めるんだ?」

ハウンドは皮肉混じりに賛同する。

「日が出てきたら大書堂に行こう。あそこにオレの頼みを断れない奴がいる。」

パルはそう言うと、タバコを焚き火に投げ入れ横になると目を瞑る。

ハウンドは一気にいつもの調子を取り戻した彼女に驚きながらも軍用食レーションを食べて寝た。


翌朝、ハウンドは耳元で轟くエンジンの音で目覚めた。

「結構早起きだな?」

不服そうに運転席のパルに小言を垂れる。

日が出てからと言っていた割に、空は薄暗く夜明けの直前と言った具合だ。

「大書堂までちと距離があるからな。乗れよ。さっさと森を抜けようぜ。」

そう言ってハウンドに乗車を進める。

彼女にしては珍しく、車の灰皿は綺麗な状態だ。

ハウンド助手席に乗り込むと、パルは迷いなく車を走らせていく。

「なんで道がわかるんだ?」

ここは複雑な森の中であり、龍の国の管轄する土地でもない。

ハウンドの疑問にパルは、オレの庭みたいなもんさ。と答える。

森を抜けて、土が剥き出しになった部分に合流する。

普段は多くの人や車を見かけるこの道も昨日の混乱と夜明け前という時間帯もあってか閑散としている。

車が大書堂に到着する頃には昼過ぎになっていた。

大きな弧を作るようにして建てられた東西の建物。

そしてその中央には城と見間違うほどの巨大な本堂が据えられている。

ハウンドが士官学校時代に研修で訪れた際とほとんど変わっていない。

パルは到着した事を誰かに伝えることもなく、中央の本堂へ進んでいく。

ハウンドが後を追うように歩き出す。

堂内には多くの研究者や学生がおり、ページをめくる音とメモをとるキーボードやペンの走る音が響いている。

パルは迷うことなくカウンターに向かい、

「アルデント・サラの著者を探している。」

とカウンターの司書に伝える。

司書は、少々お待ちください。と答え、端末を操作するとメモを取って、奥に向かっていく。

膨大な蔵書を抱える大書堂ではよく見られる光景だ。

ハウンドが気になったのは著者の名前だ。

「お前、本書いてたのか?」

アルデントはドクのファミリーネームであり、サラはパルが以前に使用していた仮名だ。

「オレは天才美少女だせ?詩集ぐらい出すさ。」

パルの回答に、肘で小突いて返すハウンド。

冗談のわからん奴。と彼女が呆れる。

そんな事をしていると司書が戻ってきた。

先ほどとは違う高齢の男だ。

「司書長は3階の奥です。」

男はそう言って本を手渡す。

パルは礼を言ってカウンターを離れる。

2階の踊り場はテーブルがいくつか用意されており、蔵書を読めるようになっている。

パルはその内のひとつに向かい、椅子に座るようにハウンドに促す。

ハウンドが対面に座った事を確認してパルは先ほどの詩集をテーブルに置く。

表紙には『The Dragon』と書かれており、著者はアルデント・サラになっている。

パルが本の表紙に手を置くと青白く光る。

個人認証式の本になっているようだ。

「どんな恥ずかしい詩を書いたんだ?」

詩集とは思えない堅牢っぷりにハウンドは思わず口に出してしまう。

センスのないジョークだ。とパルが呆れながら表紙を開く。

中は本とは名ばかりの小箱のようになっており、札束とペンダント。そして用途不明の鍵が入っていた。

パルは札束と鍵を懐にしまうと、ペンダントを手に乗せハウンドに見せる。

「アリアンナにもらったんだ。」

デフォルメされた龍の横顔を模したペンダントをパルは自身の首につける。

龍の眼には赤い宝石が輝いている。

「手放すのか?」

とハウンドの心配そうな声にパルは小声で笑って、

「安物さ。売っても飯代にもならねぇよ。」

と答える。

昔、露店で買ってもらったのさ。と続け、立ち上がると再び階段を登っていく。

3階の突き当たりの扉には『関係者以外立入禁止』の札が貼ってあった。

パルはそれを気にすることなく扉を開ける。

奥には廊下が伸びている。

ハウンドはパルが自分の家のように堂々と進んでいく後ろをついていくと、彼女は1つの部屋の前で足をとめる。

部屋には特に名札などはない。

司書長のいる部屋にしては違和感を感じる。

パルが扉をノックする。

中から物音がした後、扉が内側から開く。

よお。とパルが挨拶する。

中から現れた老人にハウンドは見覚えがあった。

「あぁ。あぁあぁ。なるほど、なるほど。よく来たなドラゴン。いや?白の襲撃者ストライカーと呼んだがいいかな?」

老人はパルがドラゴンであることに気付き、部屋に入るように大きく扉を空ける。

「あんだそりゃ?」

パルは自身のあだ名が気になった。

「ぐ…軍部長……?!」

ハウンドは死んだはずの人間が生きていることに驚く。

彼の記憶の中のイメージとは少し離れているが、その老人はトータスの前任の軍部長、ホエールその人になる。

「うん?お?おぉ!なるほど久しぶりだな。猟犬が小隊長の君だったとは!」

老人はハウンドが何者か気付いたようだった。

2人が部屋に入ると、老人は自己紹介する。

「初めましてというのは少しおかしいな。私はダニエル。シェラムド・ダニエル。今はここ名ばかりの司書長だ。」

ハウンドの記憶にあるホエールの本名とは異なるが、パルが横から補足する。

「ホエールだよ。前の軍部長。」

ハウンドは驚き、目を見開く。

かつて世界最強と謳われた時代の龍の国海軍のトップで、軍部長としても、その手腕で軍縮の進む情勢にも関わらず、海軍の戦力を維持しつづけた男。

記録こそなかったものの、5年前に死亡したことになっているはずだ。

「まあ驚くのも無理ないか…知っておるのはドラゴンとサフィアだけじゃからのう…」

申し訳なさそうに禿げ上がった頭をなでる。

あっけに取られるハウンドをよそにパルはいつの間にかソファーに腰かけてタバコを吸っている。

「おい、さっきの白の何とかってなんだ?オレの存在は秘匿されてるはずだぜ?」

パルの疑問に、ホエールは机にある新聞を開いて彼女に見せる。

「今朝の朝刊で人相書きが出ておる。龍の国の女王暗殺容疑者、白の襲撃者ストライカー猟犬ハウンド・ドッグ。」

パルは新聞の内容を読み上げる。

「以下2名は昨日の女王暗殺の容疑者である。発見次第、当局に連絡されたし?白の襲撃ストライカーは銀髪に赤い目の女性。年齢は30歳前半?もう1名は猟犬ハウンド・ドッグ。暗めの赤い髪の40歳前後の男性…おい、これ…」

「かっこええじゃないか。白の襲撃者ストライカー。」

読み終えたパルに対してホエールは感心したような声で話す。

「そうじゃねえ!どうしてオレの実ねn…じゃねえ!どう見てもオレは20歳だろうが!おい!」

パルは新聞を机に叩きつけながら吠える。

「無理をするな。」

ホエールは諭すように言う。

パルは舌打ちをしてソファにもたれかかる。

目が泳ぎ、返す言葉に詰まっている。

「とりあえず部屋で休め。明日にでも話は聞いてやる。」

ホエールの提案にパルはタバコを灰皿に強く押し付け、無言で立ち上がると部屋を出る。

すぐ隣の部屋の扉の閉まる音がしてハウンドは我に帰る。

「少し…話を聞かせてもらっても?」

ハウンドは新聞を片付けるホエールに聞くと、もちろんだ。と彼は返し、ソファーを勧める。

ハウンドが着席するとホエールは、どこから話したものか。とあごを撫でる。

「5年前に何があったんですか?自分は葬儀にも参列したんです。」

ハウンドは1番気になっていた部分を問う。

「5年前、私はサフィアとドラゴンの護衛で港小島へ視察に行くことになった。その際正体不明の何者かに襲撃され、裏から事態を把握するために死んだことにするように2人に頼んだのさ。」


今から約5年前。

軍部長であったホエールは港小島と呼ばれる交易の要所へ視察が計画された。

港小島は麦の国の南西、人工的に拡大された場所で各国が船での輸出入を行うための中継地点となっていた。

だが、当時、海賊行為が頻発し、港小島の戦力では対処しきれない案件が出てきたのだった。

そこでホエールは龍の国の海軍の一部を港小島の防衛力として派遣することを国際会議の場で提案し、承認されていた。

各国が軍縮の進む中で龍の国の海軍戦力をどのようにして削ぐのかという命題を腹に秘めての会議だったこともあり、自ら港小島へ海軍を派遣するとなれば命題の達成とも言えたことからあっさりと提案は承認され、視察は実際の派遣の先発隊でもあった。

防衛に任命されたのは当時から海軍No.2だったオルカであり、彼女はドラゴン(パル)とともに港小島への移住であればそれで良いと快諾した。

だが、移動中にオルカの船を含む3隻全ての機関が停止、立ち往生してしまう。

状況確認を行うよりも早く前方の2隻が撃沈され、オルカ、ドラゴン(パル)、ホエールの乗る船だけが残る形となった。

甲板にオルカとドラゴン(パル)が飛び出し、襲撃してきた何者かと交戦。

船を半壊させるほどの激戦であったが、最終的にパルが止めを刺した。

その後、相手の異常性からホエールは民間ではなく、どこかの国が刺客として派遣したものと推測した。


「軍部長としての肩書きがあっては調べるのに苦労すると、そう思った私は2人に死んだことにするように頼んだのさ。」

昔話を終えたホエールは息を吐く。

「すまんな。5年も時間をもらったというのに大したことはできなかった。それどころか君たちに余計な負担をかけたようだ。」

ホエールは頭を抱える。

「ですが、まだ巻き返せるはずです。フレイル陛下は生前、パルに切り札を託しています。内容は分かりませんがパルはそれが現状打開のために有用だと思っているようです。」

「そこまであの子を信頼するのかね?」

ハウンドの声から感じられる自信にホエールは驚く。

彼の中のハウンドは、自分と話すのに緊張する小隊長のままだった。

「信じますよ。あいつは身内の犠牲を無駄にすることは絶対にしないでしょうし、自分の持つ切りそれが有効かどうかわからないほどの世間知らずでもない。」

「男児3日会わざれば…か。見くびっていたよ。トータスの人を見る目というのは流石だと言わざるを得んな。」

ホエールはハウンドへの評価を改めるとニヤッと笑う。

「そこまであれに惚れ込んだのなら私がどうこう言うことはないよ。今は、あいつを支えてやってくれ。」

ハウンドは頭を下げると、部屋を出る。

ホエールはその背中に頼もしさと懐かしさを感じた。


『オレはあいつを信じますよ。例えオレが死んでもあいつは前に進んでくれるはずだ』


幾つかの後悔、その一つを思い起こさせた。

あの時、共に戦う。と言えばよかったのかもしれない。

だからこそ。

今度こそ。

悔いのない選択をしたい。

今がその時なのかもしれない。

ホエールは葉巻に火をつけた。

まだできることがある。

それがなんとなく嬉しかった。


次回は水曜日

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