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白の襲撃者  作者: 田中 遊華’s
シーズン1 Trigger of Catastrophe

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26/306

1-19 喧嘩


コーヒー【一般情報】

コーヒー豆を焙煎し、粉砕したものを水やお湯で抽出した黒い飲料。

世界中で飲まれている。

カフェインが含まれ、野営や見張り番のオトモでもある。

豆の厳選、焙煎、抽出にこだわる人も多く、トータス、ホエールを初め、ハウンドの数少ない趣味の1つでもある。

戦場の娯楽としても飲まれ、上官や部隊員に造詣の深いものがいる部隊をひそかに望む兵士も多い。

余談になるが、ホエールが長期の航海でコーヒー豆を切らした際にパン粉を焦がしたものから抽出したコーヒー的な飲み物を振舞ったことがあり、オルカはひそかに再現したものを現在もたしなんでいる(パルに振舞った際は、コーヒー豆を使ってないことを一口で見抜かれた)。


カフェを出るドクの手には自身が先ほど楽しんだサーモンサンドのテイクアウトが握られている。

パルへの土産であるが、ハウンドに渡させれば仲直りのきっかけになるだろうと思ってもいた。

再び、ホテルに戻ろうかと考えながら足を進める。

教え子と袂を分かった直後ではあるが、その心は意外なほど晴れやかだった。

それは、自分の立ち位置こそが、正しいと。

自分のポリシーに従った位置にいると。

その確信からくるものだった。


ハウンドが、セッカの家の前でタバコを吸っていた。

先ほどまで和やかな雰囲気で話をしていたのだが、その目はいつもの冷徹とも言えるほどの兵士の目になっていた。

彼の端末に入ったマザーからの連絡は、これまで靄に包まれていた天使達という存在の輪郭の一部をはっきりとさせるものだったからだ。

「そのマイセンが天使をパルと同じように生産したと。で、昨日、俺達が遭遇した謎の存在はその失敗作、ないし教団の兵士だってことか。」

遠くを見つめながらつぶやくように言う。

こんな話を娘達に聞かせたくはない。との思いからだ。

マザーから、ドクがホテルに戻ることを聞いた彼は、タバコを携帯灰皿に押しつけもみ消す。

すると、彼が背を向けていた家の戸が開き、セッカが顔を出す。

「行ってしまうんですね。」

寂しそうに言う娘にハウンドはシュナイダーとして答える。

「申し訳ない。急な仕事でして…また来ます。」

そう言って歩き出そうとする彼の腕をセッカがつかむ。

「今度…母の墓参りに行きませんか?」

ハウンドは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

(気付かれた?!いやそんなはずは…)

ハウンドはできるだけ顔に出さないように、もちろんです。と答えると、セッカは彼の腕を離し、笑顔で見送ってくれた。

付いて来てほしかった気もしたが、また会いにくればいい。と思うことにした。

町は昨日の騒ぎなどすでに忘れている様な活気だった。

昨夜、傷心のままトータスに報告したが、うまいこと手を回してくれたのだろう。

ホテルが見えてくると、タバコの臭いでドクがいることに気付く。

パルと同じ銘柄ではあるが、彼はすでに旧式となったオイルライターを使っているのですぐにわかった。


港の国に着くころには夕方になっていた。

運転席に座るドクのサングラス姿は初めて見たが、意外と様になっている。

ノーチラスの格納庫に着くと、パルがタバコの煙を吐いていた。

灰皿にはこぼれそうなほどの吸い殻がある。

パルは、ハウンドを見るとタバコを消し、立ち上がる。

その目には迷いが見える。

ドクが、車から降りるころには2人の距離は手が届くほど近づいていた。

(不器用だなあ…)

お互い何も話せばいいかわかっていない様子をドクは可愛らしく思った。

そう思っていたが、パルの言葉耳を疑った。

「喧嘩するか。」

は?と思わず声に出た。

ハウンドもまた、そうなるよな。といい、サンドイッチとえものを奥のテーブルに置く。

ドクがあっけに取られていると、パルが目の前に来ていた。

「預かっといてくれ。装備の話は後でな。」

「いや待て待て!なに?喧嘩?今から?ハウンドとか?!」

ドクは慌てふためきながらパルに聞く。

パルは、無言でコートを脱ぎ、ドクに渡す。

無言の肯定だ。

再び、2人が手の届く距離に立つ。

ドクが止めに入ろうとした瞬間。

鈍い音が船倉に響いた。

のけぞる2人。

(止めようがない…)

ドクは本能的に2人の間に入ることを拒否した。

殺伐とした様子で2人は体勢を立て直す。

「なんで!そんな!晴れやかな顔で!帰って来てんだ!」

パルは声を荒げながらハウンドのガードを殴りつける。

女性どころか一般の兵士のパンチ力などはるかに超えるそれは、一撃ごとに彼のガードを崩す。

だが、ハウンドも軍人である。

即座にガードを固めなおし、全てを防ぎきると、即座に反撃に転じる。

「てめえに!関係あんのかよ!」

右のフックからの左のミドルキック。

パルもガードしていたが、その上から強烈な衝撃を与えるほどだ。

思わず、体を丸め、距離を取ろうとするパル。

ハウンドは容赦なく踏み込み、

「お前が!優しいってのは!昔からだろうが!認めろやぁ!」

コンパクトにかつ的確に弾丸の様なパンチコンビネーション。

締めの左ストレートがパルの顔面を捕らえる。

だが、そこで泣き出す様な女ではない。

伸びきったハウンドの左腕の手首を右手で掴むと、一気に引き寄せ、顔面に左の肘鉄を喰らわせる。

今度はハウンドが距離を取ろうとするが、再び左腕から引き付けられる。

更に、右腕で、フロントネックロックの形でハウンドの首を捕らえたパル。

「なにがわかるってんだぁ!あ?テメエに!なにが!わかるんだ!オラァ!」

罵声を交えながら、鳩尾に膝を何度も叩き込む。

ハウンドは自由な右腕でパルの足を取り、タックルで倒そうとするが、パルはDDTの要領で彼の頭を床に叩きつける。

体制が崩れながら放たれたがゆえに、衝撃で首のロックが緩くなったのをハウンドは見逃さず、頭を抜く。

だが、頭部へのダメージと勢いよく動かしたため、めまいを起こし、ふらつく。

パルは跳ね起きるように両足でハウンドの顔面を蹴りとばす。

「わかんねよ…お前には自分の子供にあってほしいって思うけどよ。オレに謝ってほしいとも思ってる…」

震える声で思いを吐露する。

呆然と見ていたドクは彼女パルハウンドの思いを理解した。

(ハウンドはそれが気に入らなかったのだな)

「んだよ…優しすぎんのも苦労するんだな。」

ハウンドはよろめきながら立ち上がる。

パルは向かっては来ない。

だが、彼はそれをあえて無視して続行する。

「だったら!殴れよ!怒れよ…」

3連発のコンビネーションパンチのつもりだったが、力がない。

パルはそれを見抜き、ガードすらしない。

ハウンドは膝から崩れ落ち、涙ながらに訴える。

「俺が悪かった…それはわかってる…けどよ、お前はもっと…自分を大事にしろよ…」

え?とパルは意外そうな顔をする。

「ふざけんな…オレは人間だ…ってそう言えよ…気ぃ使うことねえんだよ…」

パルは無意識にハウンドを抱きとめていた。

「悪い。オレ、なんもわかってなかったんだろうな。」

腕の中で泣き震えるハウンドの様子から、いつの間にかパル自身も涙を流していた。

「サンキューな…ハウンド…お前やっぱいいやつだよ…」

ドクは、喧嘩が収まったことに安堵した。

(割って入るのは無粋か…)

ドクは『落ち着いたらラボへ来るように』とメモを書き上げ、船倉を出る。

2人の泣く声が彼の足音を消した。


2時間ほどして、港の国を出たノーチラス。

出航からほどなくしてハウンドがラボを訪れた。

顔は大きく腫れ、目は赤い。

「まあ大丈夫だろう。戻るまで安静にな。念のため、軍医の予定を抑えておいたから必ず受診してくれ。」

一通りの検査と手当を終え、彼に氷嚢を渡す。

ん。とハウンドは答えると立ち上がって、部屋をでる。

入れ替わるようにパルが入ってくる。

「珍しいな?脳の検査をした方がいいか?」

シャワーを浴びた後の彼女にしては珍しく、今日はシャツにハーフパンツとラフな服を纏っていた。

「茶化すなよ…」

パルは頬を赤らめる。

「なんか…恥ずかしくて…よくわかんねえけど…脱いだ方がいいか?」

小声で乙女のような反応に、ドクは本気で心配した。

「脱がんでいい!マザー!脳の検査を予約してくれ!」

ドクの慌てようは女性に対してであれば愚弄でしかない。

簡易ではあるが検査は異常なしであった。

念の為絶対安静をパルに言明した。

その後、パルに点滴用の針を刺す。

透明な液体が少しずつ彼女の体に注がれる。

「痛くないか?」

問題ねえ。といつもの調子に戻ったパルが答えるとドクはうなづく。

「何かあったらマザーに言ってくれ。ワシはハウンドの様子を見てくる。」

ドクがラボを出る。

龍の国到着までおおよそ2時間。

ドクはブリッジにいたハウンドの対面の席に座る。

「あいつの様子は?」

口の中を切ったためか、少ししゃべりにくそうにハウンドが聞く。

ドクは笑いながら答える。

「問題ないよ。珍しく服を着て、裸は恥ずかしい。などと言っておったがね。」

ハウンドも、それは珍しい。と笑う。

「今、血清を点滴している。1時間ほどで終わるよ。」

ドクがパルの状態を伝えると、例の血清か。とハウンドが繰り返す。

「簡単に言えば安定剤。いや、血の原料と言ってもいい。あいつの血はワシが提供させられた研究用のサンプルだ。出どころについてはワシもよく知らん。だが、異常なほどの魔力を持つ『血』ではあった。」

ドクは一呼吸おいて続ける。

「血自体はパルの体に埋め込まれた機械で補えるが、効率が恐ろしく悪い。だからこそ、ワシは血液の生成を助けるものを作ったんだ。それが血清だ。マイセンの思っているほど特殊なものじゃない。」

ハウンドは話を聞きながら、マイセンという人物の才能に驚く。

逆説的に考えればドクですら解明しきれていない血液を人工的に生成しているということになる。

そんなハウンドの考えなど知る由もないドクは立ち上がり、

「何かあったら呼んでくれ、えげつない角度で落とされていたろ?」

そう言って、笑って見せた後、ブリッジを出る。

深海を進む船の進路を阻むものはない。


ドクと別れた後、滝の国の東端にあるアジトにマイセンはいた。

『なんとしてもこれ以上の損害は防がねばならん』

PCのスピーカーから落ち着いた声が流れる。

龍の国への襲撃を行ったエルカの声だ。

『全てはレイモンド・サイカーによる被害が原因でしょう?馬鹿を率いるのは面倒だ。』

今度はラキエの声。

「ヴィラスによるドラゴ・ドライム暗殺と時期がかぶっただけに少し、計画が遅れたが、巻き返すには十分だろう。」

マイセンは自信たっぷりに答える。

『また同じ手を使うのはスマートじゃあない。あえて派手に行くというのはどうです?』

抑揚のない声はサーペントのものだ。

ほう?と声がするが、誰のものかマイセンは判別できなかった。

しばしの沈黙。

それを破ったのはサーペントだ。

『おや?任せていただけると理解しても?』

『ふむ。よいではないか?破滅への引き金を引く。思えば、フレイル・ドライム…あの女の登場もまた、計画をゆがめた一因だ。わかりやすく退場してもらうのが一番かもしれんな。』

エルカがサーペントの提案を認める。

『では、ご期待に添えるようわかりやすく始末しましょう。決行は…一月後の滝、龍の国のトップ会談の当日。』

サーペントはピクニックの予定を立てるように嬉しそうに話す。

『博士も滝の国を離れるといい。そこにいる必要はないでしょう?』

ラキエの言葉に、そうだな。と答える。

「次は風の国に行くとしよう。確か、フィエルがいたな?」

『ええ。お待ちしています。博士。』

艶っぽい女性の声が答える。

では、解散。というウリエの声で皆が退出する。

マイセンもまた、PCを閉じて立ち上がるとクローゼットの中にある服をスーツケースに詰める。

資料はない。

全て頭の中にあるし、PCの記憶媒体はすでに回収済みだ。

風の国。

現在地の滝の国から列車で1日ほどかかる距離だ。

荷物をまとめ終えると、PCを裏手の川めがけて投げ捨て、ベッドに横たわる。

目をつむると簡単に眠りに落ちていく。

もはや血清など不要だ。

最高傑作である7人の天使と国家権力にまで及ぶ教団の力、そして代替品ディプタド

稀代の賢人など。

龍の国など。

最強の兵士ドラゴンなど。

相手にならない。

その優越感はたかが50体のディプタドをを失ったとしても、揺るぐことはない。

さながら砂漠の砂を一袋持ち帰られただけのように。


次回は土曜日

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