1-15 置いてきたもの
砂の国【一般情報】
天の国などが位置するサンヨウ大陸の隣、キョウラク大陸に位置する内陸国。
国土の大半が砂漠であり、ウラウ河という大河に沿って街が形成されている。
絹織物の名産地とされ、それを用いた貿易業が盛ん。
近年では麦の国の支援プログラムによって砂漠地帯でも育つ品種改良された芋などの栽培も増えてきている。
軍隊は陸軍のみであり、治安維持のための憲兵としての機能も併せ持つ。
国家元首はべザム・オザルス。
パルがフレイルの執務室へ続く廊下を歩いていると向こう側からオルカが歩いてくるのが見えた。
パルは近づくにつれその表情が暗いことに気付く。
「どうしたんだよ。」
パルは聞かずにはいられなかった。
うん?とオルカの目がパルを捉える。
気づかなかったよ。とオルカは申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ちょっと陛下に呼ばれてね。色々と話をしてきたのさ。お前の昔話を含めてな。」
パルは合点が言ったように苦笑する。
娼館で買われて人体実験をされて戦場へ駆り出された話など誰が聞いても気持ちのいいものではない。
「陛下には刺激が強すぎたんじゃねぇか?」
パルはあえて茶化すように聞く。
「いや、ずっと真剣に聞いてたよ。アタシも途中で泣き出すかと思ってたが、あの人は想像以上に強い。そして純粋すぎる。」
そう言ってパルの肩を叩く。
「お前は自分のこととなると皮肉が過ぎるきらいがある。よく考えて話をしてやれよ。」
オルカは再び歩き出す。
「皮肉が過ぎる…ね…姉妹揃って…」
ほんとに似てるよ。パルはオルカに聞こえないように呟くと、また歩き出す。
『お前、そういう皮肉が過ぎるようなことを言うんじゃねぇ。お前は良くてもオレは良くねぇんだよ。』
初めて聞いた真剣な声。
そんな過去の記憶が呼び起こされる。
実際、どういった表現が正しいかはパルには今一つ理解しきれていない。
扉の前に立ってノックする。
フレイルの、どうぞ。という声は少し震えているような気がした。
オルカが、パルと別れたのち、王城の外に出ようと歩いていると向かいから男が歩いてくるのが確認できた。
(なんてタイミングだい…)
男は彼女の上官に当たる龍の国海軍統括官サーペントだ。
白い髪に釣り上がった目、色白の肌はその名の通り白い蛇を思わせる。
「留守にして悪かったな。」
その声には申し訳なかった。という謝意どころか感情を感じられない。
「気にすることはないさ。アタシもいい加減、仕事に慣れてきたよ。」
オルカはあまり彼が好きではなかった。
おおよその人間らしい感情は感じられず、ましてやクーデターに加担してるとまで噂される男だ。
「決断はできたかね?」
なんのこったい?とオルカは思わず足を止める。
おや?とサーペントは首を傾げる。
「私がこの国をどうするのか、知っているかと思ったが?」
噂通りか。とオルカは悪態を吐きそうになるのを心に留め、
「クーデターかい?本気で実行できると思ってるわけじゃあないだろうね?」
あえて挑発するように、そしてあえてはっきりと聞く。
サーペントは小さく笑う。
この男でも笑うのか。とオルカは不気味さを感じる。
「君は本気で私を止められるとでも?いや、私達…か。」
オルカの警戒は殺気と変わる。
それは自分の上官である人間に向けて良いレベルを超えていた。
おっと。とサーペントは半歩下がる。
そこに1人の老兵が現れる。
王城警護班長のサカラだ。
「い…いかがなされた?」
彼はオルカの異様な殺気に反応して現れたが、目に見えて気圧されている。
「いや、気にすることはないさね。」
そう言ってオルカは踵を返して早足で去る。
サーペントはサカラに、
「私がサボっているのに腹を立てているのさ。」
と感情のない声で言うと彼もまた歩き出す。
残された老兵は、苦笑いしかできなかった。
滝の国では、レイカーがテッサと食事を楽しんでいた。
知り合ったのは3日ほど前だ。
バーで飲んでいた彼女にレイカーは観光客で、この国を見て回りたいのだと言って話しかけた。
不思議と話の合う彼と夜遅くまで酒を飲み、観光地へ車を出していた。
テッサの夫は兵士だったが、遠征先で愛人を作っただけでなく、自分たちにはまだ早いとしていたのに子供まで作っていた。
事実を知ったテッサは離婚の手続きを進めていたが、どうやら2人揃って死んだらしく、夫が生まれてくる子のために準備していた金や国からの手当が大金として入ってきた。
ただ、子もいない彼女は金を持て余し、バーで飲んでいたという経緯があった。
レイカーは簡単にそれを見抜いた。
バーで静かに飲んでいるようだが、服は新品同然。
さらに左手の薬指には指輪の跡があった。
急に大金を手に入れたが一通り楽しむと何をしていいかわからない人間。
絶好のカモだ。
後は簡単だった。
テッサの離婚の原因が夫にあると聞けば、酷い男だ。と同調し、夫への不満が一通り出ると今度は愛人へ、そこまでくると酒もかなりの量だ。
最後は死んで天罰が下ったんだと締める。
会話から相手の理想を聞き出し演じる。
この男の常套手段でもある。
一度、心を捉えた後は食事や買い物といったイベントを設定し、2人だけの時間を作る。
蜘蛛の巣にかかったように相手は逃れることはない。
心の弱った人間なら尚のことだ。
テッサを簡単に手籠にしたのち、エリア8-8の下見。
そしてお礼代わりの食事。
自分の注文ミスにしたのは彼女がお礼と言ってしまうと断るタイプだと判断した上でだ。
テッサとの会話を楽しんでいたところ、後ろから肩を叩かれる。
「後にしてくれないかな?」
と、にこやかに振り返る。
そこには無精髭を生やしたレストランには少々似つかわしくない男がいた。
その顔は以前に見た気がした。
「レイモンド・サイカーだな?」
テッサは立ち上がって、人違いよ!と声を荒げる。
「あー。ごめんよテッサ。」
そう言ってレイモンドは立ち上がると、外に出ようか。と男に告げ、歩き出す。
ヘイジ・ニッカ。
世界中の犯罪者を取り締まる天の国の警察組織の捜査官で、何度か彼から逃げたことがあった。
外に出てそれから逃げる手段を思案していたレイモンドは自分の甘さを痛感する。
「抵抗は無駄だと思え。」
ヘイジの声が後ろから聞こえてくる。
壁のように入り口を囲む捜査官たち。
こんなところで塀の中に行くわけには。
復讐という目的がある。
だが、無論、そんなことを話しても許される事はないだろう。
老若男女問わず騙してきた因果が回ってきたのだ。
レイモンドは、降参だ。と言い両手を上げ、誘導されるまま車に乗った。
行き先は聞かなかった。
いや、聞きたくなかった。
パルは、龍の国の女王執務室のソファーに腰掛けていた。
対面には白の部隊発足の時と同じようにフレイルが座る。
彼女の目は赤い。
パルが入ってすぐに、抱きつき涙を流していた。
それを嗜め、少し落ち着いたところだった。
「取り乱してごめんなさいね。貴女の話を聞いて、貴女が普通にしているのを見るとなんか辛くて。」
ずっと泣いているわけにはいかないので。と言いかけたが、オルカの言葉を思い出し思いとどまる。
「昔のことです。今は充実しています。」
そう言うとフレイルは、強いんだね。と呟きパルの隣へ移動する。
「それより、お話というのは?」
パルは話題を変えたかった。
「うん。ちょっと外に出ましょうか。」
と言ってテラスに出る。
パルもそれについていく。
はい。と言ってフレイルは両手を広げる。
パルはハグで答える。
うーん。とフレイルは唸ってから抱き返す。
フレイルはパルの髪を撫でながら、
「申し訳ないことをするのかもしれないわね。」
と微かに呟いた。
「え?」
パルが聞き返そうとすると、彼女は離れ、また、両手を広げる。
「とりあえず城から出ましょうか。」
フレイルの言葉でパルは意図をようやく理解して苦笑する。
パルはフレイルの腕を首に掛けさせ、両足を抱える。
「どこまで行きますか?お姫様?」
と、冗談めかして言うと、
「貴女に任せるわ。王子様。」
と、笑った。
パルはウィンクして答えると手すりに飛び乗ってから思いっきり飛んだ。
屋根から屋根へ。
軽々と飛び次いでいく。
月夜の晩に銀髪が靡く。
フレイルは腕の中であまりの速度に悲鳴をあげていた。
幾度か空をかけた2人が降り立ったのは王都から少し離れた墓地だ。
陸軍、海軍の戦死者を含めほとんどの国民が弔われており、幾つかの墓には花が手向けられている。
フレイルはパルに、やりたすぎだ。と言いたかったが、この場所を選んだパルの意図を汲んで黙った。
いや、パルがここを選んだことを考えると胸が締め付けられる思いだった。
「どうしようか迷いましたが、先にオレの話をしてもいいですか?」
パルは笑顔を崩さない。
演技ではないようだった。
構わないわ。とフレイルは静かに答える。
「ここにアリアンナが眠っています。サフィア…いえオルカから聞いたと思いますがオレにルビリアという名前をくれた家族です。」
そう言ってパルは歩き出す。
「オレは昔、戦場で生きることしか考えられなかった。どれだけの力も持っていようと死ぬのが怖かった。」
フレイルはパルの後を追う。
「それを変えてくれたのがルビリアです。彼女が家族としてオレを認めてくれた時からこの人のために生きよう。そう思ったんです。」
パルは一つの墓の前で足を止める。
墓標には、陸軍第二機甲兵隊隊長ルビリア・アリアンナの文字が刻まれている。
2人の間に言葉はなかった。
パルは静かにアリアンナの墓を見つめる。
風が木の枝を揺らす。
守れなかった。パルの震える声は、普段の様子からは想像できないほど切ない。
フレイルはそんなパルを抱きしめることしか出来なかった。
どう声をかけていいかわからない。
15年前に家族を失った事実が、彼女にどれだけの傷を残したのか。
パルは堪えきれなかった。
嗚咽と大粒の涙を止められなかった。
「十分よ…十分だから…」
フレイルは無理をしてまで家族の話をする姿に耐えられなかった。
「そんなに自分を責めないで…お願いだから、これ以上、自分を傷つけるのはやめて…」
「話すと決めたから…」
パルはフレイルの腕を振り解くように立ち上がり涙を拭う。
「オレは今でも気になっています。ルビリアが死んだのは意図的だったんじゃないかって。」
フレイルは耳を疑った。
それは、単に納得のいかない子供のような思いからくるものではなかった。
「アリアンナは国の金が別の場所に流れていることを知ったようです。単独でそれを調べていた。」
パルの目から涙が消え、殺気のような確信めいた力強い光が灯る。
「複数の国に支援の名目で外に出た金は回り回って財務大臣の懐に入っていた。そしてその金は着服されるのではなく美術品や土地の購入に充てられていました。」
パルは一歩、フレイルと距離を詰める。
「ガラクタ紛いの美術品に元軍用地で施設の残っている土地、果ては更地を買って倉庫を建てたり、ヤタ重工の支店誘致が行われたケースもあった。」
フレイルは思わず、どういうことなの。と口に出した。
答えは見えていたがそれが間違っていて欲しいと思わずにはいられなかった。
「財務大臣のシュリーは戦争の準備をしているんです。それも国家間ではなく世界規模の組織対国家の。」
パルはフレイルの思いを正面から砕いた。
シュリーは単にその組織へ便宜を図るどころかヤタ重工とのパイプを活かして武器の貯蔵などまで請け負っていた。ということになる。
クーデターを企てていると噂される男がそこまでの大規模な反抗を見据えていた。
それも15年前の時点で。
「ここまで話したのは貴女が初めてです。ドクもサフィアも知りません。」
パルはフレイルの肩を掴む。
「オレは貴女が好きです。優しくしてくれるし、1人の女として扱ってくれる。だから、貴女だけは絶対に守りたい。国のためとかじゃなくてオレの好きな人ととして。」
フレイルはパルの顔を直視できなかった。
告白同然の言葉はさっきまでの事実さえ吹き飛ばすほどだった。
「そういうこと、誰にでも言っちゃダメだからね。」
フレイルは少女のようなセリフを言わざるを得なかったが、でも本音なので。というパルの答えに少し呆れた。
だが、やっぱりそういう子なんだな。と安堵した部分もあった。
「貴女が、この国と教団を相手にすると、そういう覚悟を持っているからこそ話しました。貴女が相手にしようとするそれはオレにとって何よりも優先したい敵でもあります。だからこそ、オレは貴女の龍となって守り、戦います。」
微笑むその顔は兵士というには優し過ぎるほどだった。
「オレの話はここまでです。場所、変えますか?」
フレイルは、首を横に振る。
「私からは世間話を。と思ってたんだけどね。貴女の話を聞いた以上、切り札を貴女に託すわ。」
少し間をおいて、
「私ね、娘がいるの。」
今度はパルが、どういうことですか。と驚く。
「歳は今、10歳くらいかな。父親はドラゴ王よ。」
女王の娘であればそれは姫であり、それが先王の子でもあるのなら王位の正統後継者でもある。
「あの子を身ごもった時点で私は実家の砂の国に移ったの。そこで出産してゆっくり育てて、成人する頃にこの国に戻るつもりだった。」
でもね。と少し他人事のようにフレイルは続ける。
「王は無理が祟って亡くなった。3年くらい前ね。国はトップを失い、権力闘争が始まる。そんな中で6つか7つの子を即位させたところで止められるわけじゃない。だからこそ、私は女王として戻ることを決めたの。信頼できる数名に娘を託してね。」
フレイルは墓地の奥にある大きな墓を見上げる。
王家の墓であるそれは国王の偉大さを象徴するようであり、死後は国のために尽力したものたちを労うためとして国民と同じ土地に骨を埋めるという心意気の象徴でもあった。
「結果としては権力闘争の開始を遅らせるどころか一部の人間に力を蓄える猶予を与えただけかもしれないけどね。それでも後悔はしてない。」
夜風がフレイルの髪を動かすのをパルは呆然と見ることしか出来なかった。
今の話が本当であれば、切り札を託すという言葉の真意は簡単に辿り着ける。
「貴女には本当に悪いと思ってる。さっきの話をしてもらったのに、こんなことを言うのは残酷かもしれない。」
今度はフレイルがパルとの距離を詰め、手を取る。
「私に何かあったら、娘をお願いね。私のエゴだし、悪く言ってくれて構わないわ。それでも、この国を。世界を。人々を。戦乱の時代に戻したくないの。」
パルはまた泣きそうになった。
守ると誓った人間に守れなくてもいいと、そう言われた気がした。
「泣かないで。私の龍。アリアンナの調べが本当なら私の暗殺はそう遠くない未来に起こるわ。その時は砂漠を飛ぶ鷲を探して。切り札はそこにあるから。」
パルは跪いて握られていた女王の手の甲を両手で握り返す。
「そんな…死んでもいいみたいなこと…言わないで…ください…」
優しいんだね。貴女は。フレイルは母親のように語りかける。
「でも、しょうがないことなの。クーデターは止められないでしょう。その後にどうやって切り返すのか。それを考えておく必要があるの。」
しょうがないことなのよ。と繰り返したが、声が震えてしまった。
目の前にいる子が、もう1人の娘のような気がした。
それぐらいに愛おしく感じた。
故にこの子と娘と静かに暮らせたならどれほど幸せだろうかと思わずにはいられなかった。
それが抑え込んできた後悔を滲ませ、堅牢に築き上げた覚悟を僅かに揺らした。
「ちょっと歩こうか。」
お互いにこれ以上深く関われば辛くなるだけだ。と感じていた。
それでも、例え死にゆくことが定めだとしても思い出を胸に別れたい。
2人ともそう考えていた。
しばらく人気のない道を歩いた2人。
王城の裏手についたあたりで、パルは再びフレイルを抱えて執務室のテラスへ屋根伝いに戻った。
「今夜はありがとうね。また、遊びに行きましょ。」
フレイルの言葉にパルは、もちろんです。と答え、テラスから飛び降りる。
「おやすみ。私の龍。」
置いてきたもの。
それを引き継ぐことができた。
上手くいく保証などどこにもないがそれでも肩の荷が降りた気がした。
今日は薬がなくても眠れるだろう。と思い執務室を出て自室に向かう。
人気のない長い廊下はパルと初めて会った時の地下に少し似ていた。
次回は土曜日




