1-14 エリア8-8
アルデント・シュナイダー【個人情報】
龍の国の研究者であり、最高の賢人とも呼ばれる。
現在67歳。
龍の国、白翼の村で生まれるが、当時の大陸間戦争のために学校への進学ができず、魔力量も少なかったために最低限の読み書きを両親から教わりつつ、農場での肉体労働に励む。
その際、村の知識人であった老人から勉強を教わる。
14歳の時に戦争が終結。その後は医者を目指して勉学に励む。
21歳で医者としての資格を得ると故郷の村で村唯一の医者として活躍する。
そのころからコンピューターに可能性を感じ、医者としての業務の傍ら研究を行う。
医者としては人体と他の生物との魔法的、医学的な結合に関して多くの論文を発表。
再生医療の権威として今なお、多くのフォロワーを獲得する。
また、コンピューターエンジニアとして、人工知能の開発に傾倒しており、その知識は専門家のそれと同等ともいわれる。
ドクは二つのマグカップを手に桟橋にいた。
龍の国の王城からほど近くのこの場所は釣りの穴場スポットとして、陸軍、海軍問わず多くの兵士がここを訪れる。
最も、月の高い今の時間にそこにいるのは1人だけだ。
一歩進むたびに木製特有の軋む音がする。
その音に気付いたのか釣り人は振り返る。
「どうしたんだよ。こんな時間に。」
銀髪の彼女は儚げに笑う。
後悔したようなやりきれない顔だ。
「君が悩むときはいつも釣りをしているからね。」
ドクは彼女にマグカップを渡し、隣に座る。
ホットミルクか。と少女は少し嬉しそうに言うと竿を片手に啜る。
「ハウンドに話したのか?」
ああ。静かに彼の想像通りの答えが返ってくる。
「また、余計なところまで話したんだろう?」
ああ。少女は泣き出しそうなほど弱弱しく答える。
パル。彼女の名を優しく呼ぶと彼女の赤い瞳が彼を捕らえる。
「お前は優しい子だ。だからこそ、自分にも優しくあるべきだ。」
そう言って頭をなでてやると、パルは寄り添うように体を預ける。
大きくなったものだ。ドクがつぶやく。
「そりゃあ。まだガキだったからな。」
パルは懐かしむように言うと、少し申し訳なさそうに、
「飲み終わるまでこのままでいいか?ドク。」
その言葉は何度目だろうか。
「構わないとも。」
ドクの答えはいつもと変わらない。
静かな夜に響く波の音は2人を包んでいく。
父親と子ではない。
祖父と孫でもない。
それでも家族だ。
ドクは初めて出会った時の言葉を思い出す。
お前さえよければそれは今でも変わらない。
それを口に出さなかったのは、答えが怖かったのかもしれない。
或いは、聞かずとも、当たり前だと言われるからだったかもしれない。
パル!
怒号のような声で彼女の意識は覚醒する。
ぼんやりとした視界の先に見慣れた黒髪の女性。
「ん…サフィア…?」
全く。と呆れた声でオルカは隣で眠っている老人を揺する。
「ドク!あんたも起きな!」
ドクもまた寝ぼけた声を出す。
「2人揃ってこんなとこで寝ちまうなんて風邪でもひきたいのかい?!」
オルカの声を聞きながら、寝ちまってたのか。とパルは状況を口にする。
そうさ。とオルカは経緯を話す。
「朝っぱらからハウンドが慌てて連絡よこして大変だったんだよ!あいつ街中で犬まで出してお前らを探してたんだぜ!」
あー。とパルは慌てふためく彼の姿を安易に想像できた。
ましてや昨日の不安げな顔。
肝を冷やしたのだろうか。
パルは心配されていることが嬉しく思えた気がした。
「なにニヤついてんだい!さっさとハウンドにあってきな。船にいるよ。」
オルカはキビキビと来た道を戻る。
海軍のトップであるサーペントが不在にする機会が多く、2番手である彼女は非常に忙しい日々を送っている。
そんな中でも捜索に手を貸したのは家族の安否を気にしてのことだ。
「心配させたようだな。」
ドクは苦笑しながら立ち上がる。
パルもまた、笑う。
2人はゆっくりと歩き出す。
船までの道を半分まで来たあたりで、パルは釣竿を落としてそのまま流されて行ったことを思い出したが、諦めることにした。
ノーチラスに戻るとブリッジにはハウンドとトータスがいた。
ハウンドは2人を見ると涙を浮かべながら抱きつく。
「悪かったって。心配かけたな。」
彼は力強く2人を抱きしめながら、よかった。よかった。と震える声で呟く。
「だから、どこにもいかねぇって。」
パルの言葉にハウンドは我に帰る。
「頼むから今後はこういうことしないでくれ!」
彼の言葉の切実さにパルは笑顔で返した。
どこにも向かうことはない。
ここが自分のいるべき場所なのだから。
トータスはそんな光景を見守っていたが、おっといかん。と用件を思い出した。
「いいかなお三方?」
構わねえよ。パルの表情は軍人のそれに戻る。
「昨日の天使襲撃を含む、一連のトラ教団に関する事件だが、女王陛下より正式に任務としてお前らに調査をしてもらうことになった。」
そう言ってトータスは1枚の書類をハウンドに渡す。
「陛下は忙しいってことで軍部長である俺が代理を務めさせてもらう。」
ハウンドが受け取った書類をみる。
そこにはエリア8-8の調査を実施せよとの手書きの命令が記載されていた。
「手掛かりはドクの調査していた麦の国の男だが、そいつが今、滝の国の廃棄された軍事施設、通称エリア8-8の付近にいることがわかった。」
なんでそんなことわかったんだ?パルは疑問を口にする。
「オフレコになるがその男は病院から脱走してる。名前も把握できていないが、偶然、滝の国の入国時の書類で判明した。エリア8-8での目撃証言が滝の国の軍部に入ったのは昨日のことだ。」
滝の国は、龍の国の西にある麦の国の北西に位置する国だ。
麦の国と隣接しているため情報伝達が早く、入国の際に様子がおかしかったことから簡単に特定することができた。
「ドク、わかったことがあればここで話してくれるか?」
ハウンドはドクの方を見る。
彼もまた先ほどまでの取り乱した様子はない。
「男はレイモンド・サイカー。詐欺師で、いくつもの国と地域で彼のものと思われる犯行が確認されている。だが、ここ数年は麦の国で妻子と生活していたようだ。」
マザーはドクの話に合わせて1枚の写真をモニターに表示する。
焼けこげた民家の写真は、パルとハウンドが麦の国で見たものだ。
「先日、パル達の見た火災事故だが、この時に彼の妻子は死亡している。妻子の遺体は現場から発見されている。だが、救助されたのはレイモンドだけだ。原因は火の不始末ということで片付いているようだが…」
そこまで説明してハウンドの方を見る。
ハウンドもドクと視線を交わし、頷く。
「俺達の見たレイモンドの手には血痕が付いていた。火の不始末でそうはならんし、あの状況でレイモンドだけ救助される意味はわからん。救助隊が突入できるなら3人ともなんらかの形で外に出たはずだ。」
無理心中の可能性は?トータスはドクに聞く。
「否定はできませんな。ただ、レイモンド一家に借金や脅迫といったものはなかったし、遺体から外傷はなかったと報告されてます。」
原因はなんだ?パルがドクに聞くと、マザーが答える。
「レイモンド氏は以前にトラ教団を批判するコラムを掲載。さらに信者相手に詐欺を行ってかなりの額を得ていたようです。」
マザーはリストを表示する。
人名と日付、金額が書かれているが、ある時を境に大半の欄が赤で強調されている。
「赤で示したのがトラ教団の関係者です。被害額はおよそ7億クレジット。宝石や金品、土地の合算です。」
7億ともなれば一生遊んで暮らせるどころか余程のことがなければ子孫すら遊んで暮らせるほどの額になる。
「原因としてはそこになりそうだな。」
トータスは自分の顎髭を撫でながら続ける。
「まずは接触からか。まあ表立って動くわけにもいかんだろうしな。滝の国への入国だが、港の国までノーチラスで向かってから陸路で向かってくれ。手続きはこちらでやっておくから2日後に出港でどうだ?」
ハウンドが、問題ありません。と答えるとトータスは満足気に頷き立ち上がる。
ブリッジの出入り口に来たところで振り返りパルの方を見る。
「陛下がお前と話したいそうだ。」
そう言って1枚のメモを渡す。
そこには『今夜10時から私の執務室で女子会よ』と書かれている。
パルはトータスに感謝を伝え、彼を見送る。
「聞いての通り2日後に出航だ。各々、準備を頼む。必要なものがあれば言ってくれ。」
ハウンドがブリーフィングを閉めるとドクはラボへ戻る。
「なにニヤついてんだ?」
メモを嬉しそうに見るパルをハウンドは茶化す。
内緒。とパルは悪戯っぽく笑った。
ほぼ同時刻の滝の国では1人の男がエリア8-8の前に立っていた。
大国である港の国の近くに位置する滝の国の廃棄された軍施設の地下。
そこにトラ教団の人体実験施設があるとの噂はかねてから聞いていた。
再びその情報が必要になるとは彼にも予想できないことだった。
金髪に新緑を思わせる緑の瞳のスーツ姿の男は施設の入り口に立っていた。
有刺鉄線と立入禁止の看板。
ここを踏み越えれば元の生活には戻れない。
スリルと強大な相手との戦いを求めて喧嘩を売った5年前とは異なり、復讐のための闘争。
目を閉じると妻と娘の最後が思い浮かぶ。
そして彼女達の血で書かれたメッセージも。
男は入り口からの光景を写真に収める。
御法度ではあるが、廃棄された施設にそれを咎める人はいない。
背後からクラクションが聞こえてきて振り向く。
「レイカー!迎えにきたわよ!」
運転席に座る女性が手を振る。
レイカーと呼ばれた男は右手を挙げて答えると車へ向かい歩き出す。
『貴様は虎の尾を踏んだ』
自分にだけ伝わるメッセージ。
復讐なんてやめた方がいい。そう言って何人もの人間を騙してきた自分が今度は復讐のために生きる。
皮肉なものだ。
そう思いながら、助手席に座る。
無論、その間も笑顔は崩さない。
何もなかったでしょ?というか女性の言葉に、同意した素振りを見せる。
「あぁ。テッサ、君の言う通りだったよ。」
そう言って笑って見せる。
車がレストランに着くとボーイが予約の確認にやってくる。
男はボーイと車内から何度か言葉を交わすと、申し訳なさそうにテッサの方を向く。
「僕、レストランの予約を2人だって間違えたんだけどどうかな?」
嬉しいわ!というテッサ。
滝の国にいる間の足として使うための女だが、ここまで簡単に手込めにできるカモに会えたのは幸運だと男は思った。
次回は水曜日




