1-9 天使
トラ教団
トラと呼ばれる神を信仰する宗教。
30年ほど前から存在しているが、実態は謎に包まれている。
信者は、教団に金品を献上し、お告げや、開運アイテムを支給されたりしているとの噂がある。
また、各国の閣僚や国家元首、軍人などそのネットワークは非常に広大であるとともに、信者の全体像を把握しているのは一部の幹部だけであることが教団の全容を隠していると推測されている。
ノーチラスに戻ったパルとハウンドはブリッジにいた。
「まず、天使だ。天使とはなんだ?」
ハウンドの声は落ち着いていながらも緊張を感じ取れるものだった。
「オレが知っているのは名前くらいだ!ホエール護衛任務中にグディ?ってやつに襲撃された!」
パルは慌てて答える。
ハウンドのここまで真剣な顔は見たことがなかったからだ。
「場所は?他に誰がいた?そのグディってやつは死んだのか?特徴は?戦闘能力は?お前、どこまで力を使った?」
ラキエにしたように矢継ぎ早に質問が投げかけられる。
「とりあえず、場所は龍の国と港小島の間!他はオルカとかいた!」
普段であればラキエ同様、ひとつだけお答えしましょう。と茶化すところだが、いつの間にかハウンドが、自身の獲物である柄を取り出しているのが見え、蛇に睨まれた蛙のような気分を味わっていた。
特徴。というハウンドの催促が入る。
「特徴ったって…なんか羽が生えてた。鳥みたいなやつ。」
パルの曖昧な回答に、真剣に答えろ。と言わんばかりにハウンドはホムラを呼び出した。
「で!めっちゃ使い魔みたいなの出してきたり、船みたいなのが砲撃してきてた!」
で?と、ハウンドはツララを呼び出して威圧する。
「戦闘だったな!えっと…船の動力がいきなりダウンして、甲板にあいつが出てきて!応戦してたけど、あいつ全然死ななくてよ!」
「ホエールが死んだと。」
パルにとって突かれたくない部分であることは承知していたが、ハウンドにはある予感があった。
「そう…だな…」
パルは視線を外し俯く、後悔しているというようにも見えるが、何かを隠しているようにも見えた。
ハウンドは話題を変える。
「どこまで力を使った?」
翼なし。パルは視線を合わせず答える。
それは、アギトではなく、龍閃と呼ばれる彼女独自の魔法による戦闘を意味する。
翼ありでの戦闘はハウンドも見たことがなく、そう言った話も聞いたことはない。
ハウンドは、大体理解した。と言い、
「最後だ。お前、その時天使を殺したのか?」
パルは彼の目を見て、あぁ。と肯定する。
「アギトで撃っても、砲撃で穴あけても再生すんだよ。でも、誓って止めは刺した。砂になって消えた。」
その目には何度も他人を殺めてきた人間だけが持つ、確信が秘められていた。
「俺の方でも少し調べてみる。陛下へはその辺含めて報告する。」
ハウンドはそう言ってドッグスの警戒を解く。
呼び出されていたホムラとツララは自分の意思でパルに飛びつく。
遊んでくれ!撫でてくれ!という感じにじゃれつかれ、パルもまたそれに応え、2匹を撫でる。
そんな様子を見てハウンドはツムジとクロガネも呼び出し、自由にする。
4匹にもみくちゃにされながらパルは、
「オルカにも話を聞いてみるか?」
とハウンドに呼びかける。
自室に向かおうとしていたハウンドは足を止め、海軍の二番手か。と呟くと、考えておこう。と返してブリッジを出る。
(オルカ…ルビリア・サフィアだったな)
ハウンドはルビリアという名前が引っ掛かり、アリアンナについて調べた際にサフィアに行き着いたことがあった。
アリアンナの姉であり、パルと面識があるのは想像できたが、妹を救えなかったパルのことをどう思っているかわからず、さらに引っかかる要素が増えたのだった。
だが、パルは前向きにオルカの名前を出したことからサフィアとの関係性は良好なようだ。
話が聞けるならそれがいいか。とハウンドは思う一方で、パルの任務失敗のひとつであるホエールの護衛失敗の裏に天使が結びついているのではないかという疑念が新たに生まれた。
自室の椅子に座り、タバコに火をつける。
天井に向かっていく煙を眺めながらハウンドは全く別のことを考える。
かつて戦地から連れ帰った孤児の1人がパルではないか。というものだ。
パルの赤い目と銀髪は珍しく、多くの人間を見てきたハウンドでさえ、他に知らない。
いや、正確には砂の国との戦闘の帰りに見つけた孤児の少女とパルの2人になる。
(あの時の孤児がパルなのか?だとしたら…)
ハウンドはパルが戦場に出る原因が自分にあったとしたら。自分が彼女の他の生き方を奪ったのなら。と。
必ずしも彼の責任ではないことを考えだしていた。
それは、彼女の体に刻みつけられた傷跡を久しぶりに見たからでもあった。
彼は何度もその可能性を考え調べたが、孤児の数は非常に多く、確証には至っていなかった。
だが、白の部隊の隊長となった彼は、以前よりも多くの機密を閲覧できる。
それは、パルが如何にして孤児からドラゴンになったかもおそらく含まれると彼は思っていた。
「天使だったな。」
自分が今やるべきこと、それを改めて確認するように声に出し、端末を操作する。
1時間ほど資料を漁っていたが、目ぼしい情報はなかった。
しかし、気になる文言を見つけた。
トラ教団と呼ばれる宗教組織の教えに、『7体の
天使はトラ神様の使徒であり、敬う対象である。』というものだ。
しかしながらトラ教団に関する情報は龍の国のデータベースにほとんど存在せず、彼の疑問はさらに増えることとなった。
ハウンドは端末を閉じ、大きく背伸びをする。
ドッグスはまだ、パルと遊んでいる。
ドクも姿を見せないところ、計算にまだ没頭しているのだろう。
彼はマザーに、少し休む。とだけ伝え、ベッドに横になると、そのまま眠った。
ドクはラボの椅子に座り、コーヒーを飲んでいた。
彼の手元にあるノートに書き殴られた計算式は裏表紙を超え、机にも書かれるほどだった。
椅子に深く座り、タバコに火をつける。
パルのタバコを吸う姿を見て、始めたものだったが、今では考えをまとめる時間として活用していた。
大きく息を吐き、マザーよ。と問いかける。
「お前がなぜ、砲撃地点をずらしたのか。シミュレーションの結果を踏まえ、ワシの結論はひとつになった。」
マザーは静かに聞いている。
「お前は、パルを守ろうとしたな?砲撃で吹き飛ぶ破片や風圧から。」
マザーは反応しない。
「その上で自警団崩れの拠点が警戒体制に入るであろう地点を狙った。違うか。」
肯定します。とマザーは反応した。
「なぜだ?パルはその程度で、任務に支障ないはずだが?」
ドクはあえて客観的に問いかけてみる。
安全を考えることは間違いではない。
だが、マザーの砲撃地点は、言うなれば過保護なくらいの位置への砲撃だった。
「家族は大切にする。それは貴方が教えてくれたことじゃないですか。」
マザーは諭すように答える。
「ワタシにとっての家族とは、パルであり、ハウンドであり、ドクトル、貴方なのです。」
ドクは目頭が熱くなるのを感じた。
「ワタシの思考パターンの根底には家族という考え方があります。貴方が家族の話をする時の優しい声が、ワタシは好きなんです。」
それに、とマザーは続ける。
「オルタナティブもそうです。代替品かもしれませんが、貴方の傷が癒えるならと思って、貴方のご息女が、亡くなられた時と同じ年齢をモデルとして、カレンと言う個体名を設定しました。」
オルタナティブとは、マザーの子機となる特殊なゴーレムだ。
対話可能で一見すると人間と変わらないが、地形データや配備戦力の分析などを行う存在として、マザーが設計を担当した。
ドクはタバコの火を消し、そうか。と呟く。
「お前もまた、ワシの娘というわけだ。」
彼の手には幾つかの写真が納められたフォトスタンドが握られていた。
そのうちの一つには、20歳ほどの茶髪の女性が笑顔でドクと映るものがあった。
親指で彼女の頭を撫でる。
(今度こそなどとは言えんし、ワシのエゴだ…。許してほしい、失ったままでは立ち尽くすことしかできない父を…)
「ハウンドから至急の集合連絡です。」
ドクの干渉を遮るようにマザーは告げた。
次回は土曜日




