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白の襲撃者  作者: 田中 遊華’s
シーズン3 Fake and Lie

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3-31 『選ばれし神の子』

人工筋肉【一般情報】

ヤタ・メディカルサイエンス等が販売している医療品。

デザインベイビーの技術をベースに失われた手足のみならず、肩や背中といった部分への移植も可能になっている。

置換部位に合わせてトリミングし、移植、その後、内蔵された魔法陣へ魔力を供給することで血管が接合される。

血管接合は、最初の魔力供給時点で出血箇所同士を直線状に接合、その後、毛細血管が整備されていく。

毛細血管の接合完了までに3週間程かかるが、その分、移植を担当する医師への負担が少なく、主に使用する軍医にからは非常に高い評価を得ている。

一方で、拒絶反応や血管の接合がうまく機能せず、残った正常な筋肉まで深刻なダメージを受ける可能性もある。

加えて、神経の接合には対応していないため、患者は日常生活に注意を払う必要がある。

なお、臓器や骨といった筋肉以外の部位も販売されており、専門の販売業者ともなると部位に魔法陣を付した特殊なオプションにも対応してくれるが、倫理的な問題も多く、たびたび議論される。

しかし、軍関係者からは欠損部位の補完や、応急手当として非常に有用であるため本格的な規制等の動きは見られない。


ノーチラス艦内で傷の塞がらない男への人工筋肉移植手術を終えたドクは診療所を出る。

「手術は成功したよ。人工筋肉を移植してあるから1週間ほどは|ICU≪集中治療室≫で経過観察、問題なければ一般病棟に移していいだろう。念のため血管3本を縫合しておいたから大丈夫だと思うよ。」

疲れ切ったドクの報告を聞いた刃の国の救急スタッフは歓声を上げる。

「血が止まらなかった時はダメかと思いましたよ!」

リーダーの男と握手を交わす。

「覚醒までは助手のカレンが付いている。すまないが、後を頼むよ。」

ドクとしては手術を担当した患者を最後まで担当したかったが、出航を控えた現状ではそういうわけにはいかない。

「もちろんです!後はお任せください!」

ドクはリーダーの力強い回答を頼もしく感じた。

運び込まれた際の情報や対処は的確であり、彼らの練度は疑うべくもない。

ドクは後を託し、自身の部屋でもあるラボへと戻る。

その背中を見送っていた救急スタッフの1人は何かに気づき、周囲に視線を走らせていた。

「あれ…付き添いの女の子がいない…」

男に付いていた少女がいつの間にかいなくなっていた。


リンはノーチラスを出て、古びた酒場に戻っていた。

そういう算段だった。

どのみち、手術を受けた彼が回復するまで時間がかかる。

少なくとも術後、意識が回復するまで半日程度は必要になる。

リンは酒場で待機していた男に声をかけた。

「彼は多分大丈夫、ドクトル・シュナイダーが手術してくれたわ。」

椅子に座り、本を読んでいたウエルは顔を上げる。

「おや…ルビリアには見つけてもらえませんでしたか?ノーチラス近辺にいると思っていましたが。」

「この国が平和なんだと思う。みんな必死になって病院や医者を探してくれたから。」

当初の段取りでは、リエルの転移魔法でノーチラスが入港している議場近くへ移動し、周辺にいるはずのノーチラス乗組員に発見してもらう必要があった。

乗組員は男の顔を知っているため、負傷を治療し、情報を引き出そうとする。

この治療を実行させる事が目的だった。

彼らの医療設備や知識では呪詛を含む治療ができないため、このような策を弄する必要があった。

幸い、このような場面で一般的に見られる物取りや押し売りの類と遭遇する事もなかった。

それどころか即座に救急隊が呼ばれ、男とリンはノーチラスへ運び込まれ、結果的に男の治療に成功した。

そして、次の問題は男の回収にある。

病院で騒ぎを起こすわけにも行かない上、いつまでもこの酒場を拠点にすることもできない。

「船の方はどうなっているの?」

リンは次の拠点となるそれについて聞く。

「サーペントが泣きついてこないところを見ると、順調の様ですよ。まあ、転移して起動するだけなんでしょうけど。」

「これ、返すわ。言われた通り指輪は彼に付けてる。」

リンはそう言ってウエルに小さな魔法石を渡す。

彼はそれを受け取ると試しに魔力を込める。

「ノーチラス艦内、移動なし…ふむ。問題なく機能していますね。」

リンが渡したのはごく一般的な探知装置だ。

一組の魔法石からなり、魔力を込めることで相互に位置関係を把握できる。

ウエルが受け取った魔法石を懐にしまうと、ノイズ混じりの音声が酒場に響いた。

『ウエル……した…こちらは…確保…サーぺ…』

ノイズが酷く、はっきりと聞こえない。

ウエルは通信機を軽く叩いて修理しようとしたが、ノイズは酷いままだ。

『ウエル…叩くと壊れますよ。』

ノイズが晴れ、はっきりとラキエの声が聞こえてきた。

「加減しましたとも。」

軽口で答えるウエルをラキエは笑った。

「その様子だとうまく行ったようですね。」

『ええ。通信機の設定に少し手間取りましたがこれからはこれを使うことで問題ないでしょう。』

「私の方も大丈夫。あとでウエルと迎えに行ってくる。」

ウエルは通信に割り込んできたリンの頭を軽く撫でる。

「時間通り仕掛けますとも、『選ばれし神の子(フィーリ・ディ)』…」


医の国で開かれた『貴族たち』の会合は、ウィリアムが6家の当主全員に気に入られ終わった。

皆がメイドたちと共にそれぞれ帰路に就く中、残されたサザーランド・ロイエとシヴ・アンドロス、カインの3名はシヴ家の邸宅で机を囲んでいた。

「改めて説明するなら、シヴ家はこの医の国が誕生するきっかけとなった薬師の家系だ。現在はヤタ・メディカルサイエンスを中心として医療方面の事業を担当している。」

ロイエの説明を聞いていたカインは熱心に頷く。

彼自身、300年以上前から力を持っていた『貴族たち』に興味が尽きなかった。

「ヤタ・メディカルサイエンスといえば小生も聞いたことがあるほどの大企業だ。戦艦型デザイン・ベイビーも確か担当されていたはず。」

カインの言葉通りヤタ・メディカルサイエンス社は医療だけでなく、発展系として人間兵器の研究も行なっている。

特にデザイン・ベイビーは戦闘に特化した兵士の製造だけでなく、それと連携することを前提とした商品開発、提供で一気に世界中で流行した。

アンドロスはカインの言葉を補足する。

「その通りだ。まあ、ヒットしたのは龍戦争後から続く慢性的な人材不足が原因だがね。」

「製品で数を補う…しかし、それが大戦争へと繋がった。」

カインの評は近年の教本にも掲載される一般論だ。

デザイン・ベイビーやゴーレムは人口増加が鈍化した各国に両手で迎えられた。

だが、それは金を払えば戦力の増強が図れるということでもある。

各国がヤタへ金を払い、拡充した戦力は戦争へとつぎ込まれ、消耗される。

消耗された戦力は金によって補充され、再び戦争に投入される。

だが、それだけが戦争ではない。

納入するための運送業者や税関職員、整備する技師や指揮官のような人間にも金が流れる。

軍や政府の人間に金が流れるようになると衣・食・住に関わる人間にも金が流れる。

町で支払われる金は税金という形で国に戻り、国の財布は軍事費に投入される。

これが大戦争時代の|異常軍需≪BloodBubble≫の仕組みだ。

本来、こうした軍需は軍人の数が戦闘によって減ることで自然に収束する。

しかし、戦争の根底にあるのが金で補充されるデザイン・ベイビーやゴーレムであった。

人という尊い資源は悪戯な消費が行われず、その代替として消費されるものが大戦争を長引かせ、長期化させる。

そして何より、この異常軍需による好景気は各国で多くの|人間≪業種≫にとって、非常に有益だった。

当時の熱気は今の経営者層、特に大戦争で躍進した企業の重役たちにはまだ残っており、戦争を暗に望んでいるとされる。

しかし、アンドロスはその定説を鼻で笑う。

「くだらない。戦争が儲かるのはいつの時代もそうだ。それに、戦争を起こすのは欲深い為政者たちだ。我々はただの商売人さ。」

「なるほど。確かにそうかもしれませんな。銃を売ろうと包丁を売ろうと、それを使うのは人。獣を狩るのも、それを捌くのも、人を殺すのも買い手次第ですか。」

カインはアンドロスの言葉を肯定する。

エンドユーザーが何を考え、どう使うのか。

それを丁寧に最後まで面倒を見る。というのはどう考えても現実的ではない。

「して、小生に何をお望みですか?ロイエ卿。」

カインは話題を変える。

この三者による話し合いは経済学めいたものではない。

ロイエは息を吐く。

彼としては関わりの深いヤタ・メディカルサイエンスの話題から少しずつシフトさせるつもりだったが、カインはそうした雑談の要素を無駄と捉えたようだ。

ロイエが懐から写真を取り出すと、カインは目を見開く。

「この少女を保護してもらいたい。大同盟のカインとしてではなく、このロイエの友人として。」

少女は7〜8歳くらいだが、写真からもわかる様な落ち着きと慈愛を孕んだ目をしている。

カインが風の国の跡地で出会ったリンその人だ。

「リン…ですか…?」

カインは平静を装うこともできず、ただただ驚く。

確かに常人とは異なる不思議な雰囲気を持つ少女だったが、『貴族たち』の口から出るとは予想だにしなかった。

「知っているのか?」

カインの反応はアンドロスにとっても驚きだった。

「このリンは、トラ教団の依頼を受けてヤタ・メディカルサイエンスが制作したデザイン・ベイビーだ。しかし、行方知れずとなっている。あまり世間の目に触れていい存在じゃないんだ。」

アンドロスの説明を受け、カインはさらに衝撃を受ける。

リンがデザイン・ベイビーであること。

そして、全ての発端が壊滅したトラ教団にあるということだ。

「教団はヤタ全体にとっての上客だった。技術方面への投資に前向きで、マイセン氏のような知識人も紹介してくれた。」

「君の知る『天使シリーズ』も我々が色々と協力させてもらったのだ。」

アンドロスとロイエの言葉で段々と話の輪郭が見えてきた。

「つまり、教団とヤタは協力関係にあった。そしてリンは『天使シリーズ』に名を連ねる存在だと…?」

カインの言葉に対して、ロイエは小さく唸ってから答える。

「協力関係…と言われると語弊があるかな。我々はトラ教団に便宜を計っていたわけではない。通常の対価は得ていたし、そう言った意味ではどの国や組織であっても対価さえ出せるなら同じものを提供しただろう。」

「それが大同盟であっても…ですか?」

カインはやや煽る様に聞く。

彼の中にあるヤタへの不信感をはっきりさせようとした。

「大同盟であってもだ。どの様な組織であろうと、対価通りのサービスと商品を提供する。それがヤタグループだ。」

ロイエは真っ直ぐとカインの目をみて答える。

アンドロスもそれは同じ思いのようだ。

「先の大同盟軍発足の折り、納入された戦術通信装置(TCST)…それが風の国との戦闘開始とほぼ同時に故障し、我々はパーシヴァル・プルトの単独奇襲を受けただけでなく甚大な被害を被った。」

ロイエはピンと来ていなかったが、アンドロスはその意味を理解したのか唾を飲む。

「当時…いや、おそらく…今も、か…」

カインは石橋を叩くように少しずつ言葉を紡ぐ。

アンドロスの背中に嫌な汗が伝った。

カインの次の言葉がなんであるか予想できる事が恐怖だった。

「シジマ・ロウラ、彼女はトラ教団に便宜を図っていたッ…!それはヤタの流儀に反するのではないのか?いや、すでに反している!他でもない貴族の関係者が!どうなのだ!それがはっきりしなければ小生は頼みを受けられんッ!」

カインは恫喝するように机を叩く。

それは裏切りや不信感からくる怒りではない。

先の戦闘で、機器の故障によって傷つき、死んだものたちがいるということから来る怒りだ。

「それとも、貴君らの商品はトラ教団の都合よく壊れたというのか!偶然だと!」

カインは再び机を叩く。

その怒りは机を変形させた。

アンドロスもロイエも答えられなかった。

隠す意図はなかった。

初めて聞いた話だった。

おそらく経営陣の上に位置する『貴族たち』には粛清を恐れて報告されていなかったのだ。

ただ、知らなかった。と白を切るような真似はできなかった。

「それについては…信じられん…レオラの妹、ロウラがそのような真似をしたとは…」

ロイエの感想は、カインも感じていたことだった。

武の求道者ともいうべきストイックなレオラ、そしてその姉を敬愛してやまないロウラ。

ごく短時間の交流だったカインでさえそう感じられる。

僅かに訪れた沈黙をアンドロスが破る。

「可能性は2つだ。一つはヤタグループの経営陣の謀反…そして…」

「『貴族たち』の中に理念を曲げた者がいる…?」

彼の仮説を遮る様にロイエが仮説を上げる。

アンドロスもそう思っていた様で、肯定する様に頷く。

「なぜ…なぜだ。なぜ理念を曲げる必要がある…?」

ロイエの動揺は目に見えて大きくなる。

『貴族たち』。

世界最大の製造業カルテル『ヤタ・グループ』の頂点に立つ彼らは、少なからず世の為に動く。という部分を持っている。

解釈はそれぞれだが、自分たちが作っただけでは金は生まれない。

そして、金がなければ作れない。

何より、いいものでなければ、需要のあるものでなければ意味がない。

「ヤタは金の亡者の様に言われることもある…しかし!我々は需要のあるものを作って売っている!求めに応じているのだ…!」

ロイエは混乱のままに机を叩く。

拳は怒りに震えていた。

「大同盟の予測ではありますが、事に及んだ理由は単純。戦争の継続。そして軍需の継続です。」

冷静さを取り戻したカインは現実を突きつける。

「分かっている…分かっているさ…」

震えながら答えるロイエから写真を受け取る。

「友として…というのは少々気乗りしません。ここは貸し借りなしで行きましょう。」

「彼女の場所に心当たりが…?」

カインの提案を断ることができない以上、彼の言うとおり、リンの捜索と引き換えに、自分たちで自分たちの腹を探ることを了承するしかない。

「大同盟のネットワークを使います。少し時間はかかるでしょうが、見つかるでしょう。」

「それには及ばない。すでにシヴ家のメイドが刃の国に向かっている。我々の交通網を使えば半日ほどで到着するだろう。」

アンドロスの指示に頷き答えたカインは写真を懐に収め外套を纏うと邸宅を出た。

初めて出会った時に感じた再会の予感。

それに応えるかのように回り回ってリンへと行き着いた。

しかし、カインは知らなかった。

リンがこの世で最も危険で、その危険を唯一回避できる存在であることを。


次回は土曜日。


Twitter→https://twitter.com/yukks_sousaku?s=21

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