3-30 フェーズ2
白鯨【軍事機密】
龍の国で運用されていた大型空母。
同国海軍における命名規則に則り、艦長のコードネームであるホエールから取られている。
建造当時、すでに地上は魔力防壁が上空まで展開され、戦闘機が使用できない状態だったが、海上はその限りではなかったため、航空機の搭載が可能となっている。
そういった事情もあり、最後の空母とも称され、龍の国最後の航空戦力であった『ホーネット海軍飛行隊』の母艦としても運用された。
大戦争時代直前に艦長のホエールが海軍総括に就任して以降、デザインベイビーのサーペントが艦長となり、ハヌルロス沖海戦、城の国殲滅戦、忍の国残党追撃戦といった大型作戦にも参加し、すべて自力航行で帰還している。
97mm魔力式単装砲を筆頭に55mm炸裂魔法式3連砲、20mm|MSIWS≪マナ・シィウス≫を装備。
設計段階から居住性や積載量にも配慮されており、高い完成度を誇るが、天龍事変後における龍の国テロ事件後、その所在が不明となっている。
リエルは、刃の国に入港している常設大同盟軍『白の部隊』の旗艦ノーチラス・改、そこに作られたドクトル・シュナイダーのラボを訪れていた。
「補給品の積み込みならカレンが担当しているから心配はいらないよ。」
気配に気づいたドクはそう言って床を指さす。
リエルはすぐに理解できなかったが、ラボの真下がちょうど船倉になっている。
「ハウンドは12時間後、日付が変わったら出航すると言っていました。それまで…お時間、ありますよね…?」
リエルが恐る恐る予定を尋ねると、ドクは小さく首を傾げる。
「戦闘をやったハウンドとパルの検査でもと思っていたが」
「あ、あー…なら大丈夫です。」
食い気味に引き下がるリエル。
一方でドクは反射的に質問に答えただけで、断るつもりはなかった。
「すまない、わかりにくい答え方をしたね。2人とも元気そうだし、検査は移動中でもできる。わざわざ訪ねてくださったのだ、無下にはできんよ。」
リエルの表情がわずかに明るくなる。
「実は傷の治らない患者がいまして、ぜひ、貴方に見てもらいたいんです。」
傷が治らない。という奇妙な状態だが、ドクは心当たりがあった。
魔力を断ち、人間の持つ治癒能力を、生命を否定する宝剣。
それによる傷であれば事態は非常に深刻だ。
「すぐにここへ運んでくれ!それと」
「助かります。それと、補給品の納入は俺が担当しますよ。」
先回りする様なリエルの言葉に感謝しつつ、ドクはラボを飛び出す。
診療所に到着する頃には大型の機械を伴って患者が運び込まれていた。
「患者は30代男性、B型、強盗に斬られたとのこと。麻酔をしていますが、運び込まれた時点で意識レベル2です。」
刃の国のスタッフから申し送りを受けると、ドクは手を洗い始める。
意識レベル2は刺激に対して反応があるが、刺激がなければ眠ってしまう。という状態を指し、非常に危険だ。
逆に手遅れというほどでもない。
「カレン!手術を始める。人工筋膜と輸血の準備を。」
遅れて到着したカレンに指示を飛ばす。
「YMS-443か…いつから接続を?」
ドクは男に繋がれた機械を指してスタッフに問う。
「17分前です。」
YMS-443は重症患者に対して心拍数を落とし、延命させるための機械だ。
仮死状態にするわけではないため血栓ができにくく、意識の復帰が早いという利点がある一方、自力での生命活動を前提とするため心臓や肺、脳などの損傷には使えない。
「カレン、1時間で終わらせるぞ。」
資材をカートに乗せて再び現れたカレンにドクが宣言するとスタッフは部屋を出る。
あくまで救急隊員であり医師ではない彼らの出番はここまでだ。
しかし、出来ることはやり切っていた。
後は稀代の天才に任せるしかない。
それはドクの技量からくるものが半分、もう半分は復興途中の刃の国に手の空いている医者がいないのが半分だ。
彼らが部屋を出ると、付き添いに来ていた少女が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。ドクトル・シュナイダーは天才だから!」
それに気づいた1人が胸を張って励ますと、彼女の顔も明るくなった。
「これより背中の筋肉置換手術を始める。範囲は広いが1時間で終わらせる。カレン、トリミングを始めろ。」
スタッフが部屋を出た後、光魔法によって区切られた即席のオペ室でドクは改めて男と対面していた。
傷口を見る限り『普通』の裂傷だ。
しかし、触れると熱を持っている。
体温よりも高いが、触れないほどの温度でもない。
「ドク。」
夢中で傷口を観察していたドクはカレンの声で引き戻される。
スケッチを取りながら詳細に調べたい欲求を殺し、トレイに乗せられた人工筋肉に目をやる。
おおよそ彼の予想通りだ。
細かい差異はカレンの目を信じるべきだ。
ドクはメスを手に取ると傷口をさらに切り取っていく。
一見すると治療とはほど遠いが、傷口を縫い合わせようとするとそれを拒絶するように開く『これ』に対しては有効だと確信している。
傷口の周りを切除し、人工筋肉で置換しつつ縫合する。
かつてパルが同じ傷を負った際に大地の龍が行った施術を人間の範囲で再現していく。
ドクのメスは、龍の起こした奇跡を再現するという偉業を前にしても変わらず淀みなく進んでいく。
だが、内心、彼の心は熱くなる一方だった。
おそらく人類史上初となる手術。
それも自然の象徴である龍の御業への挑戦ともなれば、嫌でも力が入りそうになる。
ドクは摘出した傷口をカレンへ渡すと息を吐く。
目を時計に向けると30分経過していた。
あまり感動や興奮に酔っている暇はない。
ドクは人工筋肉を手にした。
医の国では『貴族たち』に数えられる六家の当主が円卓を囲んでいた。
サザーランド家の当主、ロイエの後方にはウィリアムとカインが控える。
「さて、始めよう。」
ロイエはそういうと、手元に用意されたワイングラスを掲げる。
「サザーランド・ロイエ、ここに。」
それに続くように妙齢の女性が同じようにグラスを掲げる。
「スラー・クリスここに。」
当主たちは順番に名乗り、グラスを掲げていく。
「セヴァン・ナイル。ここに。」
「シヴ・アンドロス、ここに…」
「ソド・マクマリス…ここに。」
「シジマ・レオラ。ここに…!」
レオラがグラスを掲げると、全員がそれを同時に飲み干す。
『貴族たち』の集会を始める際のしきたりだ。
しかし、酒が苦手なレオラはこれを毎回行う意味がわからなかった。
なんとか飲み干すがアルコールは体内に残り続ける。
事前に薬を飲んではいるが経験上、効果があるとは思えない。
「集まってもらったのは私の後ろにいる2人を紹介したくてね。」
ロイエはそう言ってウィリアムとカインを指す。
「各国視察の際に護衛を務めてくれるカインと私の友人、ウィリアムだ。是非、彼らの顔を覚えて帰ってほしい。」
カインは丁寧に頭を下げるが、ウィリアムは少し戯けてみせた。
それは他の参加者にとって自分のことなど興味がない。と言うことを見抜いていたからだ。
「剣聖カインはわかるが、その優男…調査したのか?」
ロイエの隣に座っていたナイルが口を開く。
貴族にも序列があり、頂点であるサザーランド家を疑えるのは次点であるスラー家とセヴァン家ぐらいのものだ。
「調査は済んでいますとも。結果は言うまでもないでしょう?」
ロイエが胸を張って答えると、レオラが口を開く。
「担当したメイドは?」
「アリスだ。彼女の話では少しおかしいが怪しいわけではない。とのことだ。」
アリスの名前が出た瞬間、彼らの目から疑念が消えた。
アリスはメイド達の中でもとりわけ優秀で、配属先でかなり揉め、最終的に後腐れないよう、頂点であるサザーランド家が引き取ることとなった経緯を持つ。
そのアリスが、問題ない。と結論付けたのなら疑いようもない。
それに優秀なアリスに調査を担当させたロイエの対応にも落ち度はない。
ウィリアムは小さく笑う。
それは疑いの目を向けた彼らを嘲るものではない。
優秀な人材を盲信する彼らの姿勢を嘲ったのだ。
自分の不得手な分野はそれぞれある。
それを補うために他の人間を使う。
上に立つ存在とはそうあるべきだ。
しかし、アリスにとっての上とはロイエであり、他の当主ではない。
にもかかわらず、彼らはアリスの報告を盲信している。
それもロイエを経由した報告だ。
本人の口から出たわけでもない報告をあっさりと信じた。
これまではそれでよかったのかもしれないが、今回は事情が異なる。
初めにウィリアムはアリスによる調査が行われるまで疑わしい態度を貫いた。
1人になれば人目を気にする様な素振りを見せ、ロイエの前では過剰に彼を持ち上げた。
そんな彼の細かい所作や言動を終始疑っていたのがアリスだった。
ウィリアムは彼女の前でさらに疑わしい態度を見せ、護衛でもある彼女が自分を調べる様に仕向けたのだ。
事実、ロイエは念の為と考えていたが、アリス主導で調査が進み、完全に一対一の状況を作り上げた。
後は彼女を精神的に追い込み、暗示をかける。
調査は問題なかった。
ウィリアムは信用に足る人物だ。
無論、倉庫で対峙した時にそこまでの暗示を仕込んでいない。
しかし、それを足がかりに彼は狡猾に彼女の字を模倣したメモを作り上げ、それとともに彼女に都合のいい記憶を刷り込んだ。
彼は『貴族を潰すために派遣された大同盟のレイモンド・サイカー』という事実を隠しながら、『貴族たち』の当主を欺き、その下にいるメイド達も欺いたのだ。
ウィリアムはロイエの耳元で囁く。
「みんなに挨拶して回りたいんだけど?」
ロイエは一瞬、戸惑ったが頷いて許可する。
ウィリアムはゆっくりと人懐っこい笑顔を浮かべクリスに近づく。
「スラー・クリス卿。昨日、夢を見ましたか?」
名前を呼びながら手を差し出す。
「いや…見てないはずだよ…?」
呆気に取られつつクリスは握手を交わす。
手を差し出されると握手をしようとする。
一方で質問を投げられるとそれに回答しようとする。
これを同時に行うことで相手が疑う隙を与えない。
「貴女、赤ワインが苦手でしょ?血の色みたいだから。」
クリスは目を細め、バツの悪そうに頷く。
「僕も血は苦手です。でも、トマトは食べられる。貴女もそうでしょ?」
「ええ…」
自分と同じ考えの人間がいる。という事実を示すことで心を開かせる。
それは、クリスが相槌を打っていることからも明白だ。
「大丈夫。赤ワインが飲めないからと言って死ぬわけじゃない。どうしても飲む必要がある時はこのコインを思い出してください。」
ウィリアムは胸ポケットからコインを取り出す。
鏡の様に磨き上げられたそれは光を受け輝く。
ウィリアムは光を操る様に小刻みにコインを動かしながら話をする。
「貴女がこれから飲むのはトマトジュースだ。甘味と酸味を思い出す。そう。少し甘い。天然の甘さと強い酸味。これからそれを飲むんだ。」
ウィリアムは握手していた手に力を込めると、クリスが我に帰る。
「コインは差し上げます。赤ワインを飲む時に見てください。」
狐に摘まれた様な様子のクリスを他所にレイモンドはアンドロスの前に立つ。
「シヴ・アンドロス卿。あなたは疑り深い。僕がなんの質問をするか考えていましたね?」
差し出された手をアンドロスは笑いながら握り返す。
「凄いな…まるで超能力者だ。」
「サイキックなんていませんよ。僕はあなた達を観察しただけ。」
アンドロイドは感銘を受けたのか笑顔を見せると、同調するようにロイエが拍手を送る。
ウィリアムはその流れでレオラにも握手を求める。
「シジマ・レオラ卿。貴女もお酒が苦手でしょ?クリス卿とは違ってお酒全般が嫌い。自分の感覚を狂わせるからだ。」
レオラは握手を交わした時、ウィリアムが中庭で会った男だったと気づく。
それは彼女が彼を見ていなかったというより、彼が存在感がまるで感じさせなかったからだ。
「お酒を飲む前にヨーグルトを食べるといい。アルコールは主に胃から吸収されるから、薬よりかなり楽になるよ。」
レオラは目を見開く。
アルコールが苦手であることを見抜かれることは初めてではなかったが、薬を飲んでいることまで見抜かれたのは初めてだったからだ。
ウィリアムはその推察が当然であるかの様にして次へ進む。
「ソド・マクマリス卿。以前お会いしましたよね?」
「ど…どうだったかな…?初対面だと思うが?」
握手を交わしながらウィリアムは考えているフリをする。
これで自分はお前の秘密を知っている。という印象を与える。
現にマクマリスの目は泳ぎ、握手した手は汗ばんできている。
「失礼、僕の勘違いだ。素敵なネクタイですね。トラかな?」
ウィリアムは彼のネクタイを指差しながら言う。
「いや、ライオンだよ。」
マクマリスは疑念が晴れたと感じたのか胸を張って答える。
ウィリアムは、いいセンスだ。と返し、次に進む。
「セヴァン・ナイル卿、あなた病気は?」
「カカカ…君の目には老い先短く見えるかね?」
握手を交わしながら2人は声を上げて笑いあう。
すでに両者の中に通じるものがある様子だ。
「無礼な質問をお許しください、閣下。余りにもお元気そうだったのでからかってみたくなったのです。」
「カカカカカ!病は気からという言葉通りよ!ストレスなく生きるからこそ健康でもある!」
ウィリアムは興味を示すように何度も頷く。
「うーん…僕には貴方のように豪気な生き方はできないかも。」
「貴族であるが故よ。しかし、お前も働き次第ではそうなれるやも知れんぞ。」
ナイルは心を見透かすように目を細める。
彼の正体に心当たりがあるらしい。
「僕の心を読もうとしていますね。心理的優位に立とうとする。意外に臆病ですね?豪快な態度で隠そうとしている。」
「ますます気に入った…お前の働き、しっかり見せてもらおう。」
「僕はロイエ卿の指示を受ける人間です。メイドたちとは違う。」
啖呵を切ったウィリアムに対し、ナイルはロイエへ視線を送る。
「ナイル卿のご意見はよくわかりました。後ほど改めて連絡しますよ。」
ロイエの言葉にナイルは笑顔で頷き、会合は終了した。
三々五々、思い思いに退出する『貴族たち』。
ウィリアムはカインへと近づき、耳打ちする。
「フェーズ2完了、楽しいねこの仕事。」
カインは緊張感のないウィリアムを静かに小突いた。
次回は水曜日。
活動報告更新してます。
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