3-29 似たもの同士
ヤタ・ヒューマンリソーシズ【一般情報】
ヤタ・グループに名を連ねる人材育成・派遣会社。
豊富なグループ企業の案件や製品を通し知識を教育し、派遣するため、派遣先からの評価は高い。
裏を返せばヤタが教育を施せば通用するほどヤタ製品が世界中に納入されているということでもある。
巨大な製造系カルテルであるヤタ・グループとしては非常に珍しい人材育成・派遣会社であるが、これは『優秀な人間を製造する』という解釈によるもので、グループ発足時からヤタの躍進を支えた影の功労者とも言える。
レオラとロウラはメイドたちの宿舎から別宅の正面玄関を横切り、裏庭へ回る。
裏庭は小さなティーテーブルが置いてあるだけの簡素なものだ。
「君は?」
レオラは見慣れない男に声をかける。
『貴族たち』のもとに派遣される人間はヤタ・ヒューマンリソーシズを経由する関係ですべて、彼女の面接と指導を受けている。
そんな彼女が知らないということはどこかの当主が気まぐれに雇ったのだろう。
「サザーランド家の運転手、ウィリアムです。」
男の目はまっすぐとレオラを見ている。
まるで心の奥まで覗くような視線だ。
「ウィリアムか。すまないが少し外してもらえるかな?彼と話がしたんだ。」
レオラは奥で瞑想している男を指さすと、ウィリアムは深く頭を下げ、別宅の正門側へと歩き出した。
レオラはその背中が見えなくなるまで見送ると男へ近づく。
「剣聖カインね。少し話せるかしら?」
カインは胡坐をかいたまま瞑想を続ける。
深く集中しているのか、レオラの声に反応しない。
「聞いているの?」
反応のないカインに対し、ロウラが肩を押すと、そのまま転がる。
「寝てない。小生は寝てない…ぞ?」
どうやら瞑想していたのではなく眠っていたらしいカインはレオラを見上げる。
「さすがは剣聖ね。熟睡しながら鍛錬すらできるとは。」
「寝ていない。」
「姉様、どういうことですか?」
ロウラが思わず口を挟む。
「寝ていない。」
カインは眠っていたことを即座に否定するが、ロウラが知りたいのはそこではない。
というより、カインが眠っていたのは明らかだ。
「トゥーキ…だったかしら?魔力とは異なるヤマギ一刀流固有の概念。」
「刀の気と書いて刀気だ。」
「想定は3センチ。それ以上でもそれ以下でもない。平らな板を刀気で作り、それを維持しながら寝ていた。」
山斬一刀流独特の鍛錬方法を即座に見抜いたレオラの慧眼に、カインは舌を巻く。
「そこまで見抜くとは…ええっと…」
「レオラよ。シジマ・レオラ。」
この女が…
シジマ家の当主シジマ・レオラ。
彼女の名は聞いていたが、逆に言えば名しか知らなかった。
カインは左手を差し出す。
「失礼した。シジマ家のご当主が小生に興味をお持ちだとは思いもせず…」
「気にしなくてよくてよ。第一子が長女であることを想定していなかった先祖の愚かさを笑ってもらってもいい。」
レオラは素直に握手に応じるが、手を話した瞬間、目の色が変わる。
「立ち会って貰えるかしら?」
「ええ!?」
突拍子もないレオラの提案にロウラが声を上げる。
世界最強の剣豪とも言われる剣聖カインにいきなり立ち合いを申し込む意味がわからなかった。
しかし、カインは違うようだ。
「小生も師に言われたことがあります。迷い、不安、後悔があるのなら倒れるまで体を動かすべし。僭越ながらお相手仕る…!」
カインの言葉で2人は同時に上段蹴りを放つ。
そして鏡合わせの様に相手の蹴りを腕で防御し、静止する。
腕から伝わってきた衝撃と余韻の様に残る痺れが実力を示す。
自身と同等。
或いは…
2人は頭の中にある疑念を振り払う様に拳を打ち合う。
想定された様なコンビネーションから始まり、それが掠りもしないことを悟ると今度は無秩序に相手の顔面だけを狙って手を出す。
似た様なスタンスである2人は戦術さえ似ていた。
ロウラは高速で展開される示し合わせた様な攻防にただ息を呑む。
レオラの右拳が大きく空振りした時、カインは狙いをガラ空きの胴体へ変える。
ノーステップで放たれる寸頸は彼の得意技の一つだ。
直撃を受けたレオラの体が宙に浮く。
女性どころか人間離れした体躯を持つレオラは当然、筋力に比例する様に体重もある。
それをよく知るロウラですら彼女の体が簡単に打ち上がる姿は見たことがなかった。
しかし、カインは真逆の印象を受けていた。
拳に残るはずの感触があまりにも弱い。
まるで油を殴りつけた様な感触だ。
カインがその感触に気を取られたことで出来た間。
そして着地したレオラの放つ反撃の右拳。
それが答えを導いた。
カインはレオラの右拳を頬で受けつつ、踏み切り、回転しながら着地する。
「ほう…」
レオラは驚嘆の声を上げる。
打撃の直撃する瞬間に合わせ、力に沿う様に跳ぶ。
単純だが、インパクトの瞬間に脱力し、力の方向に跳ぶというのは簡単ではない。
防御とは力を込めることにある。
筋肉を固め、締め付けられた骨が衝撃への備えを理解する。
跳ぶ防御はその反射的な防御を抑え込み、真逆のことをすることになる。
自分の教え子にこれが出来た人間はいない。
皆、反射を抑えることが出来ない。
出来の良かったアリスやイリスでさえ、衝撃に合わせて回転することでダメージを抑えるのがせいぜいだった。
レオラの様に柔らかく跳躍し、即座に反撃するというのはやはり人間業ではない。
見様見真似で実践したカインも無傷というわけではなかった。
流石にレオラに対し、ぶっつけ本番、しかも、理論を理解した直後に実践するのは無理があった。
口元から垂れる血を拭う。
「度重なる失礼を許していただきたい。だが、おそらく考えていることは同じのはず。」
剣を使うつもりだ。とロウラは思った。
仮にも『剣聖』の称号を持つ男だ。
剣を使わずにレオラに挑む事の限界を悟ったのだ。
そう思っていた。
しかし、カインは拳を解き、軽く作った手刀を構えるだけだ。
「なるほど…武術の最終系は…山斬一刀流であってもやはりそこか…」
レオラは何かを察したらしく両の手足に光魔法の防具を展開する。
刃の国でも見せた飛ぶ打撃だ。
カインとレオラはお互いに笑みを浮かべていた。
彼らに共通するある感情。
実力を試したい。という感情。
それは抑圧から来る。
カインには山斬一刀流の『使命』があった。
龍を討つための切り札という重責は『剣聖』という称号とともに彼の剣にあった成長の楽しさを抑圧させていた。
レオラには貴族たちとしての『義務』があった。
『シジマ家の当主』でありながらメイドたちの指導役という2足の草鞋は彼女の拳に宿った実力の解放を抑圧させていた。
しかし今、目の前にいる相手は自身の全力をぶつけるにふさわしい相手だ。
自身の持つおおよそ人に使うべきではない極限の業。
それを試すことができる。
それを使うことができる。
そして。
そして何より。
相手は反撃してくるのだ。
自身が持つ最強の業を受け、それ以上の何かで反撃してくる。
それが見たい。
それを超えたい。
純粋な闘争心が『使命』も『義務』も忘れさせてくれる。
それだけ熱くなれる。
故に、感謝を!
カインもレオラも言葉にはしなかったが、心の中で感謝を述べると距離を詰める。
お互いに相手が何をするつもりなのかわからないまま、射程距離に入る。
2人の視線が交錯する。
目と目で通じ合うことができるほど2人は似ている。
しかし、そんな詩的な表現は似合わない。
拳で語ってみろ。
お前の全力を。
お前の鍛錬を。
お前の人生を。
レオラの放った腰だめの中段突きを回避しながら放たれた右の踵落としは、素人の目から見ても先ほどとは質が違う。
よりしなやかでより鋭い。
レオラはそれを受け流すと、彼の足は土煙を上げながら地面に突き刺さる。
反撃の左フックは光魔法によって範囲を広げてあるが、カインは上体を逸らし、完全に攻撃範囲から逃れる。
だが、レオラの狙いはやはり中段の正拳にあった。
上体を起こすところに合わせるつもりだ。
しかし、カインもそれを読んでいたのか、それともほんのわずかな違和感を感じ取ったのか。
カインは突き刺さった足を軸として左のミドルキックを放つ。
正拳と蹴りがぶつかる。
その衝撃はロウラを転ばせ、小さなティーテーブルを粉々にする。
衝撃の中心にいる2人は動かない。
お互いに押し切ろうとしているが、力が拮抗しているのだ。
2人は同時にある結論に至り、構えを解く。
これ以上は手合わせと呼べない。
2人が固い握手を交わす。
やはり言葉はない。
だが、2人とも満ち足りた表情をしている。
そんな姉の普段見せない表情にロウラは胸の痛みを感じる。
貴族としての使命を引き受け、自身を頼るようにと子供のころから言っていた姉はロウラにとって自慢だった。
彼女の近くにいることで、妹として扱われることで幸せを感じていた。
しかし、今の姉は自分の知らない世界で他人と通じ合い、友情を深めている。
それが針のように心に刺さったのだ。
ハウンドは刃の国へ帰還し、ジェスとパルにおおよその顛末を報告していた。
「レイモンドは無事だが、カインと一緒に『貴族たち』に付いている。そして教団の残党も動き始めている。」
「残党の切り札はなんだ?理由もなく動かねえだろ。」
「第三世代天使の線はあ?」
ジェスの仮説を受け、ハウンドは一瞬、考え込む。
「ないんじゃないですか?あれば投入しているはず…」
「別の頭が付いたって考えるべきなんじゃねえか?まあ、杜撰な頭してるらしいけど。」
パルの言葉にジェスは小さく笑う。
大国へのテロや国家を巻き込んでの戦争を仕掛けたパーシヴァル・プルト時代の教団からすると確かに杜撰だ。
戦力の整っていない段階でおおよその手札を晒し、情報収集のためとはいえ、非常に強引な手段で誘拐しようとした。
挙句、その戦力もカインに潰されかけた。
どう考えても場当たり的で綿密とはほど遠い。
これまでの教団で最も脅威だったのはその規模が判然としないことだ。
国の高官に紛れ込み、本質的な幹部の実態を掴ませなかった。
それにより、龍の国でのテロ事件に端を発する天龍事変までその存在を秘匿することに成功、龍の国では完全な奇襲を完遂して見せた。
今の教団にはそれがない。
よって脅威度が低く、トップについた人間がそれを理解していない。
ここまで来ると、今潰しておく。というより、自然消滅を待つべき。と考えた方が効率がいい。
「『遺産』の鍵はオレの手元にある。今の教団は何も出来んさ。倉庫の調査を優先すべきだろ。」
パルの提案にハウンドは頷いたが、ジェスが止める。
「今はやめておいた方がいい…ロウラとレオラが医の国に入ったあ。」
「どういう意味だ?」
「それはあ、わからない…ただあ、医の国にはあ少なくともサザーランドとシジマがいるう。」
パルは舌打ちする。
サザーランド家にはカインとレイモンドが付いており、大同盟は重要視している。
それは逆に言えばサザーランド家は非常に自由だ。
大同盟所属の2人がいる以上、大同盟配下の国の移動で問題は起こりにくく、暗殺しようにも世界最強クラスの護衛がついている。
『貴族たち』の実態ははっきりしないが、サザーランドがシジマを呼び出したと取るべき情報だ。
「待つしかねえか…」
「まあ、潜航して待機って手もある。補給も済んだはずだし。」
ハウンドの提案にパルは頷く。
得策とも思えないが今はそうするしかない。という意味の同意だ。
「この国はあ、リエルがいるう。大事にはならんだろう。」
「なんかあったらツスルに連絡を取れ。常設軍の待機組が動けるはずだ。」
ジェスは頷くと内線の受話器を取る。
「私だあ。ノーチラスへ水と食料を追加で入れてやれえ。」
「いいのかよ。」
彼の指示を聞いていたパルは思わず問いかける。
「請求書はツスル総督宛に送らせてもらうよお。」
「恩に切ります。パル、12時間後に出る。いいな。」
ハウンドの指示にパルは笑顔で頷いた。
次回は土曜日。
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