3-24 シジマの真相
TAC-POT【軍事機密】
『転移魔法による戦術的武装換装プラットフォーム(Tactical Armament Change Platform of Transport)』の略称。
予め前線基地や空母に武装を用意しておき、転送先となる兵士が任意で即座にそれを呼び出す試験的戦術システム。
その優位性は言うまでもなく、相互の転送が可能なため戦闘中の機材トラブルにも強い。
総じて状況への対応力は特筆に値する。
一方でそのメリットがデメリットにもなり、複数セットを複数人で運用しようとすると基地側での混乱が生じやすい。
さらに、これだけの用意をしても使用できる兵士の練度が大きくかかわってくるためそれに特化した訓練が必要となる。
転送される装備も一般的な重火器程度では即座の転送を行う意味が薄く、特殊なものだと扱える人間が限られてしまう。
総じて、特殊な兵装を十全に扱え、転送魔法のコストに見合うだけの戦火を上げられるものが扱うという前提であれば歩兵戦術を戦略レベルで大きく変えうる存在である。
大同盟軍所属軍艦『ノーチラス改』にはこれが搭載されており、搭乗員であるルビリア・パルが長期かつ連続した戦闘においても大型の兵装を適時補給、切り替えながら使用することが想定されている。
医の国で勃発したハウンドと『貴族たち』に仕えるメイドたちとの戦闘。
数的不利の中、メイドたちの一人エリスを戦闘不能に追い込むもアリスとイリスの連携の前に敗北寸前まで追い込まれてしまう。
そこに乱入してきたトラ教団の天使たちは、更なる『貴族たち』の情報を得るためエリスを誘拐するためハウンドに代わりメイドたちとの戦闘を開始する。
しかし、メイドたちの思わぬ抵抗により膠着状態に陥る。
そこに更なる乱入者、カインが現れる。
そして、ハウンドにとってはようやく明確に味方だと言える人物が登場した形になる。
「カイン…なんだよな?」
登場したカインとその言動は矛盾している。
「小生は確かにカインです。」
「なんで…そいつらに指示を出した?」
現状、明確な敵対関係ではないものの、大同盟と『貴族たち』の関係は良好ではない。
カインの矛盾とは常設大同盟軍の所属である彼が『貴族たち』に仕えるメイドたちに撤退の指示を出したことにある。
加えて、指示を受けたメイドたちはそれに反論することも驚くこともしていない。
カインはメイドたちに視線を送る。
気にせず退け。そういわんばかりだ。
緊張感が重く場を支配する。
「今の小生は常設軍の命を受け、サザーランド・ロイエ卿の護衛をしております。」
「だから…誰なんだよ!そいつは!」
何度か会話の中で出ていたサザーランドの名。
それが同僚ともいうべきカインの口からも出たことにハウンドは声を荒げて追求する。
彼の持っている情報があまりにも少ない。
カインは答えることはせず、静かに背負った宝剣を抜く。
「黒之玉刃鋼。」
小さくそう唱えると、彼の宝剣が漆黒の刀へと変貌する。
歴代の剣聖が継承してきたヤマギの宝剣。
それが彼の心に感応して変化したそれは黒い炎を放つ刀となる。
「小生の任は護衛。それ以上でもそれ以下でもありません。」
カインは静かに刀を振ると、その軌道に合わせ、半円状に黒炎が壁を作る。
「謝らねばならぬことだと理解しています。しかし今はその時ではないのです。」
申し訳なさそうにカインは言う。
当然、それはハウンドが納得するものではない。
「混乱を招き過ぎですよ剣聖カイン…なぜあなたが『貴族たち』に付くのです?大同盟がそれを望んでいるのですか?」
ハウンド同様、混乱の最中にあったエルカが口を挟む。
教団としては大同盟よりも『貴族たち』との対立を優先したい様子だ。
「今、その問いに答えることはしない。元より、ここで死する貴様らには。」
壁となっていた黒炎が消え、アリスたちの離脱が明白となった上で緊張感が増す。
カインにこれ以上、交戦する意味はない。
それはハウンドにせよ天使たちにせよ変わらない。
それでもなお、カインの殺意は萎えるどころか鋭くなる。
問題は、その殺意がどの立場から出ているか。だ。
ハウンドは思考を巡らせる。
ここでカインを止める理由が大同盟の自分にはない。
しかし、彼が『貴族たち』の命で戦うというのならまず止めるべきだ。
それに、天使たちから情報を入手できる可能性もある。
「ちょっとまずいでしょう?これ?」
ウエルはサーペントへ嫌味を垂れる。
『ちょっと』どころではない…!
サーペントは反論しようにも言葉が出ない。
3対1と考えれば戦局は有利とも言える。
しかし、相手は剣聖カイン。
常識が通用しない。と言っていもいい男だ。
実際、彼は大同盟でありながら『貴族たち』に与し、誰の命かもはっきりしないまま戦闘を行おうとしている。
常識はずれ。というより無法だ。
「参る。」
カインは思考を巡らせる彼らを無視するようにエルカへ突っ込む。
エルカは咄嗟に腕を転移させるが、間に合うはずもない。
「捕まえたッ!」
エルカの腕は切り飛ばされ、彼が捉えた何かが地面に転がる。
カインは即座にエルカを追撃しようとするが立ち止まる。
「なにが…おこった…?」
地面に転がるそれは頭を振りながら立ち上がる。
ハウンドはそれが男であることに気付くと同時に、彼を知っていることを思い出した。
刃の国防衛戦の折、突如戦線に投入された謎の男。
名前はわからないが、おそらく天使のそれに類する人間だろう。
「貴様は…!」
ハウンドと同じく、彼に会ったことのあるカインも気付き驚嘆の声を上げる。
「さ、お仕事ですよ。カインと戦いなさい。」
切り飛ばされた腕の再生を待つエルカは楽しげに言い放つ。
「断る。私が戦うのはルビリア・パルだけだ。」
「釣れないこと言いますねえ…我々と共に来るなら彼女と戦うこともあるでしょうに。」
男はエルカを睨みつける。
浅からぬ因縁を感じさせるその目が緩んだ。
「私を認めるのか?私の存在を。」
男の言葉にエルカは口角を上げる。
彼の求めている何かを感じ取ったのだろう。
「いいでしょう。正直、貴方はそこのアレより遥かに有能だ。お願いしますよ『サーペント』。」
男は静かに頷くとカインと向かい合う。
「お待たせしたな。始めよう。」
何故サーペントが2人いるのか。
カインはその疑問を切り捨てる。
今はこの男を倒す。
さすれば情報を得ることもできよう。
「ゴングが欲しければ自分で鳴らすがいい。」
刃の国でパルはジェスに呼び出されていた。
「昨日話すつもりだったんだがねえ…」
パルは資料を渡しながら小言を言う彼を茶化すように笑う。
「尋問を優先しといとよく言うぜ。どうせ急ぐ話じゃねえんだろ?」
「急ぐかどうかはあ、向こう次第なんだよねえ。」
歯切れの悪い回答を受け、パルは資料に目を通す。
大同盟軍の任務として追いかけている『貴族たち』の一つシジマ家に関する資料だ。
だが、資料のおおよそは関係者として確定しているシジマ・ロウラではなく、その護衛にフォーカスされている。
「なんで護衛の資料が?」
パルの率直な疑問に入室してきたリエルが答える。
「この護衛がシジマ・レオラである可能性が高い。」
パルは目を見開き、改めて資料に添えられている写真に目を落とす。
屈強。それが第一印象だ。
短く切られた黒髪と不釣り合いと言わざるを得ないメイド服は、やはりと言うべきかその下にある筋肉を隠しきれない。
薬物によるものではない。
鍛錬だ。
過剰とも言うべき鍛錬が作り上げた肉体。
「この女が?『貴族たち』?」
「女に見えるのかい?」
パルの感想にジェスが突っかかる。
確かにこの筋力は女性のものとは言えない。
「会ってみねえとだが、女だぜ。」
根拠は?リエルの疑問にパルは即答する。
「女の勘。」
リエルは呆れた様子で軽く頷く。
「それよりも…だ。この護衛を連れてロウラがこちらに向かっている。」
「確かなのか?」
「だから君を呼んだんだあ。一度、鉄の国に行っていたようだねえ。2日前に船に乗っているう。」
なんでもっと早く言わねえんだ。とパルは吠えたかったが、報告の遅れた原因が自分の不注意にあるため押し黙る。
「んまあ、状況はわかった。オレにレオラと戦えってんだろ?」
「そこまでは言えないねえ。あくまでお客さんだからあ。」
あくまでもパルの、常設軍の独断として護衛とレオラの関係性を確かめる。それがジェスの意図だ。
慎重を期するという意味では間違いではない。
一方で、それによって起こる問題について、ジェスは責任を持たない。というパルとしては気持ちのいいものではない。
「向こうから来るってんならそれもまあ致し方なしか…」
パルはそう呟くと無線機に触れる。
「カレン、急いでTAC-POTを持ってきてくれ。ああ、長距離のテストはやってねえが大丈夫だろ。マザーにも用意させといてくれ。」
「たっくぽっと?」
カレンへの通信を聞いていたリエルが問いかける。
「簡単に言や武器転送装置だ。今からカレンが持ってくるグローブへノーチラスに搭載してある大型武器を転送する。」
「ヤタの新商品…いや、まだ試験段階のはず…誰が手を回したのやら。」
パルの解説を補足した人物は他でもないシジマ・ロウラだ。
「お早いお着きで…」
パルは恭しく礼をする。
茶化しているのは明白だ。
「君みたいな蛮族に用はない。ジェスくん、君の決定を聞こう。」
「流石は高貴なる青い血、オレみたいな野蛮な黒い血の話は聞けんってか?」
「無礼な物言いは聞き流すよ。龍の言葉はよくわからなくてね。変な呪文を唱えながら裸踊りするんだろう?」
「事情通のつもりかい?お嬢ちゃん。それよか教えてくれよ血が青いとアソコも青いのか?オレは別に黒くはねえが。気になってな。」
品のない煽り合いを繰り広げるロウラとパル。
初対面とは思えぬ舌戦にリエルとジェスは言葉を失う。
「貞操観念が終わっているのは龍に育てられたからかい?それともドクトル・シュナイダーは生殖器の専門医だったのかな?」
「笑えるぜ。貴族ってのはジジイがセックスを教えんのか?おい聞かせてくれよ、どんな不能が相手してくれたのかをよ。その足りない頭も近親相姦繰り返しすぎておかしくなったんじゃねぇのか?うん?」
「貴様…」
あからさまな挑発ではあるがロウラはそれに乗ってしまう。
だが、パルの狙いはそこではない。
「それにしてもリエルよ。シジマ・ロウラってのは女でいいんだよな?」
急に巻き込まれたリエルはため息を吐きながら肯定する。
長髪に細身の体を見れば誰でも彼女が女性であることはわかる。
しかしパルはあえて小馬鹿にしたように笑う。
「だってよく見ろよ。あいつの乳の小ささったらねえ。オレだってデカい方じゃねえけど、あれじゃあ男に見えてもしょうがねえって!護衛の方がまだ女だってわかるぐらいデカいぜ!」
「いい加減にしろ…人のことを好き勝手…言って…!」
ロウラの我慢も限界に達しつつあった。
いや、怒りも超え、その目が潤んでいる。
はっきり言ってどんぐりの背比べではあるが、ジェスやリエルの目から見ても確かにパルのほうが大きい。
パルは高まる緊張感を楽しむように追撃する。
「ああ…そうだよなあ?言えねえよなあ?遺伝子がおかしくなりすぎて両性具有だなんて口が裂けれも言えんよなあ。」
「いい加減になさい…!」
声を上げたのはロウラではなく護衛の方だ。
低い声だが女性のものだとわかる。
「ようやくオレを見たな。シジマ・レオラ。」
「私が目的か?ロウラを辱めて…」
「ロウラ様、だろ?護衛の癖に教育が成ってねえな。」
パルの挑発を受けて護衛の女が前に出る。
「散々挑発して、私を前に出させた…満足か?」
「大満足だね。オレたちは貴族のことをなんも知らん。だが、お前はシジマ家の当主、シジマ・レオラなんだろ?」
レオラは答えない。
だが、その沈黙と殺気を孕んだ眼が事実だと告げている。
「答えたらどうだ?黙ってたら美人とかそういうタイプじゃねえだろ。」
さらに煽るパルだが、レオラは拳を固く握ったまま動かない。
ここでパルに殴りかかれば自分がレオラであると認めることになるからだ。
「終わりか?」
静かにパルに問うレオラ。
パルが少々不満げに頷くとレオラは背を向け、自身の定位置であるロウラの後ろへ向かおうとする。
しかし、その一歩目を踏み出した瞬間をパルは見逃さなかった。
「まあシジマ家ってのは血が青くて男か女かはっきりしない玉無しどもだってわかっただけで十分だろ。まさに『竿だけ』って訳だ。」
追撃は相手が『これ以上はない』と思った瞬間に行う。
基本的な戦術思想ではあるが、この場面でのそれは宣戦布告に似る。
レオラは反射的に振り返り、彼女を殴りつけた。
パルはそれを片腕で防御し笑う。
「なかなか…いいパンチだ。さすがは竿だけレオナだな…」
レオナは挑発など気にせず、前蹴りでパルの体を突き飛ばす。
執務室のキャビネットに激突したパルは手を叩いて笑う。
それは挑発ではない。
闘争心を刺激された兵士の笑いでもない。
楽しげな声とは裏腹に警戒心や怒りが強く出ている。
「あーおもしれえ馬鹿力だ。ほんとにおもしれえ。」
変形したキャビネットから強引に体を出し、レオラの前に着地する。
「んで?次はどうすんだ?教科書通りのカラテやってそれが全部じゃねえだろ?」
戦場格闘技の基礎『カラテ』。
無論、パルもそれを修めているが、実戦で基本通りに使うことは稀だ。
それは彼女の小さな体躯に問題があるわけではなく、ほとんどすべての軍人がカラテをあくまで基礎鍛錬として捉えている。
理屈は単純で、あくまでも練習用にダウンサイジングされた動作の集合体であり、実戦で使うには動きが『固い』のだ。
実戦において激しく移動し、適時反撃してくる相手に対してこの『固さ』は致命的な欠陥となる。
そのため、基本的にはカラテを崩し、己が扱いやすいように調整する。
そういった意味で、レオラの見せた教科書通りのカラテは彼女の筋量にものを言わせた強引で不自然なものだ。
そして、パルの『全部じゃない』。という言葉の真意。
それはレオラの『オリジナル』それが見たいという意味だ。
パルの中にある予感。
それは自分と同じ龍の力を持っているのではないか。
それが事実であれば状況は異なってくる。
それだけ、龍の力というものは『不自然』なのだ。
レオラは静かに半身になって構える。
正中線に対し、左半身を出すことで壁を作るカラテの基本的な構えの一つだ。
「嫌でも本気出してもらうぜ。」
冷静なパルの言葉は、先ほどまでの破裂しそうな風船を見守る緊張感ではなく、呼吸するもの躊躇われるような重苦しい緊張感を作り出していた。
次回は水曜日。
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