3-23 エネミーズ・ランブル_part1
シジマ家【未確定情報】
龍歴以前から世界の物流、製造、販売を行ってきた巨大シンジケート『貴族たち』の一つ。
シジマ家は主に人材育成を行っており、『ヤタ・ヒューマンリソーシズ』の会長職を歴任している。
しかし、昨今は販売店舗の増加や各種ネットワークの発展もあって規模は縮小傾向であり、それに伴って『貴族たち』における立場は段々と弱くなっている。
かつては防具を含む日常的な装具を製造していた『ヤタ・ディフェンドカンパニー』を所有していたが現在は『ヤタ重工』に統合されている。
なお、貴族たちのもとに派遣されているメイドたちはシジマ家が教育しており、給仕や趣向品、礼儀作法等の知識だけでなく、独自の装備と魔法を習得している。
医の国にあるサザーランド家の邸宅では当主であるロイエと彼の護衛として派遣されたカインがティータイムを楽しんでいた。
「なぜウィリアムに薬を仕込まれたのですか?」
先ほどの状況をカインは改めて確認する。
「念のため…と言ったら信じてくれるかな?というか彼は何者なんだ?」
「貴方の立ち位置を考えれば仕方のない事です。ウィリアムは小生のように大同盟から派遣された人間ではない。」
「その割には裏の方の話まで知っていた…それに興味深いことも。」
ロイエは深刻な表情で紅茶を啜る。
「『レギオンの遺産』が特定の国にあるわけではない。と言っていました。その真意に心当たりが?」
「心当たり…というか、大書堂しかないだろう。」
彼の言う通り、大書堂は現在、大同盟が管理している。
つまり、特定の国が所属している訳ではないし、莫大な書物や資料を所有するあの場所ならば汚職のリストである遺産を隠すことも可能だろう。
「確かに筋は通っている…」
カインはロイエへの評価を改める。
思考能力は一定以上のものがあり、単なる金持ちというわけではない。
「そうだろう?他にもいくつか各国が共同で所有する施設はあるが、自由にアクセスできる。という意味では大書堂しかない。」
カインはロイエの仮説を聞きながら別の結論を模索していた。
確かに大書堂は『遺産』の隠し場所たり得るが、何か違和感のようなものが残る。
だが、彼の思考を遮るように、彼の戦士としての感性が今優先すべき事象を捉えた。
「アリス殿とイリス殿はまだ戻られてませんな?」
「確かに遅い…ウィリアムを迎えに行くだけの仕事だが…買い物でもしているのかな?」
悠長に構えるロイエに対し、カインは街の方を指差す。
彼の指し示す先にある煙にロイエは驚愕する。
「戦闘…?」
「小生は行きます。ここの魔力防壁であれば簡単に突破はされますまい、ここを動かぬようお願いします。」
医の国で勃発したサザーランド家のメイドとトラ教団の戦闘と、そこに巻き込まれる事となったハウンド。
「なぜ。」
「エリスを狙う?」
アリスとイリスの問いかけに、サーペントは笑い飛ばす。
「簡単には逃げられんからだ。セリンスロ、お前もなかなかえげつないことするよなあ?あれじゃあ後遺症が残るぜ?」
サーペントの言葉にハウンドは目を逸らす。
緊急時であったとはいえ、膝を完全破壊する必要があったかについては確かに議論の余地がある。
「余り責めちゃあかわいそうですよ。数的不利でしたし?彼も殺せば後遺症は関係ないとそういう考えだったんですよ。」
更にエルカの言葉でハウンドは図星を突かれる。
最悪殺してしまえばどれだけ破壊しようが後腐れない。というのは軍人らしいといえばらしい思考回路だ。
だが、それは彼に限った話ではない。
この場にいる全員がそういう思考回路をしている。
それをあえて指摘するエルカが意地悪いともいえる。
エルカが自信満々に笑みを浮かべ、ハウンドを見下ろしていると、アリスが蹴りかかってきた。
「おやおや。せっかちさんですね…」
エルカの転移魔法は他のそれらとは一線を画する。
現にアリスの飛び蹴りは彼の体に触れることなく彼の後ろへ転移させられた。
あたかも蹴りがエルカをすり抜けたように錯覚するほどに精巧で緻密な転移魔法。
それが天使の頂点に君臨すべく生み出された第一天使の力だ。
「なかなかの使い手ですねえ。シジマの薫陶を受けたもので魔法を使わないのはある種の栄誉だ。」
アリスはエルカの言葉に苛立つ。
『貴族たち』に仕えるメイドは全てシジマ家が教育している。
それは戦闘技術まで含まれるが、魔法を用いた戦闘は戦闘能力の低い候補生がそれを補うために学ぶのが通例だ。
無論、優秀な成績を収めたアリス、イリスも魔法の扱いは多少の心得があるが戦闘用魔法の知識はエリス、ウリスの方が圧倒的に深く、それを実戦レベルで扱える。
問題は相手が『貴族たち』、さらに言えばそこに仕えるメイド達の事情まで把握していることだ。
その彼らが拷問してまでも欲しい情報。それがまるで見えてこない。
そして、彼らの知識は調査でわかるような部分でもない。
つまり、『貴族たち』に裏切り者がいる。
いずれにせよ、アリスたちにとって今エリスを教団に渡すわけにはいかない。
アリスは立ち上がり、エルカを睨みつけた。
「私が相手を。」
「結構。我々の相性は最高のようだ。」
皮肉めいたエルカの挑発を意に介さずアリスはエリスと距離を取るように動いていく。
アリスは蹴りを混ぜたコンビネーションを見せるが、エルカは転移魔法の前にそれらはいなされてしまう。
一方でエルカの攻撃も彼女の的確な防御を超えられない。
手四つのような形で組み合う2人。
「剛力開眼…!」
身体強化魔法のそれとは異なる別の力にエルカは段々と押し込まれる。
エルカは押し込まれる力を利用して体を倒しつつ後転、彼女の腹部を足で送って投げ飛ばす。
「聴いていた以上に色々とあるんですねえ…!」
苛立つエルカは息を吐くと、ギアを入れる。
「気が変わりました…貴女を潰して拷問するとしましょうッ!」
「天使の…羽…か。」
エルカの背中から出現した猛禽類を思わせる羽は天使が共通して持つ能力の一つだ。
所謂、戦闘用魔力のリミッター解除。
ここからは全力であるという意思表示でもある。
「差し当たり…まずは足を。」
エルカは狙いを定めるように彼女の右膝を指差す。
その指先が光を放つとともに、強烈な痛みが彼女の膝を襲う。
油断していたわけではなかったが、いかに彼女であっても閃光と共に発動する魔法には対応しきれない。
ダメージを確認するために自身の膝に視線を移すと、彼女たちメイドのためにシジマ家の用意した対魔法仕様の黒タイツに穴が開き、その下にある肌が鮮血に染まっている。
「そのタイツも防具のようなものですか…全く…あの猟犬のように捻った方がよかったですかね?」
「素敵なジョーク。それができないから姑息にも魔法を使っているのでしょう?」
「小娘があ…!」
激高したエルカの指先が何度も光り、そのたびにアリスの体で爆発が起こった。
「私は第一天使だぞ…舐め」
爆煙の向こうにいるアリスに吠えようとしたエルカだったが、飛び出してきたアリスに頭を掴まれ、そのまま地面を削るように叩きつけられた。
「神速開眼…貴様の転移もこの速度では対応できないようで…」
アリスのメイド服はエルカの爆破をくらった部分が破れているがその下の肌には傷がついていない。
「避けたのか…あれを…」
「伊達に神速を名乗っておりませんの。魔法陣が転移してきた瞬間に身をかわすことぐらい容易です。」
アリスの対応は極々単純でエルカが光と共に彼女の近くに転送してきた爆破魔法の魔法陣に対して回避行動を取っていただけだ。
しかし、言葉にすれば単純だが、彼女はエルカの爆破攻撃が魔法陣の転移によるものであることと、それがどこに出現するのかを即座に把握、判断しているのが特筆に値する。
そしてそれだけの速度で行動できる彼女の攻撃は難攻不落どころか触れることさえままならない相手であったエルカを捕らえている。
エルカの優位性は完全に消え、状況はアリス優位に傾いたかに思えたが、彼女の体に何かがぶつかり弾き飛ばされる。
ウエルと戦闘をしていたはずのウリスの体が砲弾のように直撃したのだ。
「あーららー。鉄壁のエルカさんが顔面削られてる。写真撮っても?」
「黙りなさい…!」
並び立つエルカとウエル。
アリスはウリスと共に戦うことを考えたが、彼女の消耗具合からそれは難しいと感じた。
「ごめんアリス…あいつ、とんでもなく強い…」
「お褒めいただき恐縮ですよ。貴女の知識と技術が私にも理解できる程度で助かりました。」
ウリスの言葉にウエルは歯を見せて笑いながら答える。
口元に流れる血と彼女の左肩についた歯型の意味をアリスは察し戦慄する。
「食ったんですの…?」
「私はそういうタイプの天使ですので、ああご安心を、得られるのは技術や知識だけ。記憶の類は脳を食わねばわかりません。」
アリスの背中を嫌な汗が伝う。
脳を食えば記憶を手に入れられる。
つまりそれはエリスを連れ去り、彼女の脳を食うつもりであると宣言していることに近い。
「私たちの仲間は誰一人として渡しません!」
「お美しい友情ですねえ…エルカの転移も通用しないようですし、友情に免じて一度退きますか?」
「それを決めるのは我々ではないですよウエル。」
だが、エルカ自身、この状況では撤退しかないと感じていた。
そもそも、ウエルとサーペントが他のメイドを抑えている間に負傷したエリスを拉致するのが本来の計画であり、本格的な戦闘は避ける予定だった。
特に壊滅状態の教団の現状を鑑みれば手の内をあまり晒したくない。というのも本音だ。
その思惑もすでに半壊しており、ウエルの吸収だけでなく、自身の瞬間爆破魔法のタネも割れてしまった。
背後で戦闘を行っているサーペントも即座に勝敗が決するレベルではないが、一方で、旗色が良いとは言い難い。
「さて…どうしますかね。」
状況は有利とも不利とも言えない。
戦闘を続ければ確かにエリスだけでなくアリスやイリス、ウリスも拉致できるかもしれない。
しかし、逆に自分たちの誰かが欠ける可能性もあれば、増援が到着し、撤退さえ苦しくなる可能性もある。
アリスもそれは理解していた。
いくら転移魔法であっても、エリスを拉致する際に一度、姿を晒す必要がある以上、自分の最高速度であれ守り切れるだろう。
それに直接的な戦闘であっても後れを取るというレベルではない。
立ち上がろうと足に力を込めると、膝に痛みが走る。
傷は浅い、この程度ならまだ耐えられますね。
アリスの目に戦意が戻る。
仲間のためにも引くことはできない。
しかし、ある種の膠着状態だったこの場に何かが飛来する。
土煙の中から立ち上がる大柄の男は、ハウンドを含むこの場の全員が知る人間のものであった。
「アリス殿、イリス殿、負傷者を頼みます。この場は小生が受け持ちますので。」
「か…カイン!?」
カインは驚きの声を上げたハウンドを見ると笑みを見せる。
「ハウンド殿!お久しぶりです。しばしお待ちを。このカイン、全力で天使を狩りまする。」
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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