1-7 First Strike
麦の国【一般情報】
龍の国の西に位置する内陸の小国。
国の中央を流れる大河、マコツ川からの水源を用いた農耕が主流であり、その輸出量は世界の3割を占めるとも言われている。
近年では豊富な農業知識、技術を持つ人材を他国へ派遣し、砂の国のような農耕の難しい地域でも育つ作物の栽培方法を指導するビジネスを開始し、好評を得ている。
議会による政治を行っており、現在の首長はクタート・マンヤ。
軍隊は小規模で侵略は行わないものの、龍の国を始めとする同盟国が戦争を行うとなれば食料面から支援を行っている。
龍の国から南西に10kmほどの海上にノーチラスは待機していた。
夜の闇に紛れる黒い船体は月明かりから逃れるように断崖の影にいた。
その断崖の上には月明かりに照らされた夜の闇に森がある。
一点の明かりが塗りつぶされた闇に浮かぶ。
支給された衣装に身を包んだパルはタバコの煙を吐きながら乗ってきた二輪車に備え付けられた時計を確認する。
時刻は深夜3時24分。
作戦開始のタイミングはハウンドに一任されている。
(そろそろか)
木々がこれからの戦闘を予見するように騒ぎ出す。
敵拠点まで移動するのにうってつけだ。
パルがインカムに手を伸ばそうとした時、ハウンドからの着信を告げる電子音が鳴る。
(考えていることは同じか)
パルはインカムに触れ、通信を受ける。
「風が出てきたな?今のうちにポイントβへ侵攻しろ。マザーの予測では、これから雲で月が隠れる。そのまま攻撃開始と思え。」
了解。と答え、通信を終えたパルは慣れた手つきで目の前の木に登るとそのまま木の上を移動していく。
風が強くなり、森はざわざわと騒ぎ出すが、飛ぶように進んでいた影が止まると少しおさまった。
雨雲が少しずつ月明かりさえ消していく。
パルとの通信を終えたハウンドは、マザーに指示を出す。
「マザー。魔力炉を起こせ。ノーチラスは予定通りポイントγまで移動。その後、連装魔力砲で指定ポイントへ砲撃する。」
モーターのような機械音がブリッジまで微かに聞こえてくる。
「魔力炉の稼働率規定値に到達。火器システムの接続。クリア。両舷連装砲展開。魔力チャージ開始。」
マザーは淡々とハウンドに報告しながらノーチラスの設備を起動していく。
「航行開始。」
と言うハウンドの合図にマザーも、航行開始。と答えると、船は黒い海を進み出す。
ドクがブリッジに入った頃にはすでに予定されていたポイントに到着していた。
ドクはブリッジ右舷前方にある席に座ると備え付けられた端末を起動し、記録用のアプリケーションを立ち上げた。
予定地点に到着。とアナウンスされるのとほぼ同時にパルから通信が入る。
いい夜だな。と言うパルに、そうだな。とドクが返す。
「ポイントβに到着。予定通り四方にゴーレムがいて、仮設兵舎の入り口に見張が2人いる。」
パルからの報告を受け、ハウンドは、
「予定通りだな。月が顔を出す前に片付けよう。」
と答えると、パルにも聞こえるように通信を繋いだまま、マザーに砲撃の準備指示を出す。
承知しました。と言うマザーの声と共に魔力炉とは異なるモーター音が聞こえてくる。
ノーチラス第2層、両舷にある装甲が45度ほど開き、それぞれ2門の砲身が伸びる。
「出力15%。射角問題なし。」
ドクの声を聞きハウンドが頷く。
こっちも問題ないよ。と言うパルの声。
ハウンドは息を吐いてから号令を出す。
「砲撃開始。」
黒いキャンバスの上を筆が走るように魔力の砲弾は放物線を描いていく。
パルは北側の簡易兵舎のほぼ正面に位置する木の上にいた。
砲弾が予定通り兵舎の裏に着弾すると混乱が宴のように始まる。
(さて、リーダーはどいつだ?)
パルは明るくなった拠点の中で指示を飛ばす人間ではなく、指示を求められる人間を探した。
その人物はパルの記憶の片隅にあった元龍の国の海軍の老兵だ。
かつて海軍のトップであったホエールの船で砲術師として働いていた男がどうやらこの逸れもの達の長のようだった。
緊急時に頼る人間はおおよそ自分と同じルーツを持つ。
この逸れものもパルの知る老兵を中心とした10名ほどの兵は、彼を囲むように、もう一つは若いリーダーを中心として3人が指示を待っているように見えた。
若いリーダーの一段は卑怯な手段だと騒いでいるのが彼女のとこまで聞こえてきた。
(龍の国と後もう一つ。おそらく自警団崩れの民間人か。)
軍縮反対派は自警団となっていることはハウンドからの説明で聞いていた。
特に、近年はヤタ重工のN-PAAシリーズによって民間でも安易に調達が可能になったため、こうした武装した民間人が軍隊崩れと共にテロ行為を画策することが増えていた。
パルはハウンドに、仕掛けるぜ。と通信を入れ、落ち着きつつある敵陣に向け飛んだ。
空中でアギトを引き抜き、右手側で武器庫付近で手持ちぶたさに待機していたゴーレムへ発砲。
頭上からの攻撃には自動防御できないゴーレムの弱点を突いた攻撃は首筋にある小型魔力炉を的確に打ち抜き機能を停止させる。
左手のアギトは若いリーダーのそばで、他のものが守るように立っていた、ゴーレムの指揮者と思われる人間に向けて放った。
魔力の弾丸がまっすぐに頭蓋を砕くと他の3体のゴーレムは糸の切れた人形のように待機状態に入る。
兵舎の上に着地するのと同じくして、誰かが、敵襲!と声を上げた。
その声を聞き何人かが銃の狙いを定めるより早くパルは屋根から降りながら流れるようにアギトを放つ。
無駄な弾などなくその弾丸は彼らの急所を貫く。
パルが地面に降り立つ頃には残っているのは老兵だけになっていたが、彼は1体のゴーレムを起動させパルにけしかける。
車を一撃で大破させる3メートルほどの巨人から放たれる右ストレートはパルからすればゴーレムの操縦の基礎すら知らぬ素人同然に映った。
ゴーレムの拳と接触する寸前、パルは左足を出し半身になりながらゴーレムの腕を背中で流すように躱わすと左手のアギトの引き金を素早く2度引く。
一撃目はゴーレムの喉元にあたり魔力炉を露出させ、2撃目で正確に魔力炉を撃ち抜いた。
力を失い前のめりに倒れてくるゴーレム。
パルは舌打ちをしながら右足で肩の辺りを蹴り飛ばし仰向けに蹴り倒した。
老兵は慌ててジープの方へ逃げようとしたが右膝を貫かれ倒れ伏す。
「お前、見たことあるぜ。」
出血の激しい膝を踏み躙りながら銃を突きつけられる。
彼も、その真紅の瞳には見覚えがあった。
「ド…ドラゴン…」
「知らねえ名だな。オレはルビリア・パルだ。」
銃口を揺らすことなく、彼女は名乗った。
「ルビリア…?貴様がか?よくその名を名乗る気になるものだ。」
老兵は臆することなく続ける。
「ルビリア・アリアンナは貴様が殺したのだろう!実の妹のように可愛がってもらった恩を忘れておいて!」
その言葉には恐怖よりも怒りがこもっていた。
「貴様には何もわからんさ。」
パルは静かに答えてから引き金を引いた。
老兵が龍の国の出身者であることを確認したかったのだ。
雨が降り出す夜の森でパルの頬を雨粒が伝う。
『名前がねぇだと?は!それならオレの家族になれ。ルビリアのドラゴンとして生きたらいいさ!』
男勝りで快活な優しい声を彼女は思い出していた。
(アリアンナ…オレは…)
雲の切れ間からさす月光が彼女を照らす。
その顔には懐かしさよりも怒りよりも強い後悔の顔があった。
次回は土曜日




