3-22 我々の格が落ちるんですよ。
医の国【一般情報】
サンヨウ大陸、麦の国の西に隣接する国家。
龍歴以前より薬師であったシヴ一家が拠点を据えたことで人々が流入。
現存する最古の病院である『シヴ医院』を中心にコミュニティが形成された。
そういった経緯から現在も医療の研究が盛んであり、医学生だけでなく現役の医者も勉強のために訪れている。
現在は大同盟に所属したことで医療関係者の出入りが増加し、国益は過去最大の伸び率を記録している。
また、シヴ家を中心に古くから薬の売買なども積極的に行っており、現在の『ヤタ・メディカルサイエンス』の母体となっている。
医の国に到着したハウンドは早速、使い魔達を放ち情報収集を開始する。
目的はレイモンド・サイカーの捜索。
高層の建物は多いが、捜索のみに集中できれば半日で見つかるだろう。
集中できれば。だが。
ハウンドは入国してから誰かに追跡されていることを感じていた。
それは犬を放った時にも確認できている。
問題はそれが誰なのか。という話だ。
教団か。
ただのごろつきか。
誰にせよ、うまい具合に距離をとり、気配を殺し、着かず離れずで追ってきている。
足を止め、振り返るのは簡単だが、あえて気付かないふりをする。
靴紐を結んだり、タバコを吸ったりと明らかに隙を晒してみせた。
殺すつもりはない…か。
距離を詰めることもしない追手に一抹の希望を感じる。
戦闘を避けられるかもしれない。
だが、それは心の油断につながる。
彼の晒した隙は警戒からくるものだ。
それに反応しなかったからと言って、その警戒を解く理由にはならない。
ハウンドは手頃な路地を見つけると、ツムジを追手の後方へ向かうように指示を出す。
ハウンドは振り返ることなく路地を進み、突き当たりで声を張った。
「そろそろ顔を見せてもらおうか?」
彼が振り返ると、2人のメイドが視界に入った。
それなりに距離があったが、瞬間的にここまで詰めたのであればかなりの手練れだ。
「言ったでしょ?間抜けな姿は芝居。」
「本気か?こいつは単なる間抜けさ。」
2人のメイドは軽口を叩き合いながらさらに距離を詰めるとスカートを持ち上げながら礼をする。
「私達、サザーランド家の執事ウリスと…」
「エリス。」
「赤いリボンがウリスだな。」
ハウンドの言葉にエリスは苛立つ。
「おい。私は無視か?」
どうやら彼女は『ウリスではない方』と彼に認識されたと思ったらしい。
ハウンドは数的不利を解消するため、敢えて煽る。
「ああ、ウリスじゃない方だ。お前はな。」
「殺してやる…!」
彼の予想通りウリスは突っ込んでくる。
「灰にしてやる…『灰被りの武闘服』ッ!」
ウリスの肉体を炎がドレスのように纏う。
「ツララ!クロガネ!」
ハウンドの指示を受け、待機していた彼の使い魔たちが飛び出す。
ツララが氷の壁を生み出し、ウリスの動きを一瞬止め、その隙にクロガネが刀身を作り出す。
鍔競り合いのようにウリスの腕とハウンドの刀身がぶつかる。
ハウンドは彼女の腕を落とすつもりで振り下ろしたが、袖の下に隠されていたガントレットが刃を受け止めている。
「エリスッ!」
「ツララ!腕部装甲展開ッ!」
同時に響く2人の声。
ツララはハウンドの腕に氷の装甲を作り出し、ウリスの背後からエリスが飛び出す。
「『震えるペン先』…」
エリスの爪先にペンのような氷の槍が生み出される。
ハウンドはウリスの腹部を蹴り飛ばし、刀で槍のようなエリスの蹴りを捌く。
空中でステップを踏む様な連撃でハウンドの頭の上を超え、反対側へ着地すると、ちょうど彼を挟むような形になる。
ハウンドもそれに気付いていたが、彼が次のアクションを起こす前にウリスが彼の真横に飛び込む。
舌打ちしながらハウンドは身体強化魔法を起動、最低限の防御態勢をととのえるが、それでも丸太で殴られたような衝撃が走る。
ウリスはラリアットの要領で彼の腹部を回転しながら投げ飛ばす。
かろうじてツムジの風魔法で地面への激突は避けたものの、呼吸を乱され咳き込む。
「呆気ないのね…」
ハウンドが顔を上げると、目の前にエリスのペン先が迫ってきている。
仕方ない…
ハウンドは自身の中にある獣人の血を解放する。
人狼となった彼は大きく口を開き、エリスの氷を咬み砕くと、中腰の姿勢からタックルの要領で飛び出し、鋭い爪で彼女の腹部へ突き立てんとする。
しかし、背後から何者かが彼の首を捕らえ、後方へ投げ飛ばす。
「首輪を。」
着地した彼にまた別の人物が追撃の回し蹴りで蹴り飛ばす。
「しないとね。」
人間の姿に戻ったハウンドは口元に溢れだした血を拭う。
「ぞろぞろと…何の用だよ…!」
彼の睨みつける先には同じようなメイド服を纏った4人の女。
その一人一人が高いスペックを有していることが今の短時間でわかった。
「改めまして、サザーランド家メイド長のアリス。」
「イリス。」
「ウリス。」
「エリス。」
ハウンドは息を整えながら立ち上がる。
彼女たちが先ほどから口にしているサザーランドという家が何なのか彼には理解できていない。
個人の範囲でこれだけの戦闘能力を有しているのに軍人である彼の記憶にないのだ。
彼女たちとサザーランド家の正体がなんであれ、今のこの状況を乗り切らなければならない。
向けられる殺意から話し合ってどうにかなる訳ではない。
ハウンドはタバコを咥え、火をつける。
煙を吐き出し、覚悟を決める。
上体を落とし、獣人化。
ちょうど彼の使い魔と同じような四足歩行のような体勢をとった。
「行くぜ…」
両手足を使って加速し、距離を詰める。
能力のはっきりしていないアリスとイリスには仕掛けず、後方にいるエリスに的を絞る。
使い魔たちが他のメイドにとびかかりカバーに入った。
エリスも即座に回し蹴りで迎撃しようとしたが、ハウンドはそれを脇に抱えるように防御する。
彼女は即座に拳を打ち出し反撃しようとするが、ハウンドの体が視界から消える。
「GAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」
ハウンドはエリスの足を抱えたまま回転、そのまま彼女の膝を半回転させた。
それだけで止まらず、途中で彼女の足を解放し、彼女の正面に立つ。
エリスは悲鳴を上げていたのだが、顔面を掴まれ、地面に叩きつけられる。
「GUUh…」
ハウンドが振り返ると、使い魔を突破したアリスとイリスが目前に迫っている。
「悪戯っ子は。」
「躾けなければね。」
ハウンドは即座に反応し、とびかかるが、2人は左右に別れすれ違う。
急ブレーキを掛け反転するハウンド。
しかし、彼の視界にはアリスしか見えない。
それでも狙いをアリスに決め、腕を伸ばす。
「どこを狙っているのかしら?」
アリスの口に笑みが見える。
彼女はハウンドの手首を掴むと、その場で回転し回避。
彼はアリスの背後に完璧に隠れていたイリスの姿を捕らえるが、後頭部にアリスの肘に叩きこまれ、動きが止まる。
「お休み、猟犬。」
イリスはハウンドのマズルを掴み地面へ叩きつけ、それに合わせてアリスが腕を極める。
「guuaahhhh…」
うめき声を上げるハウンドはイリスの靴底を睨むしかできなかった。
「いつまで寝てるんですか?」
聞き覚えのある声に反応してハウンドは恐る恐る目を開ける。
「犬でもビビって目を瞑るんだなあ?セリンスロお?」
「あんた…は…」
ハウンドは驚き言葉を失う。
彼を守るように立つ3人はこれまで忌むべき敵として戦ってきたものたちだ。
「おや?」
「まだ死んでいなかったのですか?」
アリスとイリスはその中性的な姿に覚えがあるらしく驚いている。
「改めてご挨拶しましょうか。我々は天使、トラの神、その御意志に従う第一天使エルカ。」
「同じく第四天使ウエル。」
トラ教団の生産した人造兵器『天使シリーズ』。
その第一世代にして、先の全面衝突の生き残り。
奇しくも、かつて龍の国へ『奇襲』を行った2人でもある。
「元龍の国海軍総括、サーペント。」
そしてハウンドにとって最大の衝撃でもあった背信の将、サーペント。
龍の国の海軍再編の際に海軍総括へ就任したものの、実際は教団の送り込んだ工作員であり、様々な方法で女王の暗殺などを遂行してみせた男だ。
「トラの遺物か…目的はなんだ。」
ウリスの問いをウエルは笑い飛ばす。
「天使とは神の御意志に従うもの。ですが、あえて言うなら…そこに転がっている貴女をこちらで拷問したく。」
アリス、イリス、ウリスは即座に戦闘態勢を取る。
「どこまで。」
「ご存じ?」
「ご想像にお任せします。しかし、拷問はしたい。そう考えている程度には知りません。」
アリス達の問いに今度はエルカが答える。
それは逆に言えば目的のために拷問すべき相手を知っているという意味でもある。
「ふざけんな…いきなり出てきて…」
ハウンドがこの場を収めようとサーペントの肩を掴んだが、護身術のような投げ技で躱される。
「そこで大人しくしていろセリンスロ。それでも天使を殺した男か?」
サーペントの言葉にエルカが続く。
「そうですねえ…貴方はそこで眺めてなさい。貴方が負けると我々の格が落ちるというもの。」
「俺は負けていっってええええって!」
反論しようとしたハウンドの体を魔力の蛇が縛り上げる。
サーペントの使い魔だ。
その様子を笑いながら見ていたウエルは切り替えるように息を吐く。
「ふう…まあ、これで3対3。フェアプレイの精神で正々堂々…やり合いましょうか。」
「テロリストがそんな言葉を吐くのか?それともテロリストだから吐けるのか…教えてくれよ!」
ウリスは再び炎を纏いウエルに飛び掛かるが、彼はすれ違うように回避する。
「何をした…?」
着地したウリスは動揺した様子で振り返る。
ハウンドはその意味がわからなかったが、よくみると、彼女の纏っていた炎が消えている。
「何って。」
ウエルはそう言って口角を大きく上げる。
「いただいたんですよ。貴女の魔法をね。」
先ほどまで彼女が纏っていた炎を今度はウエルが纏っている。
ハウンドはその光景に既視感を覚える。
「天の国の…えっと…第三天使ファエル…?!」
「おやあ?彼女をご存じですか。私は魔力の吸収ではなく魔法そのものを喰らい自身のものにするんです。」
ウエルはとぼけつつもハウンドに説明した。
二年ほど前に起こった天の国のデモ行進にまぎれるようにして行われた教団によるテロ作戦。
その際に投入された第三天使ファエルはハウンドと交戦。
魔力を喰らうことで自身のものとするその能力はハウンドの能力と相性が悪く、苦戦した。
「ふむ…さすがはシマヅの魔法。なかなか興味深い性能です。」
ウエルは感触を確かめるように体を軽く動かす。
ウリスは舌打ちをしながら三度炎を展開するが、ウエルはそれよりも早く彼女を蹴り飛ばす。
「任せます。」
ウエルはエルカの言葉に頷き答えると、あえて距離を取りに行く。
「では、こちらもそろそろ始めるか。」
サーペントは笑みを浮かべる。
ハウンドはどちらに勝ってほしいか結論を出したかったが、そのための情報が足りないのだった。
次回は水曜日。
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