3-21 白い幻影
ヒエドラ・デ・ロス・ムエルトス【一般情報】
龍の国などで産出される蔦状の植物。
強力な幻覚作用のあるDMTを含有しており、龍暦以前から儀式などで使われていた。
しかし、龍暦200年ごろから各国が使用と栽培を禁止、現在では一部の認可国でのみ製造されている。
表向き禁止されている国が多く、条約では明記されていないという性質上、正規、非正規問わず、拷問に使用されている。
生産国である龍の国等では軍部が尋問や処刑用に生産、管理し、一部を高額で輸出している。
なお、ヒエドラ・デ・ロス・ムエルトスは『死者の蔦』の意であり、DMTにより死者の幻覚を見るため名付けられた。
刃の国でハウンドと別行動を取ることとなったパルとドク。
2人はカレンと共にノーチラスの診療施設にいた。
「定期健診終了、お疲れさまでしたパルさん!」
カレンが元気よく宣言すると、パルは立ち上がり、服装を直す。
「頭痛の方はわからず終いか。」
「脳や神経、人造臓器の類に問題があるわけじゃない。ということはわかったさ。教え子ながらさすがとしか言いようのない完成度だ。」
「そりゃよかったよ。20年以上前の機械が腹ん中でずっと動いてるってのは少し怖いけどな…」
龍の黒い血を人間に注入することで後天的に身体能力や魔力量を強化させる『龍計画』。
その被検体に選ばれたパルは黒い血の投与だけでなく、臓器の強化も施された。
それが人造臓器だ。
設計を行ったのは医学界の権威であるアルデント・シュナイダーの教え子であったニール・マイセン。
彼の製造した人造臓器が今もパルの体の中で動いていることは奇跡的ともいえる。
そのため、戦場で戦っている彼女にとって、定期的な検査が不可欠なものになっていた。
「頭痛自体は魔力消耗が大きくなった際に発生している。という話なら、注意を払うべきだろうな。」
彼女の持つ突発的な頭痛に、ドクは私見を述べる。
パルの肉体は血や臓器が人間のそれと異なるだけに長年培われてきた人間に対する医療が通用しない部分が多い。
「頭に入れとくよ。」
「買い物か?」
「ん?いや、ジェスの方からオレだけ呼ばれてんだよ。なんでも教団の残党を捉えたんだと。」
パルはそう言って肩をすくめると部屋を出た。
刃の国議場でパルを待っていたリエルは、彼女に資料を手渡す。
「ノルレン・サレナ。19歳女性、昨日の夜デモに乗じて爆弾を議場近くに設置しようとしていた。」
簡単に情報共有していくリエルの言葉と資料を照らし合わせていく。
彼女の経歴におかしな点は見当たらない。
風の国で生まれ、刃の国へ進学のために引っ越してきた。
「爆弾ね…よく作ったな。」
「彼女の父は元風の国の軍人だ。大戦争で負傷し退役、保険金で生活していたようだが今はわからん。父の持っていた本を読んで作ったようだ。」
爆弾の種類にもよるが製造自体はそこまで難しくない。
事実、各国の教本には潜入工作の際に日用品などから製作可能な武器が掲載されている。
爆弾もその一つだ。
「確かに知識と物さえあればオレでも作れるし、販売元のヤタですらその辺わかってやってる節もある。」
「分解しやすい構造で転用しやすい部品、いわゆる『武器にできる』商品か…」
「世界中に支店を持つヤタならではの発想だよ。それで敵国から逃げられたって奴もいれば…」
「今回のように民間人が見様見真似で武器を作れてしまう…か。」
パルはリエルの指摘に静かに頷くと尋問部屋に入る。
前室からマジックミラー越しに奥の小部屋での様子が目に入る。
すでに刃の国の尋問官とサレナは向かい合うように座っていた。
「なんとか言ったらどうなんだ!え?君は爆弾テロを行おうとしたトラ教団の信者だと!認めたらどうだ!」
殺風景な室内で尋問官は強く質問しているが、サレナは無視を決め込んでいる。
「何時間あーやってんだ?」
パルは前室で準備されていたお茶を飲みながら聞く。
「3時間ってところですね。」
前室で記録を取っていた尋問官が答えた。
「意外と根性あぅ…」
パルの手からお茶のカップが滑り落ち、意識が白い影に飲まれた。
大丈夫か?ドラゴン?
「ああ大丈夫だ。この国の枕が合わなかったんだ。」
パルは笑いながら立ち上がる。
どうやら意識が一瞬、飛んだらしい。
なんだよ、熟睡できないって言ってなかったか?
「最近はそうでもねえんだ。」
「誰と話してる?」
リエルは恐る恐る聞く。
確かに自分は誰と話してるんだ?
「えーっと?アンタは…オレの知り合い、だよな?」
おいおい、『オレ』を忘れたのか?それとも頭でも打ってんのか?
パルがその人物のことを知っているのは間違いないのだが、なにかがおかしい。
記憶の通りであれば彼女は死んでいる。
おーっとお?マジで覚えてねえのか?オレのこと…ちょっとショックだぜ…
「リエル!ここはどこだ!」
「病室。」
パルは目を見開き周りを見渡す。
たしかに病室だ。
ベッドに横たわっている。
あはははは!ドラゴンが!ドラゴンが病院にいる!
「ちょっと待て、お前…いや、まさか。」
「落ち着け。お前は尋問用のお茶を飲んだ。ヒエドラ・デ・ロス・ムエルトス。」
「幻覚作用のあるお茶を飲ませたのか!」
「お前が勝手に飲んだ。胃を洗浄してるが8時間ぐらいは幻覚が残るだろう。」
まあいいじゃねえか。こういうこともある。
「アンタはホントに変わんねえな!なんでも軽く考える!」
「俺は軽く言ったつもりはない。」
「お前じゃねえ!オレはこいつに言ったんだ!」
リエルから見ると非常に奇妙だ。
いや、気の毒に見える。
虚空に向かってしゃべっている。
幻覚なのはわかっているが、2人は非常に親密な様子だ。
「何だってんだ!いきなり出てきて!」
なんだとはなんだ!オレはお前の幻覚さ!お前の心が作った幻影だ。
「オレの幻覚ってなんだよ!」
オレは幻覚、お前は生きてる。それははっきりしてる。
「わかった!わかった。とりあえず仕事に戻ろうぜ。尋問の方はオレがさっさと吐かせる。」
点滴を引き抜き、起き上がろうとするパルをリエルが止める。
「結果はあとで教える。今日は休め。」
「馬鹿にすんな。このぐらい…」
パルは上着を手に取り袖を通そうとするがうまくいかない。
「コートはここだ、それはカーテン。」
「最悪だ…」
最高だろ!
幻覚の高笑いが彼女の頭の中で響き渡っていた。
尋問部屋に戻ってきたパルとリエル。
若いな。
「18歳だっけ?」
「19だ。」
ほー、にしちゃいい根性してる。何時間黙り込んでんだ?
「3時間。」
「5時間だ、2時間寝てたんだ。」
いい根性だ。可哀想になるけどな。
「ちょっと黙っててくれ。」
パルは虚空に向かってそう告げると、メモを走り書きする。
「悪いけどこれ買ってきてくれ。」
うわ…陰湿だな。
「黙ってろ。仮にトラ教団の関係者なら他に爆弾仕掛けている可能性もある。多少強引でも安全確保が先だ。」
パルは幻覚にそう言って通信機に触れる。
「ドク、3番を用意してくれ。」
数分後、カレンが到着した。
「ドクは?」
「茶番だから嫌だと。」
彼女はそう言って瓶に詰められた青いカプセルを渡す。
それは先ほどパルが買い出しを依頼した洗濯用洗剤のボールに似ている。
「戻りました。これでいいんですか?」
遅れて到着した尋問官の1人がパルに洗剤を渡す。
並べて見るとよく似ている。
洗濯機に衣類と一緒に投下することで計量の手間などを省ける代物だが、なぜそれがこの場面で必要になるのかはパルしかわからなかった。
うわー…手慣れてるー…
手際よく中身を詰め替えるパルの姿を眺める幻覚はそれを知っている様子だ。
「んじゃ、あとは任せてもらうぜ。」
パルは中身を詰め替えた洗剤のケースを手に尋問室に入る。
サレナはパルを睨みつけ吠えた。
「何時間かかろうと私は話さない!たとえ相手が女でもだ!」
なかなか可愛いじゃん、胸もでけえ。
「黙ってろ。」
パルの言葉に幻覚とサレナが口を噤む。
「質問はひとつだけ。お前はトラ教団の人間、或いはその協力者か?」
サレナは質問には答えずただじっとパルを睨んでいる。
パルは箱から先ほど入れ替えた洗剤のようなものを一つ取り出すとサレナの鼻を摘み、空気が通らないようにする。
当然、彼女の体は呼吸のために口を開くが、パルはその僅かな隙にそれを口に入れ、閉じさせる。
そうなると呼吸のために吸い込んだ空気と共にそれを飲み込まざるを得ない。
一瞬の出来事だったが、得体の知れないものを飲み込まされたサレナの目が怯え始める。
かわいそうに…素直に話したほうがいいぜ?
パルは口角を上げ、洗剤の箱をサレナに見えるよう置く。
「便利だよなあこれ。洗濯機に放りこみゃ十分な洗剤が投入できる。」
サレナの目は怯えから困惑へ変わる。
毒物のように思われたものだが、それが彼女も知る洗濯洗剤のボールだったからだ。
わかってねえか?
「こいつは当然、食い物じゃない。外は水溶性のビニールでできてるが、汗だの汚れだのを洗浄できる。モノによるらしいが、液体洗剤だと7割が水。こいつだと1割。」
パルは楽しそうに洗剤ボールの箱を指で叩く。
なかなか賢ーい。博識ドラゴンだな。
「ん、まあそれは置いておき…だ。こいつを人が食うとどうなるか。当然、飲みこみゃ胃に落ちる。そこで水溶性のビニールが胃酸で溶けて中の洗剤があふれ出る。」
「何が言いたいの!それに何の真似!これじゃ拷問よ!」
だから早く話しなって。
サレナの混乱は深まるばかりだ。
冷静に考えれば洗剤ボールを飲み込んだ際の話はわかるが、尋問官の女は時折、何もない空間へ視線をやり、悪戯っぽく笑う。
その狂気とも言える行動が恐怖をさらに搔き立てた。
「胃に入った洗剤は無害じゃない。それに溶け出た洗剤は胃の先にある腸にも流れるわけだ。」
つーまーりー?
「胃と腸に穴が開く。」
サレナの瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。
不安が形になった。
幻覚を見るこの女は自分の内臓に穴を開けることを考えている。
「話してくれるかな?」
過呼吸のように口呼吸のテンポが速くなる。
「まあ、1つでも十分だが…」
パルはそう言うと、箱からもう1つボールを取り出す。
再び、サレナの鼻をふさぎ、口の中に押し込む。
吐き出そうとしてもそれができず、2つ目を飲み込む。
「や…やだ…やめて…」
「やだ。」
やーだ。
子供のような声を上げるサレナをパルは突き放す。
「もちろん食えば食うほどダメージはデカくなる。」
サレナは目に涙を浮かべる。
もう一押しって感じだな。
「だな。もう1個行っとくか。」
「話す!話します!だから!」
サレナは首を激しく振りながら叫ぶ。
「お願いよ!早く医者を!」
「話が先だ。だれの指示で爆弾を作った?」
「知らない!自分を天使だって言ってた!貴女と同じ、イカれた男よ!」
パルは彼女の口から出た『天使』という言葉に眉をひそめる。
トラ教団が生産した人体兵器『天使』。
だが、母体であるトラ教団が壊滅した今、彼らの動向は不明のままだ。
「他に爆弾は?」
「あれだけ!私は一つしか作ってない!」
パルは立ち上がり、尋問室を出ようとする。
「ねえ!助けてよ!医者を呼んで!」
パルは洗剤の箱から1つ取り出すと、自分の口に入れる。
「ビニールはゼラチン。中身は着色した水飴と練乳だ。死にゃしねえよ。」
良かったな!
彼女の尋問方法は黒寄りのグレーだ。
兵士への拷問は国際法で禁じられている。
それは民間人にそのような真似はしないだろう。という前提も含まれている。
しかし、今回、彼女が作ったのはあらかじめ作成しておいた無害なものだ。
そういう意味ではサレナが飲み込んだものを勝手に洗剤ボールだと勘違いしたともいえる。
秀逸という言葉が適切かは別だが、パルは洗剤の誤飲について説明したが、飲み込ませたそれが洗剤だとは明言していない。
もちろん、見る人間が見れば非合法かつ非人道的と非難されかねない方法ではある。
魂の抜けたサレナを背に尋問室を出たパルにリエルが声をかける。
「あんなやり方…何を考えている…!」
「やり方をとやかく言われる筋合いはねえ。欲しいのは情報だろ?引き出せれば十分だ。聞いての通り爆弾はもうねえ。」
「相手が教団だからか?」
リエルの問いにパルは少し考える。
確かに彼女は『天使』と言った。
加えて、サレナの父親は風の国の退役軍人だ。
父の持つ資料から彼女は爆弾を作り、テロ未遂を行った。
その指示を行ったのが天使であり、トラ教団の拠点は風の国に存在していた。
そこから考えを進めていくが、その意図が今一つ掴めない。
「なぜこの国で…」
お前がいるからじゃねえの?
幻覚の声で一気に道が開ける。
「そうか…オレの足止めか。この国でテロが起きれば常設軍だ。この国の軍人たちじゃうまいこと尋問できない。彼女は口を割らず、遅かれ早かれオレに話しが来る。」
だからこその一件だった。逆に言えば、連中はお前を足止めして、ことをおっぱじめる気だな。
「ノーチラスに戻る!」
パルはリエルにそれだけ告げると廊下を走り出した。
結果としてトラ教団による行動は確認されなかった。
パルの足止めや公的な束縛による無力化は彼女との直接対決を避けるためにトラ教団がよく使用した手段だ。
だが、その彼らは行動を起こさなかった。
一方でほぼ間違いなく、今回のテロ未遂は彼女の足止めを意図している。
ノーチラスの医務室で点滴を受けながら思考を巡らすが、結論も仮説も出ない。
それに教団がテロを実行していた頃とは世界情勢が異なる。
今や世界の大半は大同盟の所属となり、相互補助の関係にある。
さらには常設大同盟軍の結成もあり、以前より一国を沈めるための労力が非常に大きくなっている。
それ故、トラ教団は大同盟との戦争という形をとった。
何を考えてる?
幻覚がパルに声をかける。
そろそろだな。
「なにが?」
ドクトルの睡眠薬を断った。昔は飲んでただろ?
「今は薬で寝るわけにはいかねんだよ。教団が動く可能性が高い。」
お前じゃなくてもいいだろ。
「そういうわけに行くか!教団はオレの親父が作った!」
なおのこと、1人で背負うなよ。
「でもあんたは…アリアンナは教団の!オレのせいで死んだッ!」
パルは幻覚の名を叫ぶ。
ようやく『オレ』の名前を呼んだな。
「ふざけんなよ…今…オレは全部知ったんだ!今、なんで今…」
『オレ』か…お前がオレの真似して使い始めたんだったな。みんなに愛されているから自分もそうでありたい。ってな。
「やめろ…やめてくれアリアンナ…あんたにとっていい思い出でもオレにとっては…」
おいおい。いつからオレはお前の重荷になったんだ。
「勝手なことを言うな!オレの幻覚がッ!」
幻覚。
死人の幻覚だ。
それはありえない事であり、今、パルの体感している死者との対話は自分自身の対話に近い。
その幻覚が過去との決別を迫る。
彼女にとって過去とは今の自分を作り上げるもの。
つまり過去との決別は自分を否定することになる。
特にルビリア・アリアンナの存在が彼女に与えた影響は簡単に語り切れるものではない。
「お前はアリアンナじゃない。お前はオレの心の弱さだ。」
『泣きながら言うことじゃねえだろ。』
「オレは…アリアンナを忘れたくない。それが過去に縛られるってことでもッ!」
『それもまた過去との向き合い方だ。でもな、すべてを背負って零れないようにし続けるなんて不可能だ。』
「でも…」
『忘れてくれなんて言えねえよ。でもな、思い出してくれればいいんだ。たまにでいい。墓に花を供えるついででいい。』
パルは幻覚の言葉が自分から出ているとは思えなかった。
それだけ誤飲した薬物と自分の精神状態がそこまで追い込まれているのかと思い始めている。
彼女にとってその真相はもうどうでもよくなっていた。
幻覚の質が変わったように感じられる。
ただ、それが具体的にどういうものなのかは理解できない感覚的な話でもある。
しかし、それでも今、自分の感じているアリアンナの幻覚は彼女の遺志のように感じられる。
それで十分だった。
「なあ…アリアンナ…」
『どーした?ドラゴン。』
「パルって呼んでほしい。」
アリアンナは優しく微笑む。
『悪かったよ。今はルビリア・パルだったな。』
「うん。」
『そうか。充実してるんだなパル。』
「うん。えへへ…」
『それがわかっただけでオレは十分だ。』
「行っちゃうの?」
アリアンナは答えない。
パルは不安そうに彼女を見つめる。
『夢には終わりがある。ほんの短い時間だったけど、オレは楽しかったぜ。』
「でも…」
『悲しい顔すんなよ。オレはお前や姉貴が楽しく生きていてくれりゃ十分なんだよ。』
「おねえちゃん…」
『おやすみ、パル。また会えたらいいけどな…』
翌朝、パルが目覚めると幻覚は消えていた。
結局のところ自分が誰と話していたのか。
アリアンナの幻覚はなんだったのか。
すべては白い幻影の見せた一時の夢だったのかもしれない。
体を起こすと頭痛が電流のように走る。
まだ、昨日の薬が残ってんのか。
苛立ちながら、再び体を倒し、目を瞑る。
もう一度、いや、今すぐならあの夢の続きを見られるかもしれない。
そう思いながら彼女は二度目の眠りについた。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
Twitter→https://twitter.com/yukks_sousaku?s=21




