3-20 一歩、踏み出す
龍の国近衛団【一般情報】
龍の国王城を警護する組織。
国王の身辺警護のみならず城下を含めた自国内での警備も担当する。
サカラを筆頭に軍の精鋭で組織されるが、若いうちから引き抜かれ戦場を離れるため、戦闘能力は突出しているとは言い難い。
なお、あくまでも護衛ではあるが、補佐役としての側面も持ち、その能力は十分なものがある。
そのため軍と並び、龍の国の市政を担う重要な機関であるとされている。
龍の国北東に位置する守護の森。
環境保護区域のため普段、人の入る場所ではない。
女王でもなければ。だが。
入り口の警備は女王を疑うわけにも、要件を聞くわけにもいかなかった。
女王は1人だったが、慣れた様子で彼に近づき、ご苦労様です。とだけ告げると横を素通りした。
お供します。と反射的に言ったが、彼女は踵を返して、彼の元に戻ると、じゃ、ここには誰も入れないで。とだけ告げ、奥へと進んでいった。
呆気に取られたのが半分。
彼女の指示に従ったのが半分だ。
「すいません、通行止めです。」
顔を青くして走ってきた男をそう言って止める。
「あ?!冗談言ってる場合か!女王が1人で森に入ったんだろうがッ!」
顔が青くなっていて気づかなかったが、今来た男は官僚長のトータスだ。
「女王のご意向で…」
全くあの方は…
トータスは小さく呟くとタバコに火をつけた。
当然ながら官僚長は女王の下に存在する。
つまり、彼女の指示を覆す権限は持ち合わせないのだ。
「ここで待たせてもらう。」
彼女は夢をみる。
眠ってはいない。
目を開けてみる夢。
故に矛盾したものを見る。
自分がかつて本気で愛した男。
自分をかつて本気で愛した男。
窓から空を見上げる。
彼がまだ飛んでいるような気がする。
『蜂』。
そう呼ばれていた飛行機乗り。
最後の航空戦力と言われた海軍航空機団。
その最後の1人にして、自分を生かすために死んだ男。
ドラゴンとも仲が良かった。
いや、みんなか?
ただ、ドラゴンは意外とかなり懐いていた。
いつか空を見せてやる。
そう言っていた。
彼もそういう意味ではドラゴンをかわいがっていた1人だ。
もし。
もし仮に。
仮に今も生きていたら。
自分と結ばれていたら。
自分は子供を生んだのだろう。
娘か息子か。
ドラゴンも妹も祝福してくれただろう。
彼女たちは子供が好きだ。
性別がどうであってもかわいがってくれただろう。
自分は彼と子供と…
いや、子供も1人とは限らない。
2人…それよりもっといるのかも知れない。
妹たちと一緒に暮らすのも悪くない。
にぎやかに暮らせるだろう。
そして共に老いて行けただろう。
ふと、自分の頬に涙が伝うのを感じる。
もう何十年も前だ。
大戦争で妹も彼も失った。
時間ができるといつもそんなことを考えてしまう。
自分はあとどれくらい現役だろうか。
膝と肘にサポーターを巻き、定期的に整体を受けなければデスクワークもままならない。
それでも現役で、海軍のオルカであり続けるのは、戻るのが怖いからだ。
退役して『ただのルビリア・サフィア』になった時、孤独に潰されそうになるからだ。
笑えよ、ホーネット。
涙を拭い、立ち上がる。
小さく声が漏れ、老いを感じる。
仕事に没頭し、人生を投げ捨てたように生きる。
ひたすらに戦い続ける。
そうしなければ自分が壊れそうになる。
いや、壊れているのだろう。
戦場で死にたい。
そうでなければ生き残った意味がない。
戦い、殺し、傷つけ、己の血を流し、体を癒し、また、戦う。
それができなくなれば、誰かの盾となるだけだ。
誰かを守るために立ちふさがり、体に弾を浴びなければならない。
そうでなければ。
死んだものたちは許してくれないだろうから。
レイアは堂々と夜の森を単身、進んでいく。
そして、龍の住む洞窟に入ると深呼吸する。
慣れた足取りで進んできた彼女だが、数メートル先も見えない暗闇に足を踏み出すのは流石に怖かった。
行くしかない。
でなければ筋を通すことはできない。
レイアは覚悟を決め、踏み出す。
覚悟かと問われればそうだろう。
救済かと問われればどうだろう。
最も近しい言葉は自己満足。
突き放すような表現だが、今のレイアの心情はその言葉が最も近しい。
洞窟の奥へ進むたびに右手が上がる。
突き当りの壁がいつ現れるかわからないからだ。
少しづつ手が上がり、ついには肩の高さに達する。
腕をまっすぐに伸ばし、歩いていく。
指先が突き当りの壁に触れる。
レイアは立ち止まり再び深呼吸する。
大きく息を吸って、止める。
「龍よ!ここを開けてください!」
響く自分の声に耳が少し痛む。
意外と大声が出た。
「あのー…」
今度は小声で声をかける。
この壁の奥にいるはずだが、無反応なのが虚しい。
「ちょっとお話があ…」
迷惑なのかもしれない。
レイアは段々、申し訳なく感じ始めていたが、壁に穴が開く。
「すまない。来ると思ってなかった。」
サラが彼女を迎え入れるようにして立っていた。
確かに彼女の言う通りレイアがここに来る理由はない。
「ちょっと相談があってね。」
レイアはそういうと、中に入る。
「なんの相談かな、小さき王よ。」
奥に控えていた大地の龍が視線を合わせるように首を下げ、問いかける。
「サラの事で相談を。」
「私か…?」
サラは予想外だったようで、口を挟む。
レイアはそんな彼女の方を見て頷く。
「サラを連れて帰りたいのです。」
「私は断る。」
「いいんじゃないか?」
レイアの提案にサラは即座に切って落とすが、龍はそうではない様子だ。
「なんだと…?」
サラは龍を睨みつける。
「お前はいつまでもここにいるつもりだ?」
それは。龍の言葉にサラは反論しようとしたが、言葉が出ず、俯く。
龍の言葉のとおり、いつまでもこの洞窟に隠れ続けても意味がない。
彼女をここに連れてきたパルも、具体的な案を持っていたわけではない。
そういう意味ではレイアの提案を即座に否定する必要はない。
「軍人にしたいって話じゃないの。それにパルは貴女さえよければって。」
「断る…」
サラは小さく拒否する。
「給料は出すわ。」
「そういう問題じゃない。」
レイアもそれはわかっていたが、首を傾げて理解していないような素振りを見せる。
サラの持つ問題、彼女の立ち位置としての問題。
それは多岐にわたるが、そういった状況的な問題が理由ではないことを理解していたからだ。
「私とパルは似すぎている。ここを出れば混乱を招く…」
サラの言葉は本音の部分ではない。
確かにパルとサラは非常に似通った外見をしている。
それはサラがパルのクローンとして生産されたことに起因する。
しかし、まるで同じというわけではない。
「私から見てもわかるくらい、貴女とパルは違うわよ。見た目も、話し方も考え方も、貴女はパルのコピーじゃなくてサラでしょ。みんなわかってくれるわ、仮に混乱が起きたとしてもそれは一時的なものよ。」
「だが、私は第二世代天使…要は敵だぞ。」
「まあまあ、そう言うな。」
龍が間に割って入る。
「私もいきなり押しかけてこんな話をしてごめんなさい…ただ、一度、貴女に会ってほしい人がいるの。私の話はそのあとでいいから。」
「先に話せ。」
サラは、レイアと目を合わせる。
不安げな目だが、力を感じられる。
「私は…外に出ることが怖いんだ、怖がっているんだ…周りからどうみられるのか、それが怖いんだ…」
「でも、踏み出したい、でしょ?」
レイアの言葉に、サラは頷く。
「答えは出たようじゃな。」
「ごめんなさいね、話し相手を取っちゃって。」
龍は楽しげに声を上げて笑うと、出口を作り出した。
2人が洞窟を出てからは文字通りのスピード採用となった。
トータスが終始小言を垂れるのを無視してレイアはサラの経歴を偽装。
孤児であったこととパルの親戚筋であるというカバーストーリーをその日のうちに与えた。
翌日には幹部会において近衛兵団の特別団員に任命、住居は王城内にあつらえられ、『ルビリア・サラ』が誕生した。
「んで?アタシにこの子の面倒を見ろと?」
サラの特別団員編入の翌日、女王の執務室に呼び出されたオルカは呆れた様子で問いかける。
サラの出自に興味はないが間違いなくパルの親戚ではない。
そしてその彼女の能力は未知数ときた。
どう育てろというのか。それが彼女の率直な感想だった。
「私は間違いなく貴女より弱い。軽蔑されるのも当然だな。」
サラもこの状況は気に入らないらしく、不満をレイアにぶつける。
「強い弱いなら私は貴女より弱いわよ。」
レイアの皮肉めいた言葉でオルカは笑う。
口は本当によく回るし、だんだん悪くなっている。
最初に話した時のお嬢様的な雰囲気はなく、むしろ話しやすさすら感じる。
そういう意味では先王にして彼女の母であるフレイルに近いものがある。
「面倒を見るってのをどうこういう気はありませんよ。アタシが言いたいのはコイツはパルじゃないし、政治もわからんってことです。アタシが預かるってんならコイツを兵士にするってことですか?」
オルカの言葉、その真意は矛盾にある。
サラを兵士にするのなら近衛兵団にする必要はない。
一方でサラは政治を理解しているとも言い難く、女王の側近護衛は的確と言えない。
結局、レイアがサラをどうしたいのか。
それが矛盾する状況を作り、見えなくしている。
「側近護衛として求めるのは他国へ行った際の身辺警護よ。現地で四六時中私を警護できる人間がいた方がいい、そういう判断よ。」
「んまあ、それは理解します。なんでアタシなんですか?」
「一番信頼できるから。」
そこまで評価されてたのかい。
オルカは一瞬驚く。
だが、整理して考えるとレイアの信頼するパルやハウンドは常設大同盟軍に移籍している。
そのため彼女が『国内で』一番信頼できるのはオルカやトータスといった人間たちになる。
そうなれば自分が一番と言われるのも納得だ。
「お願い…できるかしら?」
沈黙し、そんなことを考えていたオルカにレイアは不安げに声をかける。
断る理由はない。
「あくまでも個人的なお願いだから断ってくれてもいいわ。」
レイアはオルカが断るつもりだと思ったらしい。
「いや、そういうわけじゃないんです。」
レイアの表情が一気に明るくなる。
「じゃあ!」
「ええ、引き受けましょう。英才教育ってね。」
オルカの承諾を受け、サラは一歩前に出て握手を求め手を差し出す。
「よろしく頼む、オルカ艦長。」
「サフィアでいいよ。かわいいサラちゃん。」
握手を受けるオルカ。
レイアは一枚の書類を渡す。
「彼女はパルの娘ともいえる。第二世代天使よ。」
オルカは書類を受け取ると、ざっと目を通す。
以前に読んだ第二世代天使にまつわる報告書の抜粋のようだ。
龍の加護を受けたトラ教団の長、パーシヴァル・プルトを元に製造された人造人間型兵器『天使』。
それを元にルビリア・パルと彼女の持つ黒い龍の血を解析し、そのデータを元に製造されたのがサラ、アマテ、リトの『第二世代天使』になる。
このうち、リトは先の刃の国での戦闘時に消滅、アマテはカインが引き取っている。
そして最後のサラが今ここにいる。
「確か、パルの娘ってことでいいんだよな。」
「そう扱いたいのならそうでいい。実際、パルも私を娘呼ばわりしていた。」
その会話を聞いていたレイアは手を叩く。
「じゃあサフィア叔母さんね!」
「オバ…」
義妹とはいえ、妹の娘なら姪と叔母になるが、いざ『叔母さん』と呼ばれると強く実感する。
自分の老いを。
「サフィアおばさん…?」
やめろ、その声で言うな。
初めて会った時のトラウマを思い出す。
「か、固まったぞ?」
「冗談だったんだけどなあ…まあ、今後はサフィアって呼んであげて。くれぐれも叔母さんなんていわないようにね…」
サラは少し不安げに笑った。
次回は水曜日。
活動報告更新してます。
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